また、稲作は共同体性を強く想起させる。共同作業や祭礼、収穫をめぐる儀礼は個人の内面に社会的規範を刻む装置となる。僕が読み解く限り、主人公が稲作を介して語られるとき、その人物は孤立した異端ではなく、連続した世代の一員として位置づけられる。言い換えれば、藁や稲は物語の倫理を補強する象徴だ。『The Grapes of Wrath』のような作品では土地との断絶が主人公のトラウマを際立たせるが、稲作的リズムのある物語では、土地が精神の安定剤にもなり得る。だから僕は、稲作モチーフを心の重心を示す指標として読むことが多い。
英語で『藁にもすがる思い』を表現するなら、『clutch at straws』というイディオムがぴったりだと思う。
この表現は、溺れかけた人がわずかな藁にすがるように、絶望的な状況でわずかな希望にしがみつく様子を表している。『The detective was clutching at straws to solve the mysterious case』のように使うと、必死さが伝わる。
面白いのは、このフレーズが『A drowning man will clutch at a straw』という17世紀の諺から来ていること。当時から人間の心理は変わらないんだなと感じさせる。