「ボス、僕は見過ごせません!」
「近づくな、命令だ!そこに立って動くな」
碧狼は涙がこぼれないように首を仰け反らせた。彼は戦場で多くの仲間が命を落とすのを見てきた。死生観はとっくに捨てていた。
あの年、莉乃の死が心に深い傷を残した。彼の脚は本来ならば使い物にならなくなるところだったが、必死にリハビリを行い、峻介の傍で彼を守れるように、もう一度立てることを望んだ。悲劇を繰り返させたくなかったからだ。
しかし、今、恐ろしい事が現実となった。
あの雨の夜のように、彼はまた無力に莉乃が他人の銃弾に倒れたのを見ていた。
優子は悠人が気を抜いている隙に、肩越しに彼を地面に叩きつけた。彼女は碧狼を跨ぎ、蛇の巣に向かって走り出す。
理性も、後の結果も、彼女には何もかもがどうでもよかった。
彼女の目の前には、海から引き上げてくれた若い男、事故の時に彼女を守ってくれた元夫、そして、録音を聞いた瞬間に命がけで蛇の巣に飛び込んだバカな男しかいなかった。
「このクソ野郎、私にどれだけ借りがあるんだ?どうして死ねるんだ、どうして死ぬんだ!」
優子が全てを無視して蛇の巣に向かって走り出した瞬間、悠人は心の中で既に敗北したことを悟った。完膚なきまでに負けた。
彼は思わなかった。こんなに長い年月が過ぎても、優子が峻介を忘れなかったことを。
地面に伏せながら、彼は優子が峻介の元に躊躇なく向かっていった背中を見て、もし十年待っても彼女が振り向いてくれることはないと感じた。
「優子お姉ちゃん、僕がこんなに色々してきたのに、どうして一度も僕を見てくれないんだ?」
目を閉じると、梅の木から飛び降りて手を伸ばしてくれた少女の姿が今も鮮明に浮かんできた。
あの頃の彼女だけが、全てが自分に向けられていた。
優子には蛇を追い払う粉は撒かれていなかった。もし下に降りれば、ただの死を意味する。
それが彼女が選んだ道で、誰も止められなかった。
突然、耳元に笛の音が響いた。その音が響くと、一本の赤い蛇が蛇の巣に落ちると、瞬く間に峻介の周りの蛇が潮のように引いていった。
その蛇が優子の前に道を開け、どんな蛇も近づくことはできなくなった。
蛇の巣は大きな盆地のようで、周囲は斜面で囲まれていた。
優子は峻介の元へ向かって必死に走った。峻介はまだ状況が分からず、風の音を聞いた後、誰かに抱きし