太郎は一瞬呆然とし、かつて紗枝を嫌っていた和彦が、突然紗枝を擁護した理由が分からなかった。
だが、彼の反応は素早かった。「分かりました、分かりました。紗枝は僕の姉ですから、これからは絶対に尊重します!」
和彦はようやく立ち上がり、さらに問いただした。「さっき紗枝さんに言った『彼女が黒木拓司に会えば、拓司が助けてくれる』って、どういうことだ?」
太郎は和彦を恐れ、先日拓司に会った際に言われた言葉をそのまま話した。
和彦は黙って最後まで聞き、少し眉をひそめた。
「黒木拓司は紗枝さんを知ってるのか?」
「多分知ってるんじゃないか?そうじゃなきゃ、あんなこと言わないだろう」太郎も確信はなかった。
かつて夏目家と黒木家には多少の交流があった。
太郎は昔、紗枝が部屋で啓司宛てのラブレターを書いているのを見つけ、それを破り捨てたことを思い出した。
和彦は、何気なく大きな秘密に触れてしまったような気がした。
まだ何かを聞こうとしたその時、近くから一人の男性が歩いてきた。
「和彦、こんなところで何してる?」来たのは琉生だった。
和彦は琉生を見て、すぐに太郎に向き直り低い声で言った。「今日のことは誰にも言うな。さもないと、お前の舌を引き抜いてやる」
「消えろ!」
太郎は慌ててその場から逃げ出した。
琉生は真っ直ぐな仕立ての良いスーツに身を包み、和彦の隣に立った。「最近、聖夜に顔を出さずに、どうして聖華に来た?」
聖夜も聖華も琉生が経営する桃洲のクラブだった。
「たまたま立ち寄っただけだよ」
「琉生、奥さんがいるのに、こんな時間まで働いてるのか?」
和彦は太郎の件についてこれ以上詮索されないよう、話題を変えた。
彼は琉生と啓司の二人とは長い付き合いがあったが、琉生のことはずっと理解できなかった。どうも彼は、心の中で何かを抱えているような気がしてならなかった。
こういった義姉の家族の事情については、彼は知っているべきではないと思った。
「帰るところだよ。ただ、最近彼女が妊娠したせいで機嫌が悪くてね」琉生ゆっくりと言い、逃げるように去っていった太郎に視線を投げると、そのまま車に乗り込んだ。
車が走り出す中、琉生はスマホを取り出し、家へ電話をかけた。穏やかな声で言った。「妊娠してるんだから、もっとお利口にしてくれよ。じゃないと、聖夜に送り返して売る