紗枝は少し戸惑っていた。
まさか、自分の家に来て世話をすると言いながら、今度は起きる時間にまで口を出してくるなんて。
「はい、どうかした?」
表情は変えず、平静を装って答えた。
「おばさんが来てるの。あなたを呼んでって言われたから......怒らないでね」
鈴の声は思いのほか大きく、階下にいる綾子の耳にも届いていた。
綾子は露骨に不機嫌になった。寝坊しておいて、逆に怒ってるなんて、どういうつもりかしら。
とはいえ、逸之の前で紗枝に怒鳴るわけにもいかない。腹立たしさを飲み込みながら、彼女が階下に降りてくるのを待ち構え、「これからは早く起きなさい。そんなに長く寝ていると、胎児によくないわよ」と、釘を刺すように言った。
その一言で、紗枝はすぐに悟った。きっと鈴が何か言ったのだ。
無駄な弁解はするだけ損だと判断し、彼女は素直に「はい」と答えた。
どうせ綾子がここに来るのは月に数回。帰ってしまえば、好きな時間に起きればいいだけのこと。起きる時間で揉める価値なんて、ない。
案の定、紗枝が従順に返事をすると、綾子はそれ以上は何も言わなかった。
だが、そこでまた鈴が口を挟む。
「おばさん、心配いりませんよ。私がちゃんと、お義姉さんを監督してあげますから」
その言葉に、紗枝は思わず彼女を外に放り出したくなる衝動に駆られた。
しかし鈴は無邪気を装った顔で振り返り、「お義姉さん、私が起こしに行けば、きっと起きられると思いますよ」と、悪びれもせずに笑った。
「それはどうもありがとう」
「どういたしまして」
二人の間に漂うぴりついた空気に気づくこともなく、綾子は逸之に声をかけた。
「逸ちゃん、今日おばあちゃんと遊びに行こうか?」
最近、紗枝が忙しいのをよくわかっている逸之は、家にいても邪魔になると思ったのか、小さく頷いた。
「うん」
すると、鈴もさっそく話に加わってくる。
「おばさん、私もご一緒していいですか?必要なものがあれば、荷物を持ったり、お買い物のお手伝いもできますし」
「そうね」綾子は軽く頷いた。
「じゃあ、今すぐ出かけましょう。外で朝食を取りましょう」
「桃洲に、とっても素敵な朝食屋さんがあるんです。ご案内しますね」
鈴は綾子に媚びるような笑顔を見せた。綾子も、こうして積極的に手伝ってくれる存在がいることに満足げだった。
三