喉元に嫌悪感が込み上げ、私はトイレに駆け込んでぐうぐう吐いた。
蒼介は慌てて私の背中をなで、少しでも気分を良くしてくれようとした。「触らないで!」私は振り返って憎しみを宿した目で彼を睨んだ。
だからあの時彼があんなに異常だったのか。
いつもの仕事に没頭してるのに、突然半分月間も仕事を放り出して私を付き添った。
本当に私を愛していると嬉しくて思っていた。
なのに、それは浮気したことに罪悪感を抱いていただけだった。
さらに、彼らは私達の寝室で、七年間共に過ごしたベッドの上で......
私の視線に怯えた蒼介が呆然としていた。
胸の怒りが発散することができず、私はバッと立ち上がり、寝室に飛び込んだ。
視線をあちこちさまよわせると、化粧台の眉シェーバーに止まった。
それを握りしめ、狂ったようにカバー、シーツ、枕を切り裂いた......
布団の羽が雪のように空中に舞い散り、部屋はごちゃごちゃに乱れた。
でもまだ足りなかった。
この汚らわしいもの、すべて滅ぼしてしまおう!
蒼介は心配しそうな目で私の後を追い、私の暴れを止めようとした。
だが、狂った私に手を切られてしまった。
血が瞬時に流れ出した。
真白な羽が散らばった床に映えて、鮮血はまぶしいほど赤かった。
私はようやく冷静になり、空っぽの目で私たちの結婚写真を見つめた。
あの時、本当に楽しそうに笑っていた。
目を閉じ、絶望的な声で言い放った。「私たち、離婚しましょう」
蒼介は何か恐ろしい言葉を聞いたように、血を流している手を顧みず、飛び込んで私を抱きしめた。
声には悲しみが滲んでいた。「ダメだ、花凛。離婚なんてしない。約束するから、子供が生まれ次第、彼女とは縁を切る。昔のように戻れるんだ。俺は君しか愛してない、君なしでは生きられないんだよ」
私の心の中で冷笑した。
戻れるはずがない。
私のことばかり思っていたあの星野蒼介は、もういなかった。
私と蒼介は奇妙な状態に陥った。
私がどれだけ暴れても、彼はずっと平気に微笑み、昔のように優しく接した。
ただ離婚の話になると、馬鹿にするような態度を取った。
彼の携帯はずっと鳴り続け、すべて月香からの着信だった。
私の前ではいつも受話を拒否した。
だが毎晩、ベランダでひそかに電話をかけ、極めて優しい声で相手の気持ちを鎮めた。
この日、晩食の時また着信を切った蒼介に、私は嫌味を言った。「出しなさいよ。毎晩こっそり話してるんでしょ?眠れないよ」
蒼介が恥ずかしそうになると思ったが、彼は素早く応じた。「じゃあ今後控える。ブロッコリーもっと食べて。最近痩せすぎたから」
反論しようとした時、私の携帯が鳴った。
画面の番号を見た蒼介が顔色を変えた。
彼の反応から、誰からの電話か察しがついた。
スピーカーをオンにすると、月香の泣き声が流れ込んだ。
「松島さん、蒼介に来させてくれないか。お腹の子のことを考えてください。蒼介の子なんだから......」
蒼介は慌てて電話を切り、怯えるように私を見た。
私も彼を見つめた。
不思議なことに、憎しみより哀しみが先に立った。
この男はもう、私のものではなかった。
「彼女に会いたい」と私は言った。