Search
Library
Home / 恋愛 / 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私 / 第922話

第922話

Author: 夜月 アヤメ
若子は歯を食いしばり、内心の恐怖を押し殺しながら、消毒針を慎重に回転させて傷の中を清掃していく。

そのたびに、ヴィンセントの全身がぴくりと強張り、唇がぎゅっと閉じられる。

だが、彼は一切声を漏らさなかった。

―この人、耐えすぎ。

やがて作業が一段落すると、ヴィンセントが息を吐きながら言った。

「......生理食塩水とガーゼを取ってくれ。まずは傷口を洗い流して、それから拭き取るんだ」

若子は薬箱を開け、生理食塩水のボトルを取り出す。

震える手でキャップを開けると、そっとヴィンセントの胸元へと傾けた。

血と一緒に、汚れが流れ落ちていく。

すぐにガーゼを取り、やさしく拭き取っていく。

―少しずつ、落ち着いてきた。

ヴィンセントの表情も、ほんの少し和らいだ。

呼吸も穏やかになっていく。

その深い瞳が、じっと若子を見つめる。

まるで夜空を閉じ込めたみたいに、静かで、美しい目だった。

「......これでいい?次は......?」

自分がここまでできるなんて、思ってなかった。

ヴィンセントが低く答える。

「赤いチューブが抗生物質の軟膏だ。それを傷に塗ってくれ」

「うん......わかった」

若子はそっと軟膏を手に取り、震える指で塗り始める。

肌に触れるのが怖くて、ほんのわずかしか当てられない。

痛みを与えたくなくて、それだけで緊張が爆発しそうになる。

「怖がるな。ちゃんと塗ってくれ」

ヴィンセントの声は落ち着いていたが、確かに届いた。

若子は覚悟を決めて、慎重に、でもしっかりと傷口に軟膏を伸ばしていった。

すべてが終わったあと―彼女は深く息を吐いた。

―できた。やりきった......

怖かったけど、逃げなかった。

でも......やっぱり、自分に医者は向いてない。

こんなに手が震えるようじゃ、誰かを殺しかねない。

ヴィンセントみたいな人じゃなきゃ、とっくに危なかったかも。

その後、薬箱から清潔なガーゼを取り出し、丁寧に傷口にかぶせた。

出血や分泌物を吸収しながら、外からの雑菌も防ぐ。

きつすぎず、ゆるすぎず―

包帯を固定しながら、彼女は自分でも驚くほど手際よく仕上げた。

こればかりは、教わらなくてもなんとかなる。

道具を片付けた
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP