私は視線を落とし、もう一度顔を上げたとき、そこに残っているのは、過去に別れを告げる決意だけだった。
「はい、自ら同意しています」私は静かにそう答えた。
慎一は黙っていた。
職員が少し苛立った様子で再び尋ねる。「そちらの男性は、いかがですか?」
慎一は答えず、ただ私の方を向き、目元がだんだん赤くなっていく。
彼にじっと見つめられていたら、突然鼻の奥がツンと痛くなり、目尻に涙が溜まった。心の中には、避けようもない大雨が降り始めたような気がした。
しばらくして、慎一は顔を背け、かすれた声で言う。「自ら同意しています」
職員は疑わしそうに私たちを見て、「お二人、どう見ても感情が壊れたようには見えませんけど……本当にいいんですか?」
私と慎一は同時に彼女の言葉を遮った。
「私と彼の間に、感情なんてない」
「俺と彼女の間に、感情なんてない」
離婚の場面で、ようやく無駄な呼吸が合った。長年一緒にいたけれど、「感情なんてない」ということだけが、私たちが唯一同意できることだった。
そう、感情なんてない。
じゃなきゃ、こんなところまで来ない。
この離婚は私が切り出したこと。だから、少しも悲しい顔なんて見せられない。
けれど「感情なんてない」という言葉は、どうしても心に突き刺さった。頭の中で何度も「感情なんてない」を「今までのことは、これでチャラ」と言い換えようとして、ようやくここに平然と座っていられる気がした。
職員は、私たちの同時の返答に一瞬詰まり、諦めたようにため息をつくと、パソコンをカタカタと打ち始めた。
数分後、彼女が口を開いた。「離婚届の受理は一応完了しました。戸籍変更の手続きもあるため、正式に離婚成立までに少し時間がかかります。その際、もう一度窓口へお越し下さい」
私は微笑んで「ありがとうございます」と言った。
慎一は無言で立ち上がり、一人で外へ歩き出した。
彼の背中を見送りながら、ふと、この数ヶ月の出来事が夢のように思えた。離婚なんて、意外と簡単なものだったのかもしれない。
彼の心にはいつも比べる誰かがいて、取捨選択があった。私と雲香が本当にぶつかり合って、もうどうにもならなくなったとき、彼は自然と答えを出したのだ。
私たちは役所の前に立っていた。私は左、彼は右へ歩き出す。
私が歩き出そうとしたその時、慎一が私を呼び止めた。「