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第3話

Author: こがね鍋
ソファには、かつて冷静だったはずの颯真が座っていた。

手の中には水気を帯びた木珠があり、それを握る喉仏が上下している。

「……美苑」

以前、チャットで楓に愚痴ったことがある。

あの人の数珠なんて、私には触らせてもくれなかった。

でも彼女には……こんなふうに好き勝手に弄らせてる。

美苑は顔を赤くしながら、ふてくされたように唇を尖らせた。

「もう、そういうのやめて……颯真、もう待ちたくないの。ねえ、いいでしょ?」

颯真の呼吸は乱れ、低く笑った。

その目に宿っていたのは、私が一度も見たことのない、むき出しの欲。

私はドアの前で立ちすくんだ。背筋を冷たいものが這う。

「ひより、盗み見の趣味があるなんて!」

美苑が突然叫んで、頭を彼の胸に埋めた。

颯真はすぐに反応し、彼女を包むように自分の袈裟を被せると、私を睨みつける。

「誰の許可で入ってきた?」

なるほど、暗証番号を変えたのは、私を締め出すためだった。

以前は、彼の冷たさに怯えながらも必死で愛を乞うていた私。

でも今は――何の感情もなかった。ただ、距離を取るような口調が自然に出る。

「ごめんなさい。あなたの家に来たなら、ノックすべきだったわね」

何かが違うと気づいたのか、颯真は眉をひそめ、私を一瞥する。

「他の男とくっついて、一晩経たずにここが『自分の家じゃない』ってか?

ひより、お前そんなに自分を安売りして、いいと思ってるのか?」

そのときだった。

部屋の奥から、使用人が大きな箱を抱えて現れた。

中には、かつて私が彼のために選んだ――あの薄手の、どこか色っぽい部屋着がぎっしり詰まっていた。

箱が傾き、床にぶちまけられる。

「これ、自分で燃やせ。全部、恥だ。二度とこんなものを着ようなんて思うな。ちゃんと女としての節度を持て」

私たちだけの秘密は、こうしてあっけなく暴かれた。

美苑が指先で一着をつまみ上げ、あからさまに嫌悪を顔に浮かべる。

「ひより、ずいぶん派手な趣味してるじゃない……ねえ、今日の病院でもダンナと何かあったんじゃないの?」

けれど私には、何一つ覚えがなかった。

羞恥で顔が熱くなる中、反射的に否定した。

「やめて、そんなこと言わないで。それ……私のじゃない」

男はさらに激昂した。

「嘘までつくのか!」

彼は使用人たちに命じて、私を無理やり地面に押しつけた。

「母さんの墓に向かって、百回頭を下げろ。許可なく立ち上がるな!」

必死に体を起こそうとしても、頭を強く押さえつけられて、何もできない。

額が床に叩きつけられる音が響く中、私は叫んだ。

「颯真!私たち、他人よね?あなたに、私を罰する資格なんてない!」

その言葉に、彼の顔から仏子のような穏やかさが消えた。

「俺はお前のお母さんに誓った。お前を『ちゃんと』導くってな!」

そう言って、首元に手をかけ、さらに強く抑えつける。

何度も、何度も、床に額をぶつけさせられた。

百回。

数え終わった頃には、私は痙攣し、額の包帯は外れ、血が絨毯を染めていた。

その瞬間だった。

記憶の断片が、洪水のように押し寄せてきた。

――母の葬儀の日。

私はどうしていいかも分からず、ただ突っ立っていた。

そのとき彼は、私の手を引いて、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「俺が一生、そばにいて守るから」

私は、その言葉を信じた。

だけど今なら分かる。

あのとき彼が言っていたのは、「兄」としての「責任」だった。

かつての優しさは、いまや「しつけ」に姿を変えていた。

胸の奥を、鋭く冷たい棘が突き刺す。

私は、また傷ついた。
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