玲奈がオフィスに戻ったばかりのところで、携帯が鳴り始めた。
茜からの着信だった。
さっき会議室で智昭に食事に誘われた目的を思い出しながら、茜の着信を見つめたが、彼女は応答しなかった。
茜は続けて三度電話をかけたが、彼女が出なかったため、少ししてからメッセージを送ってきた。
【ママ、来月フェンシングの試合に出ることになったの。明日の練習、一緒に行ってくれない?】
そのメッセージを見た玲奈の手が、思わず止まった。
二年以上前に智昭が茜をA国に連れて行ってから、彼女は茜の多くの出来事に関われていなかった。
たとえばこの二年余りの間、智昭が茜にどんな授業を受けさせ、どんな習い事に通わせていたか、彼女はほとんど知らなかった。
智昭と離婚しようと考える前には一度茜に聞いたこともあったが、茜はあまり話したがらなかった。
今回茜が話題にしなければ、彼女は茜がフェンシングを習っていたことすら知らないままだった。
ましてや試合に出場する準備をしていることなど、全く知らなかった。
茜の成長に対して、自分がいかに多くを見逃してきたかを、今さらながら痛感した……
そう思うと、玲奈は茜からのメッセージを見つめたまま、しばらくの間ぼんやりしていた。
そのとき、ドアの外からノックの音が聞こえた。
玲奈は我に返り、「どうぞ」と声をかけた。
やって来たのは翔太だった。
彼は仕事の話をしに来たのだ。
仕事の話になると、翔太は真剣な顔つきになる。
明日はもう週末だった。
仕事の話が終わったあと、以前から彼女を誘おうとしてタイミングを逃していたことを思い出し、彼はそのまま立ち去らずに言った。「二週間前に観た劇が結構面白くてさ。ちょうど今週も公演があって、もう一回観に行こうと思ってるんだけど、一緒にどう?」
玲奈はさっきの茜のメッセージを思い出し、首を振って言った。「土曜日は他に予定があるから、やめておくね」
翔太の目に一瞬、落胆の色がよぎった。「そうか……」
その頃、なかなか返事が来ない玲奈に、茜がもう一度メッセージを送ってきた。
【ママ、早く返事ちょうだいよ……】
玲奈はそのメッセージを見て、スマホを手に取り返事を送った。
【わかった、ママは明日の朝、練習に付き添いに行くね】
彼女に用事があると察した翔太は、それ以上邪魔せずにその場を後にした。
玲奈か