茜との通話を終えて十数分後、智昭から明日の練習時間と場所の情報が彼女に送られてきた。
ただ、送られてきたのは茜の明日の練習時間と場所だけだった。
他のことについては、一言も添えられていなかった。
翌日、玲奈がフェンシング館に着いてから三、四分後に、茜も到着した。
車には茜と運転手だけが乗っていた。
智昭の姿はなかった。
車を降りた茜は嬉しそうに玲奈の手を握り、そのままフェンシング館の中へと連れていった。
中に入ったばかりのタイミングで、礼二から電話がかかってきた。
玲奈は茜に「ちょっと電話に出るね」と声をかけた。
「うん、じゃあ先にコーチのところ行ってくるね」
「うん」
礼二は簡単な確認をして、二、三言話しただけですぐに電話を切った。
茜はまだ近くにいた。
コーチは茜の姿を見つけ、にこやかに声をかけた。「茜ちゃん、来たんだね」
そう言って周囲を見渡し、尋ねた。「今日は大森さんと藤田さんは一緒じゃないの?」
「ううん、今日はママが一緒に来てくれたの!」
玲奈はそのやり取りを入口で聞いていたが、数秒経ってから中に入った。
茜のコーチは彼女の姿を見て、一瞬目を見開いた。「何かご用ですか——」
「ママ!」
茜のコーチは一瞬間をおいてから、微笑みながら言った。「そうか、あなたが茜ちゃんのお母さんだったんですね」
玲奈はうなずき、軽く握手を交わした。
ここ半年ほど、茜がフェンシング館に来るときはいつも智昭か優里、もしくは二人揃って付き添っていた。
コーチは優里が智昭の恋人であることは知っていたが、茜の母親ではないとも理解していた。
茜が練習に来るとき、常に父親か父親の恋人が一緒で、実の母親の姿は一度も見たことがなかった。そのため、彼は心の中で、茜の母親は智昭と離婚しているか、もしくは亡くなっているのだと思っていた。
だが今、玲奈が現れたということは、茜の母親は亡くなっていなかったのだ。
となると、智昭と玲奈はすでに離婚しているのだろう。
智昭と玲奈がなぜ離婚したのか、彼のような外部の人間にはわからない。
ただ、これまでの智昭、優里、そして茜の三人の関係から見ても、智昭と今の恋人は仲が良く、茜も優里に親しんでいたのは確かだった。
茜と優里の関係がこれほど良好だったのが、玲奈の了承のもとだったのかどうかは、彼にはわからなかった