今の晴樹は、まるで飼い主に捨てられた犬のようだった。だが、葉月の心には微塵の同情も湧かない。
「想像してる通りよ。そもそも、気づいてたでしょ?」
そう言い残して、葉月は視線を外すと、そのまま扉を閉めた。
部屋の中では、茂人がダイニングテーブルで彼女を待っていた。
葉月が近づくと、茂人はごく自然に箸を差し出す。
その手を受け取った瞬間、葉月の指先がかすかに震えた。
「さっき、なんで出てこなかったの?」
それは、茂人らしくなかった。
恋人関係になったばかりの頃、彼は積極的に彼女への宣言をしていた。今や支社の誰もが、茂人が葉月のために海外に来たことを知っている。
「葉月、俺も怖かったんだ」
茂人は穏やかに笑った。
「でも今はもう、怖くない」
「どうして?」
「葉月、君のことはわかってる。君は絶対に振り返らない人だ」茂人の目は、まっすぐに彼女を捉えていた。「今、俺のことをそんなに好きじゃなくてもいい。でも君は責任感のある人だ。いずれきっとあいつより、俺のことを好きになる。俺は、その価値がある」
その言葉は、ごく静かだったけれど、葉月の心に小さな波紋を残した。
「なんで責任なんて話になるのよ?」
「君に一度振られてからも、俺は君だけを好きでいた。君以外の誰にも目を向けなかった。その想いが、君の責任として返ってきたなら、それは、俺の勝利だ」
茂人の笑顔があまりにまぶしくて、葉月は一瞬、視線を奪われた。
ふと、昔どこかで読んだ言葉が、頭に浮かぶ。
潔白さは、男の最高のものだ。
葉月と茂人は、本当に相性が良かった。価値観も、その他のあらゆる面でも。
彼女の心に誰かがいる限り、他の恋は芽生えない。晴樹を完全に手放せたからこそ、彼女は茂人を選んだのだ。
「茂人」
「ん?」
「もう、彼のこと好きじゃない」
茂人の瞳が、ほんの少し明るくなった。
葉月は視線を伏せる。「今、私が好きなのはあなただよ」
数秒後、茂人は低い声で言った。
「まずは、食べよう」
お腹を満たしてからじゃないと、やることもやれないから。
その頃、外。
晴樹は、何度もドアを叩こうとしては、手を引っ込めていた。
ほんの数分だったが、そのやり取りで彼のすべての希望は粉々に砕かれた。
いつからだろう。自分が、葉月にとって最も嫌いな人間になっていたなんて。
彼はた