足をくじいた上に雨に濡れたせいで発熱し、医者からは数日待ってから手術を受けるように勧められた。
行く当てもない私は、そのまま入院することにした。
その日の夜、神谷史人から電話がかかってきた。怒りに満ちた声で、私が今どこにいるのか問い詰めてきた。
電話の向こうでは、桜井安梨沙がまたもや話に割り込んでくる。
「史人、清凛葉さん、こんな時間になっても帰らないなんて、同僚の家に泊まってるんじゃない?聞いた話だと、彼女の会社には男の同僚がたくさんいるんでしょ?ねえ、史人、何かあったらどうするの?」
神谷史人は、鼻で笑うように軽く嗤いながら答えた。
「知らないのか?清凛葉がどれだけ俺を愛してるか。犬みたいに忠誠心が強くて、絶対に離れないんだ。不倫なんてするわけないだろ」
胸が張り裂けるような思いだった。
昔、一度彼に別れを告げられた時、必死に彼を引き留めた。
その時は、自分の真心が彼に伝わったのだと信じていた。でも、彼の目には私がただの忠誠心だけでまとわりつく「犬」にしか見えていなかったのだ。
神谷史人はその別れ話の時の状況を、あたかも目の前に蘇るかのように細かく描写し、私の必死な懇願まで真似し始めた。
それが桜井安梨沙のツボに入ったのか、クスクスと笑いながら言った。
「ねえ、史人、あの頃ちょうど私が帰国した時だったよね。もしかして私のために別れたの?」
神谷史人は一瞬言葉に詰まり、その後すぐに私に言い訳を始めた。
「変なことを考えるな。当時はただの一時的な衝動だ。今は清凛葉だけを愛してる。そうじゃなかったら、結婚までしないだろ?」
私は皮肉を込めて首を振り、そのまま電話を切った。
薬を塗り替えてくれていた看護師は、この内容をほとんど聞いてしまったらしく、私を見る目にかすかな同情の色が浮かんでいた。彼女の口調は先ほどよりもずっと優しくなり、丁寧に声をかけてくれた。
「中絶手術、一番早くていつ受けられますか?」
私はそう尋ねた。
「足の傷はそこまで深刻ではないので、明日には手術が可能ですよ」と、彼女は答えた。