私は言葉を失い、振り向いて弘人に愚痴をこぼしたが、彼はただ「もっと耐えろ」と言った。
「祐奈、僕は葵ちゃんとずっと一緒にいたんだ。彼女は13歳のときに母親を失ったから、きっとあなたから母親の愛情をたっぷりと受け取って、あなたの前では本当の自分を出せるようになったんだよ。彼女は心からあなたを頼りにしているんだ」
その言葉に、私は全く嬉しさを感じなかった。むしろ胸が締め付けられるような思いが込み上げてきて、言葉がうまく出てこなかった。
仕方なく、葵のために小さな洗濯機を買って、下着を洗うようにした。
もちろん、気が進まなかったが、彼女がもうすぐ大学の入試を迎えることを思うと、あと数ヶ月だけ頑張ろうと自分に言い聞かせていた。
それでも、嫌な気持ちを押し込めながら、毎日何とか耐え続けていた。
弘人は営業の仕事をしていて、よく全国を飛び回っているため、葵の面倒はほとんど私一人で見ることになった。
これまで毎朝6時半に起きて、葵に朝ごはんを作り、仕事で稼いだお金で高額な家庭教師をつけ、週末は家の掃除や洗濯をしていた。
私は葵のために全力を尽くし、まるで母親のような役割を果たしていた。
やっと月初めに葵を大学まで送り届け、少しホッとした。
まさか、たった二週間で彼女がまた帰ってくるなんて。
私がぼんやりしているのに気づいた葵は、小声で私を呼んだ。
「お姉さん、食堂のご飯は硬くて食べると胃が痛くなっちゃうけど、あなたが毎日作ってくれる朝ごはんは本当においしいよ」葵は甘えた声で言った。
「それは当然だよ。お姉さんはあなたを本当の娘のように育てているんだから、毎朝の手作り料理は、食堂の食事なんかとは比べものにならないよ」弘人はそう言いながら、私に親指を立て、私の顔色がどれほど悪いか全く気にせずにいた。
葵は勉強をおろそかにして、公立大学には合格できなかった。その結果、最終的には私立の芸術大学に進学することになった。学費は年間40万円で、食堂もそれなりに良かった。
私は遠慮せずに言った。「葵、大学の食堂は競争入札で選ばれたんだから、昔、田舎でも13歳まで育ったんでしょう?」
額を押さえながら、私は続けて言った。「弘人、最近ちょっと体調が悪い気がするの。暑さのせいかもしれないし、出張で疲れも溜まってるし。葵が大学に行ったと思うと、少し体を休められるかなって」
できるだけ冷静に話そうとしたが、体中が熱くなるような感覚が広がった。
思わず後悔した。昔、母のアドバイスを無視して葵を自分のところに引き取るべきではなかった。今になって、そんな簡単に彼女を自立させることはできないような気がする。
いつも私ばかりが犠牲を払っている気がする。限度があるだろう。たとえベビーシッターでも、休む時間は必要だ。私はただの30歳を過ぎた、ひとりの女性に過ぎない。
これまでの数年間、私はほとんど全てのエネルギーを葵に注ぎ込んできた。夫婦の会話も、いつも彼女に関することばかりだった。
次第に、私は自分が弘人に雇われた無料のベビーシッターのように感じるようになった。
私は弘人をちらっと見た。彼が何も言わないのを見て、思わず彼の太ももを強くつねった。
弘人はしばらく黙っていたが、ようやく口を開こうとした。
「お姉さん、私のことが嫌いになったの?大学に行ったから、あなたも兄さんも私のことを面倒見たくなくなったの?」
そう言って、葵は涙をこぼし始めた。まるで私が彼女をいじめたかのように。
弘人は心配そうに妹を抱きしめ、振り返って私を厳しく睨んだ。
彼は声を一段高くして言った。「葵、この家のことは、僕が決めるんだ。ここに住んでもいいんだよ。誰がそれを止めるって言うんだ?」
私は深呼吸を10回して、自分に言い聞かせた。「耐えろ、耐えろ」
しばらくして、ようやくゆっくりと口を開いた。「弘人、葵が大学に行ったばかりだから、私たちは彼女が新しい環境に慣れるのを手伝うべきだと思う」
「お姉さん、私もそうしたいけど、学校がとても広くて郊外にあるから、どこに行くにも不便なの。お願い......」
葵はわざと話を途中で切った。