だが結局、彼は電話をかけなかった。
しかし、九条時也はこの得体の知れない感情が、彼女を心配する気持ちだと自覚していた。
自分は水谷苑のことを気にかけているのだと。
正月が来る前、九条時也は8ヶ月になった九条津帆を連れて根町へ行き、そこで年を越すことにした。プライベートジェットが着陸する際、雪が降っていたが、無事に着陸できた。
夕方、黒塗りの車がゆっくりと別荘へと入った。
車の屋根には、薄く雪が積もっていた。
九条時也は車から降り、辺りを見回した。別荘は先日のクリスマスの時のような華やかさはなく、静まり返っていた。全くお祝いの雰囲気はなかった。
リビングに入り、コートの雪を払い落としたが、水谷苑の姿は見えなかった。
高橋は彼の考えていることを見抜き、九条津帆を抱きながら言った。
「奥様は、ずっと二階から降りてこようとなさいません。食事も、お部屋で召し上がっています。普段はほとんどお話しにならないで、ぼーっとしていらっしゃるか、絵を描いていらっしゃいます。夜中まで寝ずに絵を描いていることもありまして、こっそり覗いてみましたが、津帆様の絵でした」
九条時也は言葉を失った。
彼は九条津帆をあやし、二階を見上げてから、コートをソファに置いて言った。「夕食の準備を頼む。苑を呼んで、俺と津帆が帰ってきたと伝えてくれ」
高橋は嬉しそうに頷き、二階へ上がろうとしたが、少し躊躇して言った。「これからは、『奥様』と呼ぶのは不適切かと『苑様』ではいかがでしょうか?」
九条時也は少し不機嫌になった。
彼はそっと言った。「その必要はない、今までと変わらず、『奥様』でいい」
高橋は内心では呆れたが、笑顔で「かしこまりました。奥様を呼びに行きます。津帆様に会えるの、きっと喜ばれるでしょう」と言った。
高橋は二階へ上がった。
他の使用人たちは九条津帆をあやし、「津帆様、かわいいですわ。奥様に似ていますね」と口々に言っていた。
九条時也はシャツの袖をまくり、九条津帆を抱き上げてから、何気なく尋ねた。「そうか?どこが苑に似ているんだ?」
使用人はすぐに「目と鼻が奥様に、唇が九条様に似ていらっしゃいます」と答えた。
九条時也は九条津帆にキスをしてから、そっと言った。「俺たちの子供だから、当然、俺たちに似ているだろう」
その時、二階から足音が聞こえてきた。
水谷苑