この契約にサインしなかったら、ここから出られないと思った。
玉巳と史弥に目をやらなくても、その場には二人から針で突き刺すような視線が向けられているのを感じる。
伶がこんなことをするから、自分と彼が一派みたいに見えてしまう。
そうでなければ、こんな大事な契約を本人が見ない理由がないからだ。
悠良は一瞬ためらったが、結局手を伸ばして契約書を受け取り、覚悟を決めて最後まで目を通した。
そして伶に言った。
「確認しました。問題ありません」
伶は大きく手を振った。
「よし、じゃあサインするか」
サインが終わると、玉巳はこれ以上じっとしていられないとばかりに口を開いた。
「お二人はごゆっくり。私は先に外で気分転換してきます」
史弥はその書類を受け取り、無意識に悠良に視線をやった。
その意味は悠良にもわかっていた。
史弥から切り出させるわけにはいかない。
莉子に笑いものにされる。
だから悠良は先に口を開いた。
「行ってきなよ。あの子、新人だし気が弱いから耐えられないかもしれないし」
[わかった。帰るときに電話するよ]
史弥は契約書を手に、その場を後にした。
その後ろ姿を見送り、悠良は目に冷たい光をにじませた。
その後、さきほど莉子から渡された酒を手に取って、伶に差し出す。
口元を少し引き上げると、
「おめでとうございます」
伶は露骨に顔をしかめた。
「笑顔は悪くないが、次からは笑わなくていい」
悠良の笑顔は一瞬にして凍りついた。
この男、口が悪い。
前も同じことを言っていたが、自分はそこまでひどい笑顔をしていただろうか。
悠良はもう一度口角を上げる。
「わかりました」
そう言って酒をさらに前に差し出した。
伶はそのグラスを受け取って眺めまわすと、
「これ毒入りじゃないよな?」
悠良は顔をひきつらせ、もう甘やかさなかった。
「だったら飲まなくてもいいです」
そう言って手を引こうとした瞬間、伶はその手からグラスをすっと奪った。
「まあいいさ、君に免じてな」
そして唇に近づけ、少し間を置いてからぐいとあおった。
「うん、味は悪くないな。ちょっと渋いけど」
悠良は唇をとがらせる。
「ここの酒なんてどれも同じ味ですよ。渋いも何も......」
伶とやりとりするのに気を取られていて、隣にいた莉子の顔色が悪いこと