「今、今すぐ行くの?」
聡はわずかに緊張した面持ちで尋ねた。
その様子を見て、星野は少し驚いた。
あの聡でも、緊張することがあるんだそんな発見に、胸の奥でふっと温かいものが湧き上がる。
「お母さんにはもう会ったことありますよね。すごく優しい人だって、知ってるでしょう。きっと、よくしてくださいますよ」
「……知ってる」
聡は小さく頷いた。尚子が優しい人だということは、もちろんわかっていた。いつも笑顔で話しかけてくれる、穏やかで包み込むような雰囲気の女性だ。
彼女と話していると、自然と心が和らぎ、言葉にできないぬくもりに包まれる。そんな人だった。
けれど今はもう、あの頃とは立場が違う。それが、どうしても緊張を呼び込んでしまう。
怖気づいている自分を、聡は自覚していた。
「ちょっと、準備が必要だわ」
そう言った聡に、星野は優しく頷いた。
「急がなくても大丈夫ですよ。まだ、時間はたっぷりありますから」
その言葉に、聡はほんの少し肩の力を抜いた。
帰宅すると、身体の芯から疲れを感じた。シャワーを浴び、ベッドに身を沈めても、頭の中はざわざわと雑音のような思考が渦巻いていた。
やがて星野がベッドに入ってくる。そっと腕を伸ばして彼女を抱き寄せると、熱を帯びた吐息が肌に触れた。
彼はそっと頬にキスを落とし、やがて唇の端に移っていく。
静かな室内に、次第に二人の呼吸音が交差していく。
翌日。
聡のスマートフォンが鳴り、画面に「桜井」の文字が表示された。
「聡さん、ご結婚おめでとうございます。末永く、お幸せに。実は、社長から預かっているものがありまして、ぜひお渡ししたいのですが」
「えっ、何?」
「どちらにいらっしゃいますか?できれば直接お会いしたいのですが」
待ち合わせ場所を伝えると、二人は近くのカフェで会うことになった。
聡が到着すると、桜井はすでに席に着いており、彼女の姿を見つけると笑顔で立ち上がり、一通の茶封筒を手渡してきた。
受け取った封筒を開け、中身を目にした瞬間聡は目を見開いた。
「……これ、何?」
「社長からの新婚祝いです」
その言葉に、聡の胸の内で驚きが炸裂する。
やっぱり、金持ちってスケールが違う。
封筒の中にあったのは、なんと別荘の譲渡書類だった。
場所は冬木でも屈指の高級住宅地。文字通り、一寸の土地にも