輝明は眉間に皺を寄せ、不快感を隠せなかった。「またか?どこの部門だ?」
「また安全監査部です。上からの指示らしいです……」森下の声は焦りが滲んでいた。「社長、一度会社に戻っていただけませんか?」
輝明は点滴のボトルを見上げた。
綿は彼をじっと見つめ、彼が何をしようとしているのかを察したようだった。「点滴がまだ終わってないわよ」
輝明は唇を引き結び、「終わってからまた打つよ」と言って電話を切った。彼は立ち上がり、自分で点滴の針を抜こうとした。
綿はそれを止めようと一歩踏み出したが、彼のはっきりした動作を目にし、再び手を引っ込めた。
彼女は、これ以上踏み込むべきではないと感じた。
輝明は、差し出されてから引っ込められた彼女の手を見て、意味深な眼差しで彼女を見つめた。「君の言うことを聞くよ。この件が片付いたら、ちゃんと胃を労わる」
そう言い残し、彼は上着を掴んで病室を後にした。
綿はその場に立ち尽くし、空っぽになった病室を見つめながら、静かに笑った。
「私の言うことを聞く?それはないわ」
彼女は苦笑しながら心の中で呟いた。
「聞くのは自分の声だけ」
かつて彼は彼女の言葉など聞いたことがなかった。そして今、離婚してから急に「聞く」と言う。それが滑稽に思えた。
綿は病室を後にした。
廊下で待っていた看護師が声をかけてきた。「桜井さん、また高杉さん、点滴を途中でやめちゃったんですか?」
綿は苦笑いを浮かべた。また?じゃあ初めてじゃないのね。
「まあ、彼の命ですから。私たちがどうこうできるわけじゃない。彼が治療を嫌がるなら、無理やりベッドに縛り付けるわけにもいかないでしょう?」
看護師は困り顔で言った。「高杉さん、本当に誰の言うことも聞かないんですよね」
その言葉に綿の心が少し痛んだ。
誰の言うことも聞かない?
違う。かつて彼は嬌の言葉を聞いていた。
……
夜の11時過ぎ、綿が帰宅すると、すでに疲れていた。
病院から戻った後は、柏花草のエキスを取り出す作業をしていたのだ。
天河はまだ起きており、仕事を片付けながら愛娘を待っていた。
「おや、今日は特別な日か?研究所で寝泊まりしてるんじゃないのかと思ったぞ」
綿は上着を脱ぎながら