Chapter: 第70話「ガドルの幼馴染」 休息を終えた一行は再出発し、ついに|隧道《ずいどう》を抜けた。 その先で、セリュオスは思わず足を止めた。 広い、というのが最初の感想だった。 隧道の先にあったのは、単なる空洞ではなかった。 天井は遥か高く、それを支えるように、何本もの巨大な石柱が乱立している。 柱の表面には、自然にできたとは思えない加工の痕跡があり、幾何学的な紋様が幾重にも刻まれていた。 それは明らかに古代の遺構のように見えるが、その下に視線を向けた瞬間、セリュオスは目を|瞠《みは》った。 石を削って作られた住居と、柱と柱の間に渡されている簡素な足場。 天井から|吊《つ》り下げられた灯具が、淡い光で街全体を照らしている。 遺構の足元で、人々が生活を営んでいたのだ。 おそらく、彼らが地を這う民だろう。 ゆっくりと行き交い、荷を運び、何やら言葉を交わしながら、ごく当たり前のように生活している。 ここは遺跡でもあり、それと同時に、彼らにとっては住む場所でもあった。「……これは、驚きです」 シエルハが石柱の一つに近づき、そっと手のひらを当てる。 その表面には長い年月、人の手が触れてきた痕が残っていた。「文明遺構を保存するというよりも、さらに手を加えながら……今も使い続けているんですね……」 小さな指が、刻まれた紋様をなぞる。「崩壊させずに増築を繰り返していく文化……遺跡そのものを、生活基盤として内包しているんです……」 その真剣な声は、完全に学者のそれだった。「あっしら地を這う民は、遺跡に住んでるんじゃねェ」 少し後ろに立っていたガドルが、ぽつりと口を開いた。「“遺跡と一緒に生き続けてる”んだ」 その言葉は説明というより、事実をそのまま置いただけのようだった。 シエルハは一瞬だけ動きを止め、それから深く|頷《うなず》く。「……はい。そうでなければ、こんな歴史を感じる街にはなりません」 だが、ガドル自身は、それ以上何も言わなかった。 視線は街の奥を見ているようで、実際には誰とも目を合わせていない。 通りを歩く人々の中に、知った顔があるのだろうか。 ガドルはほんの少しずつ、自然を装いながら、一行の端へ移動する。 できるだけ大通りを避けるように、柱の影に隠れたがった。 セリュオスはガドルの変化を見逃さなかった。「……何か気まずいことでもあるのか?
Huling Na-update: 2026-04-29
Chapter: 第69話「母の味」 魔物たちの群れが、背後から現れたその存在に|怯《おび》えていた。 広場に散らばる魔物たちの死骸。 砕けた顎、引き裂かれた胴。 それらをいとも簡単に踏み砕いてしまう巨脚。「あれは、グランデラ・ボース……」 その威容さに、シエルハは|呆然《ぼうぜん》としている。 一応、エレージアが傍にいるからには大丈夫だとは思う。「なるほど、親玉の登場というわけか」 セリュオスがようやく剣を抜いた。 だが、レバザが手で制止する。「勇者は下がってろって言っただろ?」 親玉はその言葉を嘲笑うかのように、|隧道《ずいどう》の闇の向こうから完全に姿を現した。 通路に収まっていることすら驚くほど巨大な|体躯《たいく》。 背中には|歪《いびつ》に結晶化した岩殻が張り付き、全身を覆う霧は、他の魔物の倍以上に濃い。 頭部には割れた仮面のような角質が重なり、その隙間から、濁った光が覗いている。 ズン……ズドン……。 それは足音というには、あまりにも低く、重い振動が伝わってきた。 まるで岩盤そのものが、|呻《うめ》いているようだ。「……さあ、来るよ」 レバザが低く|呟《つぶや》いたその瞬間、 親玉が|咆哮《ほうこう》を上げた。 空気が震え、広場の壁から細かな岩片が剥がれ落ちる。 残っていた魔物たちが、一斉に色めき立っていた。「……親玉だろうが何だろうが、あっしらには関係ねェ!」 ガドルが拳を鳴らしながら、待ち構えている。 戦う気は満々のようだ。「マズいわ……!」 だが、エレージアが声を上げる。「このグランデラは……さっきまでのと格が違うわよ!」 親玉が前脚を振り上げ、地面を|叩《たた》きつける。 衝撃波が走り、セリュオスの足元の岩が砕けた。「散るんだッ!」 セリュオスが回避するように叫んだが、それよりもほんの僅かだけ早く、レバザが一歩前に出ていた。「いいや」 彼女は斧槍を深く構えたまま、大地を蹴り上げる。「ここは――」 斧槍が大きく弧を描き、渦を巻くように振り抜かれた。「アタイが通さないよ!」 レバザの斬撃が、空気ごと切り裂いた。 グランデラ・ボースが|纏《まと》う霧が引き裂かれ、斧槍の刃が親玉の岩殻を直撃する。 地下道内にガギ
Huling Na-update: 2026-04-22
Chapter: 第68話「地を這う民の隧道」 レバザとガドルの案内で霧の森を抜け、セリュオスたちは地を這う民の|隧道《ずいどう》へと足を踏み入れた瞬間、ようやく安全地帯に来ることができたと胸を|撫《な》で下ろした――はずだった。 湿り気を帯びた空気が、肌に|纏《まと》わりつく。 霧の森で感じていた刺すような冷たさとは違う、土と岩が混じった、どこか懐かしい匂いを感じる。 壁に刻まれた無数の掘削跡が、この道が自然に生まれたものではなく、長い年月をかけて人の手で作られてきたものであることを物語っていた。 ——隧道は安全だ。 ガドルはそう言っていた。 地を這う民にとって、この地中の道は生活で使われるものであり、そこを行き交うのは同じ民の仲間だけなのである。 外的である魔物が侵入することなど、滅多にないのだと。 だからこそ、隧道に入った瞬間に《《それ》》が現れることなどあり得ない。 ……そのはずだったというのに。「……いや、待て。おかしいよな?」 必死に走りながら、セリュオスは思わず疑問を口にしていた。 自分でも驚くほど、声が硬くなったような気がする。 その背後からは、確かに追跡者たちの音が聞こえていたのだ。 岩盤を引っ|掻《か》くような鋭い音。 くぐもった荒い呼吸音。 低く、粘ついた|唸《うな》り声。 それは霧の森でも、何度も耳にしたものに似ている。 獲物を狩ろうとする獣たちが響かせる音だ。「なぜ俺たちは、地を這う民の隧道を――逃げるために走っているんだ?」 セリュオスが言葉にした瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。 エレージアが僅かに息を切らせながら振り返る。 額に浮かんだ汗が、隧道の中を照らす鉱石の光を反射していた。「ねえ、ガドル。あなたの口は、隧道が安全だと言っていなかったかしら?」 明らかにガドルを責める目的で言っている。 彼女の問いは重いものだった。「……本来は、な……」 ガドルの声は低く、歯切れが悪い。 いつもなら軽口の一つでも|叩《たた》いているであろう男が、言葉を探すように口を|噤《つつし》んでいる。「……」 レバザは何も言わない。 斧槍をその手に握ったまま、ただ仲間たちの一歩後ろに位置取り、背後の闇へと鋭い視線を向けていた。 彼女の肩越しに、魔物たちの影が揺れ
Huling Na-update: 2026-04-15
Chapter: 第67話「魔王領を目指して」 霧の民と森の民が戦場を去るのを見届けたセリュオスたちは、シエルハたちが修復してくれていた遺跡の前に集まった。 まだ修復が完全とは言えないが、最低限の補強はすることができたらしい。 ふと上を見上げると、そこにはオルデリウスの姿もあった。「我の体も、相当燃費が悪くなっているらしい。それに、この地は肌に合わぬ。ルキシアナの子孫たちを守るためにも、一度南に帰らせてもらおう」 機械じみた声ではあるが、その中には確かな意思が宿っていた。 オルデリウスに頼ることがあるとすれば、あと一度だろうか。 確証はないが、そんな予感がセリュオスの頭をよぎった。「ああ。力を借りたい時は、またこの首飾りで呼び出させてもらうからな」 セリュオスが首飾りを見せると、オルデリウスの瞳が揺らぐように、微かな反応を示した。 金属の体に刻まれた苔や傷跡は、長い年月と補修されていないことを示している。 1000年も朽ちずに残っているということは、それだけルキシアナの技術が優れているということでもあった。「勘弁してくれないか。その光がどれほど騒々しいか、お主は知っておるのか? 人間からすれば、これぐらいであろう?」 とオルデリウスは自らの腹部を|叩《たた》き、短く金属音を立てた。「確かに、うるさいな」 耳を塞ぎながら、セリュオスは微笑みを返した。 戦いの熱気を残していた霧の森に、静かで穏やかな空気が戻っていく。「冗談である。いつでも、お主の呼び出しを待っておるぞ」 「ありがとう……オルデリウス。お前がいてくれて、本当に助かった。ちゃんと休んでくれ」 オルデリウスの瞳が淡く光り、僅かに頭を下げたように見えた。 そして、巨体が一歩大きく踏み出すと、その脚部はすぐに大樹で見えなくなる。 やがて金属の巨人の後ろ姿も、霧の中へと消えていった。「改めて、勇者セリュオス、調停者としての立ち会い、感謝する」 レバザの言葉に、セリュオスは軽く|頷《うなず》き返す。 彼女は普段の冷静さを取り戻したのか、霧の民の未来を思いやる優しさを|湛《たた》えた眼差しに変わっていた。「……いや、俺は今自分にできることをしただけだ。それに、俺たちにはまだやらなければならないことがある。魔王ドライシュトラを倒すためには、北を目指さなけ
Huling Na-update: 2026-04-12
Chapter: 第66話「終わりではなく、始まり」 ミストヴェラールは激しい戦乱を経て、ようやく静けさを取り戻していた。 だが、木々と崩れた遺跡の残骸は、戦による爪痕の深さを無言で物語っている。 地面には散らばった矢尻や折れた槍の柄が点在しており、森全体がまるで深い呼吸をするかのように沈黙していた。「アンタはミストヴェラールに伝わる伝説の宝具を使って、あの鉄の巨体を動かした。……つまり、アンタが魔王を倒すために現れた勇者ってことなんだろ?」 それを聞いた瞬間、セリュオスは目を見開いた。「確かに、俺は勇者だが……」 「だったら話は早いね。この後、霧の民と森の民の代表によって、停戦の会談がおこなわれる。でも、この戦いを終わらせたのはアンタだ。アタイらじゃない。だから、その責任として、アンタには第三者として会談に立ち会ってほしいんだ」 「急に立ち会えって言われても……」 「できることなら、アタイはもう、霧と森の民の戦いをもう起こさせたくない……! アンタに関係ないことは重々承知してるさ! それでも、どうか今だけでいいんだ。アタイらに、協力してくれないか?」 レバザの想いが、本気度が、セリュオスに|犇々《ひしひし》と伝わってくる。 彼らが争わないでいてくれると言うのなら、セリュオスにも断る理由はなかった。「俺も人間同士の戦いを見るのは嫌だから、その気持ちは痛いほどわかる。もちろん、俺にできることなら、協力させてもらうつもりだ」 セリュオスは戦いの最中に感じた無力感を、今一度胸の奥に抱え込みながらも、目の前のレバザに誠意を示すように微笑んだ。「それでこそ、勇者だ……!」 彼女もまた、深く息を吸い込み、ゆっくりと|頷《うなず》いた。 セリュオスが仲間たちの姿を見渡すと、崩れかけた遺跡の前にシエルハがいた。 生き残った森と霧の民は互いに距離を取りながら、シエルハの指導のもと|瓦礫《がれき》を片づけている。 その付近ではガドルも協力しているようで、荒れてしまった森の正常化が進められていた。 レバザ曰く、今すぐ元に戻ることはないだろうが、森の意志さえはっきりしていれば、また新たな生命が芽吹き始めるのだとか。 誰もが目を合わせることを|躊躇《ためら》い、言葉は少なかったが、それでも自分たちが起こしてしまった争いの責任を取ろうという気概を感じることができた。 森の中央に設けられた仮
Huling Na-update: 2026-04-08
Chapter: 第65話「我の名はゼルフ、かつてオルデリウスと呼ばれた者」 霧と森の民の戦場から南の方角。 少し前にセリュオスたちが訪れた森の民の集落があった方向から、《《それ》》は現れた。 その巨体は樹海を|掻《か》き分けるようにして、セリュオスたちの頭上に姿を見せる。 彼の者の正体は、かつての魔王オルデリウスの意識が入り込んだ――ゼルフ78号だった。 木々の間を縫うように微かな光が走り、セリュオスが持つ|蛍晶《けいしょう》鉱石の首飾りが淡く脈動していた。 蛍晶鉱石の放った光が、森の民の集落で眠っていたゼルフ78号を呼び覚ましたということだろう。「……ゼルフ78号……。いったい彼は、何のために現れたんでしょうか……!?」 シエルハの声が小さな震えを帯びて森に響く。 彼の瞳は、驚きと緊張で大きく見開かれていた。「ちゃんとその目で見ていなさい。これから、セリュオスが何を成し遂げるのかを」 「……セリュオスさんが?」 首飾りの光に誘われるように、セリュオスはいつの間にか足を踏み出していた。 まるでオルデリウスに導かれるかのように、緩やかに霧を抜けて進んでいく。「……ゼルフ78号。俺が、お前を呼んだんだ。今こそ、ゼルフ78号の力が必要だと思ったから……」 低く|呟《つぶや》く声に、周囲の霧が一瞬だけ揺らめいた。 その瞬間、空気が変わった。「我を呼びし勇者セリュオスよ。お主は我に、何を望む?」 大地が振動し、|瓦礫《がれき》が不自然に押しのけられるように動き始める。 崩れた石壁や倒木の隙間を縫うように、未知の力が流れる音が森全体に響いた。 まるでゼルフの声に呼応するかのように明滅する蛍晶鉱石の光は、森の奥底から立ち上る巨大な意志そのもののようだった。「セリュオス……あなたが、この戦いを止めるのよ……」 エレージアの声が、霧の向こうで微かに震える。 彼女は腕を組み、周囲を警戒しながらもセリュオスとゼルフの対峙を見守っていた。 |苔《こけ》と|錆《さび》に覆われた鋼鉄の身体は長い年月を感じさせるが、その瞳は赤く光り、まだ廃れていないと主張するように圧倒的な存在感を放っている。「どうした、セリュオスよ。識別コード――ルキシアナ、またはその継承権を持つ者による命令はまだか?」 機械の声が霧の森に響き渡る。 セリュオスは息を整えてから首飾りを握り締
Huling Na-update: 2026-04-01