Chapter: 第34話 憎しみと愛 それからも、俺の身の回りでは、説明のつかない出来事が静かに続いた。 派手な嫌がらせではない。物が壊されるわけでも、直接的な言葉を投げつけられるわけでもない。 ただ――俺の机に、何かが入れられている。 それは決まって、「一度無くした物」だった。 ハンカチ。 使いかけのリップクリーム。 目薬。 どれも、確かに「無くした」と思った記憶がある。 そして、どれもが例外なく、ジッパー付きの透明な袋に入れられて戻ってくる。 まるで、保管されていたかのような状態で。 「拾いました」というより――「戻しました」。 そんな印象が、どうしても拭えなかった。 誰かが俺の物を拾った。それ自体は、善意で説明できるはずなのに。 けれど、袋に入れ、丁寧に机の奥へ忍ばせるその手つきまで想像してしまうと、胸の奥がひやりと冷えた。 これはストーカーなのか。それとも、嫌がらせなのか。 判断がつかないまま、俺は一人で抱え込んでいた。 * いつも通り、冴と腕を組みながら、生徒会専用フロアを抜け、寮の部屋へ戻った時だ。 「……あれ?」 ドアノブに、白い紙袋が下げられていた。 反射的に立ち止まり、中を覗く。 冴には「苑真か玲央からか?」と尋ねられたけど、俺はサッとそれを背後に隠して言った。 「苑真に頼んでた、ドイツ限定のお菓子だった!」 その一言だけ言って、俺は冴の返事を待たずに部屋へ入り、素早くドアを閉めた。 もう一度中身を確認し、それが見間違いではないことが分かると、ビニール袋を二重にして口を縛り、さらにゴミ袋で覆ってベランダに置いた。 「……どうしよう……」 こういう時、黒瀬に相談できたらよかったのかもしれない。 けれど、あの花束の一件以来、俺と黒瀬のやり取りは業務連絡程度に留まっている。今さら頼れる関係ではなかった。 頭の中で、可能性を一つずつ潰していく。 俺の私物を盗み、返す。 次は、生徒会メンバーしか入れないはずのフロアに侵入し、物を置く。 カードキーを持っているのは、俺たち四人。もしくは、その複製を持つ親衛隊幹部。 あとは――強いて言えば、苑真のお気に入りの数名。 最初に黒瀬の顔が浮かんだ。けれど、すぐに打ち消す。 いくらなんでも、こんな気持ちの悪いことをする人間じゃ
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-01
Chapter: 第33話 嫌がらせの始まり 結納を済ませた俺たちは、その後も変わらず―― いや、むしろ以前にも増して、恋人同士として振る舞うことを求められた。 これ見よがしに食堂でイチャつき、それを見て大騒ぎする生徒たち。そして、もはや開き直った俺にとっては、冴を「恋人」の名目で振り回すことの出来る遊びの一つになりつつあった。 「おい……美森、あそこまでする必要ないだろ」 「なんで?恋人同士なら “あーんして♡” くらいは、すると思うよ」 「もう二度としなくていい。節度を弁えろ」 学園という閉ざされた世界の中で、その関係は瞬く間に拡散し、ほぼ全校生徒にとって「既成事実」として消化されていった。 全校集会で生徒会が壇上に並べば、好奇と興味が入り混じった視線が一斉に突き刺さる。 冴が原稿を俺に手渡す、それだけの仕草で悲鳴が上がり、切り取られ、誇張され、面白おかしく噂として流通していく。 その騒がしさに辟易していたのは、俺たちだけじゃない。 「全く……いい加減、静かにならないもんかね」 苑真が書類をまとめながら、呆れたように息を吐く。 「しばらくは無理だろ。燃料がでかすぎる」 後堂家と美森家の“結びつき”は、父親たちが満足するには十分すぎるほど、派手に機能していた。 会話の途中で、生徒会室のドアをノックする音が響き、冴がいつも通り短く言った。 「入れ」 次に現れるのは、どうせ親衛隊長たちの“プレゼントお届けタイム”だろう。 そう思っていたから、ドアの向こうに立っていた人物が顔を見せると、俺たち四人の空気が固まった。 黒瀬だった。 「はい、死んだー」 苑真が面白がるように小声で囁き、玲央も苦笑いする。 冴と黒瀬は早速睨み合いを始めていて、胃の奥がきり、と痛んだ。 「失礼いたします。美森様宛のプレゼントと、花束をお持ちしました」 淡々とした声。 感情の起伏が一切読み取れないその口調で、黒瀬は大きな紙袋を二つ机に置き、さらに―― 赤い花束を、俺の腕にそっと乗せた。 「え……花束?」 思わず声が漏れる。確かに今までも何度か受け取ったことはある。 けれど最近は固辞していたし、贈り主も自然と減っていたはずだ。 「後堂様の親衛隊、及び隠れファンの間で、お二人の交際を祝す動きが強まっているようです。 特に、美森様宛の贈り物
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-01
Chapter: 第32話 結婚写真「それだけは守るって誓う」 その言葉に、思わず顔を上げる。 冴は、俺が親戚たちのやりとりで心をすり減らしたのに気付いてくれていた。 (どうして急に……) どうしてこんなにも、優しくしてくるのか。 そんなに心配になるほど、俺は酷い顔をしてるのか?「嫌だったら、また叩いていい。殴ってもいい」 この間まで平手を喰らわせた婚約者に、今は静かに抱き寄せられている。 唇に視線を注がれ、恥ずかしさで目を逸らすと、さらに顔が近づく気配を感じた。 襦袢の襟元に手を置かれ、高鳴りが全身を貫く。「……ん、」 深くはない、でも確かな温もりと甘さを残すキス。 もう一度角度を変えて、そっと唇が触れる。 練習もいらない。 今はもう、恋人の振りをする必要もない。 この控え室には俺と冴しかいないのだから。 それでも、身体が拒まなかった。 これから先に待っているものを、何一つ信じられない。 名前と家のために飾り立てられ、自分の意思も未来も、すべて切り取られてしまったと、はっきり自覚していた。 この先、何を選んでも「俺自身」には戻れない。 そう思った時、胸の奥が空洞になった。 だからだ。 冴のキスは、欲望でも演技でもなかった。 慰めでも、所有の印でもない。 ただ、「守りたい」という合図みたいに感じられて。 それが、どうしようもなく、救いに感じてしまった。 肯定されたかったわけじゃない。 愛されたかったわけでもない。 ただ――存在を、否定されなかった。 その事実だけで、唇を離す理由を俺は見つけられなかった。 お互いに余韻を残して見つめ合っていると、不意にノックの音が響いた。 ドアの向こうから、低く響く声が割り込む。「冴様、美森様のお身体の具合は……」 一瞬、世界がひしゃげるような気がした。 冴は落ち着いた声で答える。「あぁ、さっきより少し楽になったみたいだ」 慌てて襦袢を整え、肌を隠すように手を伸ばす。 ドアの向こうから、使用人の足音が遠のいていく。 その間に冴は立ち上がり、俺の振袖を広げ、帯を丁寧に結び直す。 ファッションブランドの家に育っただけあって、そういう知識も心得ているのか、さっきと全く同じ形の帯を再現してくれた。 着付けを終えると、冴はそっと俺の髪を撫でた。「後少し、我慢して耐えられ
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-01
Chapter: 第31話 解かれる帯 そんな時、冴がすっと前に出て、俺たちを取り囲む親族に向かって言った。「失礼します。美森さんの顔色が悪いようなので、奥の部屋で休んでも宜しいですか」 波風を立てない、穏やかだが確かな命令口調。 それを否定する者はいなかった。 さっきまで睨みつけるような視線を送っていた父さんも母さんも、冴の言葉には黙って従う。 冴は俺の両肩を抱くようにして立たせると、襖を閉じてから静かな声で言った。「……本当に大丈夫か?」 息を吐きたいのに、うまくできない。 帯を緩めようと手を入れたが、それより奥にある腰紐がきつく喰い込んでいるのだと気づく。 思わず壁に寄りかかり、口元を抑える。 その瞬間、冴がそっと腕を回し、倒れないように支えた。 肩と脚を優しく抱き上げると、自然と横抱きにされる。「お、降ろして!女扱いしないでってば!」「本当に可愛げがないな、お前は。具合が悪い時くらい、黙ってしおらしくしろ」 廊下を進んでいくたび、振袖の裾が揺れて、自分の心も揺れている気がした。 使用人とすれ違わなくて良かった。こんなことされて、もはや生き恥だ。 到着したのは、今は帰省の時くらいしか使わない、冴の自室だった。 そのままベッドに優しく降ろされ、冴は俺の背後にまわる。「緩めるぞ」「待って、解いたら自分で結べない……」 家では和装に慣れていても、さすがに矢帯結びは自分では無理だ。 これから写真撮影もあるし、帯を解いたまま戻らないと変な誤解を生みかねない。 でも冴は、まるで何事もないような顔で言った。「俺が出来る。だったら問題ないだろ」 言われるまま、冴の手は帯に触れ、するすると緩めていく。締め付けていた数本の腰紐もあっさり解かれ、長襦袢一枚の姿にされると、さすがに頬が熱くなる。 けれど、冴は気を遣って、部屋にあった上着を前にかけてくれた。「……ありがとう」「別に」 顔もこちらに向けず、冴は隣に腰を下ろした。 静かな沈黙が流れる中、時計を見ると席を離れて十五分。このあとは記念撮影もあるし、早く戻らなければならない――でも、正直なところ、戻りたくなかった。 外側だけを作り笑いで褒められる自分が惨めで、どうすることも出来ないと分かっているから。 俯いたままの俺に、冴がゆっくり顔を向けた。「……お前にしては、頑張ってると思
Zuletzt aktualisiert: 2026-04-21
Chapter: 第30話 儀式のはじまり 後堂家の広間に足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできたのは、高くそびえる天井と漆を塗り上げた柱、光沢を帯びた畳の間だった。 中央に座る冴の父親が、ゆったりと立ち上がる。穏やかだが、威厳に満ちた声が広間に響く。「この度は、美森様と息子の冴との縁談をご了承くださいまして、有難うございます。 本日は御日柄もよろしいので、婚約の印として結納の品を準備いたしました。幾久しくお納めください。」 その声に従い、使用人が静かに立ち上がる。 黒塗りの盆に載せられた結納品を、一つずつ丁寧に紹介しながら広間を巡る。 ひとつひとつに込められた意味が、言葉の端々にまで宿っている。 目を伏せ、軽く頷きながら呼吸を整えると、肩にかかる振袖の重みが、緊張をさらに押し上げる。 控え室で一人、何度も所作を確認してきたことが、今ここで役立っているのを実感した。「結構な結納の品々を、有難うございます。幾久しく、御受けいたします。……受書でございます、どうぞお納め下さい」 父さんがそう言うと、やがて、使用人が冴に視線を向けた。 冴は軽く息を整え、まっすぐにこちらを見据える。「このたびは、美森様とのご縁を結ぶにあたり、我が家に足をお運びくださり、誠にありがとうございます。私どもの家柄、また慣例に則り、こうして結納の席を設けさせていただきました。美森様のご家族にも、日頃より深いご配慮を賜り、感謝申し上げます。この結びが、互いに敬い、助け合い、末永く幸せな日々となるよう、礎を築いて参ります」 冴の声は落ち着いているのに力強く、格式ある場にふさわしい。 畳に三つ指をつき、俺は深く頭を下げた。 顔を上げると、目に映ったのは金色に輝く虚飾の山だった。 一つひとつの結納品に込められた祝福よりも、どれだけ両家の威光を示すか――その意図が、濃く透けて見える。 華やかさを求められ、祝福されるはずの場で光り輝く結納品の数々。 しかし心は重く、静かに、何かに呑み込まれていくようだった。 ――結納の後に設けられた食事会には、俺の家からは両親と兄たち、さらに遠縁の親類までが揃い、冴の家からは、叔父や亡母の血縁にあたる親族が顔を揃えていた。 会が進むにつれて酒も配られ、華やかな談笑が広間を満たす。 俺と冴は笑顔を張りつけ、親類の話に相槌を打ちながら、形式を保つ。「いやぁ
Zuletzt aktualisiert: 2026-04-20
Chapter: 第29話 結納の日 ――結納当日。逃げ出したくなるような晴天が、皮肉にも今日という日を祝福していた。 陽光が大きな窓から容赦なく差し込む後堂家の本邸。 正絹のずっしりとした重みを肩に感じながら、俺は正面玄関へと一歩を踏み出した。 そこで待ち構えていたのは、家主としての威厳を纏った冴の父親だった。「……なるほど、美森くん。これはまた、見事な……」 背筋を正し、満足げに目を細めるその声が玄関ホールに朗々と響く。 身に纏っているのは、最高級の正絹。一目でそれと分かる光沢、一針の乱れもない刺繍。細部まで完璧に設えられたその意匠は、間違いなく後堂家の矜持を満足させる代物だったのだろう。「色も、柄も……これほど似合うとはな」 言葉の裏にあるのは純粋な賞賛ではない。それは「後堂家に相応しい飾り」として俺が完成したことへの承認であり、逃れられぬ結納の重みを突きつける響きだった。 心臓の鼓動が耳の奥でうるさく跳ねる。俺は精一杯の呼吸を整え、重い頭を垂れるしかなかった。 しかし、その歓迎の言葉の後も、肝心の俺の「婚約者」である冴の姿はどこにもない。 控室へと案内する使用人の足取りは、石造りの廊下に規則正しい音を立て、その表情は仮面のように無表情だ。 俺は静かに、慣れない振袖の裾を捌きながら、冷ややかな空気が満ちる廊下を歩いた。「こちらが控室でございます、どうぞお入りくださいませ」 柔らかな声で促されても、張りつめた心は緩まない。 扉が閉まる瞬間、ふと胸にぽっかりと穴が開いたような空虚感に襲われた。 冴の気配はまだ遠く、ただ鏡に映る不自然な振袖姿の自分と、両家の歪な期待、そしてこれから幕を開ける結納の重圧だけが、逃げ場のない現実として目の前にある。(大丈夫だ。あと数時間。この儀式を、ただ作法通りにこなせばいい……) 頭の中で何度も反芻した挨拶と、食事の所作。身につけるべき「良き伴侶」としての振る舞いを体に刻み込む。 細く長い溜息をつき、乱れた呼吸を整えたとき、控えめなノックの音がした。「美森、入ってもいいか」 小さな声で「うん」と応じ、振り返る。 そこには、凛とした紋付き袴に身を包んだ冴が立っていた。 漆黒の羽織に、端正に整えられた袴の折り目。いつもより丁寧にセットされた髪が、彼の若々しさに家系の重みを加え、どこか遠い存在のような大人びた
Zuletzt aktualisiert: 2026-04-20
Chapter: 第46話 俺の恋人が狙われている「佐伯さんってー、すごい優しいですよね」「え、そう? まぁ、それなら良いんだけど」「手取り足取りって感じで、カッコいいし……好きになっちゃいそう♡」 思わずドアノブを握った手が止まる。……これ以上聞いちゃいけない気がするのに、足がその場から動かない。「佐伯さんって、恋人いるか分かりますか?」「あー、居るって本人が言ってた。詳しいことは何も教えてくれないけど……噂によると、めちゃくちゃ可愛くて優しくて、料理もうまいとか。年はわかんないけど、佐伯が好きになるなら年上とかじゃない?」 なんだそれ、どこ情報だよ……。心の中で突っ込みながら、ドアノブを回す。すると二人の視線が一気に刺さる。「あ、小瀧さん! お疲れ様です」 首をこてんと傾げて微笑む仕草が、やっぱり可愛い。俺がやったら絶対佐伯に即一蹴されるレベルだ。「お、お疲れ。仕事はどう?」「佐伯さんが優しく教えてくれるので、すっごく分かりやすいです」 嬉しそうな笑顔。こんなふうに笑いかけられたら、そりゃ惚れるやつもいるよな……。「なんか分からないことあったら、俺に聞いても大丈夫だから。佐伯がいない時とか……」「ありがとうございます!でも平気です、さっき佐伯さんに『いつでも聞いて』って言われたので」 同じ笑顔だけど、言葉の端に少し棘を感じる。俺は軽く「そっか」と愛想笑いを返す。 そのやりとりを見ていた高橋が、慌ててフォローに入る。「橋本、そろそろ戻った方がいいかも」「あ、本当だ! アイス補充の仕方、教えてもらってきます。佐伯さんに」 やたらと「佐伯」を強調しながら小走りで戻っていく橋本くんの背中を見送り、俺はここに何しに戻ってきたんだっけ……と、ちょっと考えるのを忘れる。 高橋がサッと布巾を渡しながら、ぼそっと言った。「……まーた、やってるし」 「え?」 俺が聞き取れずに顔を上げると、高橋は詳しく話し始めた。「あいつ、大学のサークルでも、なんというか……小悪魔なんだよな。色んな男に思わせぶりな態度を取って、告白されると即振る。そしてまた次の男に行く」「な、なんでこのバイト紹介したの?」「いや、なんか俺にも押しが強くて……どうしてもってお願いされたんだよ」 小悪魔……確かに、言われてみればそんな空気感が橋本くんから漂ってる。 でも、あんなに顔が良かったら、目の前で転がした男
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-01
Chapter: 第45話 ライバル登場!? 大学三年になり、バイトもだいぶ板についてきた今日この頃。 仕事も覚えたし、流れもだいたい把握できて、ちょっと「俺、成長したかも」なんて気分になれる。でも、そんな俺の前に新しい波がやってきた。 新しいアルバイトの子だ。しかも、バイト仲間で俺に前回飲み比べを挑んできて潰れた、高橋の後輩だそうな。「|橋本唯《はしもとゆい》です! よろしくお願いしますっ」 ぴっちぴちの大学一年生。男の子だけど、肌は白くて透き通る感じ、目は大きくてぱっちり。背は俺より少し低いくらい。 いやでも、なんでこんなに可愛いんだろう。芸能人で言うなら、3000年か4000年に一度の美少女の男版みたいな……そんな印象。正直、見とれちゃうレベルだ。 しかも、名前まで可愛い。そんなことってある?「宜しく」 指導係の佐伯は、いつも通りすんとした顔で無表情。可愛いとかどうとか、まったく通じないタイプだ。いや、感情を顔に出す機能がそもそもないのかもしれない。 橋本くんは頬を真っ赤にして俯いている。なるほどな、これは緊張の色だな。俺も最初に佐伯を見たときは「かっこいい!」って思ったけど、まあ、そのあとが地獄なんだけどね。全然優しくないし、指導はめちゃくちゃ厳しい。俺は3日目あたりで心折れそうになったもん。 佐伯は橋本くんを連れてアイスの説明を始める。名前から特徴まで順番に。橋本くんは必死にメモを取るけど、佐伯の説明は速すぎて追いつけない。まるで、俺が「脳みそ何グラム?」って聞かれたあの日のことを思い出す感じ。「ああ、ごめん。早かった?」 佐伯が珍しく柔らかく声をかける。「えっと……ごめんなさい、僕が鈍臭いから……」 橋本くん、泣きそうになってる。しかも、あの佐伯が謝ってる。え、なんだこれ。思わず顔を見合わせる俺と高橋。 その後、二人はアイスのスクープ練習。距離が妙に近い。橋本くんのほっそりした腕で何度も失敗するたび、佐伯が自然に腰をケースに近づける。思わず眉をひそめる俺。 (……ちょっと、なんでそこまで?) 佐伯は橋本くんの目を見て、さらにアドバイス。「もっと、腰近づけて、ケースに押しけるようにして。体重かける感じ」 橋本くんはコクコク頷き、制帽からはみ出た髪を耳にかける。そういう些細な仕草も、見てるだけで可愛い。 次にクレープ作り。 佐伯が橋本くんを俺の方に
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-01
Chapter: 第44話 どっか行ったり、しないでね「……はい、おしまい」 ぽんぽん、と軽く肩を叩いて合図を送る。だが、佐伯は離れるどころか、逃がさないと言わんばかりに俺の腕を強く掴んできた。 抵抗する間もなくソファまで連行され、強引に体の向きを変えられる。そのまま、俺の太ももには佐伯の後頭部がずしりと乗せられた。「は!? ちょ、なに」 「ここがいい」 迷いのない即答。「いい、じゃないんだよ。重いし」 「大丈夫」 何が大丈夫なんだよ。 心の中で毒づきながらも、完全に退路を断たれた角度で膝枕が完成する。佐伯は満足したように小さく吐息を漏らすと、ゆっくりと瞼を閉じた。 ……なんだこれ。「今日どうしたの? 澄人。やけに甘えて……」 返事はない。代わりに、俺のTシャツの裾を指先でちょん、と摘んできた。 引っ張るでも、握りしめるでもない。ただ“離れないためだけ”にあるような、縋るような弱い力。 それを見た瞬間、今日あやした赤ちゃんの、あの小さくて柔らかな手を思い出した。(あー……もしかして、アレに対抗してんのか……?) 呆れ半分、愛しさ半分で小さく溜息をつき、佐伯の髪に指を通す。 さらさらとした髪からは風呂上がりの清潔な匂いがして、撫でるたびに佐伯は気持ち良さそうに、ほんの少しだけ目を細めた。「赤ちゃんかよ」 「……否定しない」 目を閉じたまま、低く響くような声が返ってくる。「まさか、昼の赤ちゃんに嫉妬してるとか?」 わずかな沈黙。「……さあ」 誤魔化す気すらゼロの肯定。 マジかよ、と苦笑しながらも、俺の手は止まらない。 あの佐伯が、赤ちゃん返り。冷静で、淡白で、何事にも執着しないような涼しい顔で仕事をこなすあの佐伯が、だ。 指先で前髪を整えるように触れてやると、彼の眉間に寄っていた険しいしわが、氷が解けるようにゆっくりとほどけていった。「南緒」 「んー?」 「動かないで」 「はいはい」 条件反射で頷いた自分に、自分でも笑いそうになる。 佐伯はそれきり口を閉じ、俺の膝の上で静かに呼吸を繰り返していた。太ももに伝わる頭の重みも、肌をなでる吐息の熱も、いつもと振る舞いが違うってだけで、愛おしいような、甘やかしてあげたくなるような気持ちになる。(ほんと、今日はどうしたんだか……) 無防備な寝顔を眺めているうちに、胸の奥がくすぐったくなる。俺は
Zuletzt aktualisiert: 2026-04-26
Chapter: 第43話 どうしたの? 先に家に着いた俺は、エプロンつけてキッチンに立ってた。 フライパンで野菜を炒めて、味噌汁もあっためて、今日はわりとちゃんとした晩飯。 「絶望的」とか「ゴミを増やすな」って俺の料理をけちょんけちょんに侮辱された時期もあったけれど、“好きこそものの上手なれ”って言葉通り――その腕前は着実にレベルアップしていた。 もうすぐかな、って思ったタイミングで冷蔵庫からビールを出して。「澄人、もうすぐ出来るよー」 って声かけた瞬間、後ろから、ぴとってくっつかれた。「……」 無言。 背中に額をぐりぐりと押しつけて、両腕で俺の腹を軽く囲ってくる。「ちょ、まだ火使ってる。危ないから」 って言っても、離れない。 顔は見せないくせに、甘えてるのだけは全力で伝わってくるのが、これまたずるい。「……このままでいいじゃん」「よくねーよ。危ないし」 そう言いながらも、俺は結局、フライ返す手を片手だけにして、もう片方で佐伯の手を軽く掴んで握ってあげた。「はい、できたぞー。席ついて」 そう言っても、佐伯は動かない。 半ばおぶるように、でも重すぎてそれは無理で、立ったまま引き摺るようにして座らせると、今度は何事もなかったみたいに腕組んで、ぼそっと呟いた。「……めんどくさい。南緒が食べさせて」「は?」 一瞬、聞き間違いかと思った。 あの佐伯が、今、俺に食べさせろって言った? 明日、大吹雪にでもなんのか?「自分で食えよ」「やだ」 即答だった。「いや、ガキかよ。俺だってお腹空いてるんだけど」「南緒がいい」 はあ!?ってなるのに、 佐伯はもう完全に“やってもらう側”の顔してる。 ……くっそ。「一回だけだからな!」 って言って、結局、俺はスプーンですくって、佐伯の口元に持っていった。「ほら」「あーん」 自分で「あーん」、言うな!こっちが恥ずかしい。 内心ツッコミ入れつつ、口に運んでやると、素直に食う。 その後も何回か「はい」「あーん」を繰り返して、最終的にはちゃんと自分でも食べ始めたから、まあ許す。 確かに色んな事を「めんどい」「だるい」と面倒くさがる佐伯だけど、こんなに全てを放棄するのは初めてだった。 疲れてるのか、でも試験はこの前終わったし、レポートもなさそうだし。 そんなことを考えながら飯を食べ終わって、
Zuletzt aktualisiert: 2026-04-26
Chapter: 第42話 甘えないで 昼のピークちょい手前、ドアベルが鳴って、赤ちゃん連れのお客さんが入ってきた。 ベビーカー押した若いママさんで、赤ちゃんは一歳くらいかな?というサイズ感。 佐伯がいつも通り無表情で注文取って、クレープの生地を焼いていく。 俺はレジ横で見てただけなんだけど、クレープができて、ママさんが食べようとした瞬間ーー「ふぇ……ふぇぇ……!」 赤ちゃんが、まさかのギャン泣き。 ママさんも、めちゃくちゃ困った顔してて、慌ててあやし始めたけど全然止まらない。 声量も中々のボリュームで、チラチラと他のお客さんも心配そうにその様子を伺っているのが分かる。 見てられなくて、俺は思わず声をかけた。「よかったら、俺あやしますよ! ゆっくり食べてください!」 ママさんは一瞬きょとんとしてから、「え、本当ですか!?」とめちゃくちゃ助かったような顔をしてくれて、 赤ちゃんが座ってる椅子の前に、俺がしゃがむ形になった。「ほらほら〜、みてみて〜!ウサギさんだよ」 中学生の時に、歳が離れた弟が産まれたから、俺はお世話もあやすのも慣れている方……だと思う。 指ゆらゆらさせたり、変顔したり、必死であやしてたら、さっきまであんなに泣いてたのに、ぱちっと泣き止んで、俺の指をぎゅっと握ってきた。「あぶ!あぶー!」(か、かわいすぎるだろ……!) ママさんも安心して、ようやくクレープを食べ始めた。 その間ずっと、俺は赤ちゃん係。 にこにこ笑うし、たまに「あー」って声出すし、もう完全に天使。 そのうち、懐いてくれたのか、椅子からジタバタと手を伸ばして。 慌てるママさんが抱っこひもを出そうとしたので、俺は一旦それをしまって貰った。「よければ、抱っこしても大丈夫ですか?」 そんなそんな、と遠慮するママさんも、赤ちゃんが俺に向かって必死にテーブルを伸ばすのをみて「お願いしてもいいですか……?急いで食べます!」 と了承してくれたので、俺は肩口のところで頭を受け止め、お尻を片手にのせてぽんぽん、とその背中を優しく撫でた。「あー、眠いのかな? 寝ちゃったら、このまま抱っこひもに入れてあげますね」 にこ、と笑うと、ママさんも頷いてくれて、店内に居合わせた他のお客さん達も、そのうちすやすや寝始めた赤ちゃんの寝顔をみてほっこりムードが漂っていた。 で、ふとカウンターの
Zuletzt aktualisiert: 2026-04-25
Chapter: 第41話 宿泊に変更で「……うぅ~……痛ぁぃ……っ、ん、ぁ……」「煽る南緒が悪いよ」 低く、どこか突き放すような熱を帯びた声が、鼓膜を震わせる。 痛みと快感の境界線は曖昧になり、身体は本能的に縋りつく。 内側からせり上がる衝動に抗えず、無意識に佐伯自身を強く締め付けていた。 ずぷ、ずぷ、と耳障りなほど卑猥な粘着音が静まり返った室内で響き、腰を叩きつけられる衝撃が背骨を伝って脳を痺れさせる。 もっと、もっと佐伯に掻き回してほしい。 中をかき混ぜられて、埋め尽くしてほしい——そんな強欲な願いをよそに、佐伯は言った。「もう、南緒は俺が居ようが居まいが、酒飲むのやっぱ禁止。あんなベタベタ触らせて、自分からも触られに行くんだもん。……ほぼ浮気みたいなもんじゃん。クソビッチの一歩手前までいってたよ」 責めるような言葉とは裏腹に、佐伯の手は肌をそっとした手つきで這い回る。「でもっ、一番は……いちばんはっ、澄人、だけぇ……っ」「一番しかないの。二番も三番も存在しないよ、始めから。……俺だけなの。分かる?」 無理やり視線を合わせられ、逃げ場を塞がれる。 アルコールと絶頂の余韻で頭はドロドロに蕩け、視界は涙に滲んで霞んでいた。 冷たく厳しい言葉を投げかけられているはずなのに、口元には締まりのない笑みがこぼれそうになる。「ん、もっと……いっぱい♡ いっぱい、壊れるまでしてっ……」「あー、もう。聞いてんの? ちゃんと。……二度と他の男と喋んないでほしいくらいムカつく」 * もう何度果てたのか、記憶はとうに霧の向こうだ。時計を確認する余裕もなく、この情事の終わりがどこにあるのかも分からない。 佐伯はようやく奥から、自身の熱を引き抜いた。 不意に失われた充足感に吐息を漏らすと、佐伯は屹立したそれを、誇示するように顔の前に突きつける。「最後、顔射したいから。……ちゃんと、自分から舐めて」 言われるがまま、喉の奥深くまで熱を咥え込む。入りきらない部分は、震える指先で優しく、けれど俺なりに、懸命に扱き上げた。 舌の動かし方も、指の使い方も、そのすべてを佐伯に躾けられているから。「ん、はむっ……ふ、んぅ……♡」 俺が必死に奉仕する様を、佐伯はじっと見つめ、不意にベッドサイドのスマートフォンを手に取った。 亀頭の裏側をれろ、と舐め上げると、先端から溢れ出た透明な蜜が
Zuletzt aktualisiert: 2026-04-25