登入全寮制男子校・鳳里学園で生徒会長を務める後堂冴(攻め)と、副会長の香月美森(受け)。 幼馴染で名家の跡取り同士の二人は、そのカリスマ性と美貌から、一般生徒たちからの羨望の的だった。 美森に幼少期から片想いを寄せる冴は、気を引くために幼等部の頃から意地悪し続けた結果、美森は冴のことが「死ぬほど大嫌い」になってしまう。 そんなある日、犬猿の仲であるは、父親たちから「政略結婚」を強制されて……? 不器用でクールな「十年越しの執着」を拗らせる俺様会長×強気毒舌美人副会長の熟成系&愛憎ドロドロのラブストーリー。
查看更多「うるせぇブス、バカなのはお前の方だろ」
今でも耳の奥にこびりついて離れない。小学生の時に投げつけられた、あの言葉。 低く、湿って、吐き捨てるような声。冴はいつだって、俺の心臓の一番柔らかいところを、泥靴のまま正確に踏み抜いてきた。 大嫌い。大嫌い。冴なんて、大っ嫌いだ。 何度心の中で呪文のように繰り返しても、足りない。俺は、冴という存在のすべてが忌まわしかった。 意地悪で、冷淡で、傲慢で。いつだって高いところから俺を見下して、面白そうに嘲笑って。 それなのに、冴は俺の人生に深く根を張り、影のように、あるいは消えない痣のように、ずっとまとわりついてきた。 * 初等部の頃から――俺は、後堂冴のことが嫌いで仕方がなかった。 「美森、これ見てみて」 「……なに?」 向けられた無垢な笑顔に、つい警戒を緩めてしまう。差し出された冴の手のひらを覗き込んだ、その瞬間。 そこから勢いよく弾け出した黒い影に、俺は喉を震わせて悲鳴を上げた。 「うわぁっ!!」 俺が虫を、生理的な恐怖を感じるほど苦手だと知っていて、冴はわざとやる。 腰を抜かして震える俺を、彼は心底楽しそうに、愛おしいものを見るような歪んだ瞳で眺めていた。 子供の頃は、そんな分かりやすい悪意ばかりだった。 嫌いなものを突きつけ、転ばせ、衆目の前で悪口を並べて恥をかかせる。 けれど、何より俺を追い詰めたのは、彼との絶望的なまでの「差」だった。 勉強もスポーツも、何をやっても冴には掠りもしない。 掲示板の順位表でも、運動会のリレーでも、冴の名前は常に頂点にあり、俺はその背中を砂を噛むような思いで見上げるしかなかった。 「ポンコツブス」 いつしか、それが俺の代名詞になった。 冴が囁き、冴の周りの取り巻きたちが、甘い毒を啜るようにそれを真似る。 笑われるたびに胸の奥がぎゅっと、引き絞られるように痛むのに、俺は喉を塞がれたみたいに何も言い返せなかった。 中学に入ると、それはもはや単なる「子供のからかい」という皮を脱ぎ捨てた。 冴の言葉はより鋭利に、氷のように冷たく研ぎ澄まされていく。 かつての冗談めかした薄笑いは消えて、代わりに宿ったのは、対象を完膚なきまでに蔑むような、底冷えする瞳だった。 「お前、こんなのも出来ねぇのかよ。馬鹿じゃねーの? マジで」 放課後、夕陽の差し込む教室での一言だった。 逃げ場のないタイミングを計ったように、冴は俺の宿題を覗き込み、短く、重い溜息をつく。 その吐息一つ、一言一言が、俺の細いプライドを薄く削いでいく。 関わりたくない。声も聞きたくない。姿も見たくない。 そう願って距離を置こうとしても、冴は必ず俺の視界の端に現れた。 常に横から口を出し、否定し、嘲笑う。まるで、俺の心がゆっくりと壊れていく様を、最前列で鑑賞しているかのように。 冴に刻まれた言葉は、呪詛のように体のなかに沈殿した。 独りきりの帰り道。重い布団に潜り込んで目を閉じた暗闇の中。 少しずつボロボロになっていく心。 時間が経てば、いつか麻痺して慣れると思っていた。大人になれば、こんな傷など、かすり傷ですらなくなると信じたかった。 けれど、現実は違った。 冴を嫌う気持ちは、風化するどころか、堆積する時間の重みと共に、静かに、どす黒く膨らんでいった。 ――まるで、この感情が、いつか内側からすべてを食い破って爆発する日を、じっと待ち侘びているみたいに。 * 「美森様、学園に戻る準備が整いました。お支度はお済みですか?」 冷たい畳の上に正座したまま、使用人の棗は、一寸の狂いもない所作で深く頭を下げた。 その声には温度がない。俺の名前はひとりの人間を呼ぶためのものではなく、香月という家系における「役割」として扱われているようだった。 「今、行く。……父さんと母さんは?」 「旦那様は分家のご親族との会食のため、朝一の便で京都に向かわれました。奥様は、本日のお教室で使われる花の選定をされております。……今は、お声がけしない方が宜しいかと」 それは「会うな」という遠回しな言葉だった。 それ以上何も言わず、静かに襖を閉める。 俺は学園指定の重いブレザーに腕を通し、鏡の前でそっとネクタイを結んだ。 鏡の中に映るのは、香月家の三男として外に出すのに恥じない完成された「人」の姿。そこに、俺自身の意思や色彩が入り込む隙間なんて、どこにもない。 指定鞄を手に取り、長い廊下に出ると、ふと足が止まった。 母の部屋の前。薄い障子の向こうから、凛とした、けれどどこか拒絶を感じさせる花の香りが漂ってくる。 声をかけようか。一度だけ立ち止まり、唇を戦わせたけれど――結局、空気は動かなかった。 そもそも、声をかけたところで、母がこちらを振り返ることはない。 彼女にとっては、季節を先取りした一輪の枝の傾きの方が、目の前の息子の声よりも、ずっと守るべき価値があるのだ。 俺はそのまま踵を返し、澱んだ空気の中、無言のまま玄関口へと向かった。*** 結納の儀の際と何一つ変わらない、隅々まで磨き上げられた後堂の本邸。 出迎えた冴の父親は、精巧な仮面を貼り付けたような薄ら寒い笑みを浮かべ、俺たちをその深奥へと招き入れた。 俺と冴の間に流れる、隠しきれない親密な空気。 それを値踏みするように細められた瞳には、一滴の温もりも宿っていない。 「どこから見ても、まるで本物の恋人同士だ。……二人とも、契約を忠実に守っているね。やはり我々の息子たちは、最高に優秀な駒だということがよく分かるよ」 白々しい。すべてが計算ずくの賞賛だと分かっているのに、背筋に冷たい氷を這わされたような感覚に、思わず肩に力が入る。 冴の父親は、俺たちの強張った様子を愉しむように、奥の応接間へと促した。 運ばれてきたコーヒーの芳醇な香りが室内に広がる。 しかし、正面に座り、足を組んで書類を繰る彼の口から漏れたのは、その香りを一瞬で遮るような言葉だった。 「君たちの努力には感謝している。……だからこそ、実に心苦しいのだが。後堂家と香月家で協議した結果、この婚約は破棄することに決まった」 あまりに軽々と放たれた言葉に、俺と冴は、あの日と同じように絶句した。 動揺を隠せず、縋るように冴の顔を見やる俺に、父親は「驚かせてすまないね」と慈愛を装って微笑む。 だけど、隣に座る冴の声は、地を這うような冷徹さを帯びていた。 「……どういう風の吹き回しだ。今さら、何のために」 「破棄、というか……『再編』と言った方が正しいかな。実は後堂の方に、香月家よりも潤沢な資金源を持ち、将来的に強固な益をもたらす相手から縁談の申し出があった。 だが、そうなると香月家に多額の違約金を支払わねばならない。……ところが、その負債を丸ごと肩代わりし、さらに積みたいと言ってくれる家が現れてね」 情報量が多すぎて、思考が追いつかない。俺を置き去りにしたまま、冴の父親は手元の書類を指先で無造作に弾いた。 「香月への違約金を支払い、さらに金を積んででも、美森くんを『身請け』したいという家だ。つまり、すべての不都合が帳消しになり、より大きな利潤が舞い込んできたということだ。……冴、美森くん。それぞれに、より相応しい婚約者が現れた。我々両家は、この実利豊かな提案を全面的に受けることに決めた」 婚約解消。そして、お互いに別々の
文化祭という狂騒が幕を閉じ、真夏の暴力的な熱気が校舎を包み始めた七月末。 もうすぐ夏休みが始まるという解放感の中、俺と冴は週末を利用して都内へと繰り出していた。 アスファルトから立ち昇る陽炎を逃れるようにして滑り込んだのは、一等地にある美術館だ。「冴、待って。そっちの展示も気になる」「急がなくていい。お前のペースに合わせるから」 冴はいつだって、俺のわがままを優先してくれた。 けれど、今日は俺の方から冴を誘ったんだ。たまには彼が愛する、深く静かな世界に触れてみたかった。 そこで開催されていたのは、ジョン・エヴァレット・ミレーの展覧会。 一枚一枚の筆致を網膜に刻むように、じっくりと歩を進める冴。 気になった作品の間を、軽やかに縫うように歩く俺。 対照的な鑑賞スタイルの果てに、二人の足が同時に止まったのは、あのあまりに有名な『オフィーリア』の前だった。 水底へと沈みゆく乙女の瞳は虚ろで、その唇は歌を口ずさむかのように微かに開いている。 溢れんばかりの色とりどりの花々に囲まれ、緩やかに川を流されるその姿は、狂気と死の気配を纏いながらも、目を逸らすことを許さないほどに美しかった。「ケシ、スミレ……。こっちはヒナギクかな」 描かれた花々をなぞるように目で追っていると、ふと隣にいた冴の表情が、春の陽だまりに触れた時のように柔らかく緩んだ。「……? なんで笑ってるの?」 その逞しい腕に手を絡めて覗き込むと、冴は俺を見つめ返し、慈しむような、けれどどこか切ない響きを含んだ声で答えた。「俺が最初にお前を好きになった瞬間と……今の横顔が、あまりに重なっていたから」 一瞬、意味が分からず言葉を失ってしまった。俺の記憶にはない、幼い頃の断片。 けれど、冴にとってはそれが「本物」の恋に落ちた原風景なのだと、揺れる瞳が物語っている。 冴がそんな風に、俺との時間を心の中で、まるで壊れ物を守るように温め続けていた。 その愛情の深さを知るたびに、俺の胸の奥には「愛おしい」という熱い感情が、染み渡るように広がっていく。(……その頃からずっと……俺のことが、好きだったってことなんだよな……) きゅ、と手を絡めた指先に力を込める。 冴はそれが少しだけ意外だったのか、目を丸くしてからぞっと手の甲を指先で撫でてくれた。 出口付近のミュージアムショップ
「……おい、一体何なんだよ、その格好は」 まぁ、この反応は想定内だ。 片手に持っていたファイルから数枚のプリントを取り出すと、俺はそれを机に置いて溜息をついた。「俺もよく分かってないんだけど。羽鳥がいうには『ジャージメイド』って言うらしいよ」 不機嫌な王様を宥めるように答えると、俺は冴の隣にどっかりと腰を下ろした。「おい。脚を開いて座るな」 さっ、とたしなめるように膝を手で閉じあわされる。 その動作がちょっと鬱陶しくて、俺は眉根を寄せて冴を睨みつけた。 本当に怒っているわけじゃないけれど、指摘されたことが恥ずかしいのと、大事にされているのが分かって、それを二人の手前、誤魔化したい気持ちが勝ってしまったゆえの表情だった。「なんで? 別に下に短パン履いてるからいいじゃん。俺がいきなり内股で座ったら、それこそ気味が悪くない?」 俺は冴の説教を遮るように、学園から差し入れられた幕内弁当の袋をガサゴソと漁る。「まったく、美森。お前って奴は……」 冴が深く額を押さえた。 次の瞬間、彼は自分のブレザーを乱暴に脱ぎ捨てると、俺の剥き出しになった腿にそれを被せた。そのまま視線を明後日の方向へ逸らす。「俺たち四人ならまだいい。だが、いつ来客があるか分からないんだ。せめて、それで隠しておけよ」 不器用で、独占欲の滲む優しさ。 本当に付き合い始めたら、相変わらず言い合いは減らないけれど……こんな風に気遣ってくれるのだと知って、やっぱり嬉しさを隠せなくなる。 それを目の当たりにした玲央と苑真が、ここぞとばかりに茶化し始めた。「理性ぶってんじゃねーよ。どうせ内心、この後どう剥くか考えてんだろ」「寮に帰ったら、絶対その格好のままヤるくせにね。なんなら『ご主人さま♡』くらいは言わせるんだろ?」「……黙れ」 冴の低く冷ややかな制止を合図に、二人は肩をすくめて黙り込んだ。 だけど、その口端には面白がるような笑みが張り付いている。 俺たちは四人で弁当をつつき合った。 割り箸の割れる乾いた音、他愛もないクラスの出し物の噂話。俺が冴にお茶のペットボトルを「開けて」と差し出すと、彼は当然のようにそれを受け取ってキャップを捻り、「ほら」とぶっきらぼうに返してくれた。「せっかくだし、記念に写真でも撮るか」 玲央がスマートフォンを構えた。 インカメラに映る冴は
鳳里高校の広大な敷地を埋め尽くすのは、熱を帯びた喧騒だった。 渡り廊下のど真ん中で、俺と玲央の足はまたしても止まった。行く手を阻むのは、掲げられた無数のスマホのレンズと、獲物を囲む野次馬の群れだ。「あー、ダメダメ! 撮影禁止! プライバシーに関わるからな、SNSに無断転載したらタダじゃおかねーぞ!」 海外の警察官を思わせるタクティカルな衣装を完璧に着こなした玲央が、慣れた手つきで群衆を制止する。その鋭い眼光と威圧感のある立ち振る舞い。 そんな玲央が三歩歩けば黄色い悲鳴が上がり、五歩歩けば人だかりができる。 生徒会室までの短いはずの道のりが、今の俺たちにとっては、行軍にも等しく感じられた。 あぁ、面倒くさいな。早く、ソファーに座って休みたいのに……。「玲央、サマになってるよ。格好も、その威圧的なセリフも」「美森〜、お前なぁ……! 呑気なこと言ってんじゃねーよ。この人だかりの半分は、お前のその格好が原因なんだからな!」 玲央が振り返り、噴火寸前の形相で吠える。「そうかな? 玲央と撮りたがってる子も大勢いると思うけど」「知るか! つーか、なんなんだよお前のその姿は。誰の発案だ? さっきっから、すれ違う野郎どもが下半身抑えて悶えてんぞ。公害レベルの『エロ可愛い』を撒き散らしてんじゃねーよ」「なにその小学生みたいな言い方。俺だって想定外だよ。親衛隊の奴らに『今回だけは』って拝み倒されたんだから」 俺が今まとっているのは、鳳里高校の紺に白線が入った指定ジャージの上から、これでもかとフリルをあしらったエプロンと水色のスカートを重ねた――いわゆる「メイド」だった。 膝上十五センチ。足捌きを良くするためか、あるいは誰かの執念か、危ういほど短い裾の下には、薄水色のリボンが付いた白いニーハイソックスが絶対領域を描いている。 目の下には小さな星のホログラムが煌めき、ハートのヘアピンで留められた前髪。 剥き出しになった額が、どこか無防備で心許なかった。「マジで誰の性癖だよ。羽鳥か? メイドにするにしても、もっとこう……格式高いのはなかったのかよ」 玲央の呪詛に応えるように、廊下の角から一人の男が滑り込んできた。 俺の親衛隊隊長、羽鳥だ。「美森様! お待ちしておりました~! ああ、なんと麗しい……。大変恐縮ですが、文化祭終了後、親衛隊員限定の