バ先のダウナー男子に、気付けば毎日溶かされています。

バ先のダウナー男子に、気付けば毎日溶かされています。

last updateLast Updated : 2026-04-26
By:  五慈あおいUpdated just now
Language: Japanese
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人生初のアルバイトで、憧れのアイスクリーム店の店員として働くことになった小瀧南緒(こたきなお)。 しかし、そこで小瀧の指導係になったのは、やる気なし・面倒くさがり・しかも超意地悪な同い年の佐伯澄人(さえきすみと)だった。 お互いにいがみ合いながらも、佐伯は何だかんだと仕事を教えてくれて、勤務初日から距離も近くて……? 好きな子にだけ押しが強めの口悪ダウナー攻め×翻弄されまくりの愛され平凡受けの物語。

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第1話 最悪の初対面
 大学生になって初めて挑戦するアルバイトは、小さい頃から大好きだったアイスクリームショップの店員だった。 海外風のポップな内装。アイスケースには、カラフルで何十種類ものアイスが並んでいる。 接客は明るく、家族とでも友達とでも、アイスを食べるならこの店一択――と言っていいほど馴染みのある店だ。 まさか、自分がこの店で働けるなんて、少し夢みたいだった。今日はその初日。緊張と期待で、朝からずっと胸が高鳴っている。「小瀧です、宜しくお願いします」「店長の佐藤です。こちらこそ今日から宜しくね!」 佐藤店長の名札には、金の星が三つ光っていて、社員としても仕事が出来る人なんだと分かる。明るいし、ハキハキしているし、佇まいも堂々としている。しっかり教育してくれそうな雰囲気に、俺は背筋がピンと伸びる思いがした。 副店長やバイザーにも挨拶を済ませ、店長に案内されながら、従業員向けの休憩スペースに案内された。 店長と向かい合って座り、オリエンテーションとして綴られたファイルを読み合わせながら、大まかな説明を受けた。 すると、休憩室のドアが開いて、一人の男性が入ってきた。勤怠を記録する機械にスマホのQRコードをかざす。店長は俺につられたように顔を上げると、その男性の姿を見て微笑んだ。「ああ、ちょうどいい所に。佐伯くん、ちょっとこっちに来てくれる?」「はい」 声をかけられた「佐伯」という男性は、出勤したばかりのようで、上着姿のまま足をとめた。「小瀧くん、アルバイトリーダーの佐伯澄人くんだよ」 第一印象は、正直いって抜群だった。 整った顔立ちに、すっとした長身。ダークアッシュの髪はセンターパートで軽くセットされている。涼しげな目元で、誰がどう見てもイケメン。 友達から『あの店舗って顔採用あるらしいよ』と聞いたことがけれど、確かにその噂は本当だったと思うほどだった。「佐伯くん、こちらが新しく入った、小瀧南緒くんです。いつも通り、指導係として教えてあげてね」 店長にそう紹介されて、俺は軽く会釈する。「あ……えっと、小瀧です。宜しくお願いします」 目の前にいる俺を見下ろして、腕を組んだまま顔をじっと見つめられた。「えー、マジすか。教えるのめんどくさ……俺、やりたくないんですけど」 さっきまでのクールな雰囲気は
last updateLast Updated : 2026-04-11
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第2話 お前の脳みそ、何グラム?
 まずはアイスの種類を覚えるように言われたけど、種類が多いし、似た名前もあって、頭の中はもうごちゃごちゃになっていた。 ケースの端から端までメモを取りながら、呪文のように長い商品名の略語を確認していく。 けれど、チョコレート味のコーナーに差し掛かると、さらに混乱した。 同じような色合いのパッケージ、違いはパッと見ただけじゃ全然わからない。「えっと……これがチョコチップで、これがダブルチョコ……?」「ちがうし。逆だし」「あ、ありがと。じゃあこっちがダブルで――」 俺がアイスを指差して振り返ると、佐伯はアイスのカップを補充しながら、鼻で笑うように言った。「小瀧って脳みそ何グラム?」「……今なんて?」「いや、軽そうだなって。小学生でも見分けつくけど、覚えられないの?」 目の前で佐伯が腕を組み、無表情のまま俺を見下ろす。冷房で少しひんやりした店内の空気も、なんだか刺さるように冷たい。 思わず言い返したくなるけど、実際に出来ていない自覚があるから、黙り込むしかなかった。「じゃあ、次はスクープね。アイスを掬う動作を“スクープ”って言うんだけど……」 佐伯のブリザードのような態度に反して、俺はアイスを掬うディッシャーを片手に興奮していた。 いつも客として買いに来るとき、ワクワクする場面のひとつ。 店員が、大きなアイスタブにディッシャーを滑らせてアイスを丸めてくれる、あの瞬間だ。「掬い方は二種類あって、最初はラウンド。自分の臍に向かって動かすようなイメージで……」 佐伯のお手本を見てから、見よう見まねでやってみる。 ぐぐぐ……と体重をかけてみるけれど、実際にやってみるとかなり力が要る。 カップに載せて、なかなかうまく出来たかも……と思わず口元を緩める。「……次はS字スクープね。動きが細かいけど、まぁやってみて」 めちゃくちゃ雑な教え方だけれど、佐伯は一度S字スクープを見せてくれた。 その滑らかな動きが経験の豊富さを物語っていて、俺はようやくここでコイツがバイトリーダーに選ばれた理由に納得がいった。「掬い方って、なんで二つあるの?」「ここのアイスって、クッキーとかマシュマロが入ってたりするじゃん。それを均等に見栄えよく盛り付ける必要があるから」 淡々としているけれど、その説明はすごく簡潔で、バカな俺でも理解することが出来た。「うー
last updateLast Updated : 2026-04-11
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第3話 いいから、「やれ」って言ってんの
「じゃあ、次はクレープね。こっち来て」 促されるまま、鉄板の前に立つ。温かい鉄板からジュウッと小さな音がする。 佐伯はクレープの素がたっぷり入った銀色の入れ物を指差し、大きなお玉でそれを掬って見せた。「生地流して、広げて……鉄板回すのはこうやって」 手際よく、生地を丸く広げていく佐伯。あっという間にクレープの生地がまな板の上に完成し、パパッと手早く店のロゴ入りの包装紙を巻きつけて、俺の顔の前に突き出した。「食って」「え?」「いいから、一口食ってみて」 突然の言葉に狼狽えながら、俺は手を伸ばす。 でも、佐伯が根本をしっかり握っているので、つまりそのまま食べろってことだと理解し、あむ、と一口ちぎるように噛む。「ん……! 美味ひい」 見た目はふわふわなのに、口の中ではモチモチしている。 クレープって、焼く人によって厚みが出すぎたり、もったりした食感になったりするけれど、これは間違いなく上手だ。 メッチャ美味しい。どうせ食べるなら、生クリームとか付けてほしかったくらいだ。  俺がもぐもぐと食べているのを、佐伯はガン見してくる。は、早く食えってこと……? そういえば仕事中だし、と俺が慌てて飲み込むのを確認すると、今度は鉄板の前に来るよう促された。「最終的には、今食べたのと同じクオリティになるように練習して。あとは実践あるのみ。焼いて」「わ、わかった」 俺はお玉で生地を掬い、鉄板の上に流す。 同じようにやってみたはずなのに、生地はまるで日本地図のように縦長に広がっていく。 どうやって丸くするんだ……と考えつつ、とりあえずそれっぽく見えるように広げてみた。「……うわ、まじかそれ」「何が?」「いや…下手くそすぎる」 言葉が容赦なさすぎて、笑いそうになる。だが佐伯は一切笑っていなくて、本気でそう思っているらしい。 家でクレープを焼いたことなんてないし、料理スキルもゼロ。これで一発成功するわけがない。「いきなりできるわけないじゃん……」「俺は初日で出来たけどね」 自慢まで挟む余裕、性格どうなってんだ。 鉄板にコイツの手を押し付けてジュージュー言わせたくなるくらい、苛立ちがマックスだ。 その後も、二回、三回では終わらなかった。 目の前にはクレープなのか、パンケーキなのか分からない……謎に厚みのある生地が積み上がっていた。「
last updateLast Updated : 2026-04-11
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第4話 たまには優しかったりすんの?
 レジのお金を全部機械に入れて、表示された金額と同じになるよう手作業で数える、というものだった。「早くしてくんない? レジ金合わないと帰れないからね」「ご、ごめん……!」 大量のお札と小銭を数えるけれど、なかなか金額が合わない。どこで間違えているのかも、正直分かっていない。 二回目も合わせることが出来なくて、退勤時間をとっくに過ぎているのが申し訳なくなってきた。「……あの……やっぱり合わないから、手伝ってもらっていい?」 ムカつくけど、できるだけ低姿勢で丁寧に助けを求めてみた。 けど、佐伯はパイプ椅子で足を組んで座ったまま、スマホから視線だけを俺に移して言った。「無理。……簡単なのに、なんでできないの?」 ……ですよね。 もう一度やりなおして、メモでも取りながらやろうかな、と考えていたその時。 ふっと手元が人影で暗くなって、後ろに振り返ると佐伯がすぐそばに立っていた。 「手伝いはしないけど、やり方は教える。一回だけ」 トントン、とお札を揃えながらそう言うと、佐伯は俺に札勘のルールを教えてくれた。「まず、枚数は必ず十枚ずつにまとめる。数えるときは、手前から奥に向かって滑らせるように。数え終わったら必ず確認して、間違ってたら最初からやり直し」 俺は指先を震わせながら、佐伯の動きを真似してみる。お札を十枚ずつまとめてトントンと揃え、滑らせるように数える――その動きはぎこちない。「あと、金種ごとに分けるのは基本。混ざったまま数えると、後で絶対に間違える」 佐伯は淡々と説明するが、その長くてきれいな指先の正確さとリズムの良さに、俺は思わず見とれてしまう。「はい、じゃあ後は……」「もう一回やってみる!」 俺は教わった通りのやり方で、もう一度数え直す。 佐伯は黙って隣に立ち、手の動きをさりげなく確認していた。 数え終わると、合っていた分を机の端に仕分けてくれる。その無言の仕草を見て、俺は内心で「たまに優しいところもあるんだ」と思った。「……合ってる! 合ってるよね?」「あー、やっと終わった。ほら、さっさと着替えろよ。警備の時間になるから」 喜びを分かち合う間もなく捲し立てられ、慌ててロッカーから私服を取り出していそいそと着替えた。 佐伯はまた、パイプ椅子に腰かけたままスマホをいじっている。「ごめん、お待たせ……準備できた!」
last updateLast Updated : 2026-04-11
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第5話 ドキドキさせられるなんて聞いてない!
「……見えないんだけど」「ご、ごめん……」 不意に、佐伯と目が合う。いくら苦手な相手でも、イケメンに直視されるとドキッとしてしまう。思わず俺は狼狽えたように顔を不自然なほど横へ背けた。 ファスナーが噛んだ部分が外れると、カチリと合わせてくれる。「はい、出来た」「あ……ありがとう……」 不意打ちで親切にされ、素直にお礼を伝えると、佐伯はすたすたと出口の方へ向かう。どういたしましてはねえのかよ、と思いつつ俺もその後に続いた。 慣れた手つきで外の鍵をかけるその背中に、勇気を出して言葉を投げかける。「あの、今日はいろいろ教えてくれてありがとう」 俺のことが嫌だったのに、佐伯は結局いろいろ教えてくれた。 本当は、態度が悪いだけで嫌なヤツじゃないのかも。 そんな淡い期待を込めて伝える俺に、佐伯は、俺を見下ろしたまま言った。「じゃあね、二歳児」「……え?」「自分で服着られないし、アイスもクレープも、幼児のお粘土みたいだから」「はぁぁああ!?」 俺の絶叫をよそに、佐伯はすました顔で踵を返し、反対方向へ歩いていく。 今日一日、怒られてばかりで、慣れないバイトに必死でついていくだけで精いっぱいだったのに。 最後の最後で、優しくファスナーを直してくれたりしたから、素直にお礼を言ったのに! なのに、別れ際が「お疲れ様」じゃなくて「二歳児」って何だよ。 むかつくし失礼だし、アイスが粘土って……確かに、まだお客さんに出せるクオリティではないけれど。 ……それなのに、反対方向へ歩く佐伯の背中を目で追ってしまった自分が、一番意味わからない。 体はぐったりなのに、心だけ妙にざわざわしている。 厳しくて意地悪で、初対面なのに距離の取り方もわからない相手なのに、どうして気になってしまうんだ。もう、訳がわからない。 ……明日も、佐伯とシフト一緒なのかな。 振り回されるのはもう懲りごりなのに、佐伯のことをつい気にしてしまう自分がいる。 きっとこれはアレだ、苦手だから脳が敵として認識していて、そのせいで余計に気になってしまうんだ。 だけど頭の中には、あの時ファスナーを上げてくれた佐伯の無駄に整った顔がちらつく。“はい、出来た” なんか、あの時ちょっと笑ってた気がする。いや、マジでバカにされてただけかも。もしかして幻覚? シフト表を見ながら、俺の名前
last updateLast Updated : 2026-04-11
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第6話 ピンクの制服!?
 拝啓、昨日の俺へ。  今日、俺はお前のせいでとんでもない姿になっています。 バイト先の鏡の前で、そう思わずにはいられなかった。  昨日の自分を責めたくて仕方がない。心の中で土下座してほしいレベル。  やってしまったのだ。  いつもの制服を、うっかり乾燥機にかけたまま、朝まで放置してしまった。  気づいた時には時すでに遅し。  絶望的にピチピチに縮んだ制服の出来上がり、ってわけだ。 初出勤から一週間以上が経ち、ようやくバイトにも慣れてきた。  佐伯とはいがみ合いながらも、俺はなんとか一人でアイスのシングルカップを作れるようになった。  ……クレープはまだまだ絶望的で、注文が入った時は俺以外の人が作ってくれているけれど。 縮んだ制服を片手に、出勤してすぐに店長に相談した。「ごめん小瀧くん、今店にあって着られる予備は、これしかないんだ」 渡されたのは、ピンクを基調にした制服だった。  ベビーピンクの半袖ポロシャツに、エプロンは黒地に濃いめのピンクのラインが入っている。  元々男性でも着られるデザインだけど、この職場では女子チームがよく着ているため、男子のほとんどは、色違いのミントグリーンの制服を着ていた。  鏡の前に立って、俺は顔をしかめるしかなかった。「あー……マジで詰んだ。いや、でも今日だけなら何とか……」 羽織を着たて誤魔化せればいいんだけど、ルール的にそうはいかない。 “アイス屋の店員が長袖じゃあ、冬場はアイスクリームが売れなくなる” それが創業者のモットーらしい。  だから、俺たちはどんなに寒くても、店内では真冬でも暖房をガンガン付けて、半袖の制服を着用させられていた。  割と有名なチェーン店だが、北から南まで全国の店舗で共通ルールらしい。  確かに、半袖姿の店員が笑顔でアイスを渡す姿はかわいく見えるし、商品の魅力も増すのかもしれない。  でも、鏡の前に映る自分には、このピンクが忌々しい色にしか見えないのだ。  勤怠アプリを「出勤」にした瞬間、更衣室のドアが勢いよく開いた。「……え、小瀧?」 ああーー、もうやだ。よりによって、佐伯と一緒のシフトだった。  他のメンバーなら笑いで誤魔化せる。でも、一番それが通用しなさそうなヤツ。  そして、見て欲しくない相手が来てしまった。  佐伯はドアノブを握ったま
last updateLast Updated : 2026-04-14
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第7話 可愛いって言わないで
 鏡で髪を軽く撫でつけ、共用のコロコロを片手に、エプロンに糸や埃が付いていないか確認している。 その姿が妙に手慣れてて、悔しいけどちょっとかっこいいのがムカつく。「あ、佐伯 それ貸して」「え? 今、俺使ってんじゃん。 見てわかんねーの?二歳児」 相変わらず、佐伯は俺の事を幼児扱いしてくる。 でも今日の俺はこの「ピンク」にメンタルをやられているから、その幼児扱いが普段の5倍刺さる。「糸くずついてると店長に怒られるから。行く前に貸して欲しかっただけじゃん」 俺が鏡で前身頃をチェックすると、佐伯は俺の背後に立った。 貸してくれるのかと思って振り向くより先に、背中を一直線に、つつつー……と触れられる。「うひゃあ!? なっ、なんっ、何してんのお前……!」「……うわ、色気のねぇ声。萎えるわ……髪の毛ついてたから、取っただけじゃん」 ほら、とコロコロの粘着テープ部分についた細い髪の毛を見せられる。「マジで自分でやるからやめてくんない!?」「ああ、そう。それならどーぞ」 どすっ、と柄の方で腹を軽く突かれる。 俺は間抜けなカエルのような声が出てしまって、そのすかした顔をぶん殴りたくて仕方がない。 ぐぬぬ……と俺が苛立ちを隠せないまま後ろも一通りテープを転がし終えると、佐伯は制帽に手を掛けたまま言った。「おバカちゃんにいいこと教えてあげる。フツーはみんな、着る前にコロコロするもんだよ」「う、うっさいまじで!自分でもやってる時、それ思ったし!」 こいつと居ると、怒りすぎて高血圧になりそう。 俺もそろそろ行かないと、とむくれながら佐伯の後に続く。 ドアノブに先に手を伸ばした佐伯が、突然振り返って言った。「マジで似合ってると思う」「へっ?」 真顔だけど、いつものトーンじゃない。 俺が困惑して見上げると、佐伯はふっと微笑みながら、一歩近づいて俺のポロシャツの襟に指を添えた。「……毎日着てきてほしいくらい」 すり、と襟の角度を直すように触れながら、小さな声で囁かれる。「い、いや……それは無理」「……なんで? 可愛い。もっと着てるとこみたい」 距離が近くて、息がかかりそうで、頭の中が真っ白になる。「か、可愛くないから……嘘つくのやめて」 襟に触れていた手が、そのまま顎に添えられる。 びくっ、と大袈裟なくらい体が震えると、そのまま軽
last updateLast Updated : 2026-04-14
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第8話 彼パーカーしないで
「小瀧くん、ビラ配り行ける?」「え、今からですか……?」 夕方の店内。寒さが増してきたせいか、客足は先週より確実に遠のいていた。 俺はその暇な時間を有効活用しようと、キッズサンデーを作る練習の真っ最中だ。 外はすでに薄暗く、街灯がぼんやりと光を帯び始める時間帯。内心でげんなりしながらも、俺は仕方なく頷いた。「……やだなー、寒いし……」 昨日も配ったのに、と心の中で愚痴をこぼしつつ、俺はゆっくりとバックヤードに下がった。 くるぶしまで隠れる長さのベンチコートを貸してもらえるけれど、寒さはやっぱり身に沁みる。「……最後に使ったの、誰だよ。ちゃんと戻せって言われてんのに……」 呟きながら探すが、目当てのベンチコートはどこにもない。いや、正確には、あるべき場所に戻っていない。 イライラが胸の奥で小さく膨れ上がる。(くそっ。早く行かないと怒られるのは俺なのに~……) 仕方なく、自分のロッカーから私服のアウターを取り出し、羽織って裏口から店の外に出た。 手にしたビラの束がずっしりと重い。 交代制のビラ配り。ノルマは特にないので、時間さえ過ぎればいい。 だけど、開始10分も経たないうちに、俺は盛大なくしゃみをして震え上がった。「……ぶぇっくしょい!」 大学に着ていけるように、デザイン重視で買った丈が短めのアウターだから、暖かさなんて期待できない。 冷たい風が、スカスカの生地を通り抜けて肌に突き刺さる。 さっさと終わらせたい一心で時計を見れば、まだあと20分以上もある。 このクソ寒い日に、「アイスを買おう」なんて酔狂な人は滅多にいない。 クーポンを手渡しても、ほとんどの人がそっけなく目を逸らし、首を振るだけだった。 冷えた手でビラを差し出し、断られる度に、心もどんよりと沈んでいく。「へぇーっくしゅん!」 もう一度、盛大なくしゃみをしていると、不意に背後から声がかかった。「……すみません。店の前で、デカいくしゃみするの、やめてもらっていいですか?」 お客さんに注意されたのかと思って、慌てて振り返ると、そこに立っていたのは佐伯だった。「チッ、お前かよ」 俺は思わず舌打ちをすると、佐伯は若干苛立った表情で俺を見下ろす。「お前、なんでベンチコート着てないの? バカでけぇくしゃみして、営業妨害もいい加減にしろ」「違うの! 俺はちゃ
last updateLast Updated : 2026-04-14
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第9話 不器用な優しさ
 外国人の親子連れには、ノリと勢いでビラを渡す。  若い女の子のグループやカップルには、愛想を振りまきつつ、反応を見ながら粘って押し切る。 そんなやり方でノルマをこなし、時間きっかりになったのを確認して、震えながら店内に戻ると、佐伯は女子高生二人組にアイス入りのクレープを焼いているところだった。 きゃっきゃっと盛り上がる女の子たちは、手際よく動く佐伯の指先や伏せられた睫毛を見つめながら、「ビジュ良すぎ」「ガチイケメンじゃん」と小声で囁き合っている。狭い店内、その声は丸聞こえだった。 一方、当の佐伯はといえば、完全に「無」の表情だ。死んだ魚のような目で、カットしたバナナやイチゴを生地にひょいひょいと載せていく。  いつもの姿を見ているから分かる。あれは絶対に「めんどくせー」と脳内で毒づいている時の顔だ。 手渡されたクレープを手に、店先で自撮りを始めた女子高生たちが外へ出て行く。  その背中を見送り、扉が閉まった瞬間に、佐伯は深々と、それはもう盛大に溜息をついた。 俺はその背後から忍び寄り、クイ、と制服の袖を引っ張って自分の方へ向かせた。「……これ、返す。ふつーにあったかかった」 借りていた上着を差し出すと、佐伯は受け取らずに、底意地の悪い笑みを浮かべて俺を見下ろした。「……“人に物を返すときは、お礼を言う”って、お前のママに教わらなかった?」「っ……」  鼻の横に皺を寄せながら、俺は「ありがとうございます」とめちゃくちゃ小さい声で絞り出した。  本当に恩着せがましい奴。……いや、確かにこの上着がなきゃ凍え死んでたかもしれないけどさ。「へぶしっ!」 アイスタブの周りを拭きながら、また盛大なくしゃみが出た。と同時に、店の自動ドアが開く。 さっき俺が外でビラを配った、外国人の親子連れだ。  彼らはカウンターの前でメニューを指さしながら相談を始めたが、流暢すぎる英語は俺の耳をすり抜けていく。かろうじて、幼稚園くらいの子どもが発する単語が聞き取れる程度だ。「Hi, could you tell me which flavor is your most popular?」 お母さんらしき女性から眩しい笑顔を向けられ、俺は引きつった作り笑いを浮かべる。  頭の中で必死に単語を組み立てるが、喉の奥で渋滞して一向に口から出てこない。  俺は
last updateLast Updated : 2026-04-15
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第10話 いい匂いがする
 一つ一つノベルティをラッピングしながら、思わず頬杖をつく。  もっと意地悪を言われると思ったのに。 もう熱は残っていないはずなのに、袖のあたりからふわりと清潔な香りが漂う。(あー、やっぱこれ、めっちゃいい匂いかも……) 後で何を使っているか聞いてみよう。  買わない。絶対自分では買わないけど、正体だけは知っておきたい。 *** 一時間かけて、山のようなラッピングを片付けた。段ボール一箱分。なかなかの達成感だ。  洗い物まで済ませてくれた佐伯がバックヤードに戻ってきたので、俺はパーカーを脱いで返そうとした。だが、それを見た佐伯が眉を寄せる。「えー、洗って返してくんない?」 「は!? さっきはそんなこと言わなかったじゃん!」 「常識だと思いまーす。不潔」 不潔ってなんだよ。  まあ、確かに借りたものを洗って返すのは道理か……と脱ぐのをやめ、俺たちは退勤の準備を始めた。 わずかな沈黙が気まずくて、俺は何気なく気になっていた話題を振る。「佐伯ってさ、なんの香水使ってんの?」 「……え、なに?」 「いや、なんか、このパーカー着てる時いい匂いして。めっちゃ好きな匂いだなって。……あ、もしかして香水じゃなくて、柔軟剤?」 俺の顔を見た佐伯が、珍しく泳ぐように目を逸らした。  なんだよ、そんなに教えたくないのか。(まぁ、どうせ……この意地悪大魔神が、俺なんかに愛用ブランドを教えるわけないか) そう思って俺も目を逸らすと、佐伯がいつもより一段低い、小さな声で言った。「……ないんだけど」「え?」「香水も、柔軟剤も苦手で使ってないんだけど」 一瞬、思考が止まった。  じゃあ、あの心地いい匂いは、こいつ自身の……。  そこまで考えたところで、ぼっとコンロに火がついたかのように顔が熱くなった。「あ、ごめん、今の嘘! てゆーか、俺が鼻バカなんだわ。なんか、他の匂いと勘違いしてるのかも!」 自分でも意味不明な弁解を並べ立てると、佐伯は新しいおもちゃを見つけた子供のような邪悪な笑みを浮かべ、じりじりと俺に近づいてきた。「へー、なに? 俺の上着クンクンして、香水の匂いだと思ったの?」「やー、マジでミスだわ! “ミスター鼻バカ”って呼んでいいよ、マジで!」 ひたすら自分を貶めるしかない。そうでもしないと恥ずかしさで爆発しそうだ。
last updateLast Updated : 2026-04-15
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