Chapter: 3-5 真っ暗 次の日。 空は相変わらず灰色で、昨夜から降り続いていた雨は弱くなっていたが、完全には止んでいない。 そんな中、駿は学校へと向かっていた。◆◆◆ 足は前へ進んでいる。 それなのに心だけが、あの昼休みに取り残されたままだった。 教室に着いて、果奈がどうしているのか気になり、果奈の席の方を見てみる。 無意識だった。 そこに居てほしいと思ったのかもしれない。 けれど――。 席は空いていて机と椅子だけが静かに並んでいるだけだった。 それを見た途端、胸の奥が重くなる。 やがてホームルームの時間になり、担任の田中(たなか)先生が教室に入ってきた。「早川は今日、休みだから日直は学級日誌に書き忘れないように」 ホームルームになっても姿がなかったから察しは付いていたが、果奈のことが更に心配になる。(大丈夫なのかな……) 自然と考えてしまう。 ちゃんと眠れただろうか。 泣いていないだろうか。 誰かそばにいてくれているだろうか。 心配はいくらでも浮かぶ。 なのに。 俺は何も出来ていないし、何をすればいいのか分からない。 連絡するべきなのか。 そっとしておくべきなのか。 会いに行くべきなのか。 それとも――。 考えれば考えるほど答えが見えなくなり、そして答えが出ないまま時間だけが過ぎていった。 昼休みになり、今日も部活が出来なさそうなので、顧問の今江先生の所に行き、部活を休む為の許可を取ることにする。「浅村、今日も体調悪いのか、大会が近いんだから早く治せよ」 今江先生は昨日よりも険しい表情をしながらも、心配するような口調で許可を与えた。
最後更新: 2026-07-29
Chapter: 3-4 決心は後の後悔へと 美生はいつものようにスーパーで買い物を済ませて、駿の家へと向かっていた。◆◆◆ けれど今日は足取りが重く、買い物袋を持つ手にも、どこか力が入らなかった。 同時に、頭の中で何度も今日の出来事が繰り返されている。 昼休み。 廊下で友達と話していた時だった。 突然、廊下の向こうを駆け抜けていく駿君と果奈ちゃんの姿を目撃した。 ただ事ではない様子で、その時は何が起きたのか分からなかったけど、噂が広まり、昼休みの騒動を知ることとなった。 そして――。 果奈ちゃんが以前話していた「彼氏」が誰なのか。 ようやく繋がった。 幼馴染で。 毎日のように顔を合わせていて。 今も一緒に夕飯を食べる相手。 駿君なのだと理解した。 駿君の家に着くと、駿君の靴があるのに気づく。 普段、この時間には絶対にない筈だった。 それだけで嫌な予感が強くなる。「やっぱり……」 小さく呟いて居間へ向かうと、結ちゃんが不機嫌そうな顔でテレビを見ていた。「結ちゃん、駿君はどうしたの?」「知らないです。それよりも兄さんは学校で何かあったんですか?」「ちょっと揉め事があってね」「どんな揉め事があったんですか?」「私も見てないから詳しくは分からないかな」 嘘ではないけど、本当のことも言っていない。 もし話せば、駿君と果奈ちゃんの関係まで話すことになる。 それは私が言うことじゃない。 だからその言葉を飲み込んだ。 「兄さんが揉め事するなんて珍しいですね」「ほんと……そうだね」 駿君が昔から誰かと争うタイプじゃないからこそ、今日の出来事がどれほど駿君自身を追い詰めているのか想
最後更新: 2026-07-25
Chapter: 3-3 抜け出せない絶望 放課後。 駿は近々ある大会の為にも部活に向かおうとする。◆◆◆ 本来なら部活へ向かう時間で、近々大会もあり、休む理由なんて無い筈だった。 だけど。 この状態で部活をやっても、集中出来ないし、ミスを繰り返して部員たちに迷惑を掛けるだけだ。 何より。 今はテニスをする気力そのものが残っていなかった。 重い足取りで教員室に居る顧問の今江(いまえ)先生の元へと向かい、体調不良と嘘をついて部活を休むことにした。「今江先生、体調が悪いので今日、部活休ませてください……」 自分で言っていて分かった。 その声には全く力が無く、嘘をついている罪悪感もある。 けれど、本当の理由なんて説明できるはずもなかった。 今江先生は少しだけ俺を見つめて、何かを察したようだった。 だが深くは聞いてこない。「分かった……早く体調治せよ」「はい……ありがとうございます」 その優しさが逆に胸へ刺さった。 帰り道。 雨は朝より弱くなっていたが、空はまだ重たい灰色だった。 その色が妙に他人事とは思えなかった。 いつもだったら、放課後の部活を終えて、果奈と一緒に帰る道だった。 だけど。 今はその姿が無く、それだけで世界が妙に広く感じた。 家に帰ると誰も居なく、学校であった出来事が嘘かのように、静かな空間が広がっていた。 自室に入り、制服のままベッドに倒れて仰向けになると、改めて今日の出来事を考え込む。 果奈の涙。 震える声。 助けを求める姿。 何度も繰り返し浮かんでは消える光景が嫌になり、左腕で目を覆ってしまう。 光すら鬱陶しくて考えたくない。
最後更新: 2026-07-22
Chapter: 3-2 一気に崩れる関係 人気の無い場所まで走ってきたところで、ようやく駿は足を止めた。◆◆◆ 息が上がり、雨の湿った空気が肺に入り込む。 しばらく口を開けなかった。 先ほどまでの出来事があまりにも突然で、頭が追いついていない。 黙っていても何も変わらないと思い、口を開く。「俺があの時、もっと早く駆けつけてれば……」 果奈の怯えた表情が脳裏から離れず、言葉が詰まる。「怖い思いさせたくなかったのに、本当にごめん」 果奈は小さく首を横に振った。「私こそ、ごめんなさい。辛島先輩から告白を受けていたことを話さなくて……」「何で果奈が謝るの?果奈は悪くないよ」 とは言ったけど、少しショックだった。 責めたい訳じゃない。 怒っている訳でもない。 だけど。 相談してほしかった。 頼ってほしかった。 そんな気持ちが心の奥に生まれる。「悪いのは私だよ……抱え込まないで駿に相談していれば、こんなことにならないで済んだかもしれないのに」 途中から声が震え始め、ぽろりと涙が零れていた。 胸が締め付けられる。 違う。 そんな風に自分を責めてほしいんじゃない。 「そんなの、分からないじゃん!」 果奈が自身を傷付けるような言葉を聞きたくなかったのと自身の不甲斐なさもあって、強い口調で言葉を返してしまう。 俺だって悔しかった。 もっと早く動けなかったこと。 怖くて動けなかったこと。 全部が許せず、重たい沈黙が落ちる。 果奈が涙を手で拭きながら俯いていると、 学校内にチャイムが鳴り響く。「早川果奈さん。至急、教員室に来てください」「呼び出されたか
最後更新: 2026-07-18
Chapter: 3章 それぞれの変化 3-1 訪れる不穏 次の日。 昨夜ほどではなかったが、雨はまだ降り続いていた 駿は学校に着くと果奈からLINEが来ている事に気づく。◆◆◆ 画面には――。『ごめんね』『昼休み用事が出来て一緒にお昼食べられない』 少しだけ残念に思う。 最近は昼休みを一緒に過ごすことが当たり前になっていて、だからこそ、その時間が無くなるだけで寂しく感じる。 けれど用事があるなら仕方ないと、心に言い聞かせた。『分かった』 そう返信するが、胸の奥に小さな物足りなさだけが残った。 昼休み。 本来なら倉庫裏へ向かう時間だった。 だけど、今日は違う。 一人で過ごすのもなんだし、直己と昼休みを共に過ごすことにする。「直己、今日一緒に昼食べない?」「良いけど、今日は大丈夫なのか?」「あっちに用事ができてね」「そうか~てか、こうやって二人で食べるの久々じゃね」「そういえばそうだな」 直己と過ごす昼休み。 くだらない話をして。 馬鹿みたいなことで笑って。 果奈と過ごす昼休みとはまた違う楽しさがあって、たまにはこういう時間もいいなと思った。 その後。 直己とトイレに向かおうとすると、途中で女子の大きな声が聞こえてくる。「だから、何もないって言ってるじゃないですか!」 どこか切羽詰まっている声だったのと同時に、聞き覚えのある声だった。 嫌な予感がして、野次馬のように声の方向に向かう。 声が出ていた場所に着くと、中心に果奈の姿があり、心臓が変な音を立て始める。「じゃあ、これはどういうことなんだよ」 男子生徒が果奈にスマホの画面を見
最後更新: 2026-07-15
Chapter: 2-8 光と暗雲 夕飯を食べ終えて、駿は風呂に入る準備をしていた。◆◆◆ そんな中、結が表情を曇らせながら、話しかけてくる。「美生姉さん何か落ち込んでいるように見えたけど、何があったか分かる?」 一瞬だけ言葉に詰まった。 今日の試合のことが頭を過ぎる。 おそらく、美生はあの敗戦を引きずっている。 けれど、それを本人の許可なく話すべきではない気がした。「分からない」 そう答えると、結は納得していない様子で頬を膨らませた。「兄さん、聞いてきてよ」「なんで?」「いいから聞いて来て!」 結に真実を話さなかった結果、何があったのか聞いて来い!と言われ、かえって、自分の首を絞めることとなった。 結の性格を考えると、断っても諦めないだろうと思い、帰ろうとする美生のところへと向かう。 「美生、待って!」「駿君!?慌ててどうしたの?」「ちょっと話がしたくて、家まで送るよ」 一瞬だけ驚いた表情を浮かべた後、美生はふっと笑った。 その笑顔はどこか安心しているように見えた。 二人で並んで歩く。 夜風が頬を撫でた。 昔はよく歩いていた道。 けれど最近は部活や予定が重なり、こうして二人きりで歩くことは少なくなっていた。「駿君が家まで送ってくれるの久しぶりな気がする」「そういえばそうだね。最後に送ったのいつだったっけ?」「確か、二年前かな。不審者がうろついてるからって言って、家まで送ってくれた時ぶりかな」「あの時は物騒だったな~」「駿君、結ちゃんが心配だからって言って、部活サボって向かいに行って、次の日に顧問に怒られてたよね」 それは中学校の時の黒歴史の一つで、思い出すだけでも凄く恥ずかしい。
最後更新: 2026-07-11