もう一度、やり直せるなら  〜告白成功から始まる、それぞれの選択〜

もう一度、やり直せるなら 〜告白成功から始まる、それぞれの選択〜

last updateLast Updated : 2026-07-29
By:  青サバUpdated just now
Language: Japanese
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告白に成功し、理想の彼女ができた。 これで全部、上手くいくはずだった。 けれど―― ずっと当たり前だった幼馴染は、 その日から、自分の気付かないうちに、少しずつ距離を変えていく。 今まで気づかなかった想い。 変わってしまう関係。 これは 「彼女ができた日」から始まる、 青春と後悔の物語。

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Chapter 1

1章 変わる日常 1-1 全ての始まり

「早川さん……俺と、付き合ってください」

 放課後の教室には、もう二人しか残っていなかった。

 今日は全ての部活がなく、窓の外では、下校する生徒たちの声が遠くに混ざり合っている。

 けれど、その喧騒はガラス一枚隔てただけで別世界みたいに遠かった。

 上野高校二年四組。

 夕陽が斜めに差し込み、机の影を長く床へ伸ばしている。

 オレンジ色に染まった教室の中で、浅村駿(あさむら・しゅん)の声だけが、不自然なくらいはっきり響いた。

    ◆◆◆

 喉が熱い。

 心臓がうるさい。

 指先にはじっとり汗が滲んでいた。

「……」

 彼女、早川果奈(はやかわ・かな)は、一瞬だけ目を見開き、何かを隠すみたいにゆっくり俯いた。

 印象的な茶色のポニーテールが肩の横で揺れる。

 返事はない。だけど、机の端を掴んだ細い指が、かすかに震えていた。

 教室の時計が、かちり、と鳴る。一秒一秒が、永遠みたいに長かった。

 やっぱり無理だったかもしれない。

 急すぎた。

 今の、忘れてくれって言えば。

 弱気な考えが次々浮かぶ。

 逃げ出したかったし、この沈黙ごと、なかったことにしてしまいたかった。

 でも。

 ここで引いたら、きっと一生後悔する。

 そんな気がした。

「……入学式の日」

 俺でも驚くほど、声は静かだった。

「学校で迷っていたところを早川さんが案内してくれて」

 あの日の光景が脳裏に浮かぶ。

 まだ慣れない学校のなか、どこに行けばいいのか分からず、途方にくれていた時、声をかけてきたのは早川さんだった。

 早川さんは初対面の俺に、教室の方向を指差しながら、丁寧に案内してくれた。

 そして、別れ際に見せた太陽のような明るい笑顔が今でも鮮明に残っている。

 一目惚れだった。

「それから意識するようになって、気づいたら、好きになっていました」

 言い切った瞬間、胸の奥が空っぽになる。後は返事を待つだけだ。

 沈黙。

 窓から差し込む夕陽が、早川さんの横顔を淡く照らしている。

 伏せられた睫毛。

 赤く染まった耳。

 制服の袖を小さく握る指先。

 その全部が妙に綺麗で、だから余計に怖かった。

 やがて。

 本当に長い時間のあとみたいに感じた数秒後。

「……付き合っても、いいよ」

 消えてしまいそうなくらい小さな声。けれど、その言葉は確かに俺の胸へ届いた。

 

「……え」

 間抜けな声が漏れてしまう。

 早川さんは少しだけ困ったように笑って、ゆっくり顔を上げた。

 頬は夕陽以上に赤く染まっている。

 でも、その瞳だけは真っ直ぐだった。

「実は……私も、浅村君のこと、前から気になってた」

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

「……本当?」

「うん」

 それだけの返事なのに、胸の奥がじんわり熱くなる。

 さっきまで息苦しかった教室が、少しだけ明るく見えて、まるで世界の色が変わったみたいだった。

「こちらこそよろしくお願いします!」

 勢いよく頭を下げると、何かから解放されたように、早川さんが小さく吹き出す。

「よろしくね……駿」

 不意に名前で呼ばれ、嬉しさを堪えるのに、必死になる。

 ――こうして。

 俺と早川果奈の関係は始まった。

 だけど、この時の俺は、まだ知らなかった。

 この選択が。

 誰かを傷つけ。

 大切だったはずの関係を壊し。

 戻りたいと願っても戻れない未来へ、繋がっていくことを。

 夕陽に染まる教室の中で。

 静かに。

 けれど確かに。

 物語は、動き出していた。

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1章 変わる日常 1-1 全ての始まり
「早川さん……俺と、付き合ってください」 放課後の教室には、もう二人しか残っていなかった。 今日は全ての部活がなく、窓の外では、下校する生徒たちの声が遠くに混ざり合っている。 けれど、その喧騒はガラス一枚隔てただけで別世界みたいに遠かった。 上野高校二年四組。 夕陽が斜めに差し込み、机の影を長く床へ伸ばしている。 オレンジ色に染まった教室の中で、浅村駿(あさむら・しゅん)の声だけが、不自然なくらいはっきり響いた。 ◆◆◆ 喉が熱い。 心臓がうるさい。 指先にはじっとり汗が滲んでいた。「……」 彼女、早川果奈(はやかわ・かな)は、一瞬だけ目を見開き、何かを隠すみたいにゆっくり俯いた。 印象的な茶色のポニーテールが肩の横で揺れる。 返事はない。だけど、机の端を掴んだ細い指が、かすかに震えていた。 教室の時計が、かちり、と鳴る。一秒一秒が、永遠みたいに長かった。 やっぱり無理だったかもしれない。 急すぎた。 今の、忘れてくれって言えば。 弱気な考えが次々浮かぶ。 逃げ出したかったし、この沈黙ごと、なかったことにしてしまいたかった。  でも。 ここで引いたら、きっと一生後悔する。 そんな気がした。「……入学式の日」 俺でも驚くほど、声は静かだった。「学校で迷っていたところを早川さんが案内してくれて」 あの日の光景が脳裏に浮かぶ。 まだ慣れない学校のなか、どこに行けばいいのか分からず、途方にくれていた時、声をかけてきたのは早川さんだった。 早川さんは初対面の俺に、教室の方向を指差しながら、丁寧に案内してくれた。 そして、別れ際に見せた太陽のような明るい笑顔が今でも鮮明に残っている。 一目惚れだった。「それから意識するようになって、気づいたら、好きになっていました」 言い切った瞬間、胸の奥が空っぽになる。後は返事を待つだけだ。  沈黙。 窓から差し込む夕陽が、早川さんの横顔を淡く照らしている。 伏せられた睫毛。 赤く染まった耳。 制服の袖を小さく握る指先。 その全部が妙に綺麗で、だから余計に怖かった。 やがて。 本当に長い時間のあとみたいに感じた数秒後。「……付き合っても、いいよ」  消えてしまいそうなくらい小さな声。けれど、その言葉は確かに俺の胸へ届いた。 「……え」 間
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1-2 夢みたいな現実
 帰り道。 駿は告白が成功したことを実感できないまま、家に向かって歩いていた。 ◆◆◆ 果奈と途中まで一緒に帰っていたのだが、正直何を話したのか覚えてない。 それどころか、ついさっき告白が成功したという事実を、まだうまく受け止めきれずにいた。 夕暮れの街を歩きながらも、足元がどこか浮ついている。 通り過ぎる自転車の音も、信号機の電子音も、妙に遠かった。  頭の奥では、さっきの声が何度も繰り返されている。  ――「……いいよ」 あの小さな返事。  照れたような表情。  夕陽に染まった頬。 思い返すたび、胸の奥が熱くなるが、同時に、現実感が薄かった。 (……本当に、付き合うんだよな) 夢を見ているようだった。少しでも気を抜けば、全部消えてしまいそうで。 嬉しいのに、落ち着かない。 誰にも知られてはいけない秘密を抱え込んでしまったような、くすぐったい感覚だけが残っている。  それを引きずったまま歩いていると、家に到着していた。 居間に向かうと、台所から妹である浅村結(あさむら・ゆい)が顔を覗かせる。「兄さん、おかえり」「結、ただいま」  その後ろから、黒髪のボブを揺らしながら、もう一人の少女が現れた。「駿君、おかえり。今日の夕飯は肉じゃがね」  彼女は、島内美生(しまうち・みお)。 美生は父親同士が仲が良かったことと互いに母親を亡くしており、幼い頃から深い関わりがあった。 今は互いの父親が仕事で帰る時間が遅いため、平日は毎日のように美生が浅村家に来て、夕飯を作っている。 それもあって、美生は幼馴染というよりは、一人の"家族"に近しい存在だった。 「ただいま、色々あって疲れて、お腹ペコペコ」「今日、部活無かったのに帰るの遅かったけど何かあったの?」  幼馴染としてのいつもの問いかけなのに、一瞬、心臓が変に跳ねた。 「ちょっと、寄り道して遅くなった」 何故か、告白のことは言わずに、話を流してしまう。  その後、三人で夕飯の準備を済ませ、食卓を囲む。 肉じゃがの甘い匂いと、湯気の立つ味噌汁が食欲をそそる。 いつも通りの夕食だった。 「美生姉さん、後で数学教えてもらってもいいですか?」「いいよ」「たまには俺が教えようか」「美生姉さんの方が分かりやすいから、結構です」 遠慮のない一言が、地味に刺さる。
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1-3 膨らむ期待
 翌朝。 駿は目覚ましが鳴る少し前に、自然と目が覚めた。 ◆◆◆ カーテンの隙間から差し込む朝の光が、やけに眩しい。    ぼんやり天井を見上げながら、小さく息を吐く。    胸の奥が落ち着かない。だけど、嫌な感覚ではなかった。 むしろ逆だ。 何かが始まってしまった後特有の、ふわつくような高揚感。  昨日の放課後。  夕陽。  震える声。  思い返した瞬間、身体が熱くなる。 枕に顔を埋めたくなるくらい恥ずかしいのに、何度も思い返してしまう。 (……付き合ってるんだよな、俺たち) まだ実感は薄いけど、昨日の出来事を頭の中で繰り返すたび、少しずつ現実が輪郭を持ち始めていた。  制服に袖を通し、家を出る。 空気は少し冷たくて、それが逆に心地よかった。 いつもと同じ通学路のはずなのに、世界の色がほんの少し違って見える。 学校へ着き、教室へ入ると、まだ席は半分ほどしか埋まっていなかった。 朝特有のざわめき。  窓際で話す女子の笑い声。  机に突っ伏したまま眠っている男子。 その中を歩いていると、まるで自分の告白が成功したかのように、直己がウキウキしながら話しかけてくる。「おはよー!駿。どうだ1日目の朝は?」「いつもの朝と変わんないよ」 そう答えたはずなのに、直己は肩をすくめた。「表情からはそう見えないけどな」 普通に答えたつもりだったが長い間、関わってきた直己にはバレバレだった。「直己には敵わねぇ」「まぁーな」 直己との軽口に夢中になっている時だった。  教室の扉が開き、早川さんが入ってくる。 いつも通りの制服姿。  肩の辺りで揺れるポニーテール。 友達と自然に挨拶を交わしながら、自分の席へ向かって歩いてくる。 ただ、それだけのことで、昨日までと何も変わらないはずなのに、何故か落ち着かない。 そして。   一瞬だけ、目が合う。   その瞬間、早川さんの瞳がわずかに揺れた。 すぐに視線を逸らされる。 けれど、耳が少し赤かった。   その小さな変化だけでも、嬉しかった。 昨日の告白は夢じゃなかった。 ちゃんと現実なんだと、ようやく実感が追いついてくる。    気づけば、自然と口元が緩んでいた。  だが結局、いつもと変わらない一日を過ごして、気づけば放課後になっていた。
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1-4 大切な時間と変化
 駿が倉庫裏に着いた時、早川さんの姿はまだなかった。 ◆◆◆ 夕焼けに染まった校舎の影が、静かに地面へ伸びており、風が吹くたび、木々がかすかに揺れていた。 スマホの時間を確認するが、まだ数分しか経っていない。  本来なら、早川さんが所属するバドミントン部はテニス部よりも早く終わって、待っているはずだった。(……練習、長引いてるだけだよな) そう思おうとするのに、別の考えが勝手に浮かんでくる。  疑いたくないのに、疑ってしまう。(何考えてんだよ、俺) 頭では分かっている。けれど、不安は理屈じゃ止まらない。 胸の奥に、小さな黒いものが広がっていく。   その時だった。 「ごめん!練習が長引いて遅くなった」 弾むような声に振り向くと、果奈が駆け寄ってきた。 少し乱れた髪。  肩で息をしている姿。  その瞬間、全身からふっと力が抜け、自分でも驚くくらい、安心してしまっていた。 早川さんの声が聞こえた瞬間、強い安心感に襲われる。 「……安心した顔してるけど、どうしたの?」「と、特に何もないよ」 不安になっていたことを勘付かれないように話したつもりだったが、ぎこちない返答になってしまった。  そして、早川さんはじっとこちらを見つめてくる。 逃がさないみたいに。「もしかして……私が来ないと思ってた?」  言葉に詰まり、否定しようとして、できなかった。 その沈黙だけで、十分伝わってしまったのだろう。 「私がそんなことするわけ、ないでしょ!」 早川さんは眉をきゅっと寄せた。   怒っている。 最初はそう思った。   でも、違った。 その表情の奥にあったのは、傷ついたみたいな寂しさだった。   「ごめん、こういう経験が初めてで、嬉しい気持ちと同時に不安な気持ちもあって……」「私も初めてなんだから……」 ぽつりと落ちた声は、思ったよりずっと弱かった。「今まで、何回も告白されてきた。だけど……」   一度、視線が落ちる。 言葉を探しているみたいだった。  「“可愛いから”とか、“好きだから”とか……そういうのばっかりだった」 夕陽が、早川さんの横顔を淡く染める。「ちゃんと私のこと見てくれてるって、思えなかった」 何も言えず、視線を逸らすことしかできない。「でも、駿は違う気がした」    真っ
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2章 様々な初めて 2-1 初めてのお出かけ
 週末。 午前中の部活を終え、駿は家に戻るとすぐシャワーを浴びた。 ◆◆◆ 髪を洗って、流して。  念のためもう一度首元にシャワーを当てる。 絶対に汗の匂いが残らないよう、念入りに身体を綺麗にする。 (気にしすぎだろ) そう思ったが、手は止められない。   今日は、果奈と二人きりで出かける。 考えるだけで、落ち着きを保てなくなっていた。   シャワーを終え、家にある姿鏡の前で服を広げる。 候補が何着も並んでおり、着てみては脱ぎ、鏡を見る。 しっくりくるやつもあったが、すぐに違う気がして、また着替え直す。「……何やってんだ、俺」 服選びがただの繰り返し作業へと変わり始めようとしたなか、たまたま通りかかった結が足を止めた。「柄でもないことやって、今日何かあるの兄さん?」 柄でもないって失礼だなと思いながらも、女の子である結に質問してみる。「結、ちょっと見て欲しいものがあるんだけどいい?」「別にいいですよ」「今着ている服と持ってる服どっちがいい?」   結は一瞬固まり、次に呆れたような深いため息をついた。 「それを普通、妹に聞く?」「女子としての意見が聞きたくて……」「だったら、美生姉さんに聞けばいいじゃん」「別に美生に聞くほどでも無いしな~」「もう、知らない!」 呆れを通り越して怒りへと変わり、不貞腐れながら結はその場を離れる。「そこまで怒らなくていいじゃん……」  結局。 迷いに迷い、鏡の中の自分と相談して、これだと思う服を選んだ。 正直これでいいのか分からない。でも、これ以上考えても答えは出ない。 一旦深呼吸をし、少しは冷静さを取り戻したところで、家を出て待ち合わせの場所へと向かった。 待ち合わせは十五時なのに、着いたのはまだ十四時半を少し過ぎたところだった。 早く着き過ぎてしまったけど、遅れるよりはマシかと思いつつ、待ち合わせ時間まで何しようかと考えながら辺りを見渡す。 すると、知っている人影を見て驚く。  「果奈!?」 そこには、待ち合わせ場所の前で、きょろきょろと辺りを見渡している果奈の姿があった。 白いバックリボンニット。  揺れるスカート。  チャームポイントの一つであるポニーテールには、白いシュシュ。 今まで制服や体操着の姿しか見てこなかったから凄く新鮮で、同時
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2-2 幸せな余韻
 果奈に流されるまま、駿は映画館へと向かった。 ◆◆◆ 映画館は休日ということもあり、様々な人たちで賑わっていた。 「私、観たい作品があるのだけどそれでもいい?」「いいけど、どんな作品?」「恋愛もの。ラスト泣けるって友達が言ってたから気になってたんだよね」「そうなんだ」 特に観たい作品も無かったし、一緒に見られればそれでいいと思い、この作品を観ることにする。  作品のタイトルは『失いたくない』。  主人公がヒロインへの告白から始まる恋。 想いが通じ合い、幸せな結末へ向かう筈だったが、ヒロインが通り魔に刺されてそのまま死んでしまう。 絶望していた主人公がヒロインの真実と自分と彼女の変化を知り、前を向いたところで終わりを迎える。 そんな作品だった。  上映が終わり、エンドロールの音楽が流れる中、しばらく動けなかった。 胸の奥に、まだ物語が残っている。 映画の中の悲しみが、そのまま身体のどこかに沈んでいた。   少しは落ち着き、隣を見ると、果奈はスクリーンを見上げたまま、どこか納得のいかない顔をしていた。「不満そうだけど、面白くなかった?」 果奈は少し考えるように視線を泳がせた。   「面白くなかったわけじゃないんだけど……なんかイマイチだったんだよね」 勝手に果奈が好きそうなストーリーだなと、勝手に思い込んでいたから、反応を見て少し驚く。「そう?俺は凄く面白かったし、特にラストの流れは見ていて感動した」「確かに最後の方は感動的だったけど、唐突過ぎる気がするのよね」 言葉を選びながら更に続ける。「彼女の人生が残り少ないとかだったら感動的な結末になっていたと思う」 映画の構成。  伏線。  主人公の心情。 納得のいってない割に、感想は思った以上に細かくて、真剣だった。 見ているだけで、少し笑ってしまう。 「なに?」「いや。ちゃんと観てたんだなって」「失礼じゃない?」「褒めてる」 そのやりとりだけでも心地よかった。  映画館から出たところで、果奈がふと立ち止まる。 さっきまでの軽い空気とは違う声だった。 「……でも」 視線は前を向いたまま。「この映画みたいに、もし駿を突然失ったら、私も主人公みたいになっちゃうのかな」  声が静かで、冗談ではないことがすぐに分かった。 映画の余韻なのか。
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2-3 本当のことが言えない
 水曜日。 駿は部活を休み、複合商業施設に向かった。 ◆◆◆ 館内は、穏やかなBGMが流れており、夕方ということもあって、多くの人が買い物をしていた。 到着すると、既に、美生が待っていた。 エコバッグを片手に、こっちに気づいて手を振った。「ごめん、待たせた?」「うんうん、大丈夫だよ」  昔から変わらない柔らかな笑顔。 その笑顔を見るたび、少しだけ肩の力が抜けた。 中へと入り、最初に向かったのは日用品売り場だった。 女性用のシャンプーのコーナーへと向かい、結が使ってるシャンプーを探す。 棚一面に同じようなボトルが並んでおり、色も形も似ている。 香り違い、詰め替え用、限定パッケージ。 似たようなシャンプーばかりで、頭がちんぷんかんぷんしてしまう。 取り敢えず、それっぽいシャンプーを美生に聞いて入れることにする。「結がシャンプー買ってきて欲しいって言ってたんだけど、これでいいの?」「違うよ」 即答で答えた美生は、棚の奥から一本のシャンプーを取り出した。「結ちゃんが欲しいって言ってるシャンプーはこっち」「そうなんだ…….どれも似たような物ばかり全く分からない」「男性のシャンプーも、どれも似たようなものばかりで、同じくらい分かりにくいと思うよ」「そう?」「うん。それに、駿君の家庭事情もあるけど、駿君が結ちゃんの欲しい物を買い間違えないようにするのも込みで、私が一緒に来ているんだから」 優しく答える美生に頭が上がらない。「ほんと、毎回ありがとう」「どういたしまして」 シャンプーのコーナーを後にして、必要なものをかごへと入れていく。 洗剤。 ティッシュ。 スポンジ。  どれも家に必要なものばかりだった。 高校に入ったのと同時に、お父さんの仕事が増え、美生とこうして買い物する機会ができた。 最初は、不思議な感覚だったが、今は当たり前となっていた。  日用品の会計を済ませ、夕飯の買い物をした後、美生と帰り道を並んで歩く。 夕暮れが少しずつ街に落ちていた。「そういえば、最近果奈ちゃん変わったと思うの。なにか心当たりない?」 足が一瞬止まりかける。 果奈と美生は一年生の時に同じクラスになり、意気投合して親友となった。 今はクラスが違うが、連絡し合ったり、休日も共に遊ぶほどの仲で、二年生になる前から、美生
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2-4 初めてで、特別な昼のひととき
 次の週の月曜日。 登校途中、駿は果奈からLINEが来ていることに気づいた。◆◆◆ 『昼休み、倉庫裏に来て』  たった短い一文。それだけなのに、胸が跳ねた。 『分かった』  すぐに返信して、どんな目的で果奈はそうLINEをしたのか考え始める。  昨日の続きの話か。 それとも、ただ会いたいだけなのか。 様々な考えが浮かび、気づけば、止まらなくなっていた。 教室に着いてからも。 授業が始まってからも。 ノートを取る手は動いているのに、頭の中はまるで別の場所にある。  黒板の文字が目に入ってこないし、常に時計ばかり見ていた。 その状態で午前中の授業を受け終え、チャイムと同時に、昼休みが始まる。 浮ついた気持ちのまま、倉庫裏へと向かう。 先に到着し、数分後に果奈が姿を現した。「ごめん、待たせちゃった?」「うんうん、全然待ってないから大丈夫」「そ、そう…」 けれど。 どこか様子がおかしい。 いつもより落ち着きがない。 視線が泳いでいる。 手元を気にしている。 そんな果奈を見て、不思議に感じてしまう。「その……渡したい物があって」「渡したい物?」 果奈は後ろに隠していた布製の袋を前に出す。 それを見た瞬間、謎が解けた。「これってお弁当?」「……うん」 今にも沸騰しそうな表情で、ゆっくりと頷く。「駿のために、作ったの」  嬉しさのあまり、一瞬だけ言葉が出来なかった。「ありがとう」 ようやく出たのは、それだけだった。「凄く嬉しい」 果奈が照れたように視線を逸らす。「……良かった」 その後、倉庫裏の近くにある座れる所に移動して、弁当を食べることにした。 弁当は二段弁当になっており、一段目には肉巻き、ブロッコリー和物などのおかずが入っていて、二段目は一面がご飯で真ん中に梅干しが置いてあった。「いただきます」 彼女の作った弁当を食べれる幸せを噛み締めながら、にく巻きを口にする。 最初は、果奈の作ってくれた弁当ということもあり、幸せが勝っていた。 だけど。 口の中で味わい始めた瞬間、今まで経験した事ない塩辛さに襲われ、思わず咀嚼が止まりそうになる。 今まで食べたことがないくらい、しょっぱい。 更にその横で。「どう……?美味しい?」 期待と不安が入り混じった目で、こっちを見てく
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2-5 初めて気付かされる変化
 その日の夜。 果奈は友達であり、駿の幼馴染でもある美生に電話をかけた。  ◆◆◆ 時計の針はすでに遅い時間を指している。 それでも今日は、胸の中に溜まったこの気持ちをどうしても誰かに話したかった。「こんな夜遅くに電話してごめんね」「全然いいよ」 スピーカー越しに聞こえてきた美生の声は、いつも通り優しかった。「何かあったの?」  少しだけ息を吸う。 そして、ずっと言いたかった言葉を口にした。「実は私……彼氏が出来たの」 一瞬だけ沈黙。 すぐに返事が返ってくる。「そうなんだ。おめでとう」 思ったよりも美生が驚いていなくて、拍子抜けしてしまう。「反応薄くない?もしかして知ってた?」「最近の果奈ちゃんの様子を見てなんとなく」「そんなに私、浮かれてた?」「浮かれてたっていうより――」 少し考えるような間。「明るくなったって感じが近いかな」「明るく?」「うん。前から明るかったけど、最近は更に明るくなって、毎日が凄く楽しそうに見える」 その言葉に目を丸くした。 自分では気づいていなかった。 けれど言われてみれば、思い当たる節がある。 朝、目が覚める時。 学校へ向かう時。 スマホを開く時。 何気ない瞬間に胸が弾むことが増えた。 駿と付き合うようになってから、毎日が少しだけ色鮮やかになった気がする。 そのことを自分自身ではなく、親友の言葉から伝えられたのが、何より嬉しかった。「そ、そうかな……」 照れながら答えることで精一杯だった。「それでね」 今日の出来事を思い出す。 昼休み。 倉庫裏。 そして――弁当。「今日、その彼氏にお弁当作ったの」「果奈ちゃんが料理って珍しいね。それでどうだったの?」「大失敗で終わった……慣れないことなんてしなきゃよかったって思った」 あの肉巻きの塩辛さ。 思い出すだけで申し訳ない。「だけど、彼氏がそのお弁当をいきなり食べ始めてね……」 駿が箸を止めずにお弁当を食べていた光景が脳裏に浮かぶ。 「えっ!?まさか、そのまま全部食べたの?」「うん……しかもね、食べた後にこの味覚えたから次に弁当作った時にどこが成長したのか分かるでしょって、言われて……」 優しくて真っ直ぐな駿の声が、頭に響き渡った。「私……嬉し過ぎて俯くことしか出来なかった」 恥ずかしい。 
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2-6 衝突
  二日後の放課後。 六月に行われる地区大会に向けて、駿はいつも以上に練習へ集中していた。◆◆◆ ラケットを振るたびに汗が飛ぶし、息は上がっている。 それでも嫌な疲労感ではない。 地区大会。 そして、その先。 目標があるからこそ、苦しい練習にも意味があった。 やがて練習が終わり、着替えながら時計を見る。 果奈との待ち合わせまでもう少し。 そのことを考えるだけで、練習で重くなった足が、自然と軽くなった。 早く会いたいという気持ちを自覚しながら部室を出ようとした時。「浅村、ちょっといいか?」 呼び止められ振り返ると、隆二が立っていた。 普段とは明らかに様子が違い、どこか重苦しい空気をまとっている。 まるで、果奈に告白直前の自分を見ているみたいだった。「手短で頼む」 果奈を待たせたくないから早くして欲しいと思いながらも、隆二の話を聞くことにする。「浅村のクラスに早川って居るだろ?」 その名前が出た瞬間、心臓が一拍だけ強く鳴った。「居るけど…早川さんに何かあるの?」 できるだけ平静を装うが、嫌な予感はすでにあった。「明日、早川に告白しようと思っている」 予想はしていたとはいえ、衝撃が走る。「情けないと思うけど、浅村にも協力して欲しい」 そう言われても、なんて言葉を返せばいいのか分からない。 少し考えて、遠回しに告白するのは辞めるように促してみる。「早川さんも今大変そうだから辞めた方が良いんじゃないんかな」 本当は違う。 そんな理由ではない。 言いたいのはもっと別の言葉だ。 ――やめろ。 ――告白するな。 だが、そんなことは言えないし、言えるはずもない。「……」 隆二は厳しい表情しながら、黙り込んでしまう。「因みに聞くけど、早川さんをどうして好きになったの?」 様々な女子を振ってきた隆二が、なぜ果奈に惹かれたのか聞いてみる。「なんでそんなこと、聞くんだよ」「だって、隆二って色んな女子から告白される度に振っていて、女子に興味無さそうな感じがしたからさ」 しばらく沈黙。 そして隆二はぽつりと語り始めた。「……強いて言うなら一年の時、同じクラスで話す機会がよくあって、話していくうちに意識するようになった」 果奈を好きになった経緯を真剣に聞く。「その後、クラスが別々になって少しは意識しなくなる
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