Chapter: 第94話 お嬢様の指令:アンドレとアニータ「まあ、俺の過去の話はどうでもいいんだよ。それよりアニータ、最終確認だ。俺達の|任務《クエスト》は?」 |標的《ターゲット》達の特徴から過去を思い返していた俺は、そのらしくない感傷を振り払うように頭から追い出し、今回の仕事の相棒――才能に溢れた弟子であるアニータに確認する。 「ん。フォーブナイト帝国侯爵である、ファステヴァン侯爵派に所属するご主人の家の本家、セイラム男爵家の犯罪の証拠を掴むこと」「そのために留意する点は?」「一つ、ファステヴァン派と対立する派閥員である、ムッツァート伯爵の部下との密な情報交換。二つ、隠密行動を旨とする。三つ、告発は伯爵が行うため、アテ達ワーグナー商会は|逸《はや》らないこと」「最重要目標は?」「スティーブ前会長が所持していた、認可を受けた正規の奴隷商しか所持を許されない魔導具類……特に〝魔力筆〟と〝魔力印〟の発見と奪還」「上出来だ」 ターゲットを遥か先の視界に収める《《屋根の上》》で、俺はくしゃりと|愛弟子《アニータ》の頭を撫でる。 「ん。師匠、子供扱いはやめて。あと耳に触らないで」「おっと、悪りぃな。弟子の成長が嬉しくてよ」「ん、弟子は弟子でもアテはもう十七歳。子供扱いは不服」「悪りぃ悪りぃ。そうムクれんなって」 頬を膨らませて俺の手を払うアニータに苦笑しながら、俺は改めて今回のターゲットを眺める。 職業【斥候】や【工作員】、【暗殺者】が共通して習得できる|職業技能《スキル》【千里眼】によって、二区画は離れたココからでも連中の動きは丸見えだ。 「ん、確認した。確かにワーグナー商会の〝魔力紋〟が押されてる」「魔力紋の隠蔽もしねぇなんぞ、お粗末な仕事しやがるな。真っ昼間から娼婦にうつつを抜かしてやがるってこたぁ、隷属の効力は情報漏洩の防止の|類《たぐ》いか……?」「ん、だとしたら厄介。魔力紋は口封じも簡単に出来る」「だな。となりゃあ、下手に接触して情報を引き出
Last Updated: 2026-11-06
Chapter: 第93話 【ヤモリの耳目】と呼ばれた男 俺の名はアンドレ。しがない元盗賊で、情報収集が得意ってんで重宝がられて幹部の席に収まってた。 最初はこぢんまりした盗賊団だったんだ。オヤジと俺を入れてもたったの八人で、狙うのはもっぱら街道を行く弱そうな少人数の集団だった。運良く森でデカい洞窟を見付けたからそこを拠点にして、獲物が居なけりゃ森で狩りをして、肉は食糧に、皮や牙なんかの素材は一番若い俺が街に持ち込んで売って、小金を稼いじゃ酒に変えていた。 俺は当時六歳で、オヤジとは別の盗賊に襲われた家族の唯一の生き残りだったんだ。命からがら逃げ延びて、そんでも生きる知識も術も持たなかった俺は、餓死寸前で街道脇の樹に寄り掛かってるところをオヤジに拾われた。 オヤジは元冒険者の戦士だった。仲間達にパーティーの資金をくすねたっつって有らぬ疑いを掛けられ追放されたそうだ。当然仲間達の嘘の告発で冒険者資格も剥奪され、何もしてねぇオヤジは一転して犯罪者となり、街から逃げてきたんだと話した。『だったらやってやらぁ。アイツらがオレを盗人だって言うんなら、その通りになってやんよぉ』 そう話すオヤジはどこか寂しそうだったが、街を出る際に素行の悪い何人かの冒険者達にも声を掛けて来たらしい。そうして集まった俺達八人が、盗賊団【隠形ヤモリ】の始まりだった。 俺は生きる術をソイツらに教わった。身の隠し方、気配の殺し方に探り方、獲物の探し方や仕留め方、捌き方だのと、冒険者のイロハだな。特に斥候系の技能に長けてる事が|判《わか》ってからは、ソッチを中心に自分でも腕を磨いて、オヤジに救われた恩を返そうと努力した。 盗賊としての初〝仕事〟は……今でもハッキリ|憶《おぼ》えている。 狩りの合間に、街道を若い男女が歩いているのが見えた。俺はすぐさまオヤジに報告して、仲間達と一緒に待ち伏せたんだ。 男は殺し、女は犯した。オヤジの命令でもなけりゃ、俺がそれに参加した訳でもない。オヤジが街で集めてきた冒険者崩れの仲間達がやった事だ。 それからは、団の連中の行為はエスカレートする一方だった。 物語に出てくるよ
Last Updated: 2026-11-05
Chapter: 第92話 アニータの願いとマリア「ご主人、頼みがある」「うん? どうしたのアニータ?」 伯爵の城から宿へと戻り、思う存分にだらけきってアニータと部屋でお喋りしていた時。それまで談笑していたアニータが、急に真剣な顔付きであたしを見詰めてきた。 あたしは大事な話であると察して、横になっていた身体を起こし隣り合うベッドの端に座って、アニータとまっすぐに向き合った。「アテを、ご主人の下で働かせてほしい。この前話してくれた将来の話、アテはご主人と一緒に商会のために働く」「ホントに!? それじゃこれからも、ずっと一緒に居てくれるの!?」「うん。だけど、一つだけ」「うん、何かな? 大抵の条件だったら聞いちゃうよ!」 突然のアニータの意思表明に、ちょっと嬉しさが天元突破しちゃった。あたしのバカちん、大抵の条件を飲むなんて何言ってるんだか!「アテを奴隷から解放するのは、少し待ってほしい」「へ? う、うん、それは構わないけど……どうして?」 意図の読めないその申し出に、あたしは首を傾げる。|商会《ウチ》で働くのであれば、奴隷のままで居るよりも明らかに従業員として正規雇用を受けた方が良い。給料だって奴隷とは比べ物にならないし、何より自由なのだから。 そう|訝《いぶか》しむあたしに、アニータは静かに言葉を紡いだ。「スティーブ会長……ううん、先代に、恩返しをしてから。スティーブ様と奥様、それから奴隷のまま死んでしまった仲間達の仇を討ってから、自由になりたい」「アニータ……」「アテは里で同族に疎まれて、里を飛び出した。そして奴隷狩りに捕まって、前の商会に売られた。奴隷として|見窄《みすぼ》らしく生きてきたアテを掬い上げてくれたのは先代。この商会で、初めて真っ当に扱ってもらった。アテにとって、先代は恩人」 この間のピクニックで聞かせてくれた話を、もう一度語るアニータ。しかし今日
Last Updated: 2026-11-04
Chapter: 第91話 授けられた家名とマリア ムッツァート伯爵領の領都、ハル・ムッツァートに|在《あ》る領城……その謁見の間。そこであたし達は静かに|跪《ひざまず》いていた。「|面《おもて》を上げよ」 帝都の方角を背にし護るように設計されたその謁見場に、我らがご領主様であるクオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下の|厳《おごそ》かな声が響く。「奴隷商会・ワーグナー商会会長、マリア。この者、先のアズファラン防衛戦において迅速なる情報伝達の役を果たし、またその商会に所属する多くの所属員達を戦場へと向かわせ、数多の魔物を打ち倒し、防衛に寄与したものである」 伯爵が壇上の椅子からあたしを見下ろし、伯爵の家臣達が無言で見詰める中で、伯爵の一段下で腹心のザムド子爵があたしの功績を読み上げる。「奴隷商会・ワーグナー商会会長、マリアよ」「はい」 ザムド子爵の読み上げが終わってから、伯爵自らがあたしに声を掛けてきた。 これから、あたしに褒賞が授けられる。あたしが希望したその褒賞は……「|此度《こたび》の働き、|誠《まこと》に大儀であった。お主には、褒賞金として金貨千枚と、〝クオリア〟の家名を授ける。これよりは〝マリア・クオリア〟と名乗り、我が領の益々の発展への貢献を期待する。励むが良い」「有り難き幸せに存じます。わたくし、奴隷商会・ワーグナー商会会長マリアは、これより〝マリア・クオリア〟を名乗り、今後益々の発展に邁進して参ります」 受け答えが済んだ途端、謁見場は拍手で包まれる。 あたしはというと、ありがたく頂戴した家名に冷や汗が止まらないんだけど! だって、〝クオリア〟って……ッ! これ明らかに、伯爵の名前の〝クオルーン〟から取ってきてるよね!? 爵位はあたしの辞退の意志を汲んで無しにしてくれたみたいだけど、たかだか平民に伯爵位を預かる自身の名前の一部を与えるって、どうなのさッ!?
Last Updated: 2026-11-03
Chapter: 第90話 仲間達とマリア「良かった……ってぇのは、あんまりにも不謹慎っすよねぇ。だけどお嬢、いよいよ仇が討てる機会が来たっすね」「お嬢様の心の安寧のためなら、このミリアーナを存分に使ってください!」「わ、わたしだってスティーブ様やジョアーナ様の仇を討ちたいですっ!」 伯爵の領城を辞して、重苦しい空気で滞在中の宿に戻ったあたしに、同行してくれたみんなが声を掛けてくれる。「旦那様と奥様には、格別のご配慮を|賜《たまわ》りました。何より、マリア会長という素晴らしいご主人様に巡り合わせてくださったこのご恩、私も返したく思います」「ん、アテも全力で力になる。スティーブ会長が居なければ、アテだってご主人に会えなかったから」 アンドレが、ミリアーナが、ルーチェが、バネッサが、アニータが。みんなが、伯爵の話を聞いてその怒りの炎を再燃させている。 もちろん、《《俺》》だって。「聞けば聞くほど、マリア会長のご両親は素晴らしい人物であったようですね。不肖このカトレア・ストークスも、ご両親の墓前に花を添えたく思います」「ありがとカトレア。両親を知らない貴女にもそう言ってもらえて、あたしも嬉しいよ」「いえ。帝国貴族に有るまじき身勝手さの極み。マリア会長のご両親の件が無くとも、わたくしは怒りに駆られていたと思います。ですが……本当によろしかったのですか?」「うん? 名誉貴族位のこと?」 我らがご領主様、クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下|擁《よう》する間者の報告によれば、スタンピード発生の二週間ほど前に、隣りの敵対派閥の貴族が治める領地から、冒険者達数名が北の森に入ったとの事だ。 敵対派閥の領地っていうのはもちろん、我が商会の初代会長であるお|祖父《じい》様、ワーグナー・セイラムの実家が在る領地。伯爵の属する派閥と敵対するドナルド・フォンド・ファステヴァン侯爵が支配する、〝ファステヴァン領〟のことだ。 間者達は、《《北の森に入れるよ
Last Updated: 2026-11-02
Chapter: 第89話 伯爵とマリア「やれやれ。|此度《こたび》で三度目なのだから、そう緊張することもあるまいに」 いえ、そうは|仰《おっしゃ》いますがねぇ……!? この人ってば、コッチは平民だってこと忘れてないかな!? あたし、マリア。奴隷商である〝ワーグナー商会〟の会長の、十二歳の女の子。 あたしは現在、住んでいる街の領主である伯爵閣下から再びの召喚命令を受けて、領都〝ハル・ムッツァート〟の領城、その応接室に居るの。目の前には広大な領地を支配する大貴族クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下と、その腹心であるザムド・オイラス子爵様。 対するはあたしを先頭に我が商会の部長達。ミリアーナ、バネッサ、ルーチェ、アンドレ、そして先の防衛戦で偵察に伝令にと大活躍したアニータ。 両陣営の間を取り持つように横に立つのは、カトレア・ストークス男爵令嬢。伯爵の直属の部下として、商会に出向した監督官。そしてあたしの部下としての部長という、二つの顔を持つ女性だ。 ムスタファ? 彼……彼女はお留守番だよ。流石に部長級以上が全員一度に留守にするワケにはいかないからね。「閣下、お見苦しい様をお見せして申し訳ございません。ワーグナー商会のマリア、御身の前に|罷《まか》り越しましてございます」「よせ、堅苦しい。非公式の面談である|故《ゆえ》、楽にせよ」 そ う は 仰 い ま す が ね っ !? はぁぁ……! もういいや。「では、お言葉に甘えます。それで閣下、此度はどのようなご用向きでしょうか? スタンピード鎮圧の論功行賞にはまだ日がある筈ですが?」 息を一つ吐いて。来たる論功行賞のために領都に滞在していたあたし達を、事前に呼び出したその真意を問う。「奴隷商のマリアくん、流石に砕け過ぎではないかね?」「よい、ザムド。堅苦しい装飾過多な謙譲語なぞ、公式行事だけで充分である」 急に態度を改
Last Updated: 2026-11-01