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ささゆき細雪
ささゆき細雪
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Novel-novel oleh ささゆき細雪

蛇と桜と朱華色の恋

蛇と桜と朱華色の恋

【本編完結済み、七月中旬より番外編の連載を開始予定!】 神様の愛玩花嫁として召喚されたのは、幼い頃に禁忌を犯した少女だった。 神嫁は天を統べる至高神によって選ばれ、迎えが来るまでは番人とともに慎ましく暮らしている。だが、幽鬼との激闘の末に長い眠りについてしまった竜糸の竜神の花嫁に選ばれた朱華(はねず)は、強い加護のちからを持っていなかった。しかも、彼女の記憶は番人の手で改竄されていた。 朱華は過去の記憶を取り戻すため、眠れる竜神の花嫁となるため桜月夜の三人と行動することに。 神々に愛された罪深き少女が最後に選ぶのは? これは、幻想的な和風異世界で繰り拡げられる神と人間と鬼とが織りなす恋の物語。
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Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 18 +
 神になりきれない人間は恋をすると神力を増強するが、恋に破れるとその反動でちからを喪う。かつての清雅は桜蜜を出す水兎と恋に溺れ、彼女が忽然と姿を消したことに耐えられず人間としての姿を失ってしまった。もともと亡き集落の土地神である夜澄の場合はそのような制約が存在しない。それに、雨鷺は知らなかったが彼は竜糸の竜神よりも神威の高い雷神であるため、裏緋寒の乙女を奪ったところで至高神は咎めなかったのだ。「桜月夜の人間と裏緋寒の乙女の恋が禁忌、というのは聞いていました」 「だけど恋する気持ちは止められないですよね」 現在の裏緋寒の乙女として召喚された朱華はいま、雷神夜澄の花嫁として雲桜の集落を再建させようと必死になっている。  そして彼女の幼馴染で表緋寒であった九重が、覚醒した竜頭の愛玩花嫁として傍にいる。  この結末を至高神はひとまず是としているらしい。ずっと大陸を脅かしていた鬼神を冥穴へ封じ込めたふたりが心に決めたのだ、さすがに野暮なことはしないだろう。「あたしの場合は夜澄が雷神さまだったから素直に受け入れられたけど、雨鷺さんは」 「あの頃の至高神はもっと幼い子どもだったのよ」 恋を知らない少女に恋をさせ、その恋を取り上げて喜ぶようなところがあった。  けれど水兎の方が上手だった。恋する気持ちの強さを神に見せつけた。  だが、清雅はそのことを知ることもなく、人間としての姿を保てなくなったのだ。「さすがに申し訳ないと思ったのかしらね。今度は前世の記憶を残したまま転生させて、もう一度恋をしろ、ですって」 「それで?」 「朱華さまも見たでしょう?」 裏緋寒の乙女の侍女の座を得た雨鷺は桜月夜の守人と顔を合わせ、確信する。「事情を知る夜澄に気づかれたわ。兎の生まれ変わり、って」 「だけど二百年前なら夜澄は雲桜の土地神さまだったはずです。どうして桜月夜に彼がいたの?」 「それはね、そのとき鬼の襲来が竜糸の地で起こっていたの。術者がいなくなってしまったうえに、弟神の竜頭が眠ってしまったから仕方なく人手不足の神官の重要な地位を手伝っていたの」 だから照吏のような女性も桜月夜の守人として仕えていたのだと雨鷺は説明する。自分の時は侍女などいなかったのだ、照吏がいてくれたから辛うじて裏緋寒の乙女として竜糸の集落を守護するため淫らな試練にも耐
Terakhir Diperbarui: 2025-08-08
Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 17 +
 慟哭にも似た狼の遠吠えが北方から聞こえる。  自分と恋したことで死なせてしまったか弱き兎は雨にとけて、竜神と入れ替わるように湖の底で眠ってしまった。  残された男は桜月夜の守人としての役目を放棄し、竜糸から姿を消した。「さいしょから任務を放棄して水兎ちゃんを連れ去っていけば良かったのに」 不安定な竜糸の土地を治めるため、覚醒した竜頭は竜神として結界を張り直す。  この地に残った神官たちは大地震で崩れた神殿を建て直し、ひとびとを呼び戻した。照吏以外いちどは離れていた女性神官、巫女たちも竜神に仕えるべくふたたび集ってきた。  取り急ぎ、巫女たちのなかから次の裏緋寒の乙女が選ばれることになるだろう。その際に竜神が若い娘よりも熟女が好きだと公言したのは意外だったが……  それでも気まぐれな至高神は、また恋を知らない兎をどこかから召喚するのだろうか。「あんがい照吏が竜頭に見初められたりして」 「ありえない。僕は熟女趣味の竜神からすれば圏外だ。神官として神殿に呼ばれただけでそもそも桜月夜の守人になることもなかったんだぞ」 どこか遠くを見つめている夜澄の前で照吏は苦笑する。  至高神はなぜ水兎と清雅の恋を認めなかったのだろう。禁忌だからというその言葉だけでは語り切れない謎がいまも残されている。  だが、竜神が覚醒したことで過去に姿を消した表裏の緋寒桜の存在はすっかり忘れ去られていた。「咲き誇る桜だけでなく、枯れる桜もあるのが常だ」 「水兎ちゃんは枯れたわけじゃない。散ったんだよ」 夜澄とどこかかみ合わない会話をしながら、照吏は心の中で祈ることしかできないのだ。 ――自ら至高神に自白して消えてしまった彼女と、それを知らされて心を壊した彼の恋が、報われたものであることを。    * * *  雪深い蒼き谷にかつて存在していた廃集落で語り継がれた伝承を思い出し、雨鷺(うさぎ)は腑に落ちる。  桜月夜と裏緋寒の恋は禁忌だと、至高神は神殿の人間に伝えていた。裏緋寒の乙
Terakhir Diperbarui: 2025-08-07
Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 16 +
 激しい雨が降り注ぐなか、轟音が鳴り響く。神の怒りを彷彿させるひどい揺れが竜糸の土地を襲った。  地鳴りの音で目を覚ました清雅は隣ですやすや眠っていたはずの愛すべき女性の姿が忽然と消えていることに気づき、愕然とする。「水兎?」 落雷と地震で神殿内部がボロボロと崩壊していく。神官たちは無事なのだろうか。ほかの桜月夜は……?「何をぼぉっとしている! 逃げろ!」 「照吏?」 「――裏緋寒の乙女が裏切ったんだ。だから神々が怒って……」 「莫迦な! 水兎はついさきまでここにいたんだ! 俺と一緒に……」 何が起こっているのか理解できないまま、照吏に連れ出されて清雅は神殿の外へ出る。  そこには夜澄と、銀髪の美丈夫がむすっとした表情で清雅を見つめていた。『我の花嫁を寝取ったのはお主か』 その一言で清雅は確信する。「竜神――竜頭」 『いかにも』 清雅が水兎の純潔を奪ったことで、神々が過剰反応しているのだと竜頭は機嫌悪そうに告げる。  夜澄がいままでのことを説明してくれたのだろう、竜頭はうんざりした表情を見せながら清雅たちを見つめる。『周りがうるさくてどうにも眠れぬ。我が竜糸に表裏の緋寒桜は咲いておらず代理神も不在となれば、仕方なしに起き上がるしかない……』 そして、悔しいがな、と面倒くさそうに吐き捨てて竜頭はひょいと手をかざす。  一瞬にして地鳴りが止み、ぐわんぐわんと揺れていた地面が静まり返った。  だが、激しい雨は変わらず降り続いており、叩きつけるように桜月夜の守人たちを濡らしていく。  清雅は竜頭の言葉を反芻しながらぽつりと呟く。「表裏の緋寒桜が咲いていない……?」 冥界の邪神が表緋寒の代理神を乗っ取り殺めてしまったのは記憶に新しい。だが、裏緋寒の乙女である水兎のことまでまるで存在していないかのように口にする竜頭に清雅は首を傾げる。ほんのついさっきまで寝台で睦み合っていた彼女が、いない?  竜頭は清雅の途方に暮れた表情を前に呆れているようだった。
Terakhir Diperbarui: 2025-08-06
Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 15 +
 とても幸せだった。  恋しいと想ったひとに愛を返されて、水兎は満足した。  たとえこの先、何があっても起こっても――……。『覚悟は決めたかえ?』 脳裡に囁かれて、水兎は夢から醒める。  清雅に抱かれ、心の底から結ばれて、水兎は竜神の愛玩花嫁の資格を失った。  その代償が何かは、もう理解している。「――はい、至高神さま」 恋を知らないまま召喚された裏緋寒の乙女は至高神に選ばれたにも関わらず、神嫁になることを拒んだ。  けして結ばれてはならぬと言われた桜月夜の守人と恋に堕ちたから。  水兎は哀れみの目を向けて来る至高神に、にっこりと微笑む。「恋する気持ちを教えていただき、ありがとうございました」 自分はこの恋に殉じる。だから竜神さまの花嫁にはなれない。  神罰に怯えるかと思えば、開き直ってそう応えた水兎の姿に至高神は目をまるくした。『ほんに、人間(ヒト)は愚かで面白いのう』 至高神の言葉とともに水兎の身体が宙に浮かぶ。清雅は腕のなかからちいさな水兎が姿を消そうとしているというのに、すやすやと安心しきった表情で眠っている。「……清雅さん、ごめんなさい」 そして、愛してくれてありがとう。  水兎が彼の額に口づけをすると、ちいさな花が咲く。「さよなら」 水兎は至高神の手を取り、竜神が眠る湖のうえへ転移する。  眠りつづけている竜神はこの地に悪しきモノたちが蔓延っていても起きようとしない。  臆病な竜神を叩き起こすため、至高神は禁忌を犯した裏緋寒の乙女を生贄にすることにした。  表緋寒の代理神はすでに冥界からやってきた邪神に生命を奪われ、いまは空位になっている。残された裏緋寒の乙女ももはや不要の存在である。なぜなら竜糸の緋寒桜は表と裏が揃わなければ意味がないのだから。『それがお主の落とし前のつけかたかえ』 「清雅さんは認めないと思いますけど」 『永き年月を過ごす桜月夜の守
Terakhir Diperbarui: 2025-08-05
Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 14 +
 清雅からの口づけを受けた水兎は感じたことのない気持ちよさに腰を抜かしていた。胸や秘芽など何度も唇で愛撫されたのに、けして自分の唇にふれることはなかった彼の舌は、とても甘い。もしかしたらこれが神々を悦ばせる桜蜜の味なのかもしれない。神聖なるものだけが味わえる甘露を狼神の末裔である彼から直に与えられたことで、水兎もまた味覚を得ることができたのだろう。「んっ、もっと、もっと…………っ」 「水兎。まさか桜蜜の味がわかるようになったのか?」 「甘くて、美味しいの。清雅の唾液……」 「俺の唾液よりも水兎が気持ち良くなって分泌させる桜蜜の方が甘いぞ?」 「ああん」 一糸まとわぬ姿で身体を寝台のうえに縫い付けられた水兎は清雅の愛撫を受けながら口づけに溺れている。何度も絶頂を味わわされて潤みきった瞳はほんものの兎のように色を赤くしていた。その姿にもっと啼かせたいと清雅が下半身を押しつけて来る。蜜に濡れた白い神衣に隠された彼の分身はすっかり勃ちあがっており、水兎の秘芽にふれていた。「あ……これ」 「挿入れるぞ――!」 「ン――……ッ!」 神衣を押し上げ、褌からはみ出した一物を蜜口にあてられたかと思えば、すぐに蜜壁を擦りたてながら最奥へ侵入してくる。太くて硬く熱いものが一息に挿入され、息が詰まりそうになるが、さんざん可愛がられた水兎の身体は待ちわびていたかのように収斂し、ひくひくと痙攣する。「あぁ、ぁぁっ……」 「痛いか?」 「へいき、です……あぁっ、清雅さん……口吸いして」 「……ああ」 純潔を散らしたばかりの乙女が淫らに接吻をねだる姿に清雅もまたごくりと唾を鳴らす。水兎と繋がってしまったという罪悪感よりも、ようやく手に入れられたという安心感の方が強かった。清雅はゆっくりと腰を動かしながら水兎の唇を啄みつづける。「んっ、はっ、あんっ」 「いいぞ……上手だ」 「清雅さん、に、調教された身体です……からっ!」 喘ぎながら気持ちをぶつけてくる水兎に、清雅が腰を振って応える。すっかり彼の形にされた膣内を何度も何度も抉られて、水兎は無意識のうちに桜蜜を全身の穴という穴から放出させる。甘い香りに酔いそうになりながら、ふたりはひとつになって言葉の応酬を続ける。「神々が放っておかないだけある……裏緋寒の乙女」 「あ、あぁっ!」 「このまま俺がぜんぶ喰らっ
Terakhir Diperbarui: 2025-08-04
Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 13 +
 水兎は恋を知らない。恋を知らない彼女は貴重な桜蜜を生み出す獲物として神々に望まれ裏緋寒の乙女になった。  裏緋寒の乙女は桜蜜を迸らせる愛玩花嫁となることで神と番う運命を決められており、神殿に仕える桜月夜の守人の手で淫らな調教を受けおんなになる。  ゆえに身体だけを桜月夜に任せる裏緋寒の乙女は官能に溺れていくことでこれが恋なのではないかと勘違いすることがある。  現に彼女も清雅の手で開発されていくにつれて、彼を心の底から受け入れていた。「蒼き谷の狼神さまは雪深き場所でしずかに土地を守護されていると聞きます。その末裔である清雅さんが土地神となる資格を有しながら桜月夜の守人として竜糸の地にいるのは至高神のせいでしょう? 守人が裏緋寒の乙女と恋することを一方的に禁じている理由もわからないのによく素直に従えますよね?」 「な」 「土地神よりも権威のある国造りの姐神が気まぐれに命じているようにも思えます。だってわたしはもう、清雅さんのことしか考えられない。竜糸の竜神様にこの身を捧げなくてはいけないと心の奥では理解していても、もう……」 縋るような水兎の瞳を前に清雅は何も言えなくなる。彼女が裏緋寒の乙女に選ばれなければきっと出逢うことはなかったであろうちいさな兎。狼神の血がか弱い獲物を求めているからなのか、いままでの裏緋寒の乙女とは異なる果敢なげな姿に目が離せなかった。それでいて凛とした、覚悟を決めた賢しい姿に惹かれていた。  彼女はずっと格闘していたのだろう。桜月夜の守人とのあいだで恋愛感情を抱くことは禁忌だと知って。眠れる竜神にその身を捧げるためだけに淫らな調教を恋しいひとに施されて。「冥界の悪しき小さき神々に嬲られる恐怖を目の当たりにして、痛感しました。早く抱いてください」 「だ、だが」 切羽詰まった表情の水兎を見ると、どこかやけっぱちになっているようにも見える。彼女の望み通り自分が純潔を奪うと、冥界の神々は引き下がるだろうが気難しい竜神が彼女を花嫁として受け入れるとは到底思えない。一夫多妻を悦ぶ物好きな神や寛容な神がいないわけではないが旧くから土地に棲まう神々は基本的に”つがい
Terakhir Diperbarui: 2025-07-31
少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく

少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく

 秘密を抱える天真爛漫な少女に襲い掛かる未来の見えない嵐の先にあるのは、少年王の執愛か、溺愛か。  これは南の国の女王の娘で人魚の娘でもあるヒロイン道花(ミチカ)が、誓約で隣国で少年王に嫁ぐはずが彼を暗殺するため身代わりの花嫁になった従兄の侍女に扮して敵国に渡ったことで動き出す運命の悪戯系恋愛ファンタジー!
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Chapter: ~追憶は桜真珠の君を導く~ 5
「侍女どの?」 視線が絡み、動きを止めて九十九に見入ってしまった道花に、穏やかな声が降ってくる。「あ、申し訳ありません! その、陛下の双眸が美しすぎて……」 「この瞳が? つまらぬ黒い瞳だろうに」 「いえ。孔雀石みたい」 道花が率直に告げた瞬間、森の奥から眩い光が差し込み、視界が一気に明るく染まる。  朝陽が顔を見せると同時に、道花の姿にも異変が生じていた。  変哲もない茶色い髪が黄金色に煌めいている。蜂蜜のようなとろみのある色へ。陽光を受けた双眸も榛色から青みがかった月長石(ムーンストーン)のような輝きへ。「陛下? 何をっ……」 思わず、みつあみを結っていた組紐に手をかけていた。蜂蜜色の長い髪を持つ月光のような瞳の少女を九十九は確かに知っていたから。もし、彼女がそうなのだとすれば……  引きちぎられるようにほどけたふたつの組紐が地面へぽとりと落ちる。丁寧に編みこまれていたはずのみつあみは、不思議なことにすとんとまっすぐ重力に従った。「やはり、そうなんだな」 みつあみをほどかれ、茫然自失としている道花の前で、九十九が納得する。  生粋のセイレーンの女性に、直毛はいない。だとすると、彼女はセイレーンの地で生まれ育ったものの、両親がセイレーンの人間ではないということになる。 ――人魚の女王とかの国に系譜を持つ男の娘である可能性が高い。それに、この姿は、間違いない。あのときの彼女だ。「あ……」 蜂蜜色の長い髪は針金のような直毛で、みつあみを結っていてもほどくとすぐに元に戻ってしまう。セイレーンの女性はみな海の波のように美しい髪を持っているのに、道花だけは生まれた頃から直毛で、コンプレックスだったのだ。みつあみを結っていれば露見することはないと思っていたのに、目の前の少年はあっさりと道花の前で正体を暴く。 「やっとみつけた。珊瑚蓮の精霊……いや、|海に誓った真珠《マジュミチカ》」  その言葉に、道花の身体に震えが走る。それは、夢のなかでも彼が囁いていたもうひとつの名前。
Terakhir Diperbarui: 2025-09-16
Chapter: ~追憶は桜真珠の君を導く~ 4
「……へ、陛下?」 その色はかの国の頂点にいる者にしか許されない禁じられた色。その色を纏うのはかの国の少年王ただひとり。至高神の支持を得て十三歳にして玉座に降り立ち、十八歳になった今もなお国にその名を轟かせている現神皇帝……皇九十九。  驚く道花に、九十九は首を傾げる。「何かおかしいか? 朝の散歩くらい、おれだってする」 「いえ、おかしくないですよだってここは皇一族が所有する敷地内ですもの。おかしいのは陛下がおひとりで散歩をされているというその点にあると思うのですが」 慌てて首を振って言い返せば、九十九もまた素直に言葉を返す。「常に護衛を置けというのか。自分の家でそこまで神経使うのもどうかと思うがまぁ警吏がその辺にうようよしているから問題ないだろう。木陰には言づけているし」 「あ、木陰さんはご存じなのですね」 それならいいかと頷く道花に九十九が怪訝そうな表情を向ける。「むしろおれは侍女どのがひとりでふらふらしている方が疑問だ。慈流どのの傍にいなくていいのか」 「慈流ならあたしより強いから大丈夫です。それに寝込みを襲おうにも結界を張っておきましたから幽鬼対策もバッチリです」 その言葉に九十九がぴくりと頬をひきつらせる。「……やはり幽鬼は侵入しているのか?」 「そうですねー、昨晩の時点で木陰さんは一定量の瘴気に気づかれたそうですが、それが幽鬼か闇鬼かはまだわからない感じです。でも慈流は生粋の人魚なので、かの国に渡る際にどうしても歪みが生じたのは事実です。冥穴から機会を窺っていた幽鬼が動くとすればやはりこのときしかないだろうなー、ということで瘴気避けの結界を張ったんです」 九十九は夜半に訪れた至高神の言葉を思い出し、首を振る。「侍女どののその見解は間違っていない。皇位を狙う何者かに闇鬼が憑いたらしい」 「あ、そうなんですか」 やっぱり憑いちゃったんですねうんざりした風に道花は応え、九十九につづきを促す。「至高神いわく、このどさくさに鬼神が動くんだと。しかもこのままだと珊瑚蓮は黒い花を咲かせて
Terakhir Diperbarui: 2025-09-15
Chapter: ~追憶は桜真珠の君を導く~ 3
   * * *  道花は自分が滞在している桃花桜宮の名の由来となっている桃の花も桜の花も知らない。 ――だというのに桜という植物がひどく懐かしいものに思えてしまうのはどうしてだろう? 生まれたときからずっと常夏のセイレーンにいたから当然のことと言われたらそうかもしれないが、木陰がかの国では桜の花はセイレーンの蓮の花のようなものだと教えてくれたのだ。それで昔どこかで耳にしていたのだろう、サクラという凛とした言葉の響きを。  かの国の国花に定められているのだ、きっと美しい花なのだろうとその話を聞いていてもたってもいられなくなっていた道花は寝台で眠っているカイジールをおいて、早朝の散策に出発していた。桜の花が春にしか咲かないことも知らないまま。  だって道花が知っているのは天高く花開く大輪の向日葵や神殿の柱に蔦を這わせて至る所に星型の花を咲かせる赤や橙の縷紅草(るこうそう)、建物を囲うように鬱蒼と茂る凌霄花(ノウゼンカズラ)、天井から垂れさがるように花を見せる瑠璃茉莉(るりまつり)に海辺に植えられた清楚な白い浜木綿(はまゆう)、道花の顔よりもおおきな花をつける天使の喇叭(エンゼルトランペット)……そして自分が丹精込めて育てている珊瑚蓮。その程度しか、植物の知識がないのだ。  だからかの国で見聞きする植物はどれもこれも奇妙で興味深くて、昨日の夜に気をつけろとカイジールに忠告されたばかりだというのにこうして単独行動に走ってしまった。「だけど大丈夫よね、まだ朝早いんだし」 興奮していたせいか、ふだんよりも早く目覚めてしまった道花は、むくりと起き上がり、カイジールが目覚める前に戻れば問題ないだろうと結論付けて昨日と同じ宮廷装束で中庭に降り立っている。  五つの宮殿に囲まれた芝生の中庭は見通しがよく、数人の警吏兵が周辺に目を配っていた。規則正しく植えられた低木には一重の真っ赤な小花が咲いている。なんの花だろうと疑問に思いながらも道花はぺこりと挨拶をして通り過ぎ、珍しい花木が植えられているという裏庭の薬草園へ足を向ける。 すでに朝ご飯の準備がはじまっているのか、紅薔薇宮近辺から乳酪(バター)の香ばしい香り
Terakhir Diperbarui: 2025-09-14
Chapter: ~追憶は桜真珠の君を導く~ 2
 誘惑するような声色が、九十九の耳元を攫っていく。彼女を敬う口調はすでに忘れ去られていた。「……助言、だと」 受け入れてはいけない。神が口にする気まぐれはときに国を滅ぼしかねない。自分の父が至高神に唆されてセイレーンの女王と対面して心奪われ闇鬼に囚われてしまったときのことを思い出しながら、九十九は反論する。「そうさ。この世界の命運を握る珊瑚蓮の精霊を手に入れたいのだろう? 初恋の君に早(はよ)う逢いたいだろう? そなたが彼女を強く求める理由を、知りたくはないのかえ?」 「強く求める理由?」 その言葉に、抵抗を感じたのはなぜだろう。九十九はカッと顔色を赤くして言い返す。「まるで神がおれの初恋を決めたような言い方だな。おれが彼女を見初めたのはけして神のちからではない。おれが決めたことだ」 「そう思いたければそう思っているがよい。ま、そなただけがその思い出を美化して胸に仕舞っているようだがな」 ガツンと頭を硬い物で殴られたような衝撃を感じながら、九十九は反論する。「……何をわかったようなことを。彼女はおれを頼ったんだ。おれが次の神皇帝となったら、珊瑚蓮の花が咲くのだと」 「それは否定せぬ。げんに今、珊瑚蓮には蕾がついておる。だが、その花の色が問題だ」 「花の色?」 「このままだと、花は闇を包容し、滅亡の黒花を咲かせるだろう」 予言するように至高神は口にする。うたうような柔らかな口調に、九十九は思わず黙り込む。「珊瑚蓮の精霊には愛情を。女王が闇に染まってしまったいま、珊瑚蓮の花を愛溢れる珊瑚の桜色へと染め上げるのは、始祖神の『地』のちからと彼女の『海』のちからが結ばれなければ叶わぬこと……だから妾はとっととそなたが珊瑚蓮の精霊を見つけ出すことを待っておるというのに。女王の娘だと思った花嫁は生粋の人魚で男! まったく話にならぬ。初恋の思い出に足を掬われないうちに、現実を思い知れ。このままだと死んでしまうぞ。あのちいさな真珠の花は」 「死ぬのか!」 物騒な言葉に九十九が食らいつく。「そうさ。過度なちからを宿した珊
Terakhir Diperbarui: 2025-09-13
Chapter: chapter,4 ~追憶は桜真珠の君を導く~ 1
 九十九がはじめてセイレーンを訪れたのは十歳の盛夏だった。当時はかの国と良好な関係を築いていた誓蓮王朝は、九十九たちを快く迎え入れ、盛大な宴を催してくれた。  年間を通じて温暖な気候がつづくこの地は常に極彩色の花々が咲き、色鮮やかな珍しい小鳥がかん高い声色で歌を囀りつづけている。七つの宝石が島となり国を成したというセイレーンは国そのものが宝物のように眩しかったと九十九は回想する。  国祖神ナターシャは麗しい姿を見せ、始祖神の子孫である皇一族に頭を垂れたが、始祖神と国祖神の母神にあたる海神の眷属でしかない人魚の女王オリヴィエは常に偉そうにしていた。 ――なぜあの女王さまは国神さまより偉そうなの? 父親に訊けば、上機嫌な表情で美しいからいいのだと質問を撥ね退けられ、それ以上口にするのを憚れてしまった。  確かに女王オリヴィエは美しかった。けれど九十九は彼女が怖かった。人形みたいで。  逆にセイレーンの国神はきさくで人間らしく、九十九のような少年の言葉にもしっかり耳を傾けてくれた。自分の母が生きていたらこんな感じなのかと本人に尋ねたら、せめて姉にしなさいと窘められたのもいい思い出だ。  だが……そんな彼女から、自分は国を統べる神のちからを奪ったのだ。彼女が女王を制していれば、九十九の父で九十八代神皇帝だった哉登が死ぬことなどなかったのだから。  那沙と名を改められた元国神は、九十九の要請どおり、迎果七島の土地神になることを承諾した。そのときできれば女王の娘を手に入れたかったが、それは叶わなかった。「――なぜなら、彼女は女王に認められずに市井で育てられた、珊瑚蓮の精霊だったから、の」 ふぃと浮かび上がる影に遮られ、九十九は瞳を瞬かせる。宙に浮かぶ少女は目にも鮮やかな瞳を悪戯っぽく煌めかせ、風もないのに白い袿の裾をゆらゆら揺らして遊んでいる。  天色と呼ばれる空の青を宿した双眸は、興味深そうに九十九の姿を映し出す。  それは神皇帝に選ばれたものしか認識することの叶わない、始祖神の姐神。父なる創造神と母なる海神が産み落とした、天を統べることを司る、最初で最後の宿命を賜れた第一の女神。天神。万物の理を無視
Terakhir Diperbarui: 2025-09-12
Chapter: ~陰謀と夜蝶は新月に躍る~ 7
 九十八を殺したことで九十九は報復と称しオリヴィエを捕え、ナターシャと彼女が持つ『海』のちからの半分を核に封じてしまった。たぶん、彼の手元にはまだオリヴィエのちからを保った核があるだろう。それを取り戻すことさえできれば、かの国の始祖神の子孫を相手に堂々と戦いを挑むことが可能だ。「そのためには義兄上を虐げる必要があるのですね」 ジェリオットは和やかに笑みを浮かべ、オリヴィエの言葉を待つ。そう、彼は九十八代神皇帝の第三妃が産み落とした唯一の生き残り、第七皇子なのだ。 ジェリオットという名はオリヴィエが黒蝶真珠の御遣いとして定めた際に与えたもので、彼の本当の名ではない。だが、オリヴィエは彼の名を知ろうとは思わない。九十九の母親違いの弟で、かの国の現状を厭っているがゆえに彼女に傾倒した愚かな十二歳の少年でしかない。「彼があたくしのちからの核を持っているのなら、それを取り戻さなくては話にならないもの」 面倒くさそうに呟きながら、オリヴィエは言葉をつづける。「だけど、あんたのお兄さまがイイ感じに闇鬼に憑かれたみたいね。カイジールに一目惚れするなんて」 くすくす笑う声は、鈴を転がしたかのように軽やかで、とても囚われた人間のものとは思えない。「カイジールを花嫁に据えたってことは、ナターシャもすこしは考えているのかしら? 砂に砕かれたあの娘の最期のあがきかもしれないけど、これを利用しない手はないわね」 どんどんくだけた口調になるオリヴィエを少年は黙って見守りつづける。「珊瑚蓮の花をつけさせるわけにはいかないの……九十九を騙せればいいんだけど、あの娘と逢ってる彼はきっと感づいているわね。あのときの少女といまの花嫁は別人だって」 オリヴィエの声はだんだんと甲高くなり、興奮のためか身体がぶるりと震えだす。「カイジールと取り替えてやり過ごそうとしたのはきっとリョーメイかしら。なってないわね、男性を選んだカイジールが短い時間で完全に女性に戻ることはできないんだから。ま、他者を欺くにはいい隠れ蓑かもしれないけど」 そして拳を握りしめ、
Terakhir Diperbarui: 2025-09-11
此華天女

此華天女

桜桃(ゆすら)は此の世に栄華を呼ぶ天神の娘と呼ばれ、 皇一族よりも巨大なちからを秘めている存在だった。 天神の娘である彼女を守るため、 また政府に敵対する組織を壊滅させるため、 帝の第二皇子である小環(おだまき)は 花嫁修業のために設立された全寮制の女学校へ女装して潜入することに…… 同室(るーむめいと)として過ごすことになったワケありなふたり 陰謀渦巻く北の伝説の地で、春を呼ぶことができるのか!? 近代和風異世界が舞台の、ヒストリカルラブファンタジー!
Baca
Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《12》
『――帝都を病が襲ったとき、多くの呪術師も死んでいる。そのせいか、呪いがとける事態があちこちで頻発している。お前の不能も低能な呪いの一種だったってことだよ』 病だとばかり思っていた柚子葉の不能は父侯爵に恨みを抱いていた者による呪いだったのだ。父親ではなく息子に不能の呪いをかけたのは、これ以上子孫を残させないためだろうか……真相が判明したところで自分に呪いをかけた人間がのうのうと生きているとは思えない。呪術師同様すでに鬼籍に入っているだろう。  柚子葉はいまさら考えたところで埒が明かないと思考を手放し、隣で横になっている妻へ視線を向ける。「ゆずにい?」 「もう、君の義兄じゃないだろ」 「……ゆずは、さん」 「まだまだ他人行儀だな、ゆすら」 「だってゆずにいはゆずにいで……!?」 「舌、出して」 「――ン」 ちいさな寝台がみしりと軋む。舌を絡ませるしっとりとした口づけを経て、ふたりは互いの服を脱がしあう。監禁していたときのように、柚子葉は山桜桃を丁寧に愛撫していく。「はぁ……ゆずは、さん」 「僕だけの天女。もう羽衣もないから逃げられないね。これからも手放さないよ」 「あつい、あついよぉ……早く、ゆずにぃ、挿入れてっ」 「まったく、せっかちだなあ」 くすくす笑いながら柚子葉は山桜桃の愛液が滴る蜜口へ自身の昂りを押し当てていく。  繋がることなどできないと、そう思っていた――けれど。「あぁ……っ! ゆずにぃのが、わたしの、なかで……!」 「こうされるの、好きでしょう?」 「すき、すきっ、気持ち、いいっ――……ひゃ、あっ、あんっ!」 パンパンと腰を打ち付けながら愛する女性を絶頂させられるようになって、柚子葉は心の底からしあわせを感じでいた。  快楽に溺れる山桜桃もまた、柚子葉の想いに応えるように言葉を紡ぐ。「ひとつになれて、うれしい」 「……こらっ! なかに出すぞ」 「は、はい……っ~~~!」 ふたりのあいだに子どもができたら。  女児ならまた、羽衣を持つ天神の娘がいると狙われるかもしれない。そのときはそのとき、悪いやつはやっつけるのみだと柚子葉は心に決めている。山梅桃が襲撃されたときに銃で容赦なく殺したように。 けれど、いまはまだこの腕に天女を閉じ込めて、ふたりの時間を満喫したい。
Terakhir Diperbarui: 2025-08-20
Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《11》
   * * * 「あのとき早まらなければ僕がかの国の栄華を手にしていたかもしれない」 「莫迦なことをおっしゃらないで」 反乱軍による革命は帝の暗殺後、第一皇子によって制圧され、志半ばで終了した。温厚な第一皇子は父帝が武力ですべてを解決しようとしたことで起こった反乱に心を痛め、巻き込まれた民間人だけでなく、革命を引き起こした首謀者たちにも恩情を見せた。反乱軍に所属していた華族にはそれぞれに処分が通達され、空我柚子葉も帝都にある侯爵家の土地を国へ渡すことと帝都追放の処分を受けた。処刑されずに済んだのは柚子葉自身が帝を直接害した人間でなかったからだ。革命時に柚子葉が浴びた返り血は魔術鑑定によって帝のものではなく別人のものだと判明した。そこには真相を知りたいという第三皇子於環の協力もあったため、柚子葉は於環にあたまがあがらない。  帝が血眼になって探し求めていた天神の娘については帝の死によってなかったことにされた。そもそも山桜桃の存在を知る皇族が於環以外いないのだから、いまになって明かす必要もない。  空我家の娘は死んだものとして扱われ、かの国に羽衣を持つ天女の存在は北大陸伝来のお伽噺として書物に記されることとなる。  だが、それに納得しなかった第二皇子が第一皇子と対立、緊迫した状況に陥るなか、帝都に厄介な病が流行り、ふたりとも帰らぬ人となってしまった。  結局、第一皇子の施政は一年ももたなかったのである。玉座は瞬く間に第三皇子於環のもとへと転がり込んだ。「……結果的に於環がいまのかの国の最高権力者、帝だものな」 天女の羽衣を肉体的に奪った於環はいまも独り身のまま、かの国の頂点に君臨している。そろそろ妃を迎えろとの声も出ているが、彼は聞く耳を持たないのだとか。複数の妃を侍らせ、異国の地から奪ってきた女も囲いながら、いもしない天女伝説に溺れた父帝の陰惨な最期を見ているからそう簡単には結婚できないのだろうと世間では囁かれている。あながち間違いではない。「於環さまにもいい女性(ひと)が現れるといいですね」 「――だな」 あの革命からもうすぐ一年が経過する。帝都を追放された柚子葉は山
Terakhir Diperbarui: 2025-08-19
Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《10》
   * * *「ゆずにぃ、ゆずにい……」「ああ、ゆすら……君の肌は柔らかくて、とても美味しい」「はずかしい、です……ああっ」「見られて感じるなんて、淫らな天女さまだ」 繰り返される丹念な愛撫と接吻で、山桜桃はぐずぐずに蕩けている。いままで拘束していた鎖ははずれ、自由になった腕は全裸の義兄の背中を必死になってつかもうとしていた。 地下牢のなかの寝台で、はだかの山桜桃と柚子葉が肌を重ねている。於環はふたりの濃密な行為を意識しないようにしていたが、ふたりの熱量が上がっていくにつれ、自然と身体は疼いていた。天女とはこんなにも淫らで美しい生き物だったのかと、最初に抱いた男が栄華を得るという伝承もあながち間違いではないのかもしれないと……神秘的な愛の交歓にすっかり酔わされてしまう。「もう、もういってしまいますぅう――いくのっ、ゆずにぃさまぁ――……ッ!」 監禁している間に柚子葉は義妹をずいぶん調教したらしい。互いの身体に溺れていく背徳的な光景を見せられながら、於環はぽつりと呟く。「そろそろ交代するか?」「待ってくれ。彼女をあと三回絶頂させる」「ぇ……!?」 柚子葉の片方の指は山桜桃の秘処を探っている。口ではちうちうと出ない乳を吸い、残された手で胸を揉みしだく。快楽を受け入れて甘く鳴く彼女は涙をこぼしながら身体をびくんびくんと震わせる。何度も彼の手と口で全身を愛でられて、ふれただけで快楽を拾い上げる山桜桃の淫靡な姿は宙に舞う天女だからか、それとも愛する義兄にふれられているからか。 於環は自分の下半身がずっしりと重たく、いきり勃っていることを痛感する。だが、柚子葉の下半身はうんともすんともいわない。ほんとうに反応しないのだなと於環は愛撫に夢中な柚子葉を憐れむように見つめる。勃起できないことを柚子葉は義妹に邪な想いを抱いた罰だと思っているようだがそれだけではない気がする。強いて言えば第三者による
Terakhir Diperbarui: 2025-08-18
Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《9》
 ゆずにい、と舌足らずな呼び方を改めて、山桜桃は於環の前で淋しそうに微笑む。「ゆずにいは、不能のご病気なのです……だからわたしの羽衣をけして奪えません」 山桜桃の羽衣を丹念に仕立てていても、彼の身体は微塵も反応しなかった。山桜桃が美しく淫らになっていくのを悔しそうに見つめている義兄は、ほんとうは真っ先に抱きたいと思っていたはずだ。  だからといって命乞いのために父親よりも年上の帝に義妹を捧げられるほど、鬼畜でもない。親族を悉く殺され、自分だけ取り残された彼にとっての唯一の希望が男を知らない天神の娘で自分の異母妹でもある山桜桃の存在だったのだから。「……そういうことか」 「一部の皇族が持つ魔術のなかには、感覚を共有させるものがあると聞きました。だから……羽衣を渡す代償として、僕にその身体を貸して欲しい」 「そのようなことが可能なのですか」 驚く山桜桃に、於環は軽く首を振る。「完全な感覚共有ではないが一時的にだが俺の身体で得る情報を第三者へ転写する魔術は存在している」 「じゃあ……!」 「そこまでしてお前たちはひとつに繋がりたいのか? 神の怒りを一身に受けることになっても?」 於環の言葉に柚子葉が驚き山桜桃を見つめる。彼女は恥ずかしそうにはにかんで、自分の気持ちを改めて口にする。「――わたしは、ゆずにいをお慕いしております」 「あぁ、ゆすら……僕の一方的な恋情ではなかったのだね」 「そうじゃなければ、羽衣をおとなしく仕立てられなんか、しません! ゆずにいさま……あなたが抱くことのできない身体だと理解しても、いつかこの先を致したいという気持ちは止められませんでした」 「ゆすら」 かの国の神々は近親相姦を是としていない。堅九里が口にしていたように血の繋がりを持つ男女がまぐあえば、怒りを買うと忌み嫌うのが常識だろう。  だが、柚子葉は自身が不能であるだけで、義妹を抱きたいと心の底から想っているし、彼女もまた同じ気持ちだ。  たとえ神々を敵にまわしても、互いに愛し合いたいと、かの国の神々の代理人である帝の息子
Terakhir Diperbarui: 2025-08-12
Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《8》
   * * *  反政府軍の会合が頻繁に行われるようになると、自然と柚子葉の訪れが減るようになった。外の世界では帝が狙われる暗殺未遂事件が起こっており、革命間近だと囁かれているのだが、囚われている山桜桃が知ることはなかった。だが、目の前にいる青年はそう思っていないのだろう。「見つけた。天神の娘」 「あなたは、だれ?」 この邸周辺には古語魔術による結界が張られているため、常人が山桜桃の囚われている場所を把握するのは困難だと柚子葉は言っていたが、彼は何事もなかったかのように地下牢へ降りてきて、鍵を開ける。「俺は於環(おだまき)だ」 「オダマキ?」 「またの名を、於環(オウワ)」 「――第三皇子!?」 ごくり、と山梅桃が唾を飲むのと、こくり、と於環が首を縦に振ったのは同時だった。  拘束していた鎖を無言で外し、於環は山梅桃の名を確認するように呼ぶ。「空我、山梅桃……俺の父がお前を望んでいる」 「……存じております」 柚子葉は山梅桃を帝に差し出すつもりだったのだろうか。目の前のあまりにも従順な彼女の反応に、於環は顔を歪ませる。「お前はそれで良いのか」 「そのためにここで羽衣を仕立てていたのでしょう。帝に羽衣を差し出せば、ゆずにい……義兄の生命は助かるとききましたので」 山梅桃は諦観しながら応える。ここにいない義兄のため、健気にも純潔を差し出すことも厭わないと。  だが、柚子葉はそのことで疑心暗鬼に陥っているようにも感じられた。素直に羽衣を仕立てた義妹を渡すだけで、帝が反政府軍の上層部にいる彼を赦すとはとうてい思えないからだ。「そんなに義兄が好きか」 「ええ」 頬を朱色に染めて儚げに微笑む山桜桃を見て、於環の心がざわつく。薄い夜着を纏った彼女の身体の線は透けており、美しい形をした乳房が丸見えだ。長い鎖を巻いた手首は自重のせいか赤い痕が残っている。何があっても起こっても、義兄は彼女を手放しそうにない執着心と矛盾する彼女の姿に於環は困惑する。「だって、ゆずに
Terakhir Diperbarui: 2025-08-11
Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《7》
   * * *  天神の娘の所在が明らかになったと帝の三番目の息子、於環(おだまき)のもとに届いたのは、山桜桃が襲撃されて十日ほど経った頃のことだった。  彼女は空我本邸の地下で義兄の柚子葉が張った結界に保護されているという。「結界ねぇ」 そのようなまやかしでかの国の玉座を守護しつづけている皇族を騙せるとでも思ったのだろうか。だとしたら愚かだ。兄上がわざと見逃しているようにしか思えない。  じゃらじゃらと耳障りな音を立てながら於環は反芻する。  天神の娘が持つという羽衣はかの国の権力者を惑わす危険なものだという。過去に山桜桃の母が北大陸の内乱を引き起こしたように。けっきょく彼女は帝が羽衣を奪ったが、後継を産めなかったからと空我侯爵に押し付けてしまった。まさかそこで新たな天神の娘を産み落とすとは考えもしなかったのだろう。安直な父帝らしいと於環は苦笑する。「於環様、組織の上層部にいる空我柚子葉は義妹である山桜桃の羽衣を奪うことなく、掌中におさめております。これはいったい」 「あの男か。父は娘を渡せば生命まではとらないと口にしていたが、十中八九葬るだろうな」 そもそも於環は山桜桃という天神の娘を知らない。父帝は天神の娘など羽衣を奪わぬ限り国を揺るがす悪女でしかないと罵っているが、ほんとうにそうなのだろうか。「それより……父は母親だけでなく娘の純潔も奪おうとしているのか。俺はそっちの方がおぞましい」 皇位に執着している父を見ていると政変も致し方なしと思う時点で自分は彼と袂を分かつ運命にあるのだろうと於環はため息をつく。  だから皇城の片隅で、父から危険分子扱いされて監視つきで囚われているわけだが……すでにその監視、堅九里(かたくり)も於環の配下に覆っている。  じゃらじゃら、趣味の悪い白金の枷が手首を戒めている。本気になればこのような玩具、すぐにでもはずせるが、於環がいま動けば実の息子だろうが父帝から粛清の対象として処刑されかねない。  ――それでもいい加減話のわかる堅九里に見つめられながらのこの監禁生活には飽きていた。「だからといっ
Terakhir Diperbarui: 2025-08-06
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