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ささゆき細雪
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Novels by ささゆき細雪

蛇と桜と朱華色の恋

蛇と桜と朱華色の恋

神様の愛玩花嫁として召喚されたのは、幼い頃に禁忌を犯した少女だった。 神嫁は天を統べる至高神によって選ばれ、迎えが来るまでは番人とともに慎ましく暮らしている。だが、幽鬼との激闘の末に長い眠りについてしまった竜糸の竜神の花嫁に選ばれた朱華(はねず)は、強い加護のちからを持っていなかった。しかも、彼女の記憶は番人の手で改竄されていた。 朱華は過去の記憶を取り戻すため、眠れる竜神の花嫁となるため桜月夜の三人と行動することに。 だけど知らなかった、花嫁修業がこんなに淫らなものだなんて……! 神々に愛された罪深き少女が最後に選ぶのは? これは、幻想的な和風異世界で繰り拡げられる神と人間と鬼とが織りなす恋の物語。
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Chapter: 肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 19 +
「どこが違う? 桜蜜ではなさそうだが、この状態なら神の魔羅を膣奥に受け止めて絶頂を教えてもらえばすぐにでも花嫁になれるぞ?」 「そ、そんなこと言っちゃ、いや……ああ……ん」 未晩と触れ合ったときはこんなにすぐ濡れるようなことはなかった。  夜澄だから、身体は喜んで愛液を垂れ流しているのに。  けれど朱華が言い返す間も与えられないまま、夜澄は性急に彼女の身体を貪りはじめていく。 夜澄の攻めは手だけでなく、舌も加わり、彼女を更に乱れさせる。  桜の蕾のようにツンと尖った乳首は交互に舐めてしゃぶられて、花を咲かせたそうに赤みを増している。  茂みをかき分けてきた彼のいかつい指先で秘芽に触れられた朱華は高い声で啼き、蜜をしぶかせ、夜澄を煽りたてる。「ひゃああんっ!」 「そんな声を未晩の前でも出したのか? ……悔しいな」 朱華のよがる声も、羞恥に染まる撫子色の頬も、潤んだ瞳も、極上の蜜も、ぜんぶぜんぶ独り占めしたい。  竜頭に渡してやろうと思っていた自分が莫迦みたいだと夜澄は朱華の嬌態を前に痛感する。 舐るように身体中を愛撫して、夜澄は朱華の身体が自分を求めて疼きだしているのを確認する。  処女ゆえになかなか蜜口は開かないが、それでも女芯に口淫を施したことで、いくぶんかやわらかくなっている。  その変化に朱華も気づいたのだろう、困惑した表情を浮かべながら、敷布をきつく握りしめたまま、呻く。「なんか、へん……夜澄、あたし……っ!」 「イくんだ。いままでもこれからも、お前が出す桜蜜はぜんぶ、俺が飲んでやるから」 「――っあああああんっ!」 秘芽をいたぶられて達した身体から甘美な桜蜜がとろりと溢れ出す。  蜜口から零れたそれを受け止めながら、夜澄の分身もまた、太く硬くなっていく。「たまらないな……」 「ぁああ……あぁ」 嗚咽にも似た彼女の声すら、極上の美酒のようで、夜澄は自分が溺れてしまったことを認めた。  十年前から心の片隅にいた、自分を忌術で蘇生させるという罪を犯し
Last Updated: 2025-05-20
Chapter: 肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 18 +
 きぃ、と寝台の軋む音とともに、朱華の身体が押し倒される。  夕暮れ時の湖に、淡い紅色の雲がたゆたうのを見届けてから、ふたりは朱華の室へ戻った。  そして、はじめのうちはぎこちなく唇を寄せ合い、互いを味わうようにゆっくりと触れ合わせていく。  口唇だけでなく、舌を絡ませあう口づけも加わり、なまめかしい音とともに唾液が銀の糸になって流れていく。「あ……ふっ」 「お前のくちびるは、甘いな」 夜澄の舌先が朱華の歯列をなぞり、吐息を漏らす彼女に官能を刻んでいく。  彼の手は衣の上から小ぶりな乳房を掬い上げ、揉み上げている。  小鳥が囀るように嬌声をあげる朱華の前で、夜澄は甘くてくすぐったい、恋する神々の悦びが謡われた神謡を口にしていた。 「Anramashu retar imeru arkishiri――美しき白い稲光よ、帰っておいで」  そうして優しい声で、夜澄は神謡を口ずさみながら、朱華の着衣を脱がせていく。  もうすぐ二十歳になるというのに質素な暮らしをしていたからか華奢な、触れれば壊れてしまいそうな身体だが、白い桜の花を彷彿させる生まれたままの姿は妖艶で、夜澄を欲情させるのに十分だった。  懐かしくて安心できる詠唱を紡ぎながら、ふたりはすべてをさらけ出す。 けれど、明るい場所で目にした朱華の裸体に刻まれた口づけの痕に気づいた夜澄が、不服そうな顔をする。薄まってはいるものの、幾度も同じ場所を吸われているからだろう、花びらのような形で痕跡が残っている。「まさか未晩とも、したのか?」 「……最後まではまだ」 「しなくていい……だから敏感だったんだな」 馬鹿正直に応える朱華に、ぶすっとした表情を浮かべながら夜澄は直に彼女の胸の膨らみを愛撫する。「……あぁっ」 「これからは俺が、俺だけがお前を愛してやる。だから、他の男のことなんか考えなくていい」 「ひゃん……!」 どこか焦りを見せる夜澄に、朱華は苦笑を浮かべる。未晩は朱華が怖い夢を見ないようにおまじな
Last Updated: 2025-05-20
Chapter: 肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 17 +
 あっさり言いのける朱華に、夜澄の方が思わずたじろぎ、顔を赤らめる。「師匠がしてくれたおまじないが、唇を媒介にしたものだったから、それを上回る行為となると、身体を重ねることくらいしか思いつかない。きっと竜神さまはあたしの身体を開いて記憶を元に戻そうとしたんだろうな、って……違う?」 「……違わないが」  お呪(まじな)い、か。  夜澄は朱華のかわいらしい言い方に苦笑を浮かべながら、彼女の肩を自分の方へ振り向かせ、ぎゅっと抱き寄せる。 「お前は、わかっていて俺に頼むのか?」  夜澄の身体に入り込んだ竜神によって記憶を取り戻すことだってできたはずなのに。朱華は竜神に貞操を奪われる前に、心の奥でとっさに夜澄を呼んだのだ。  だから夜澄は竜頭の邪魔をした。小雷神と蔑み追い払った。そして依代として入った竜頭に、あえて自分の気持ちを読み取らせた。  ――朱華(あけはな)は俺がもらう。彼女は俺の……  竜頭はあれ以来何も言ってこない。表裏の緋寒桜を揃えて本体を地上に迎え、目覚めた彼が婚姻を結ばず土地神としてふたたび降臨することを了承さえすれば、朱華は竜糸の裏緋寒としての役目を終えられる。竜頭が彼女を神嫁にしないのなら、夜澄が彼女を求めても何の問題はない。  それに、彼女が絶頂を迎える都度分泌されるという神を悦ばせる桜蜜は夜澄にとっても抗えない、魅惑的な毒なのだ。「桜月夜と裏緋寒の恋は神々に認められていないって、星河は言っていたけれど。夜澄は桜月夜である以前に、神だったのだから、その制約には値しないよね?」 念を押すように、朱華が菫色の瞳を潤ませながら夜澄にきく。「ああ」 「ならばやっぱり、夜澄がいい」 「辛い記憶だとしても?」 「あなたが傍にいてくれるのなら、きっとあたしは大丈夫」 琥珀色の瞳に、黄金色のひかりが交わる。けれどそれは竜頭が夜澄のなかに入り込んだときよりも優しく柔らかな、白金の、月の輝きのような双眸。
Last Updated: 2025-05-19
Chapter: 肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 16 +
 雲桜が幽鬼の襲来を受けたとき。もしかしたら、夜澄を追った幽鬼が、偶然、雲桜の結界の綻びに気づいたから、一気に襲いかかってきたのだろうか?  朱華の言葉に、夜澄は哀しそうに瞳を伏せる。「いや。俺は雲桜の滅亡を目の当たりにしていない。あのときの俺は、自分のことで手一杯だった……」 あれから十年。  雲桜を滅ぼして満足したのか幽鬼はいったん姿を消した。危機を免れた竜糸はこのまま結界を守りつづけるぶんには問題なかったが、代理神の半神がいなくなってしまったことから、事態は急転する。 そして三人目の裏緋寒の乙女が朱華なのだと、夜澄は告げる。「今度こそ、竜頭を完全に起こしたいんだ。生贄にして一時的に驚かして地上に喚ぶわけではなく、神嫁を娶せて地上に縛りつけるわけでもなく……花嫁を迎えるにしろ迎えないにしろ、己の意志で、地上に居座って欲しいんだ……それに、これ以上、神の役割を担いつづける人間、代理神に負担をかけさせたくない」 代理神を担った人間の多くは、寿命を削り、若いうちに命を落としている。まるで湖に眠る竜頭が生気を吸っているかのように見えることから、不吉な神職であるとも、裏では囁かれているという。「……じゃあ、九重も?」 「おそらく。大樹さまがいなくなったことで、かなり無理をしているはずだ。強がっているから表面には出さないが……それに、昨晩、幽鬼とやり合ったようだし」 未晩が幽鬼になって現れたことを隠して、夜澄は告げる。忌術の呪詛がどうなったかは気になるが、そう簡単に表緋寒の里桜がやられることはないだろう。それに、かすかに天神の気配も感じる。こんなときまで母神に唆されるのはごめんだ。夜澄は心の中で毒づきながら、朱華の反応を確認する。「幽鬼が……?」 「奴もまた、裏緋寒に秘められたちからを狙っている。ちからが解放されるまであと二日ある、それまでお前は、戦おうなどと思うな」 「なぜ?」「なぜって、お前が表緋寒に認められた竜頭の裏緋寒だからだ……まだ」 眠り込んだままの竜頭を起こすための、鍵。表緋寒と裏緋寒が揃わなければ、竜頭の本体は目覚めな
Last Updated: 2025-05-19
Chapter: 肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 15 +
「たしか、竜神さまが『雷』の集落を併合したことで、被害を食い止めたんだよね?」 竜糸に暮らす人間は竜神がかつてどのようなことを行ったのか、ひととおり学習する。朱華も未晩とともに竜糸で生活しているあいだに、自然に竜神のことを覚えていったのだ。  朱華の言葉に「ああ」と軽く頷き、夜澄はつづける。「ただ、そのせいで竜頭は力尽き、湖に眠ることになった。眠りにつく前に彼は代理神の制度をつくり、俺を桜月夜と呼ばれる守人の総代に命じた。すでに俺の身体は幽鬼との戦いでボロボロだったから、竜頭は幽鬼に襲われて死んだ俺の部族の人間の肉体に俺の魂を入れ替えたんだ……その人間の名だ、夜澄というのは」 「そう、なんだ」「竜頭にちからを譲り渡し人間の器に封じられた俺は雷神としてのちからは殆ど残されていない。五加護を扱うのも天から雷土を落とすのも楽じゃない。だが、そんな俺を面白がって時折天神がちょっかいを出してくる。竜頭に『雷』のちからを与えようが、あやつは小雷神でしかない、お前こそ真の雷神なのだ、裏緋寒の乙女を手に入れて雷蓮を再興させちまえ、とね……」 とつぜん裏緋寒の乙女という言葉がでてきて、朱華は瞳を瞬かせる。いま、彼はとんでもないことを口にした。初めて朱華と逢ったあのときのように……「そんな戯言真に受けるわけにもいかない。俺は竜頭に命を助けられたのだから、彼のための裏緋寒を自分が横取りしようとはもとより考えなかった。たしかに俺はもともとが土地神だからか、人間の身に魂を封じられても裏緋寒の乙女が誰か見ただけで判別できる。だから竜神が眠った竜糸を狙って幽鬼が襲ってくるたび、代理神に頼まれて竜頭のための花嫁を探してやった。だが、彼を目覚めさせることは未だに叶わない……あいつは熟女がすきだから」 真面目なはなしをしているはずなのに、最後のひとことですべてが台無しになってしまった気がする。朱華は呆気にとられた表情で「そう、だね」とうんうん頷く。現に朱華を湯殿で見定めた竜頭は「こどもではないか」と一蹴したのだから。「俺は三人の裏緋寒を選んだ。ひとりは水兎といい、彼女は当時の桜月夜、清雅……前世の記憶を持っている星河の前世だ……と禁じられ
Last Updated: 2025-05-18
Chapter: 肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 14 +
 里桜はひとりでは神の代理になれない。  大樹がいなければ、彼女は神と対等に渡り合える逆さ斎のちからを持つ表緋寒でしかない。結果的に夜澄しか朱華の記憶を戻せないことを、彼女はわかっていないのだろうか。「……そうかもしれない」 弱々しく頷く朱華に、夜澄は今度こそ彼女の肩を抱く。朱華は、拒まなかった。 「朱華(あけはな)」  ふたつ名を呼ばれ、朱華は驚いたように顔をあげる。「そういえば、夜澄はずっと、あたしの名前を呼ばなかったね」 「そういえば、そうだったな」 「それは、夜澄が神だから?」 朱華のことを「お前」と呼びつづけていた夜澄。なぜ、名前を呼んでくれないのかずっと不思議だったが、彼は桜月夜の守人のひとりの人間としてではなく、滅んだ集落の土地神の一柱として朱華と向き合うことを、はじめから考えていたのかもしれない。 ――神がふたつ名を無視して人間の名を呼ぶと、その人間と向き合っているあいだは神のちからを使えないから。「集落を滅ぼされた土地神が落ちのびたなんて、情けないだろ」 ぽつり、と弱音を吐く夜澄に、朱華は首を振る。「そんなことない、誰だって死にたくなんか、ないもの……」 幽鬼が雲桜を襲った時の記憶は、まだ完全に思い出せないが、それでも朱華は恐怖を感じる。実際に集落を滅ぼされた夜澄は、きっと、命からがら逃げ伸びたのだろう。「竜頭はそんな俺を匿ってくれた。幽鬼の襲来により壊滅した雷蓮(らいれん)の民を受け入れ、ルヤンペアッテの加護を分け与えてくれた。その見返りに俺は竜頭にちからを与えた。そのちからで彼は幽鬼を退けた。『雷』の集落は滅んだが、ルヤンペアッテの竜がアイ・カンナのを受け継ぐことになったんだ」 「アイ・カンナの閃光……」 亡き母親が口ずさんでいた神謡に、そんな物語があった。 自分たちが生まれる前に滅んでしまった『雷』の集落、雷蓮の民が持っていた加護のちから。それは、眩しいほどに明るいひかりと残酷なほどに世界を傷つける雷土(いかつち)の矢。『雷』の民
Last Updated: 2025-05-18
此華天女

此華天女

桜桃(ゆすら)は此の世に栄華を呼ぶ天神の娘と呼ばれ、 皇一族よりも巨大なちからを秘めている存在だった。 天神の娘である彼女を守るため、 また政府に敵対する組織を壊滅させるため、 帝の第二皇子である小環(おだまき)は 花嫁修業のために設立された全寮制の女学校へ女装して潜入することに…… 同室(るーむめいと)として過ごすことになったワケありなふたり 陰謀渦巻く北の伝説の地で、春を呼ぶことができるのか!? 近代和風異世界が舞台の、ヒストリカルラブファンタジー!
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Chapter: 第一章 天女、逃亡 + 4 +
「行ったか……」 湾たちが姿を消したのを見届けて、柚葉は洋館の周辺へ油を撒き、火を放つ。  生臭い血の香りは死体を焦がす匂いに隠れ、屋敷ごとこの地にあった存在は灰と化していく。やがて屋敷を舐め終えた炎は満足することなく針葉樹の森へと歩みを進めることだろう。森に咲く橘や蜜柑などの白い小花たちも真っ赤な舌に包まれ、不意にその生を終えることとなる。湾が尊敬していた彼女がもし生きていたら、きっと柚葉を許しはしないだろう。けれど。「こうすることでしか、僕はゆすらを救えない」 そのことを、彼女ならわかってくれるだろうと思いながら、柚葉は空高くマッチを投げつける。  めらめら燃える炎が見つかるのは間もなくだろう。そして奴らは悟るのだ、計画が失敗したことに。  焼け落ちた洋館から少女の焼死体ではなく、殺し屋の死体が発見されるのは時間の問題だ。  深い霧と緑に隠されていた洋館が、緋色の焔に暴露されていく。燃える。爆ぜる。灰が風に舞う。熱風が柚葉の頬を弄り、森の木々を揺らしていく。  この間に、湾が桜桃を安全な場所まで連れて行ってくれれば……「あら、空我の御曹司ともあろう方が、何を血迷っておられているのです?」 柚葉は自分の考えが甘かったことに気づく。「……姉上」 背後に突きつけられたのは、拳銃。「火を放って証拠の隠滅を図ったのは評価できますが、それ以外のところが、穴だらけでしてよ?」 カチリ、躊躇いもなく安全装置が外される音。「柚葉。あなたは天神の娘を救うために、約束された帝都清華当主の地位を見捨てるというの?」 炎のように真紅の着物を纏った女性は、黙ったままの柚葉に、ぐりぐりと拳銃を押し付ける。「梅子には、地面に這うだけの苔桃など、必要ないわ。でも、殺すのはもってのほか」 母上はどうせ、お祖母さまに騙されているだけ。あれは邪神などではなく天女よ。目を覚ましなさい、そして古都律華の奴らに抹殺されるより先に、彼女を手に入れ、君臨なさい。  姉の梅子に迫られ、柚葉は苦々しげに、言葉を吐き出す。「……ゆすらは、ものじゃない」 意地っ張りねと梅子は柚葉につきつけていた拳銃でその背をぽかりと殴り、つまらなそうに呟く。「まあいいわ。川津の連中は梅子が足止めしといてあげるから、とっとと行きなさい」 桜桃の存在を古都律華に食われるわけにはいかない。その
Last Updated: 2025-05-19
Chapter: 第一章 天女、逃亡 + 3 +
   * * *  レエスの緞帳(カーテン)で飾られた天蓋つきの寝台で瞳を閉じて横になっていた桜桃は、柚葉に揺り起こされて、ゆっくりと瞼をあげる。「動けるか?」 どこかで衣類を調達してきたのだろう、濃紺のシャツ姿の柚葉が桜桃に問う。  こくりと頷いて、立ち上がる。けれど、身体はまだふらついている。見かねた柚葉は桜桃の肩を抱きかかえ、ゆっくりと歩き出す。  裸足のまま、寝室を出る。ぬるりとした冷たい感触が、足元を浚う。  廊下は、血の海だった。  これだけの血で汚れているのは、転がっている死体すべてが頚動脈を掻ききられていたからだろう。桜桃の知る兵隊のような使用人たちが、重なるように動かなくなっている。  桜桃はおおきな瞳を更におおきくして、廊下の惨状を見つめる。「この屋敷の使用人は、皆、殺されてしまったんだ……」 信じたくなかった。けれど頭の片隅でその可能性を考えていた。だから桜桃は柚葉の言葉に反論せずに黙ってその光景を漆黒の眼の中に焼き付ける。「あたしの、せい、でしょ?」 蒼褪めた表情で、柚葉を見上げ、桜桃は確認をとるように、口をひらく。  自分がここにいてはいけない人間であることを、知っていながら、知らないふりをつづけて別邸で暮らしていた桜桃は、いまになって起こってしまった現実に、戸惑いを隠せない。  柚葉は肯定も否定もせずに、桜桃の肩を抱く手に力を込めて、滑りそうな螺旋階段を一歩一歩、くだっていく。   * * * 「無事だったか、嬢ちゃん」 「湾さん!」 玄関の前で待機していた湾は、柚葉に抱えられて外へでてきた桜桃を見て、安堵の溜め息をつく。湾の姿を見つけた桜桃も、嬉しそうに声を弾ませる。  だが、いつもの桜桃を知る湾は、彼女が本調子でないことに気づいている。「……大変なことになっちまったな」 「うん」 しょんぼりうつむく桜桃のあたまをくしゃりと撫でて、湾は柚葉に向き直る。「お前がいながらなんてザマだ」 きょとんとする桜桃と、不機嫌そうに唇を尖らせる柚葉。「……ま、過ぎちまったことは仕方ない。まずは嬢ちゃんを安全な場所へ連れていく。そのために俺を呼んだんだろ?」 湾は悔しそうに柚葉が頷くのを見て、桜桃を背負う。桜桃も当然のように湾のおおきな背中に乗っかり、柚葉を見下ろす形で泣きそうになるのを堪えて、笑いか
Last Updated: 2025-05-19
Chapter: 第一章 天女、逃亡 + 2 +
 ――男たちに襲われかけた直後だ、そこまでするとは……怖かっただろうに。  ひとりにしないでと懇願する桜桃を見て、いままで抑えていた何かが、堰を切って溢れ出してしまう。おそるおそる、少女の素肌に手を伸ばし、抵抗しない唇に、自らの指を伝わせる。  唇から喘ぐような吐息が零れ落ち、柚葉の指先を柔らかく湿らせる。その指で鎖骨をなぞると、くすぐったそうに身をよじらせ、困ったように微笑を返す。そのまま、指先を膨らみかけの胸元へ滑らせて、肌の熱さにハッとする。 ――駄目だ、いまはまだ。「ゆずにい、あついよ」 華奢な少女の身体は、怪我のせいか、興奮のせいか、ひどく熱く、汗ばんでいる。「悪い……」 我に却った柚葉は慌てて桜桃の身体に夜着を巻きつける。だが、桜桃は柚葉の昂ぶりに気づいていないのか、無防備に寝台の上でぐったりしている。 いつまでもこのままというわけにもいかない。だが、彼女の服はどこにあるのだろう。すでにこの屋敷に生きている人間は自分と桜桃だけで、使用人は悉く侵入者に殺されてしまった。しばらくすれば異変に気づいた本宅の人間が様子を見に来るだろうが、そのときまでこの状態の彼女を残しておくのは危険だ。 柚葉は仕方なく、自分が着ていたシャツを脱ぎ、桜桃に着せる。夜着よりは暖かいだろう。桜桃は柚葉にされるがまま、ぶかぶかのシャツをワンピースのように纏う。 肌着姿になった柚葉は顔を火照らせたままの桜桃の耳元で囁く。 「すこしは休んでもらいたかったけど……そうはいかなくなったみたいだ」  寝台の上にちょこんと座り、首を傾げる桜桃の髪を、そっと撫でながら、柚葉は告げる。 「ゆすら。きみはここから逃げなくちゃいけない。このままだと……」 「あたしが天神の娘だから?」 桜桃の澄み切った声音が柚葉の言葉をあっさりと遮る。柚葉は首を縦に振り、つづける。 「いきなりそんなこと言われても困るだろうけど。ゆすら、きみはふたつ名を抱く一族の特別な末裔なんだ」  柚葉の声が、子守唄のように聞こえる。  熱っぽい身体はそれ以上、耐えられないとくずおれて、桜桃はそのまま、意識を飛ばす。   * * * 星型の白や薄紅色の躑躅の花が咲き乱れる本宅から距離のある別邸に与えられたのは必要最低限の秘密を守る兵隊のような使用人と生活用品だけ。屋敷の人間は針葉樹によって深緑色へ
Last Updated: 2025-05-19
Chapter: 第一章 天女、逃亡 + 1 +
   * * *  暦の上では春とはいえ、帝都の山深い場所にある空我(くが)の別邸は肌寒い。  天蓋つきの寝台の上で、桜桃(ゆすら)は弱々しく息を吐く。「……ゆずにい?」 悪い夢を見ていた気がする。それも、とてつもなく悪い夢を。「ゆすら、気がついたか」 「なんでここにいるの……?」 本宅で衣食住をしているはずの異母兄が、早朝から桜桃の目の前で心配そうな顔をしている。ふだん彼女に仕えている侍女の姿が見当たらない。これはどういうことだろう。  起き上がろうとして、桜桃は違和感に気づく。上掛けの肌触りが異なる。  ずきん、と身体が痛みを訴える。あちこちに刻まれた鬱血した痕。疵と痣。よく見てみようと立ち上がって。「……!」 自分が全裸でいることに気づき、慌てて夜着を纏おうとして、敷布に足をとられて転びそうになる。  そんな桜桃に気づき、柚葉(ゆずは)が慌てて彼女の傍へ駆け寄り、抱きとめる。「あたし……」 柚葉は蒼白の表情で呟く桜桃の髪を優しく撫でる。「しらない、おとこのひとたち」 何も言わないで、桜桃の言葉に頷いて。「襲われて、殺されそうに、なった?」 夢じゃないの? と、桜桃の視線が泳ぐ。  柚葉は桜桃のいまにも折れそうな細い身体をきつく抱きしめ、そっと名を呼ぶ。「ゆすら」 「ゆずにいが、助けてくれた、んだよね」 泣きそうな表情で、桜桃は柚葉の温もりを求める。寒い寒いと、傷ついた心と身体を温め癒すため。  柚葉は彼女の額にそっと、くちづけて、大丈夫だよと頷く。 「安心して。悪いやつは、やっつけた」 桜桃の部屋には似合わない、空の薬莢が床の上に転がっている。「殺したんでしょ?」 「……ああするしかなかった」 意識が薄れていくなかで聞いた銃声は、何度嗅いでも慣れることのない硝煙の匂いは、桜桃を狙った侵入者を殺めるために響いたもの。気づいてはいたが、つい、柚葉を責めるような口調になってしまった。「そうしないと、ゆすらも殺されていただろうから……」 苦しそうな柚葉の声をきいて、桜桃はそれ以上問いただせなくなる。使用人たちはどうなったのか、ふだん離れて暮らしている異母兄が時宜(タイミング)よく現れたのはなぜか、どうして自分が殺されそうになったのか、男が口にしていた天神の娘とはどういうことなのか。 ……柚葉なら、知ってい
Last Updated: 2025-05-19
Chapter: 序章 天女、襲撃
 それは突然のことだった。悲鳴をあげる間もなく、男の太い指が少女の細い首に巻きついていた。 どうにか逃げようともがくが、別の男に両腕を掴まれ、そのまま土の上へ押し倒されてしまう。「悪(わり)いな、お前さんに恨みはねぇんだが、死んでもらうよ」 男ふたりによって両手両足を拘束され、いたぶられるように呼吸を遮られ、着ているものを脱がされていく。息ができない。感じたことのない恥辱と溺れたときのような苦しさを伴って、少女の意識は霞んでいく。「もう抗わないのか? もっと楽しませてやろうと思ったのに」 「どうせ殺しちまうんだ、最後に俺たちで可愛がってやろうじゃねえか。惜しいと思わないか? こんなに別嬪なのに」 少女が着ていた襦袢はすでに血と泥で汚れ、ところどころが破れ、胸元も露になっている。絶望に満ちた虚ろな瞳を見せる黒髪の少女の哀れな姿は、陵辱したい男たちの欲情を加速させていた。 「――恨むなら、天神の娘であることを恨むんだな」  更に首を絞めつけ、双眸を白濁させ、ビクッと身体を仰け反らせた少女から、纏っていた衣をすべて剥ぎ取ろうと男が柔肌へ手を触れようとした瞬間。 「ゆすら!」  少女にとって馴染みの、声と。  立て続けに銃声が。 …………響き渡り、やがて静かになる。   * * * 甘い柑橘系の香りを漂わせながら、白い五弁の花々が混迷の夜闇を切り開くように舞い落ちていく。 殺されかけ、気を失った少女の身体の上へ。 そして、硝煙の匂いを漂わせる青年の頭上にも。 浄化するように。 同化するように。 天から散りゆく花弁はくるりくるくるまわりながら容赦なく血に塗れた世界を染め上げていく。 ――それはさながら、まわりはじめた運命の環のように。   * * * 女の説明は簡潔だった。 屋敷の主の不在を利用して、別邸に強盗が入ったことにすればいい。その際、鉢合わせした娘が不幸にも殺されてしまった。娘を殺した強盗は狼狽した結果、本来の目的を忘れて屋敷に火を放ち逃亡した……憲兵を欺くことなどあなたには容易いでしょう?「天神の娘が生きている限り、あなたに真の安息は訪れません。おわかりでしょう、それが意味することくらい」 無言のままの相手に、たたみかけるように女はつづける。「生まれたのが娘だったから、樹太朗(じゅたろう)も甘いのでしょう。ただ
Last Updated: 2025-05-19
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