Chapter: ~神謡に舞姫は開花を願う~ 2 「そこまでわかっていて、そなたは何もせぬなんだ」 「――っ」 横たわり暗い思考を巡らせる活の頭上から鈴のような甲高い声が降ってくる。人間ではない何かが傍にいる感覚。活は声を詰まらせ、静かに瞳を閉じ、囁きかけてくる何者かの声を受け止める。「哉登の妻だっただけあるの。妾の存在を視界で判断しないとは」 さっきから室内を揚々と飛び回っていた純白の蝶。悪しきモノの気配を微塵も感じさせない神々しいまでの存在。「……ではやはり貴女が」 至高神なのか。活は戸惑う気持ちを抑えられず言葉に刺を混ぜてしまう。「哉登が殺された時は姿を見せなかったくせに、なぜいまになって現れるのです」 「あれが闇鬼に憑かれていたことを知っていて、妾を責めるのかえ? 心の弱さに付け込まれた人間を、妾が救い出さねばならぬ理由などどこにもないというのに」 嘆かわしいと至高神は哀しそうに応える。「……」 たしかに、女好きが高じて人魚の女王まで自分のものにしようとした哉登の執着は尋常ではなかった。活を離縁し、人魚の女王と懇意にしていたという男を夫として下げ渡し、人魚を殺めて心臓を喰らい若返ってまで追い求めた前神皇帝……その間、国の政を議会に任せていた彼を、かの国をはじめとした天空の守護を担う至高神は何もせずに見ていたのだろう。そして闇鬼に憑かれた哉登を恨んだ人魚の女王は自分が持つちからで彼を殺した。「まぁ、佳国(よしくに)のために国が滅ばぬよう影では動いたが、人間からすればそれでも物足りないかの」 気まぐれな神は哉登の運命を見届け、息子のなかから九十九を選んだ。活のふたりの息子たちでも玉登でもなく。  活はいままでそれを不服に思っていた。けれど至高神からすればそれが当り前のことだという。「もともと九十八代哉登が決めたことじゃ。それに、そなたの息子らは彼を支えることを妾に誓ってくれたぞ」 「なんですって」 仙哉が九十九に忠誠を誓う姿は何度も見ているが、陣哉までもが玉座を求めていなかった?「三年前の内乱は古都律華が暴走したにすぎぬ。狗飼一族は最初から最後まで九十九を立てていた。そなたの長子が死んだのは、彼に殺されたからではない、彼を護ったからじゃ」 ――陣哉が、九十九を護って死んだ?「神は嘘を好かぬ。妾は天から見ておった。残った人間が好き勝手脚色し、あれは欲に負けた愚か者だと言
Last Updated: 2025-10-30
 Chapter: chapter,6 ~神謡に舞姫は開花を願う~ 1 身体の異変は今朝に入ってからだった。体内の臓器の一部が目に見えない何者かによって握りつぶされてしまったかのような突発的な痛みに苛まれ、寝台から起きあがることも叶わなかった。神殿の人間もまともに動ける状態にないと侍女たちが報告してくれたため、どうやら一族の人間のなかにいる誰かが闇鬼に憑かれ、喰われて幽鬼にされてしまったのだろうと見当がついたが、それが誰かは考えたくなかった。  寝台に横たわったままの活は、迷い込んできた白い蝶を見て、悔しそうに唇を噛む。「……誰も信頼してはいけなかったのだな」 ひとりきりの部屋に響く自分の声は、朝から何も口にしていないからかひどく乾いている。自分のしわがれた声を空しく感じながら、活はつまらなそうに蝶を見つめる。  狗飼一族と血の契約を結んだ活もまた、わずかながら『地』の加護を受けている。だから彼女は他のひとには見えない黒い蝶や、蝶に姿を変えた第七皇子の姿を目にすることができた。玉登はそんな活を息子の仙哉より御しやすいと判断したから、傍にいただけだ。  なぜ玉登の言葉に心動かされてしまったのだろう。夫と陣哉を失ってから、自分は根なし草のように自分を必要とする人間に縋っている気がする。バルトはそんな活を優しく労わってくれたが、彼との間にあるのは愛ではなく、妥協だ。 先の神皇帝の妃だったという矜持を限界まで引きずっていたから、玉登に利用された。そう考えれば納得がいく。すでに狗飼一族より強いちからを持つ何かが彼についているのだろう、だから活は切り捨てられた。生き残っていた仙哉を幽鬼にするという残酷な方法で動きを封じられ、寝台から起きあがることすら叶わない。  神殿が機能しない状況とは、いったいどういうことなのだろう。あれからどのくらいの時間が経過したのか、窓から差し込む陽光から判断しようにも、空には厚い雲が覆っているため太陽を拝むことができずにいる。  まるで哉登が殺されたときのようだと考え、身体中に震えが走る。まさか、この事態を引き起こしたのはあの人魚ではないのか? 人魚の花嫁。玉登はニセモノだと言っていたが、人魚の女王のようなちからを持っているのならば、帝都を乗っ取ることも難しくないはずだ……もしかしたら玉登は自分を切り捨て人魚と手を組むことにしたのかもしれない。誓蓮を奪われた人魚と玉座を狙う玉登が九十九を排除するべく
Last Updated: 2025-10-28
 Chapter: ~真実は珊瑚蓮の蕾に宿る~ 11「!」 咄嗟に前へ飛び出す九十九を弾き飛ばすかのように、カイジールがさらりと空中に魔術陣を描くが、すでにひかりは巨木の根に囚われた道花の眉間を通過し、消え去っている。「……なに、いまの?」 痛くも痒くもない感覚に、道花が首を傾げる。だが、那沙は顔を青白くしている。「珊瑚蓮の精霊に闇鬼を潜入させました。絶望の黒花を咲かせるためにはやはり本人の精神を病ませるのが一番でしょうから」「なんですって!」「威勢がいいね。いまのうちに吠えているがいいよ。自分の体内に潜まれたものを神謡で浄化することはできないんだから」 いっそのこと仙哉義兄さまのように幽鬼にしちゃおうか、と笑顔になる玉登をいまにも射殺しそうな視線で九十九が睨みつける。「玉登」「ぼくたちはすべてを壊すよ。義兄上が大切にしているこの国も、誓蓮も、世界も、愛する珊瑚蓮の精霊も。ぜんぶぜんぶ破壊する。最後に義兄上を殺してあげるから、楽しみにしていてね」 朗らかに言い残して、玉登は手を掲げる。一度は動きを止めた巨木がずずずと動き出し、天高くまで成長していく。「きゃ……!」 根の檻に捕えられたままの道花もそのまま空へ向かって突きあげられていく。みるみるうちに九十九たちの姿が米粒のように小さくなる。「道花!」 自分の名を呼ぶ悲痛な声も、だんだん遠ざかっていく。空気が薄くなっていく錯覚に道花は立っていられなくなりその場へしゃがみこむ。足元から見えるのは栄華を誇る帝都と皇一族の広大な敷地にある建物の屋根。帝都のひとびとは宮廷で起きたこの騒動をまだ何も知らないで平穏な暮らしを続けている。少年王がついに結婚すると晴れやかな気分で市は開かれているに違いない。結界が張られていることで起こるこの落差を空から見下ろし、道花は愕然とする。「……そんな」「珊瑚蓮の精霊。貴女は快楽に溺れながらしばらく高みの見物をしていてください。この帝都の情景が、ぼくと鬼神の手によって生まれ変わるところ
Last Updated: 2025-10-06
 Chapter: ~真実は珊瑚蓮の蕾に宿る~ 10「そうはさせないよ」 割り込んできた中性的な声に、周囲が顔を見合わせる。声の主が誰なのかに気づいた道花は思わず名を呼んでいた。「慈流! 無事だったのね」「道花。すまない。ようやく決心がついたよ」 至高神によって助けられたカイジールは真っ先に桃花桜宮へ戻り、道花と九十九、そして那沙の姿を確認し、あははと笑う。「カイジール! あんた……まさか」 那沙は彼の変化に気づき、顔色を変える。そのまさかだよとカイジールは胸を張る。西洋服を着たままの彼の胸元がぷるんと揺れた。すらりとしていた体躯には、ふくよかな曲線が生まれ、今まで以上に妖艶な雰囲気を纏わせている。「慈流、あなたまさか女になったの?」 道花が声を荒げ、それに追従するように那沙も溜め息をつく。 男として今後の人生を過ごすことを選んだ彼の身体が――完全に女性化している。「そう、そのまさかだよ。女王陛下に捕まったボクを助けてくれた至高神がおっしゃったのさ。道花、君と女王陛下のどちらをも救いたいのなら、ボクが女になって五代目オリヴィエを襲名すればいいだけのことだ、って」 かつて自分の運命が珊瑚蓮に決められているのを厭った人魚の女王が自分の娘にオリヴィエの名を与え、生き延びたという伝承がある。至高神は那沙ですら知らされなかった人魚の一族のごく一部のものにしか伝えられていなかった真実を当り前のように説明し、カイジールにその役を押し付けたのだ。 たしかに、一度は膨らみかけた珊瑚蓮の蕾が枯れ、かわりに繁栄を促すかのように葉が生い茂り海を覆い尽くしたことがある。あれは、先の女王オリヴィエが後継を定めて生き延びたから起きた現象だったのかと今更のように那沙は息をつく。至高神に珊瑚蓮の花が咲くとオリヴィエが死ぬと告げられるまで、女王と珊瑚蓮の関係を把握することができずにいた自分の至らなさに嫌気がさす。「至高神がそう考えたのなら、あながち悪い方法ではないのかもね」 那沙が溜め息混じりにカイジールに応えれば、かつて男性だった彼女もまた、苦笑を浮かべる。
Last Updated: 2025-10-05
 Chapter: ~真実は珊瑚蓮の蕾に宿る~ 9 害意のない微笑を湛えたまま、玉登は巨木の根に阻まれ必死になって逃げようとする道花の三つあみを掴み、結紐を歯で千切り取っていた。「駄目っ!」 蜂蜜色の直毛がばさりと落ち、道花の身体がビクリと跳ねる。「人魚の女王と天神の末裔から生まれた稀有なる珊瑚蓮の精霊……貴女は幼い三つあみよりもこうしている方が美しいですよ」 道花が気にしているのを知っていて、彼女の直毛を褒め称える姿に那沙が激昂し、九十九に詰め寄る。「なんなのこの男の子は!」「第七皇子、皇玉登……神皇帝の座を狙うおれの義弟だ」 見た目は十五歳にも満たない少年だというのに、九十九も木陰も手出しできずに見ていることしかできずにいる。だが、それは土地神である那沙も同じだ。 ――彼には鬼神が憑いている。 那沙は初めて見た第七皇子玉登の背後に冥穴よりやってきた幽鬼の王の影を見て戦慄する。神々を誰よりも憎み人間を玩具のようにしか考えていない異形の主、鬼神。彼もまた珊瑚蓮の蕾に魅せられかの国へ誘われたのだろう……罪を犯したオリヴィエに加担するかのように。 冥穴を出た鬼神は実体を持たない。それゆえ彼は自分のすきな悪感情に溺れた人間を虜にしてそのなかに入り込む。人間が幽鬼になる現象の多くが鬼神によるものだ。きっとオリヴィエによって幽鬼となった仙哉も鬼神の器とするために利用されたのだろう。だが、目の前の玉登は、自らすすんで鬼神の器になっているようだ。自我を保ち、欲望のために鬼神とともにいる……それゆえ、那沙は混乱する。なぜ、こんな小さな少年が鬼神とともに行動しているのか。「なぜって? 国を奪われながらも土地神としてのうのうと生き延びている貴女にはわからないでしょうね、ぼくの屈辱と憎悪の激しさが」 自分と同じくらいの年齢の容姿になっている那沙に視線をやり、玉登は不機嫌そうにまくしたてる。その姿は癇癪を起した子どもだが、言っていることは復讐に燃える皇子の罵倒。那沙はかつて起きた内乱で死んだ悲劇の皇妃を
Last Updated: 2025-10-04
 Chapter: ~真実は珊瑚蓮の蕾に宿る~ 8   * * * かの国に軍隊と呼ばれる組織は存在していない。四方を海に囲まれ、古代より神々と幽鬼が戦いつづけた影響からか、大陸諸国はかの国を敬遠し、攻め込んでくることがなかったからだ。皇族個人が兵を集めることはあるが、基本的に内乱を治めるための一時的な処置にすぎない。 だが逆に、幽鬼との戦いのために神術を用いた防御は徹底されている。地方ごとに神殿が建てられ、土地神とともに神職者が悪しきモノの侵入を阻むよう常に結界は張られ、かの国の民は安心して生活を送れるようになっている。 しかし今、この概念がたったひとりの女性のせいで見事に覆されそうになっている。「秘色香椎神殿を奪われただと!」 瘴気をまとった幽鬼となった義理の兄、仙哉を連れて現れた人魚の女王オリヴィエは、道花たちを襲った後、神殿を占拠していた。 神殿には神術を修めた狗養一族の『狗』が多数いる。だが、仙哉が傷を負った時点で彼らもまた血の呪いによって動きを制約されている可能性が高い。そこを狙われたのだとすれば、自分の判断が甘かったと言わざるおえない。 九十九が沈痛な表情になったのを見て、道花も苦しそうに言葉を発する。「神殿を占拠されたって……」「結界を壊されたらかの国へ幽鬼が押し寄せてくる。鬼神は最初からこうなることを考えていたのか……」 至高神を敵対視する鬼神。彼が女王とともに行動していた理由を推理し、九十九はひとりでうんうん頷いている。「ハクト?」「切り札はまだこっちにある――だから。マジュ」 呼びなれない名で道花を束縛する九十九に、道花が怪訝そうな表情を浮かべると、困ったように那沙が彼女の頬をつつく。「もう想いは通じあっているんでしょう? あなたは珊瑚蓮の精霊で、海に誓う真珠……琥珀とともに輝ける桜真珠になるの」「――那沙。やっぱりそういうことだったんだね」 道花は頬を赤らめ、観念したとばかりに言葉を紡ぐ。「あたしとハクトが契りあうことで桜色
Last Updated: 2025-10-03
 Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《12》『――帝都を病が襲ったとき、多くの呪術師も死んでいる。そのせいか、呪いがとける事態があちこちで頻発している。お前の不能も低能な呪いの一種だったってことだよ』 病だとばかり思っていた柚子葉の不能は父侯爵に恨みを抱いていた者による呪いだったのだ。父親ではなく息子に不能の呪いをかけたのは、これ以上子孫を残させないためだろうか……真相が判明したところで自分に呪いをかけた人間がのうのうと生きているとは思えない。呪術師同様すでに鬼籍に入っているだろう。   柚子葉はいまさら考えたところで埒が明かないと思考を手放し、隣で横になっている妻へ視線を向ける。「ゆずにい?」  「もう、君の義兄じゃないだろ」  「……ゆずは、さん」  「まだまだ他人行儀だな、ゆすら」  「だってゆずにいはゆずにいで……!?」  「舌、出して」  「――ン」 ちいさな寝台がみしりと軋む。舌を絡ませるしっとりとした口づけを経て、ふたりは互いの服を脱がしあう。監禁していたときのように、柚子葉は山桜桃を丁寧に愛撫していく。「はぁ……ゆずは、さん」  「僕だけの天女。もう羽衣もないから逃げられないね。これからも手放さないよ」  「あつい、あついよぉ……早く、ゆずにぃ、挿入れてっ」  「まったく、せっかちだなあ」 くすくす笑いながら柚子葉は山桜桃の愛液が滴る蜜口へ自身の昂りを押し当てていく。   繋がることなどできないと、そう思っていた――けれど。「あぁ……っ! ゆずにぃのが、わたしの、なかで……!」  「こうされるの、好きでしょう?」  「すき、すきっ、気持ち、いいっ――……ひゃ、あっ、あんっ!」 パンパンと腰を打ち付けながら愛する女性を絶頂させられるようになって、柚子葉は心の底からしあわせを感じでいた。   快楽に溺れる山桜桃もまた、柚子葉の想いに応えるように言葉を紡ぐ。「ひとつになれて、うれしい」  「……こらっ! なかに出すぞ」  「は、はい……っ~~~!」 ふたりのあいだに子どもができたら。   女児ならまた、羽衣を持つ天神の娘がいると狙われるかもしれない。そのときはそのとき、悪いやつはやっつけるのみだと柚子葉は心に決めている。山梅桃が襲撃されたときに銃で容赦なく殺したように。 けれど、いまはまだこの腕に天女を閉じ込めて、ふたりの時間を満喫したい。  
Last Updated: 2025-08-20
 Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《11》   * * * 「あのとき早まらなければ僕がかの国の栄華を手にしていたかもしれない」 「莫迦なことをおっしゃらないで」 反乱軍による革命は帝の暗殺後、第一皇子によって制圧され、志半ばで終了した。温厚な第一皇子は父帝が武力ですべてを解決しようとしたことで起こった反乱に心を痛め、巻き込まれた民間人だけでなく、革命を引き起こした首謀者たちにも恩情を見せた。反乱軍に所属していた華族にはそれぞれに処分が通達され、空我柚子葉も帝都にある侯爵家の土地を国へ渡すことと帝都追放の処分を受けた。処刑されずに済んだのは柚子葉自身が帝を直接害した人間でなかったからだ。革命時に柚子葉が浴びた返り血は魔術鑑定によって帝のものではなく別人のものだと判明した。そこには真相を知りたいという第三皇子於環の協力もあったため、柚子葉は於環にあたまがあがらない。  帝が血眼になって探し求めていた天神の娘については帝の死によってなかったことにされた。そもそも山桜桃の存在を知る皇族が於環以外いないのだから、いまになって明かす必要もない。  空我家の娘は死んだものとして扱われ、かの国に羽衣を持つ天女の存在は北大陸伝来のお伽噺として書物に記されることとなる。  だが、それに納得しなかった第二皇子が第一皇子と対立、緊迫した状況に陥るなか、帝都に厄介な病が流行り、ふたりとも帰らぬ人となってしまった。  結局、第一皇子の施政は一年ももたなかったのである。玉座は瞬く間に第三皇子於環のもとへと転がり込んだ。「……結果的に於環がいまのかの国の最高権力者、帝だものな」 天女の羽衣を肉体的に奪った於環はいまも独り身のまま、かの国の頂点に君臨している。そろそろ妃を迎えろとの声も出ているが、彼は聞く耳を持たないのだとか。複数の妃を侍らせ、異国の地から奪ってきた女も囲いながら、いもしない天女伝説に溺れた父帝の陰惨な最期を見ているからそう簡単には結婚できないのだろうと世間では囁かれている。あながち間違いではない。「於環さまにもいい女性(ひと)が現れるといいですね」 「――だな」 あの革命からもうすぐ一年が経過する。帝都を追放された柚子葉は山
Last Updated: 2025-08-19
 Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《10》   * * *「ゆずにぃ、ゆずにい……」「ああ、ゆすら……君の肌は柔らかくて、とても美味しい」「はずかしい、です……ああっ」「見られて感じるなんて、淫らな天女さまだ」 繰り返される丹念な愛撫と接吻で、山桜桃はぐずぐずに蕩けている。いままで拘束していた鎖ははずれ、自由になった腕は全裸の義兄の背中を必死になってつかもうとしていた。 地下牢のなかの寝台で、はだかの山桜桃と柚子葉が肌を重ねている。於環はふたりの濃密な行為を意識しないようにしていたが、ふたりの熱量が上がっていくにつれ、自然と身体は疼いていた。天女とはこんなにも淫らで美しい生き物だったのかと、最初に抱いた男が栄華を得るという伝承もあながち間違いではないのかもしれないと……神秘的な愛の交歓にすっかり酔わされてしまう。「もう、もういってしまいますぅう――いくのっ、ゆずにぃさまぁ――……ッ!」 監禁している間に柚子葉は義妹をずいぶん調教したらしい。互いの身体に溺れていく背徳的な光景を見せられながら、於環はぽつりと呟く。「そろそろ交代するか?」「待ってくれ。彼女をあと三回絶頂させる」「ぇ……!?」 柚子葉の片方の指は山桜桃の秘処を探っている。口ではちうちうと出ない乳を吸い、残された手で胸を揉みしだく。快楽を受け入れて甘く鳴く彼女は涙をこぼしながら身体をびくんびくんと震わせる。何度も彼の手と口で全身を愛でられて、ふれただけで快楽を拾い上げる山桜桃の淫靡な姿は宙に舞う天女だからか、それとも愛する義兄にふれられているからか。 於環は自分の下半身がずっしりと重たく、いきり勃っていることを痛感する。だが、柚子葉の下半身はうんともすんともいわない。ほんとうに反応しないのだなと於環は愛撫に夢中な柚子葉を憐れむように見つめる。勃起できないことを柚子葉は義妹に邪な想いを抱いた罰だと思っているようだがそれだけではない気がする。強いて言えば第三者による
Last Updated: 2025-08-18
 Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《9》  ゆずにい、と舌足らずな呼び方を改めて、山桜桃は於環の前で淋しそうに微笑む。「ゆずにいは、不能のご病気なのです……だからわたしの羽衣をけして奪えません」 山桜桃の羽衣を丹念に仕立てていても、彼の身体は微塵も反応しなかった。山桜桃が美しく淫らになっていくのを悔しそうに見つめている義兄は、ほんとうは真っ先に抱きたいと思っていたはずだ。  だからといって命乞いのために父親よりも年上の帝に義妹を捧げられるほど、鬼畜でもない。親族を悉く殺され、自分だけ取り残された彼にとっての唯一の希望が男を知らない天神の娘で自分の異母妹でもある山桜桃の存在だったのだから。「……そういうことか」 「一部の皇族が持つ魔術のなかには、感覚を共有させるものがあると聞きました。だから……羽衣を渡す代償として、僕にその身体を貸して欲しい」 「そのようなことが可能なのですか」 驚く山桜桃に、於環は軽く首を振る。「完全な感覚共有ではないが一時的にだが俺の身体で得る情報を第三者へ転写する魔術は存在している」 「じゃあ……!」 「そこまでしてお前たちはひとつに繋がりたいのか? 神の怒りを一身に受けることになっても?」 於環の言葉に柚子葉が驚き山桜桃を見つめる。彼女は恥ずかしそうにはにかんで、自分の気持ちを改めて口にする。「――わたしは、ゆずにいをお慕いしております」 「あぁ、ゆすら……僕の一方的な恋情ではなかったのだね」 「そうじゃなければ、羽衣をおとなしく仕立てられなんか、しません! ゆずにいさま……あなたが抱くことのできない身体だと理解しても、いつかこの先を致したいという気持ちは止められませんでした」 「ゆすら」 かの国の神々は近親相姦を是としていない。堅九里が口にしていたように血の繋がりを持つ男女がまぐあえば、怒りを買うと忌み嫌うのが常識だろう。  だが、柚子葉は自身が不能であるだけで、義妹を抱きたいと心の底から想っているし、彼女もまた同じ気持ちだ。  たとえ神々を敵にまわしても、互いに愛し合いたいと、かの国の神々の代理人である帝の息子
Last Updated: 2025-08-12
 Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《8》   * * *  反政府軍の会合が頻繁に行われるようになると、自然と柚子葉の訪れが減るようになった。外の世界では帝が狙われる暗殺未遂事件が起こっており、革命間近だと囁かれているのだが、囚われている山桜桃が知ることはなかった。だが、目の前にいる青年はそう思っていないのだろう。「見つけた。天神の娘」 「あなたは、だれ?」 この邸周辺には古語魔術による結界が張られているため、常人が山桜桃の囚われている場所を把握するのは困難だと柚子葉は言っていたが、彼は何事もなかったかのように地下牢へ降りてきて、鍵を開ける。「俺は於環(おだまき)だ」 「オダマキ?」 「またの名を、於環(オウワ)」 「――第三皇子!?」 ごくり、と山梅桃が唾を飲むのと、こくり、と於環が首を縦に振ったのは同時だった。  拘束していた鎖を無言で外し、於環は山梅桃の名を確認するように呼ぶ。「空我、山梅桃……俺の父がお前を望んでいる」 「……存じております」 柚子葉は山梅桃を帝に差し出すつもりだったのだろうか。目の前のあまりにも従順な彼女の反応に、於環は顔を歪ませる。「お前はそれで良いのか」 「そのためにここで羽衣を仕立てていたのでしょう。帝に羽衣を差し出せば、ゆずにい……義兄の生命は助かるとききましたので」 山梅桃は諦観しながら応える。ここにいない義兄のため、健気にも純潔を差し出すことも厭わないと。  だが、柚子葉はそのことで疑心暗鬼に陥っているようにも感じられた。素直に羽衣を仕立てた義妹を渡すだけで、帝が反政府軍の上層部にいる彼を赦すとはとうてい思えないからだ。「そんなに義兄が好きか」 「ええ」 頬を朱色に染めて儚げに微笑む山桜桃を見て、於環の心がざわつく。薄い夜着を纏った彼女の身体の線は透けており、美しい形をした乳房が丸見えだ。長い鎖を巻いた手首は自重のせいか赤い痕が残っている。何があっても起こっても、義兄は彼女を手放しそうにない執着心と矛盾する彼女の姿に於環は困惑する。「だって、ゆずに
Last Updated: 2025-08-11
 Chapter: スピンオフ 天女は反逆者―義兄―の腕のなか《7》   * * *  天神の娘の所在が明らかになったと帝の三番目の息子、於環(おだまき)のもとに届いたのは、山桜桃が襲撃されて十日ほど経った頃のことだった。  彼女は空我本邸の地下で義兄の柚子葉が張った結界に保護されているという。「結界ねぇ」 そのようなまやかしでかの国の玉座を守護しつづけている皇族を騙せるとでも思ったのだろうか。だとしたら愚かだ。兄上がわざと見逃しているようにしか思えない。  じゃらじゃらと耳障りな音を立てながら於環は反芻する。  天神の娘が持つという羽衣はかの国の権力者を惑わす危険なものだという。過去に山桜桃の母が北大陸の内乱を引き起こしたように。けっきょく彼女は帝が羽衣を奪ったが、後継を産めなかったからと空我侯爵に押し付けてしまった。まさかそこで新たな天神の娘を産み落とすとは考えもしなかったのだろう。安直な父帝らしいと於環は苦笑する。「於環様、組織の上層部にいる空我柚子葉は義妹である山桜桃の羽衣を奪うことなく、掌中におさめております。これはいったい」 「あの男か。父は娘を渡せば生命まではとらないと口にしていたが、十中八九葬るだろうな」 そもそも於環は山桜桃という天神の娘を知らない。父帝は天神の娘など羽衣を奪わぬ限り国を揺るがす悪女でしかないと罵っているが、ほんとうにそうなのだろうか。「それより……父は母親だけでなく娘の純潔も奪おうとしているのか。俺はそっちの方がおぞましい」 皇位に執着している父を見ていると政変も致し方なしと思う時点で自分は彼と袂を分かつ運命にあるのだろうと於環はため息をつく。  だから皇城の片隅で、父から危険分子扱いされて監視つきで囚われているわけだが……すでにその監視、堅九里(かたくり)も於環の配下に覆っている。  じゃらじゃら、趣味の悪い白金の枷が手首を戒めている。本気になればこのような玩具、すぐにでもはずせるが、於環がいま動けば実の息子だろうが父帝から粛清の対象として処刑されかねない。  ――それでもいい加減話のわかる堅九里に見つめられながらのこの監禁生活には飽きていた。「だからといっ
Last Updated: 2025-08-06
 Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 18 + 神になりきれない人間は恋をすると神力を増強するが、恋に破れるとその反動でちからを喪う。かつての清雅は桜蜜を出す水兎と恋に溺れ、彼女が忽然と姿を消したことに耐えられず人間としての姿を失ってしまった。もともと亡き集落の土地神である夜澄の場合はそのような制約が存在しない。それに、雨鷺は知らなかったが彼は竜糸の竜神よりも神威の高い雷神であるため、裏緋寒の乙女を奪ったところで至高神は咎めなかったのだ。「桜月夜の人間と裏緋寒の乙女の恋が禁忌、というのは聞いていました」  「だけど恋する気持ちは止められないですよね」 現在の裏緋寒の乙女として召喚された朱華はいま、雷神夜澄の花嫁として雲桜の集落を再建させようと必死になっている。   そして彼女の幼馴染で表緋寒であった九重が、覚醒した竜頭の愛玩花嫁として傍にいる。   この結末を至高神はひとまず是としているらしい。ずっと大陸を脅かしていた鬼神を冥穴へ封じ込めたふたりが心に決めたのだ、さすがに野暮なことはしないだろう。「あたしの場合は夜澄が雷神さまだったから素直に受け入れられたけど、雨鷺さんは」  「あの頃の至高神はもっと幼い子どもだったのよ」 恋を知らない少女に恋をさせ、その恋を取り上げて喜ぶようなところがあった。   けれど水兎の方が上手だった。恋する気持ちの強さを神に見せつけた。   だが、清雅はそのことを知ることもなく、人間としての姿を保てなくなったのだ。「さすがに申し訳ないと思ったのかしらね。今度は前世の記憶を残したまま転生させて、もう一度恋をしろ、ですって」  「それで?」  「朱華さまも見たでしょう?」 裏緋寒の乙女の侍女の座を得た雨鷺は桜月夜の守人と顔を合わせ、確信する。「事情を知る夜澄に気づかれたわ。兎の生まれ変わり、って」  「だけど二百年前なら夜澄は雲桜の土地神さまだったはずです。どうして桜月夜に彼がいたの?」  「それはね、そのとき鬼の襲来が竜糸の地で起こっていたの。術者がいなくなってしまったうえに、弟神の竜頭が眠ってしまったから仕方なく人手不足の神官の重要な地位を手伝っていたの」 だから照吏のような女性も桜月夜の守人として仕えていたのだと雨鷺は説明する。自分の時は侍女などいなかったのだ、照吏がいてくれたから辛うじて裏緋寒の乙女として竜糸の集落を守護するため淫らな試練にも耐
Last Updated: 2025-08-08
 Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 17 + 慟哭にも似た狼の遠吠えが北方から聞こえる。  自分と恋したことで死なせてしまったか弱き兎は雨にとけて、竜神と入れ替わるように湖の底で眠ってしまった。  残された男は桜月夜の守人としての役目を放棄し、竜糸から姿を消した。「さいしょから任務を放棄して水兎ちゃんを連れ去っていけば良かったのに」 不安定な竜糸の土地を治めるため、覚醒した竜頭は竜神として結界を張り直す。  この地に残った神官たちは大地震で崩れた神殿を建て直し、ひとびとを呼び戻した。照吏以外いちどは離れていた女性神官、巫女たちも竜神に仕えるべくふたたび集ってきた。  取り急ぎ、巫女たちのなかから次の裏緋寒の乙女が選ばれることになるだろう。その際に竜神が若い娘よりも熟女が好きだと公言したのは意外だったが……  それでも気まぐれな至高神は、また恋を知らない兎をどこかから召喚するのだろうか。「あんがい照吏が竜頭に見初められたりして」 「ありえない。僕は熟女趣味の竜神からすれば圏外だ。神官として神殿に呼ばれただけでそもそも桜月夜の守人になることもなかったんだぞ」 どこか遠くを見つめている夜澄の前で照吏は苦笑する。  至高神はなぜ水兎と清雅の恋を認めなかったのだろう。禁忌だからというその言葉だけでは語り切れない謎がいまも残されている。  だが、竜神が覚醒したことで過去に姿を消した表裏の緋寒桜の存在はすっかり忘れ去られていた。「咲き誇る桜だけでなく、枯れる桜もあるのが常だ」 「水兎ちゃんは枯れたわけじゃない。散ったんだよ」 夜澄とどこかかみ合わない会話をしながら、照吏は心の中で祈ることしかできないのだ。 ――自ら至高神に自白して消えてしまった彼女と、それを知らされて心を壊した彼の恋が、報われたものであることを。    * * *  雪深い蒼き谷にかつて存在していた廃集落で語り継がれた伝承を思い出し、雨鷺(うさぎ)は腑に落ちる。  桜月夜と裏緋寒の恋は禁忌だと、至高神は神殿の人間に伝えていた。裏緋寒の乙
Last Updated: 2025-08-07
 Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 16 + 激しい雨が降り注ぐなか、轟音が鳴り響く。神の怒りを彷彿させるひどい揺れが竜糸の土地を襲った。  地鳴りの音で目を覚ました清雅は隣ですやすや眠っていたはずの愛すべき女性の姿が忽然と消えていることに気づき、愕然とする。「水兎?」 落雷と地震で神殿内部がボロボロと崩壊していく。神官たちは無事なのだろうか。ほかの桜月夜は……?「何をぼぉっとしている! 逃げろ!」 「照吏?」 「――裏緋寒の乙女が裏切ったんだ。だから神々が怒って……」 「莫迦な! 水兎はついさきまでここにいたんだ! 俺と一緒に……」 何が起こっているのか理解できないまま、照吏に連れ出されて清雅は神殿の外へ出る。  そこには夜澄と、銀髪の美丈夫がむすっとした表情で清雅を見つめていた。『我の花嫁を寝取ったのはお主か』 その一言で清雅は確信する。「竜神――竜頭」 『いかにも』 清雅が水兎の純潔を奪ったことで、神々が過剰反応しているのだと竜頭は機嫌悪そうに告げる。  夜澄がいままでのことを説明してくれたのだろう、竜頭はうんざりした表情を見せながら清雅たちを見つめる。『周りがうるさくてどうにも眠れぬ。我が竜糸に表裏の緋寒桜は咲いておらず代理神も不在となれば、仕方なしに起き上がるしかない……』 そして、悔しいがな、と面倒くさそうに吐き捨てて竜頭はひょいと手をかざす。  一瞬にして地鳴りが止み、ぐわんぐわんと揺れていた地面が静まり返った。  だが、激しい雨は変わらず降り続いており、叩きつけるように桜月夜の守人たちを濡らしていく。  清雅は竜頭の言葉を反芻しながらぽつりと呟く。「表裏の緋寒桜が咲いていない……?」 冥界の邪神が表緋寒の代理神を乗っ取り殺めてしまったのは記憶に新しい。だが、裏緋寒の乙女である水兎のことまでまるで存在していないかのように口にする竜頭に清雅は首を傾げる。ほんのついさっきまで寝台で睦み合っていた彼女が、いない?  竜頭は清雅の途方に暮れた表情を前に呆れているようだった。
Last Updated: 2025-08-06
 Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 15 +  とても幸せだった。  恋しいと想ったひとに愛を返されて、水兎は満足した。  たとえこの先、何があっても起こっても――……。『覚悟は決めたかえ?』 脳裡に囁かれて、水兎は夢から醒める。  清雅に抱かれ、心の底から結ばれて、水兎は竜神の愛玩花嫁の資格を失った。  その代償が何かは、もう理解している。「――はい、至高神さま」 恋を知らないまま召喚された裏緋寒の乙女は至高神に選ばれたにも関わらず、神嫁になることを拒んだ。  けして結ばれてはならぬと言われた桜月夜の守人と恋に堕ちたから。  水兎は哀れみの目を向けて来る至高神に、にっこりと微笑む。「恋する気持ちを教えていただき、ありがとうございました」 自分はこの恋に殉じる。だから竜神さまの花嫁にはなれない。  神罰に怯えるかと思えば、開き直ってそう応えた水兎の姿に至高神は目をまるくした。『ほんに、人間(ヒト)は愚かで面白いのう』 至高神の言葉とともに水兎の身体が宙に浮かぶ。清雅は腕のなかからちいさな水兎が姿を消そうとしているというのに、すやすやと安心しきった表情で眠っている。「……清雅さん、ごめんなさい」 そして、愛してくれてありがとう。  水兎が彼の額に口づけをすると、ちいさな花が咲く。「さよなら」 水兎は至高神の手を取り、竜神が眠る湖のうえへ転移する。  眠りつづけている竜神はこの地に悪しきモノたちが蔓延っていても起きようとしない。  臆病な竜神を叩き起こすため、至高神は禁忌を犯した裏緋寒の乙女を生贄にすることにした。  表緋寒の代理神はすでに冥界からやってきた邪神に生命を奪われ、いまは空位になっている。残された裏緋寒の乙女ももはや不要の存在である。なぜなら竜糸の緋寒桜は表と裏が揃わなければ意味がないのだから。『それがお主の落とし前のつけかたかえ』 「清雅さんは認めないと思いますけど」 『永き年月を過ごす桜月夜の守
Last Updated: 2025-08-05
 Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 14 + 清雅からの口づけを受けた水兎は感じたことのない気持ちよさに腰を抜かしていた。胸や秘芽など何度も唇で愛撫されたのに、けして自分の唇にふれることはなかった彼の舌は、とても甘い。もしかしたらこれが神々を悦ばせる桜蜜の味なのかもしれない。神聖なるものだけが味わえる甘露を狼神の末裔である彼から直に与えられたことで、水兎もまた味覚を得ることができたのだろう。「んっ、もっと、もっと…………っ」 「水兎。まさか桜蜜の味がわかるようになったのか?」 「甘くて、美味しいの。清雅の唾液……」 「俺の唾液よりも水兎が気持ち良くなって分泌させる桜蜜の方が甘いぞ?」 「ああん」 一糸まとわぬ姿で身体を寝台のうえに縫い付けられた水兎は清雅の愛撫を受けながら口づけに溺れている。何度も絶頂を味わわされて潤みきった瞳はほんものの兎のように色を赤くしていた。その姿にもっと啼かせたいと清雅が下半身を押しつけて来る。蜜に濡れた白い神衣に隠された彼の分身はすっかり勃ちあがっており、水兎の秘芽にふれていた。「あ……これ」 「挿入れるぞ――!」 「ン――……ッ!」 神衣を押し上げ、褌からはみ出した一物を蜜口にあてられたかと思えば、すぐに蜜壁を擦りたてながら最奥へ侵入してくる。太くて硬く熱いものが一息に挿入され、息が詰まりそうになるが、さんざん可愛がられた水兎の身体は待ちわびていたかのように収斂し、ひくひくと痙攣する。「あぁ、ぁぁっ……」 「痛いか?」 「へいき、です……あぁっ、清雅さん……口吸いして」 「……ああ」 純潔を散らしたばかりの乙女が淫らに接吻をねだる姿に清雅もまたごくりと唾を鳴らす。水兎と繋がってしまったという罪悪感よりも、ようやく手に入れられたという安心感の方が強かった。清雅はゆっくりと腰を動かしながら水兎の唇を啄みつづける。「んっ、はっ、あんっ」 「いいぞ……上手だ」 「清雅さん、に、調教された身体です……からっ!」 喘ぎながら気持ちをぶつけてくる水兎に、清雅が腰を振って応える。すっかり彼の形にされた膣内を何度も何度も抉られて、水兎は無意識のうちに桜蜜を全身の穴という穴から放出させる。甘い香りに酔いそうになりながら、ふたりはひとつになって言葉の応酬を続ける。「神々が放っておかないだけある……裏緋寒の乙女」 「あ、あぁっ!」 「このまま俺がぜんぶ喰らっ
Last Updated: 2025-08-04
 Chapter: 外伝 水底に沈む兎の顛末 + 13 + 水兎は恋を知らない。恋を知らない彼女は貴重な桜蜜を生み出す獲物として神々に望まれ裏緋寒の乙女になった。  裏緋寒の乙女は桜蜜を迸らせる愛玩花嫁となることで神と番う運命を決められており、神殿に仕える桜月夜の守人の手で淫らな調教を受けおんなになる。  ゆえに身体だけを桜月夜に任せる裏緋寒の乙女は官能に溺れていくことでこれが恋なのではないかと勘違いすることがある。  現に彼女も清雅の手で開発されていくにつれて、彼を心の底から受け入れていた。「蒼き谷の狼神さまは雪深き場所でしずかに土地を守護されていると聞きます。その末裔である清雅さんが土地神となる資格を有しながら桜月夜の守人として竜糸の地にいるのは至高神のせいでしょう? 守人が裏緋寒の乙女と恋することを一方的に禁じている理由もわからないのによく素直に従えますよね?」 「な」 「土地神よりも権威のある国造りの姐神が気まぐれに命じているようにも思えます。だってわたしはもう、清雅さんのことしか考えられない。竜糸の竜神様にこの身を捧げなくてはいけないと心の奥では理解していても、もう……」 縋るような水兎の瞳を前に清雅は何も言えなくなる。彼女が裏緋寒の乙女に選ばれなければきっと出逢うことはなかったであろうちいさな兎。狼神の血がか弱い獲物を求めているからなのか、いままでの裏緋寒の乙女とは異なる果敢なげな姿に目が離せなかった。それでいて凛とした、覚悟を決めた賢しい姿に惹かれていた。  彼女はずっと格闘していたのだろう。桜月夜の守人とのあいだで恋愛感情を抱くことは禁忌だと知って。眠れる竜神にその身を捧げるためだけに淫らな調教を恋しいひとに施されて。「冥界の悪しき小さき神々に嬲られる恐怖を目の当たりにして、痛感しました。早く抱いてください」 「だ、だが」 切羽詰まった表情の水兎を見ると、どこかやけっぱちになっているようにも見える。彼女の望み通り自分が純潔を奪うと、冥界の神々は引き下がるだろうが気難しい竜神が彼女を花嫁として受け入れるとは到底思えない。一夫多妻を悦ぶ物好きな神や寛容な神がいないわけではないが旧くから土地に棲まう神々は基本的に”つがい
Last Updated: 2025-07-31