少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく

少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく

last updateDernière mise à jour : 2025-12-05
Par:  ささゆき細雪En cours
Langue: Japanese
goodnovel16goodnovel
Notes insuffisantes
69Chapitres
1.4KVues
Lire
Ajouter dans ma bibliothèque

Share:  

Report
Overview
Catalog
Scanner le code pour lire sur l'application

 秘密を抱える天真爛漫な少女に襲い掛かる未来の見えない嵐の先にあるのは、少年王の執愛か、溺愛か。  これは南の国の女王の娘で人魚の娘でもあるヒロイン道花(ミチカ)が、誓約で隣国で少年王に嫁ぐはずが彼を暗殺するため身代わりの花嫁になった従兄の侍女に扮して敵国に渡ったことで動き出す運命の悪戯系恋愛ファンタジー!

Voir plus

Chapitre 1

prologue ~少年王は海に誓う~ 1

 雲ひとつない真っ青な空の下で、鼻孔をくすぐる潮風に、極彩色の花々は躍る。打ち寄せる波の音はふだんと変わらず穏やかで、とても母国が滅んでしまったとは思えないほど。

 ――けれど、オリヴィエは連れていかれた。かの国の、野蛮な狗どもによって。

 女王を奪われたこの土地を守護していた国祖神だった少女は、憎しみに満ちた鋭い視線を少年へ向ける。武装と呼ぶには上品でありながら防御に長けた薄い金属の衣を纏った少年は、だぼだぼの女物の衣を引きずって歩く砂まみれの彼女に気づき、かつての名を呼ぶ。声がわりする前の、すこし掠れた甘い声で。

「そなたが、那多沙(なたしゃ)だったものか」

 海を間に挟んだ隣国の若き王は、神の名をたどたどしく呼び、傲慢に見下ろす。

「だから、何?」

 セイレーン王朝のナターシャ神。

 たしかに自分はそう呼ばれ、崇められていた。けれどいまの自分は、目の前の少年に国祖神としてのちからを奪われ、この土地に執着しているだけの、神と呼ぶにはあまりに弱々しい存在だ。

 女王を奪われ、国を守護するだけのちからも失ったことで姿形も幼女のようにちいさくなってしまった。それもこれも、目の前にいる漆黒の、まだ十三歳のこの少年のせい。

「強くて美しかった宝石神も、砕けばただの砂か」

 つまらなそうに呟きながら、少年は国を奪われた神へ、名を与える。それは、自分が彼女を使役するための、束縛するための名。

「ならば、那沙(なずな)と呼ぼう」

 ――そなたはこれより我がかの国の土地神として、旧誓蓮(せいれん)が統治していた迎果諸島(げいかしょとう)内の七島(しちとう)を守護させる。

「……それが、あんたがあたしを生かした理由?」

 那沙が海のように青い双眸を驚いたように見ひらくと、少年王は那沙の前で深く頷き、淋しそうに笑う。

「おれはこの美しい場所を破壊したいわけではない。国が変わったからといって、彼らの生活を脅かすことだけは、したくないんだ」

「……あんた、九十八(きゅうじゅうはち)の息子よね。なんでそんなに真面目なの」

 愚王と名高いかの国の前(さき)の統治者の名を口にする那沙に、少年は苦笑する。

「たしかに、父王がしたことはそなたたちにとって赦される出来事ではなかっただろう。だが、それゆえにそなたたちが選択した行為を、我が国は認められなかった」

「だから? 先に仕掛けてきたのはあんたたちでしょう? オリヴィエは友好的に対応していたのに」

「父は納得できなかっただけだ。央浬絵(おりえ)どののことを諦めることが」

「よく言うわ」

 ふん、と鼻を鳴らして那沙は少年の闇のように黒い瞳を睨みつける。けれど、十歳に満たない幼女の恰好では、ただの癇癪にしか見えない。

 ざざざ、と無邪気な波音が内耳をくすぐる。那沙は莫迦みたいと心のなかで毒づきながら、やけっぱちの笑顔を返す。

「――賀陽成佳国(かやなりのかのくに)、第九十九代|神皇帝(しんのうてい)。旧セイレーンの国祖ナターシャは、兄神たる始祖神佳国(よしくに)の妹神として、迎果七島における守護を行うことを約束します」

 神々が交わす誓約は絶対のもの。けして破られるものであってはならない。

 突然の誓いに少年王は一瞬ぽかんと口を開け、素直に従属の意思を告げた神をじっと見据える。

 ――騙せない、か?

 那沙は黙り込んでしまった少年の応えをじっと待つ。自分には護らなければならないものがある、だから彼に命じられる前に、自分から誓約を提案した。

「おかしなことを言う。神々の誓約は絶対だが、おれと那沙が誓いを交わしたところで何になる」

 くくくと笑って少年は那沙の砂だらけの波打つ銀の髪に触れ、残念そうに声を発する。

「おれは、神の系譜に連なりはしているが、神そのものではない。だからその誓約は、そなたが一方的におれを欺きたいがために言霊に乗せたのだろう?」

 あっさりと企みを露見され、那沙のあたまのなかが真っ白になる。九十八の息子だから莫迦で考えなしに違いないと思っていたのが間違いだった。那沙はちっと可愛らしい舌打ちをして言い返す。

「ならば! 九十九の御世のあいだ、あたしは迎果七島の土地神としてこのセイレーンを守護する!」

 神には人間に負けない長い寿命がある。目の前にいる少年が死ぬまでという誓約なら、彼だって頷かざるおえない。

 現に少年王は、呆気にとられた表情をしたものの、すぐに真顔で承諾した。

「……いいだろう。その誓約、受けて立つ」

Déplier
Chapitre suivant
Télécharger

Latest chapter

Plus de chapitres
Pas de commentaire
69
prologue ~少年王は海に誓う~ 1
 雲ひとつない真っ青な空の下で、鼻孔をくすぐる潮風に、極彩色の花々は躍る。打ち寄せる波の音はふだんと変わらず穏やかで、とても母国が滅んでしまったとは思えないほど。 ――けれど、オリヴィエは連れていかれた。かの国の、野蛮な狗どもによって。 女王を奪われたこの土地を守護していた国祖神だった少女は、憎しみに満ちた鋭い視線を少年へ向ける。武装と呼ぶには上品でありながら防御に長けた薄い金属の衣を纏った少年は、だぼだぼの女物の衣を引きずって歩く砂まみれの彼女に気づき、かつての名を呼ぶ。声がわりする前の、すこし掠れた甘い声で。「そなたが、那多沙(なたしゃ)だったものか」 海を間に挟んだ隣国の若き王は、神の名をたどたどしく呼び、傲慢に見下ろす。「だから、何?」 セイレーン王朝のナターシャ神。  たしかに自分はそう呼ばれ、崇められていた。けれどいまの自分は、目の前の少年に国祖神としてのちからを奪われ、この土地に執着しているだけの、神と呼ぶにはあまりに弱々しい存在だ。  女王を奪われ、国を守護するだけのちからも失ったことで姿形も幼女のようにちいさくなってしまった。それもこれも、目の前にいる漆黒の、まだ十三歳のこの少年のせい。「強くて美しかった宝石神も、砕けばただの砂か」 つまらなそうに呟きながら、少年は国を奪われた神へ、名を与える。それは、自分が彼女を使役するための、束縛するための名。「ならば、那沙(なずな)と呼ぼう」 ――そなたはこれより我がかの国の土地神として、旧誓蓮(せいれん)が統治していた迎果諸島(げいかしょとう)内の七島(しちとう)を守護させる。「……それが、あんたがあたしを生かした理由?」 那沙が海のように青い双眸を驚いたように見ひらくと、少年王は那沙の前で深く頷き、淋しそうに笑う。「おれはこの美しい場所を破壊したいわけではない。国が変わったからといって、彼らの生活を脅かすことだけは、したくないんだ」 「……あんた、九十八(きゅうじゅうはち)の息子よね。なんでそんなに真面目なの」 愚王と名高いかの国の前(さき)の統治者の名を口にする那沙に、少年は苦笑する。「たしかに、父王がしたことはそなたたちにとって赦される出来事ではなかっただろう。だが、それゆえにそなたたちが選択した行為を、我が国は認められなかった」 「だから? 先に仕掛けてきたの
Read More
~少年王は海に誓う~ 2
  「……いいだろう。その誓約、受けて立つ」 国を奪われた神は、消滅するのがこの世界の理。けれど那沙は名を奪われただけだし、国に暮らす民に危害を与えられたわけでもない。那沙の直感が、この少年はよき統治者であろうことを認めている。ならば、いまだけ彼にこのセイレーンを任せてもいいのでは? ――オリヴィエは悔しがるかもしれない。けれど、いまのあたしがひとりでかの国に立ち向かうことは無謀だもの。 土地神となるとは、すなわちこの迎果七島に封じられるということ。国造りの祖神であればかの国に乗り込んで反撃することもできたが、ちからと名を奪われ土地に縛られた状態となったいま、那沙ひとりでは女王を助けることは叶わない。 ――あの子なら、彼女を救えるかもしれない。けれど、リョーメイたちを巻き込んでまでいま動くのは危険だ…… 黙って考え込んでしまった那沙を興味深そうに見つめていた少年は、ぽつりと呟く。「ならば我は那沙を産み落としたかの海に誓おう。誓蓮王朝の崩壊を最低限に、民草の生活に変化を与えぬことを……だが」 凪いだ海のように淡々とした少年の声が玲瓏と響く。那沙はハッとして顔をあげる。「我もまた、愚王の息子であることに変わりはない。そなたが秘しておる珊瑚蓮(さんごはす)の精霊を近いうちにいただくことになろうぞ」 「な……!」 那沙は勝ち誇ったように笑う少年王の前で、顔を真っ赤に染める。「央浬絵どのの娘を、我が妃に」 「……知っていたの?」 「父王は騙せても、おれは騙せぬぞ、海神(わだつみ)に忘れ去られた末娘よ」 自分に投げかけられた侮辱にも等しい俗称に眉をひそめながら、那沙は反論する。「でも、あの子は十二歳になったばかり。初潮もまだなのに結婚だなんて早すぎる」 「すぐにではない。最低でも五年は待ってやる。そうだな……おれが数えで十八歳になったら、その娘を迎えに行こう」 一方的な宣言に那沙は顔を顰めるものの、彼の五年という月日に一縷の望みを見つける。「わかっ
Read More
~少年王は海に誓う~ 3
   ――ちゃぷん。 吸い込まれるように那沙の身体は海に溶け、消えていく。  その場に残された少年は、場違いな潮騒に苛立ちを見せながらも、ほぅと息をつく。「……まずは、取引成立か」 「誓蓮の国祖神は誓約と口にしましたね」 かつて国神だった那沙が負け惜しみのように呟きながら消えたのを見送った少年は、入れ替わりに現れた全身黒づくめの青年を見て深く頷く。真っ青な海と極彩色の花々で彩られた島に突如現れた黒い点は染みのようだなとぼんやり考えながら、白服姿の少年は口をひらく。「――木陰(こかげ)、どう思う?」 「九十九(つくも)さまが妃に望まれる誓蓮の姫君は、そうとう神々に嫌われているようですね」 西陽に照らされながらも眩しさを感じさせることなくにこやかに返してくる木陰を前に、九十九はうんざりした表情で言い返す。「だが、おれが手に入れたいのは央浬絵どのではない」 「存じております」 木陰の反応を確認した九十九は「それゆえあの神も抵抗しているのだろうな」とため息をつく。「……とりあえず、手はずは整えた。あの様子では、那沙もすべてを承諾したわけではなさそうだが……まずはいったん帝都に戻るか」 「内乱の飛び火は避けたいですものね」 「余計なことは口にするな」 姿は消えているが、土地に縛られた神の存在はその名の通り神出鬼没である。自国にとって不利な発言は心のなかに留めておくべきだと九十九は忠告する。だが、木陰は気にすることなく言葉を続ける。「五年後、国王の座を追われました、なんて言えませんもんね」 「うるさい!」 九十九はいちいち癪にさわる言い方をする木陰を怒鳴りながら、大股歩きで前へ進んでいく。 ――五年で蹴りをつける。彼女を手に入れるために。 いますぐにでも連れていきたいのが本音だ。けれど、この状況で連れて行ったところで心を通わせることは難しいだろう。帝都に戻ればそれ以外の問題も積載しているのだ、何も知らない彼女を危険に晒すような真似はしたくない。
Read More
chapter,1 ~道の花は強かに生きる~ 1
 空から見下ろすと海の果てを迎えてくれるそこは葡萄の房のように虹色の宝玉が集い島を成しているという。真珠(パール)、翠玉(エメラルド)、紅玉(ルビー)、黄玉(トパーズ)、青玉(サファイア)、藍玉(アクアマリン)、碧玉(ジャスパー)……なかでも七つの宝石が大地を成したという伝説を持つ華やかな島国はセイレーンと呼ばれ、珊瑚礁に囲まれた迎果諸島の七つの島には海神の眷属である人魚の女王が君臨し、宝石神ナターシャによって守護されていた。 だが、王朝は五年前の夏に滅んだ。  セイレーンの北隣に位置する賀陽成佳国(かやなりのかのくに)、通称”かの国”が女王オリヴィエを神皇帝暗殺の罪で捕え、連行し、国祖神ナターシャのちからを奪ってしまったからだ。  当時のかの国は第九十八代神皇帝によって統治されていた。だが、オリヴィエが怒りのあまり彼を殺してしまったために、九十八の息子である九十九が即位、隣国セイレーンの女王を捕え、国祖であるナターシャ神のちからを奪い自国の領土へ変えてしまったのだ。 とはいえ、九十九はもともとセイレーンに暮らしていた人間を誰ひとりとして傷つけることはなかったし、消滅させられるはずの国祖神ナターシャを那沙という名の土地神として迎果七島を統治したため、悪い評判は立っていない。もともとセイレーンに暮らす民の先祖はかの国にルーツを持つ者が多いため、女王不在となったことで呆気なく併合は受け入れられてしまったのだ。むしろ先代の九十八の息子とは思えないという好評価ばかりが目立っている。「だけど血は争えないのは事実なのよね」 むっつりした表情の那沙に、少女は首を傾げる。「どうして?」 「どうしてって、道花(みちか)。どうしてもよ。あんたは実際にあの男を見てないからわからないでしょうけど……」 呆れたように応える土地神に、道花は困った表情で言い返す。「悪い人ではないのでしょう?」 「民を大事にするという点は、反吐がでるほど素晴らしいヮ」 「彼女を死罪にすることだってできるのに幽閉しているだけだし」 あっさり言いのける道花に、貴女の母親でしょうにと思わず突っ込みたくなる那沙だったが、その言葉を口にするのは禁じられているのであえて突き放すように応えを返す。「……それはセイレーンの民の感情も配慮したからでしょうね。領土にした迎果七島は天然資源が点在する宝の
Read More
~道の花は強かに生きる~ 2
 色素の薄い茶色の髪に日に焼けて赤黒くなった肌、そして反射によっては青みを帯びるおおきな榛色の瞳。温暖な気候が一年中続くセイレーンではどこにでもいる容姿である。  しかも性格は常に思考に耽るオリヴィエと正反対。能天気にいつも歌を囀り、難題に突き当たっても持ち前の楽観的思考で突っ走る。  漁師の娘といった方がしっくりするような、そんな太陽と海に愛された健全な少女。那沙のことも神だと認識していながら、敬うべき対象というよりも友人として関係を築いている、それが道花だ。 そもそも女王オリヴィエのように陶器のような白い肌と波打つような黄金の髪に海の青を兼ね備えた瞳の方が異質なのだ。それゆえ異質でありながら美しい容姿が、人魚(セイレーン)の女王だから認められたのも事実である。  そのためオリヴィエは娘の容姿にひどく落胆し、存在をなかったことにしようとしたところを那沙の御遣いであるリョーメイに咎められ、渋々、王宮の外で隠して育てろと彼女に押し付けたのだ。 他国に道花の存在はほとんど知られていない……だというのに、九十九は彼女を知っていた。そして、自分の妃にすると口にした。  捕えられたオリヴィエが自分の汚点である道花のことを口にするとは思えない。けれど、女王が娘を差し出して自分は国を再興すればよいと考えたのなら話は別だ。オリヴィエが本気になれば脱獄など簡単にできるのだから。 五年間、おとなしくして相手国を油断させ、厄介者の娘を渡して娘ごと報復する。自分の娘の存在を抹消しようとした彼女なら、そのくらいやりかねない。  もし道花がほんとうに神皇帝のもとへ嫁ぐことになったら……そのとき女王がどう動くのか。考えるのもおぞましい。  那沙は国造りの神だった自分を見下し、誰よりも高いところに鎮座していた女王の冷笑を垣間見て、ぶるりと震える。「五年の猶予は、向こうにとって有効だとばかり思ったけど、こちらとしても考える時間にはなったわけね……あたしの身体も成長したし」 まだあのときの姿を取り戻すことは叶わないが、幼女だった那沙はこの五年間でようやく十歳を越えた少女の姿を取ることができるようになった。「それにしても道花は……」 那沙の呟きに気づくことなく、道花は椰子の果汁を美味しそうに飲んでいる。 ――帝都に行って真実が露見したら殺されるかもしれないってのに、怯えひと
Read More
~道の花は強かに生きる~ 3
  「――だから、帝都に行ったら素直に九十九の言うことに頷いていればいいってわけじゃないの。しっかりね」 「わかってるよ」 銀髪碧眼の土地神と堂々と渡り合える図太さは特徴かもしれないが、海神の眷属である人魚の娘と言われるオリヴィエと比べると彼女はあまりに普通すぎる。 ――いや、普通であるようリョーメイが育てているだけか。オリヴィエの娘でありながら市井で窮屈な生活を送っているがゆえに強大な『海』のちからを使わなくて済んでいるのは事実だし。 土地神となった那沙をいまもなおナターシャと呼ぶ御遣いの女性のことを思い、視線を彷徨わせる。ここで待っていろと言われてから早数刻。彼女の姿はまだ現れない。  道花もそのことに気づいたのか、那沙に声をかける。「それより那沙。涼鳴(すずめ)さんの姿が見えないんだけどいいの? あたしなんかとのんびりしていて」 「のんびりしているのが仕事だからいいのよ、ミチカちゃん」 くすくすという笑い声とともに、白い長衣を羽衣のようにまとった女性が藁ぶきの家から歩いてくる。「リョーメイ」 「スズメでいいって言ってるでしょう? かの国に土地神として封じられたナターシャさまからすれば、わたしをかの国風の名前で呼ぶのは不服かもしれないけど」 「面倒なだけよ。あなたがあたしを那沙と呼ばないのと同じで」 セイレーン王朝が滅んで以来、かの国からのひとの流れが増加した。そのため、先に暮らしていた民もかの国風の通り名を常用するようになり、いまでは多くの人間が真名と通り名のふたつを器用に使い分けている。  なかには道花のように生まれた頃からかの国の言語を由来とするものもいる。いまとなってはセイレーン風の真名は生まれたときと死んだときにしか使われないため、真名がなくても、本人が知らなくても、実生活に支障がでることは殆どない。 だが、神職に携わるリョーメイのように真名を大切に扱っている人間もいる。  国造りの神だった頃からの御遣いとして仕えている彼女は自分のことをスズメと呼んでいいと言いながら、那沙のことをナターシャと呼びつづけている。矛盾し
Read More
~道の花は強かに生きる~ 4
 「……だからってミチカちゃんを帝都に連れていくつもり?」 セイレーン王朝を影で支えた国造りの神、ナターシャ神に仕える御遣いとして働くリョーメイにとって、オリヴィエに棄てられた娘はナターシャと同じくらい大切な存在だ。「そんなことできるわけないでしょう? 女王が乱心するわ」 「彼女がご乱心なのはいつものことでしょう?」 顔を合わせたこともないのに風評だけで道花がオリヴィエのことをわかりきったように口にする。なんせ彼女のせいで道花はたびたび暗殺者に狙われ危険な目にあってきたのだから。虚をつかれたリョーメイは苦笑を浮かべ、彼女に向き直る。「ミチカちゃん。あなたが思うほど、女王陛下は感情の起伏が激しいわけじゃないわよ」 「でも……」 女王オリヴィエがかの国の九十八代目の神皇帝を殺害したのは事実だ。道花のように市井で暮らす民のなかには彼女の異質な容姿ゆえ異界からやってきた幽鬼が神の子を殺めるためにしたのだと騒ぐものも少なからず存在している。恋人に裏切られたがゆえの愚行、そんな風に解釈するものもいる。  那沙からすればどれも半分正解のような気がする。リョーメイのように素直に女王を崇められない那沙は、国造りの神を越えた海神の眷属がしでかした滅びの尻ぬぐいをさせられているに等しい状態だ。微妙な立場にいる道花の言い分もわからなくもない。「それよりナターシャさま! ミチカちゃんをセイレーンの七島の外から出してしまったら、セイレーンの結界は誰が護るのです?」 「あたしひとりじゃ不安だというの? セイレーンの七粒だけなら、たいしたことないわ。むしろリョーメイ、あなたこそ珊瑚蓮を帝都へ連れ出すのが怖いんでしょう?」 那沙はぷうと両頬を膨らませて抗議する。珊瑚蓮、という単語を口にされて、「あ」と道花も目を丸くする。「……ミチカちゃん。珊瑚蓮のこと忘れていた?」 「はい」 すみませんすっかり忘れていました。  道花はリョーメイに責められ、しょんぼりと項垂れる。「いいじゃないのすこしくらい忘れていたって。珊瑚蓮の面倒もあたしが見ておいてあげるから」
Read More
~道の花は強かに生きる~ 5
    * * *  濡れることを厭わず薄い緋色の衣をまとった道花が身体を胸元まで沈めたところで橙や黄色の鮮やかな魚たちが泳ぐ澄み切った海中を確認する。「那沙、結界に綻びがあるわ」 そう言いながら海面へ手をかざすと波間から深い緑色の手のひらのような葉が浮かび上がってくる。周辺に群がっていた銀色の小魚たちが驚いて四方へ散っていく。打ち寄せる波がその場所だけ時を止め、海底から螺旋を描きながら上昇してくる植物のために流れを停滞させる。「紅玉島沖(こうぎょくとうおき)南、今朝がた訪れた外つ国(とつくに)からの貿易船が何も知らずに根を傷つけてしまったみたい」 道花は海面から上空に向けて手を振りあげ、植物の長い茎やさらに潜った場所に這っていた根を浮遊させる。海面へ上昇した根は船体がぶつかったからであろう、抉られたような痕が残っている。  植物を護る塩辛い海水は勢いよく飛沫を飛ばし、道花に早く治せとせがんでいるようにも見える。「待っててね――Eyaitemka〈恢復せよ〉」 すぐに道花は神謡(ユーカラ)を唱え、根につけられた傷を癒す。「……さすがね」 那沙は慣れた手つきでセイレーンを守護する御神木の面倒をみる道花に感嘆の声をあげる。同じことは神である那沙にもできるが、九十九にちからの多くを奪われた今の状態では彼女のように七つの島々に張られた根の位置を的確に測定し、すぐに治癒することは難しい。「あたしがいなくなったら那沙にお願いしなくちゃいけないから、いまのうちに小さな傷でも見つけたらただちに治しておかないと」 「だけど無理はしないでよ」 「ほどほどにするよ」 笑いながら道花は治癒を終えた根と茎をもとの場所へ送って行く。  嘘だな、と苦笑しながら那沙は珊瑚蓮の大樹と戯れつづける道花を遠くで見つめる。 珊瑚蓮。  それはセイレーンにしか存在しないという幻の花。淡水でしか咲かない蓮に姿形が似ているから、珊瑚礁に咲く蓮の花という名がつけられているが、実際のところ、蓮の仲間なのかはわからない。  ただ
Read More
~道の花は強かに生きる~ 6
    * * * 「……あと三日かぁ」 神皇帝を乗せた船が帝都を出航したとの報せがリョーメイたちの働く真珠島の神殿に入ったのは今朝早くだった。「いい、カイジール。ひとりで勝手な真似はしないでよ?」 「わかってますって。ほんとに涼鳴さんは心配性ですね」 くすくす笑いながらカイジールは波打つ黄金色の髪を銀の簪で結いあげていく。女王オリヴィエによく似た金髪碧眼の容姿を凝視しながらリョーメイは溜め息をつく。「心配したくもなるわよ。あなただけじゃなくてミチカちゃんも一緒なのよ。今回の事態で一番辛い思いをしたのはあなたかもしれないけど、彼女を利用することだけはやめなさいよ」 「女王陛下の姫君を利用するだなんて恐れ多い。ボクはそんなことしませんよ」 鏡台の前に立ち、星屑のように真珠が鏤められた夜を彷彿させる瑠璃色(ラピスラズリ)の鮮やかな長衣(ワンピース)を纏い、露出した肩を隠すように薄い藤色(ラベンダー)の紗(ストール)で包む。かの国風にいえば、長衣が裳(スカート)で、紗は袿(カーディガン)になるのだろうか? カイジールは着飾った自分の姿を見つめながら期待に満ちた瞳を輝かせる。  セイレーンより北に位置するかの国の装束はここでは暑苦しく見えるが、幾重にも重ねる単衣の色目やセイレーンでは見ることの叶わない染料で染められた淡い着物など、雅で華麗なものがたくさんあるという。美しいものがすきなカイジールからすれば、かの国は宝箱のように魅力あふれる場所なのかもしれない。  けれど、宝箱は大事に仕舞っておくよりも思いっきり引っ繰り返して周りに見せつけた方が楽しいに決まっている。  リョーメイの突き刺さるような視線を軽やかに無視してカイジールはほくそ笑む。「ナターシャ神を蘇らせ、女王陛下にご帰還願われるのならば、その前に個人的な復讐くらいさせてくれてもいいじゃないですか」 道花を利用するまでもない。自分ひとりで決着をつければいいのだ。カイジールは黙ったままのリョーメイに追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。「ほんとうなら、珊瑚蓮は安全な場所に隠しておきたかったん
Read More
~道の花は強かに生きる~ 7
  いっそのこと、かの国の少年王を殺してしまえばいい。那沙は既に彼に服従しているようだが、いっときの主の不在に耐えきれなかっただけだ、本来の宝石神としてのちからと女王陛下が戻ればきっと、また美しきセイレーンを国家として立て直してくださるはずだ。 あんな、野蛮で卑劣な手段を平気で使う国の民になどなりたくない。そのせいで自分は最愛の家族を失ってしまったのだから…… カイジールの凛とした雰囲気に気押されて、リョーメイはたじろぎながら言葉を返す。「……で、でも殺してしまったら、この美しいセイレーンに戦火が来てしまうわ」「その前に向こうを焼き尽くせばいいだけではありませんか。どうせ貴女には止められませんよ。ナターシャさまの御遣いである貴女もまた、迎果七島から離れることが許されない身なのですから」 だから黙って見ていればいいとカイジールは呟く。那沙の御遣いでしかないリョーメイよりも、人魚の血を引くカイジールの方が、見た目は幼いが保持しているちからが強い。女王オリヴィエを姉と慕うカイジールは、セイレーンを守護する神よりも、セイレーンの地に君臨する女王を優先している。ナターシャを第一に考えるリョーメイとこれ以上話をしていても、平行線のまま終わるだろう。「わかっているわ」 仕方なく、リョーメイはカイジールの肩を軽く叩く。もういいと、呆れているのだろう。「なに、彼女を危ない目に晒すようなことはさせませんよ。さすがの女王陛下も人目のあるところで堂々と自分の娘を殺めることはできないでしょうから……」 カイジールは場違いな笑みを浮かべてリョーメイの前から姿を消す。「――あてにならないわね」 どこか投げやりな声に、カイジールの背中を見つめていたリョーメイが振り返る。「ナターシャさま。いまの話を……?」「ぜんぶ聞いたけど?」 濡れそぼった身体のまま、那沙はずかずかとリョーメイの室の窓から入ってくる。また道花と一緒に海に潜っていたのだろう、潮のきつい香
Read More
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status