Chapter: 第5話 獣人たちが生きる世界の有り様 「戦線の処理って……この国は今、どこかの国と交戦状態にあるってことですか……?」 アルフが口にした「戦線」という言葉に反応した涼香が、その部分を指摘するように訊くとアルフは首肯してみせた。「ああ、その通りだ。膠着してはいるが、イヌの国はイノシシの国と交戦状態にある」「……日本と同じ地形って言ってましたけど、あたしたちがいるのは日本だとどこになるんですか?」「京都だよ。地名は元の世界とほぼ同じものが、そのままこの世界でも使われてる。それと、言いそびれてたけど俺に対して敬語は必要ない。ラクに話してくれると嬉しい」 この世界の状況について説明を聞いている中で、アルフが差し挟んだ唐突な申し出に戸惑った涼香は、「でも、年上ですよね?」 とだけ短く答えを返した。 端的な返答を聞いて表情を緩めたアルフは、涼香に向けて微笑を浮かべてみせた。「この世界に転生した獣人は元の世界での年齢とは関係なく、ヒトの十代後半から五十代の半ばに相当する獣人として新たな人生を始める。始めの年齢が違う理由は分からないが、神たるドラゴンの意思ってことにして受け入れてる。俺やアルシオーネ卿みたいに元の世界で寿命を全うした獣人もいれば、一年と経たずに元の世界での生を終えた獣人もいる。そもそもベースになってる獣の寿命が全く違うから元の世界で生きた年数は、この世界じゃ記憶以外の意味を持ってない。そして、俺たち獣人はこの世界で歳をとらないんだ」 打ち明ける口調でアルフが口にした「獣人たちが生きる世界の有り様」を聞いた涼香は驚きを隠せなかった。 目を丸くする涼香に対して、微苦笑を浮かべてみせたアルフがもう一つの「世界の有り様」を伝える。「俺たち獣人はこの世界に転生したときの年齢と能力に応じた役割を、死ぬまで続けるってことになる。子孫を残すこともなく、ね」 思わず「え!?」と驚きの声を漏らした涼香に、アルフは微かな憂いを帯びた微笑を向けた。「俺たちの生殖器官は機能しないんだよ。形としては存在するしそういった行為も可能だが本来の役割は持ってない。自分の遺伝子を持った子孫を残すっていう生物としての本能を奪われてる。それが、この世界の獣人たちなんだ……他の本能って言い方が合ってるのか俺には分からない。ただ、情動とか欲求なんて言い方に代えても中身は変わらないとは思う。老いることも出来ない獣人たち
Last Updated: 2025-06-08
Chapter: 第4話 神たるドラゴンの下賜「革命の乙女ってさあ……もう響きからして最期は裏切られて火あぶりか凶弾に倒れそうじゃん……っていうか、アルシオーネの言い方だとあたしがこの世界に来るってこと、来る前から分かってた感じに聞こえるんですけど……?」 強く拒否する気も起きずに感想を口にした涼香に対して、アルシオーネはすんなりと答えた。「ええ、知っていたのよ。あたちがこの世界へ転生した時にドラゴンも同時に顕現して、この国の国王に告げたのよ。あたちと共に暮らしていたスズカというヒトの女性を転移させる召喚の術式を下賜するってね」 またしても急展開する話の流れに驚き疲れた涼香が、ぽかんと小さな口を開けて小首を傾げる。 涼香の反応を見たアルフが説明を補足をするために口を開いた。「最初に言った話へと戻るんだが……このイヌの国との同盟を結ぶ立役者となった、ネコの国の参謀であるヒロキ殿がこの世界に召喚された経緯も同様だったらしい。オニキス卿というネコの獣人が転生した際に、その飼い主だったヒロキという名のヒトの男性を召喚するための術式を下賜すると、この世界の神たるドラゴンはネコの国の国王陛下へと告げられた。信心深い陛下は神で在られるドラゴンのお告げは福音であろうと考え、召喚術式の行使を決定された」 涼香が説明に付いてきているか確認するように間を置いたアルフは、涼香の表情を確認してから説明を続けた。「ヒロキ殿の有能ぶりに感心していたこの国の国王陛下は、アルシオーネ卿の転生とともにドラゴンから下賜された召喚術式を行使すると即決された。そして、ドラゴンのお告げ通りにスズカ嬢がこの世界へと召喚されたってのが、かいつまんだ経緯になる」 アルフの説明を聞き、ふうと短い溜め息を漏らした涼香は、「いきなり獣人さんたちの世界に来たら参謀とか革命の乙女とか言われるって、話が急すぎるんですけど?」 と諦観した口調で答えた。「そこは本当に申し訳ないと思っている。本来ならスズカ嬢が落ち着くのを待ってから説明に入るべきだ。ただ、不躾なお願いだと承知の上で、俺たちの事情が切迫しているのもスズカ嬢には酌んでもらえるとありがたいんだが……」 アルフの凜々しい眼差しにわずかな憂いが浮かぶのを見て思わずドキッとしてしまった涼香は、「まあ、アルシオーネに会えたのはホントに嬉しいし、異世界ものは好きだし、取り敢えず身の危険も無さそうだし
Last Updated: 2025-06-07
Chapter: 第3話 革命の乙女「戦国って……信長とか秀吉がいた、あの戦国時代みたいだってこと?」 涼香が聞き返すとアルシオーネはこくりと頷いてから答えた。「そう、その戦国時代よ。イヌの国とネコの国みたいに同盟を結んでいる国もあるけれどレアケースで、全体的に見れば十三に分かれた国々は互いに敵対しているの」 アルシオーネが説明した世界の状況に対して、涼香は浮かんだ疑問を素直に口にした。「争ってる理由はなに? 国同士で争ってるってことは、土地を奪い合ってるってことでしょ? 種族が違うから? それとも食糧事情とか?」 アルシオーネに代わって答えたのは、涼香が上げた疑問を聞いて感心する表情を浮かべるアルフだった。「素晴らしい着眼だ。本質を突いてる。まず前提として、十三の国に分かれてるのは地球の日本とほぼ同じ地形と面積の列島で、人口は列島全体で六百万ほど。農業や建築なんかの技術は江戸時代ってところなのがこの世界だ。食糧事情で考えるなら土地を奪い合う必要は無いと言っていい」 間を取るように説明を句切ったアルフに対し、涼香は続きを促すように「じゃあ、どうして?」と言葉を掛けた。 アルフが涼香をまっすぐに見つめながら静かな口調で答える。「俺たちはイヌやネコ、トリやネズミから獣人になったことでヒトと同等の脳、知能ってやつを手に入れてしまった。この世界に転生した時点で知識まで頭に入ってる状態だった。そんな獣人たちはヒトと同じように思考する中で、余計なものまで持つようになる。権力とか富なんかに対する欲だ。そして、獣人たちは闘争本能をセーブすることなく欲望のままに争いを始めてしまった」 アルフが口にした異世界の経緯に少なからずショックを受けた涼香は、素直な感想をぼそりと漏らした。「それじゃ……この世界って、アルシオーネたちにとって不幸な転生先ってこと……?」 涼香の率直な感想を聞いたアルフが、理解を示すようにゆったりとした頷きを返してから答える。「スズカ嬢がそう思うのも理解できる。ただ、この世界に転生した獣人たちの大半はそう思ってはいない。ヒトのエゴから解放された家畜たちや、解放という点で言ってしまえばペットたちも、自分の意思で生きられる知能と文明を手に入れた世界だと思ってる。獣人としての生を全うする形の中には争いも生じると、この世界の状況を受け入れてる」 アルフの言葉を聞いた涼香は、自分も
Last Updated: 2025-06-06
Chapter: 第2話 イケメンになれちゃう獣人 黒縁眼鏡の奥の少し吊り目気味な猫目を大きく見開いて驚きの声を上げた涼香の横で、小さな嘆息を漏らしたアルシオーネがたしなめる口調でアルフに対する指摘を口にした。「話を要約し過ぎよ。スズカはこの世界に来たばかりの女の子なの。日頃あなたが接してる、要点だけ伝えれば会話が成立する騎士や兵士たちとは違うのよ。説明を省略しちゃダメ」 アルシオーネにたしなめられて納得する様子をみせたアルフは、すぐさま涼香に向けて頭を下げながら謝罪した。「申し訳ない。アルシオーネ卿の言うとおりだ。今は特に注意して、順を追って説明するべきだった。この世界に来たばかりで不安を抱えているだろうスズカ嬢を、いたずらに驚かせてしまったことを心よりお詫びする」 大柄で屈強な獣人に頭を下げられるという事態に遭遇した涼香は、驚きが吹き飛んだ代わりに慌ててしまったことを隠す余裕も無くアルフに声を掛けた。「あたしなら大丈夫です。ちょっと驚いちゃっただけなんで。頭を上げてください」 涼香の声に合わせて頭を上げたアルフに対して、アルシオーネが次の行動を示唆した。「驚かせついでに、あたちたちの人化した姿をスズカに見てもらいましょ。この世界についての説明を聞くにしても、初めて見る獣人からよりヒトの姿になったあたちたちからのほうが、スズカもリラックスして聞けるでしょうから」 アルシオーネの提案に対して「なるほど。確かに一理ある」と首肯を返したアルフのジャーマンシェパードである頭部が淡い青みがかった光を帯びると、次の瞬間にはアルフの頭部が人間の男性のものになっていた。 眼前で突然の変身を遂げたアルフの姿に、猫目だけでなく薄い唇が少しコンプレックスでもある小さな口をポカンと空けた涼香は、実際の声にはならない驚きを胸の内で上げた。(待って待って待ってっ! いきなり人の、ってかめちゃくちゃイケメンになっちゃったんですけどっ!?) 涼香の心の声を聞いたかのように、唖然とした表情のままで固まる涼香にアルシオーネが声を掛けた。「なかなかの美丈夫でしょ? まあ、あたちには敵わないけど」 愉快そうに言い切ったアルシオーネのキャバリアである頭部が、アルフと同様に淡く青みがかる光を帯びた次の瞬間には、人間の女性の頭部へと姿を変えた。 頭部だけがイヌである獣頭人身の獣人の姿から、完全なヒトの姿へと変身したアルシオーネを
Last Updated: 2025-05-07
Chapter: 第1話 涼香とアルシオーネ、そしてアルフ 強烈な寒気の影響で日本海側では大雪となった二〇二五年の二月八日。 涼香が帰郷した名古屋市も、深夜から朝方にかけて降った雪がうっすらと積もっていた。「涼香、大丈夫?」 見慣れた風景の色をわずかに淡くする、寒さに凍えた車窓をじっと眺めていた涼香は母親の声で我に返った。「うん。大丈夫だよ。覚悟はできてたし。キャバリアで十六歳まで生きてくれたんだもん。頑張ってくれたよ、アルシオーネは、ホントにさ」 後部座席の涼香が気丈に答える様子に触れた母親は「そうよね」とだけ短く返すと、助手席で捻っていた身体を直して視線を前方に戻した。 アルシオーネの葬儀は、ペット葬儀会社の火葬車が小さな身体を焼くのを見届けるだけのものだった。 呆気ない葬儀の短い時間でも冷え切った手足と一緒に、自分の一部が消失していくように涼香は感じた。 父親の運転する自動車が、愛犬の遺骨と共に実家へ帰ったのは昼前だった。「お昼はいらないや。おなか空いてないし。久し振りだし、部屋の片付けでもしとくよ」 母親に声を掛けた涼香は玄関から一直線に自室へと移動した。 上京する前の状態からほとんど変わっていない自室で独りになった涼香は、途端に溢れてくる涙を止めることができなかった。 泣き出してしまうことに驚きは無かった。家族の前でも気丈に振る舞うことしかできない自分を滑稽だとも思った。 ベッドにつっぷした涼香は、いつも添い寝してくれたアルシオーネの柔らかい匂いが微かに残っている気のするマットレスの上で身体を丸め、いつしか泣き疲れるまま眠りに落ちた―― ◇ ◇ ◇ ◇ ◇「……すず……か……、すずか……」 聞いた覚えはないのに何故か懐かしい感じのする声が、自分の名前を呼んでいることに気付いて、涼香はゆっくりとまぶたを開いた。 明るかった。見たことのない白い天井。 日が差し込む白を基調とした部屋の、純白のベッドで涼香は横になっていた。「良かった。目が覚めたみたいね」 涼香は自分を呼んでいた声がする方に視線を向けた。 そこにはキャバリアの頭部に人の身体という、獣頭人身の姿をした獣人が立っていた。「スズカ。あたちよ、分かるわよね?」 涼香は獣頭人身の獣人という異形の存在を前にして、まったく恐怖を感じなかった。 獣人のとろんとやさしい瞳は、涼香にとって見間違えようのない存在の瞳と同じだっ
Last Updated: 2025-05-06
Chapter: 第88話 異世界の戦場で、互いの顔を知る子と父 アクーラが発した「ダイキ」の名に反応したカイトは、クラリティの前まで駆け寄ると父親の名前であるかを真っ先に確認した。「その、ダイキというのは、ダイキ・アナンですか?」「はい。聖魔道士であるダイキ・アナン卿です」「そうですか……」 言葉をつまらせたカイトへ寄り添うように、傍らへと歩み寄ったファセルが柔らかな声を掛ける。「カイト卿のお父様ね……魔道士団を構成する魔道士が十二名を超えたときには、通例として空位とされる第十三席次。その第十三席次に、ダイキ卿が就かれた。残酷だけれど、問われているわね。カイト卿の覚悟が」「……ええ、思ったより早かったですが……俺の覚悟が問われる局面ですね」「どうなさいます?」 ファセルの問いかけに対し、カイトは前を見据えたまま答えた。「……戦いましょう。俺は、トワゾンドール魔道士団の首席魔道士として遠征に加わりました。やらなきゃいけないことは、分かってるつもりです」「お父様と矛を交える事態にも、立ち向かう覚悟がお有りなのね?」「……はい。今の俺には、肉親よりも優先しなきゃならない使命があります」「結構。その覚悟が決まっているなら、わたしたちがカイト卿の矛となってさしあげましょう」「ありがとうございます。お願いします」 ファセルに向けて頭を下げたカイトの肩を、アクーラがグッと抱き寄せる。「このアクーラ・ウォークレットも付いてますからねえ。御安心召されよ、ってなもんなんですよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」 アクーラの性格に救われた気がしたカイトは、固まっていた表情を微かに緩めて礼を述べた。 カレラはゆっくりとクラリティへ歩み寄ると、敵の主体であるラブリュス魔道士団に籍を置く魔道士たちの所在を訊ねた。「クラリティ卿。我々の敵となる魔道士たちは、今どこに?」「街の中央に位置する、広場に集合しています」「一般の兵は?」「後方支援に当たる一般の兵が小隊規模で帯同していますが、広場にはいません。ヒンドゥスターンの国軍に属する一般の兵が接収されることもなく、ラブリュス魔道士団と第六魔道士団に属するセナート帝国の魔道士だけが広場に集まっています」「そうですか。では、案内願えますか?」「はい。こちらです」 すぐさま首肯を返したクラリティの先導で、カイトら十名の魔道士で構成されたは四ヶ国の混合部隊
Last Updated: 2025-04-30
Chapter: 第87話 無念を晴らす者 カイトら十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた大型汽船は予定した航程を無事に進み、七日後となる四月十一日の朝に目的地であるベンガラの南東に位置する港湾都市チッタゴンの港に入港した。 セナート帝国側の抵抗を警戒した十名は、チッタゴンの港へ入港するのに合わせて甲板へ集合して哨戒に当たったが、港にはセナート帝国の魔道士はもとより、一般の兵の姿もなかった。「妙ですねえ……チッタゴンはどうでもいいってことですかねえ」 アクーラがぼそりとこぼした感想に、カレラはうなずきを返しながら答えた。「セオリーを無視するのはセナート帝国のお家芸だと聞いてはいたけど、実際に接すると気持ち悪いものね……ベンガラで迎え撃つ算段なのか、あるいは、すでに王都デリイに向けて全勢力で侵攻しているのか……」 ファセルが「どちらにせよ」と前置きを返してから、方針を口にした。「わたしたちの目的地が、ベンガラであることに変わりはないわ。早々に向かうとしましょ」 カイトたちを乗せた汽船は停泊の間を取らずに出航すると、ベンガラへの主要な交通手段として機能する深い河川を北上した。 何事もなく北上を続けた汽船は、昼前にはベンガラの河川港へと入港した。 カイトら十名の魔道士はチッタゴンに到着した際と同様に、甲板へ出て周囲を警戒したが、河川港にもセナート帝国の魔道士や兵の姿はなかった。 奇妙な静けさに対する気味悪さと拍子抜けを同時に感じながら、カイトはベンガラの河川港に降り立った。 河川港には最低限の着港に必要な作業員以外の人影はなく、警鐘だけが鳴り響いていた。「出迎えは警鐘だけですかあ。拍子抜けですねえ」 アクーラが全身を伸ばしながら感想をもらしたタイミングで、アクーラと共にメーソンリー魔道士団から遠征部隊に加わったエランが、前方を見据えながら警戒を促すようにアクーラへ声を掛けた。「その出迎えが、遅れて来たみたい」「おっと……あれえ? 一人ですかあ。というか、あの軍服……」 四ヶ国の筆頭魔道士団から選出された十人の魔道士に向かって、まっすぐに歩を進めるのはアパラージタ魔道士団の軍服を着たクラリティだった。 一人きりで四つの色が混合する十名の魔道士へ近付くクラリティの顔には、緊張の色がありありと表れていた。 アクーラはこちらに向かってくるクラリティを迎えるように、軽い足取りで歩み寄
Last Updated: 2025-04-29
Chapter: 第86話 大任を背負う者たちの宴 天候に恵まれた四月四日。五ヶ国間での正式な締結を目前とする軍事同盟を構成する四ヶ国で、各々の筆頭魔道士団に籍を置く十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた汽船は、予定通りに正午の時の鐘に合わせてウァティカヌス聖皇国の港から出航した。 無用の犠牲を避けたいというカイトの意向と、四ヶ国の筆頭魔道士団に所属する魔道士で編成された連合部隊という背景によって、後方支援に当たる一般の兵すら含まない十名の魔道士のみとなった遠征部隊。その規模には不釣り合いな聖皇国の手配した大型の汽船の船上では、出航直後から酒が振る舞われた。戦地へと赴く緊張を緩和させるためというのが一応の名目ではあったが、緊張した様子をみせるメンバーはいなかった。 中でも列強の筆頭魔道士団においてエースナンバーである第三席次を預かる魔範士、アクーラ、カレラ、ファセルの三人は前日の壮行会の余韻を楽しむかのように酒を酌み交わしていた。 三人の姿に触れたカイトは強者の余裕を垣間見た気がした。「カイト卿。飲んでますかあ?」 アクーラは声を掛けながらカイトに近付くと、右隣に腰掛けて半ば空いていたカイトのグラスにワインを注いだ。「あ、はい。どうも……」 カイトにとっての天敵。刃を交えるような事態は最優先で避けるべき存在である四人のうちの一人。 召喚した存在を憑依させることで自身を強化する反則級の魔道士であるアクーラが、肩が触れあう距離にいるという事態に、カイトは恐縮を隠すことができなかった。 カイトの反応を見たアクーラが、その豊満な胸を突き出してポンと右手で叩いてみせる。「このアクーラ・ウォークレットが一緒なんですから、安心して呑んでくださいよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」「カイト卿はあ、いつでも、そんな感じなんですかあ」「そんな感じ、とは?」「えーとですねえ。冷静とはちょっと違ってえ、腰が低すぎる感じ?」「そうでしょうか?」 カイトが微苦笑を浮かべながら答えると、アクーラは語尾を伸ばす口調のままで指摘を口にした。「そうですよお。カイト卿は太魔範士で聖魔道士の首席魔道士なんですから、もっと堂々としてなきゃダメなんですよお」「魔力を持っているだけの駆け出しですよ、俺は」「いいですねえ。力への慢心が無いってのは、戦場では大事なことですよお。でも、力に見合う態度ってのが大事に
Last Updated: 2025-04-28
Chapter: 第85話 第十三席次の男 当初の見積もりよりも大幅に延びてしまった滞在に進んで付き合ってくれるだけでなく、独断と責められても文句の言えない今回の決断にも快く応じてくれるアルテッツァとセリカ、ステラの三人に向けてカイトは頭を下げた。「ありがとう……今回の遠征では太魔範士じゃなく聖魔道士として、ヒーラーの役割を果たしたいと思ってる。この身体は三人に預けます」 カイトの意思を聞いたセリカが「お任せ下さい」と朗らかな笑顔で答えながら、自分の胸をポンと叩いてみせる。 続けて「必ずお守りします」と答えたピリカも、やわらかな微笑みを浮かべてみせた。「お願いします」 三人に向けてもう一度頭を下げたカイトが、セリカとピリカの笑顔につられるように微笑む様子を見たアルテッツァが、会話を次に進める切っ掛けの仕草としてあごに手をやってから口を開いた。「それにしても……ファセル卿とカレラ卿、そして、あのアクーラ卿が同じ部隊に揃う姿を、この目で間近に見ることになるとは……当分は酒の席での話題にも困らないな」「その三人は、それだけ特別ってことか……」 あらためて今回の陣容を思い浮かべたカイトの呟きに、軽くうなずいてからアルテッツァが答えた。「ファセル卿とカレラ卿は西方を代表する魔範士として知られてるからね。アクーラ卿に至っては「鬼神」とも呼ばれた圧倒的な戦闘力で戦功を上げ続けた結果、出自やパトロンといった政治的な駆け引き無しに、格式を重んじるブリタンニア連合王国の筆頭魔道士団メーソンリー魔道士団の第三席次に就いてしまった。二十三歳で既に生きる伝説として語り種にもなってる御仁だ。それを抜きにしても、治癒魔法のみを行使するダイキ卿を含めても世界に二十人しかいない、魔範士が三人揃うだけでも凄いことだからね」 アルテッツァが挙げた理由の中でカイトが驚いたのはアクーラに関してではなく、ダイキについての事実だった。「なんか場違いでゴメン、だけど……父さんって、魔範士だったんだ?」 カイトの反応に驚いたアルテッツァは、目を丸くしてから明るい笑い声を上げた。「まさか知らなかったとは……いやあ、聖人の血筋には驚かされてばかりだ」「だよね……正直、父さんにはいまいち関心が薄いっていうか……掴めない存在だから考えないようにしてるっていうか……」 カイトの素直な打ち明けを聞いたアルテッツァが、同感を表すようにうん
Last Updated: 2025-04-27
Chapter: 第84話 国威の示し方 遠征に自ら参加すると表明したカイトに対し、心配の表情を浮かべたヴァルキュリャが声をかけた。「カイト卿。卿は筆頭魔道士団の首席魔道士として貴国の国防を預かる身です。首席魔道士は国威の象徴として存在するのも役割の一つ。当然、それを承知の上での発言かとは思いますが……ここは、敢えて問います。本当に御自身が赴かれますか?」 カイトはゆったりとした頷きをヴァルキュリャに向けて返すと、努めて静かな口調で答えた。「ミズガルズ王国の現状を考えれば「俺が出る」のが最適解だと思います。俺は太魔範士であると同時に、治癒魔法を行使する聖魔道士です。俺が遠征に参加すれば、今回の遠征が持つ意味を担って戦地に赴く魔道士の方々の生存率は格段に上がります。それに、この場限りということで正直に打ち明けてしまうと、ミズガルズの国力は今回の同盟を結ぶ国の中で一段、低いのが現状です。ミズガルズ王国が同盟の中で役割を持つ、本当の意味で魔法国家として世界に認識されるには、首席魔道士として国威を背負う俺が直接、戦功を上げるのが最も分かりやすくて効果的だと考えています」 カイトの言い分を聞いたヴァルキュリャは「そうですか……」と短く呟き、理解を示しながらも心配の表情を変えることは無かった。 遠征に自ら参加する理由を打ち明けたカイトへの賛同を口にしたインテンサだった。「カイト卿の英断を尊重したいと私は考えます。さらに言えば、戦地へと赴く魔道士たちの安全を鑑みたカイト卿の思慮に感謝を申し上げる。卿の身の安全を優先するよう、同行することとなるカレラ卿には確と下命しておきましょう」 賛同を示してくれたインテンサに対して「ありがとうございます」と頭を下げたカイトの姿を見たシオンは、納得の表情を浮かべながら口を開いた。「わたしもファセル卿へしっかりと伝えておきます。今回の遠征を担う主要な顔触れは、以上で決定としてよろしいかと思いますが」 確認する間を置いたシロンが反論の無いことを受けてクーリアへと目配せすると、首肯を返したクーリアが会談を締めた。「遠征に関する四国の賛同と、遠征を担う魔道士についての人選も得られましたので、この会談はここまでとしたく思います。遠征の準備が整い次第、聖皇国から出航するという事で手配に入りたいと考えます。聖皇国としても出航までは全面的に協力することを、この場で約束いたします」
Last Updated: 2025-04-26
Chapter: 第83話 挑発への対処 ヒンドゥスターン王国への侵攻を開始したセナート帝国の部隊が、ヒンドゥスターン王国の北東に位置する重要拠点であるベンガラを占拠したという報せは三日後の三月二十七日、ウァティカヌス聖皇国に滞在するカイトの元に届いた。 セナート帝国による侵攻の報を受けて、翌日の昼過ぎには対応を協議するための会談が聖皇の宮殿を会場として用意された。 聖皇国に滞在して同盟の締結に向けての調整に動いていたカイトら四名の首席魔道士と、宰相に就いた直後で王都を長く離れることが難しいドゥカティに代わり、聖皇国への訪問という形を取りながら滞在しているビタリ王国の外相ビモータ。そしてオブザーバーとして議事の進行を兼ねるクーリアの六名のみが会談に参席した。 進行役を兼ねるクーリアの、状況を整理する説明から会談は始まった。「三月二十四日。早朝の宣戦布告から、わずか数時間後にはセナート帝国のラブリュス魔道士団に在籍する六名、及び第六魔道士団の十二名で編成された部隊がベンガラへと攻め入りました。セナート帝国の南方元帥として知られるアリア卿が指揮する部隊は、ヒンドゥスターン王国のアパラージタ魔道士団に属していた二名の魔道士と、ブリタンニア連合王国のメーソンリー魔道士団から派遣されていた二名の魔道士を討ち取り、重要拠点であるベンガラの街をその日のうちに占拠しています。その際、アパラージタ魔道士団の第三席次に就いていたクラリティ卿は投降したとの事。まず、未だ正式な締結には至っていない同盟として、動くか否かを協議するべきかと考えます」 クーリアが説明を締めたのを受けて、シロンが蒼い瞳をヴァルキュリャへと向けた。「ブリタンニア連合王国としての正式な表明を待つまでも無く、メーソンリー魔道士団としては動かざるを得ない事態かと思いますが」「はい。シロン卿の仰る通りです。メーソンリー魔道士団は動きます」 シロンの問い掛けに対し、ヴァルキュリャはすぐさま明言をもって返した。 インテンサが長く骨張った両手の指を組み合わせたまま口を開く。「五国間の同盟、とは言っても実質は四国による軍事同盟ですが……いずれにせよ軍事同盟については未だ実務レベルでの協議中であり、正式に締結はされていない。しかし、その協議に要する時間を狙ったかのように、同盟の主たる仮想敵国であるセナート帝国が起こした侵攻であること。宣戦布告と同時に
Last Updated: 2025-04-25