Chapter: 第7話 宣布 涼香を軽々と抱きかかえたアルフは、コンラートと襲撃者との戦闘を涼香が直視するのを避けるのと、万一の際にはこの場から素速く離脱できるように、コンラートからは視線を外さずに身体をひねって半身に構えた。 生まれて初めてのお姫様だっこに鼓動が激しいビートを刻んでいた涼香の視線は、アルフの配慮を飛び越えて素直な好奇心のままコンラートが三人の襲撃者を瞬く間に殴り飛ばす姿に向けられた。「ごぶっ……!」 人間同士の格闘とは次元の違う強烈な打撃の標的となった黒豚の頭部を持つ獣人たちは、断末魔の叫びを上げることさえ赦されずに大量の鮮血だけを口から吐き出して息絶えた。 身長は百七十センチほどだが太めで図体は大きく見える三人の襲撃者を容易く三発のパンチで倒してしまったコンラートが、呼吸の乱れる様子も見せずに襲撃者が突入してきた障子窓から外の様子を確認する。 現実から離れたアニメの戦闘シーンを見ているような錯覚を覚えた涼香は、「すご……」 とごく短い感嘆だけを小さな口から漏らした。 コンラートが三人の襲撃者を片付け、周囲に敵対する気配がないことを確認したアルフは、抱きかかえていた涼香の両足をそっと床へ降ろすと頭を下げて謝罪した。「すまない。咄嗟の判断とはいえ、スズカ嬢をいきなり抱き上げるかたちとなってしまった。言い訳をさせてもらうなら、他にも襲撃者がいる可能性と、こちらに注意を払うことでコンラートの力を削ぐ事態を避けるために離脱する可能性に備えた対応だった」 真っ先に自分の安全を優先してくれたアルフが謝っている姿に慌てた涼香は、「あやまらないで。あたしを護ってくれようとしたんでしょ? 逆にあたしがお礼する立場だよ。ありがと」 と早口になっている自分を感じながらも、お礼の言葉を返した。 「ありがとう。スズカ嬢が聡明なのは本当に助かる」「あの、さ……そのスズカ嬢って呼び方やめない? スズカでいいよ?」「分かった。では、今後はスズカと呼ばせてもらおう」 アルフの素直な反応が嬉しかった涼香は、間近で目にしたコンラートの異様な強さへの率直な感想を口にした。「コンラートさんって、めちゃくちゃ強いんだね。あたしたちを気にする必要がなければゼッタイ勝つって、アルフが信頼してるのも納得だよ」 涼香の言葉に対して一瞬だけ感心する表情をみせたアルフは、「スズカは言葉の意
Terakhir Diperbarui: 2025-08-07
Chapter: 第6話 お姫様だっこ「急かすようで申し訳ないが、応接間へ案内してもいいだろうか? ヒロキ殿を待たせているんでね」 涼香とアルシオーネの様子を黙って見守っていたアルフが、涼香の表情が落ち着くのを見計らって声を掛けた。「あっ、はい。だいじょうぶです」 バッと勢いよく顔を上げて答えた涼香に微笑を向けたアルフが、「敬語はいらないよ」 と柔らかい声で伝えながら、涼香の前に右手を差し出した。 (目を細めても瞳がクッキリしてるとかどこまでイケメン!? ってか今気付いたけど、目尻に泣きぼくろまであるとか美形フル装備すぎでしょ……) 落ち着いたと思った矢先にアルフのイケメンぶりを再認識してしまった涼香は、顔が火照るのを感じながらもアルフが差し出した右手にそっと自分の左手を乗せた。「う、うん……じゃ、案内してもらう」「ありがとう。ではエスコートさせてもらうとしよう」 大きさも厚みも自分の手と比べれば倍はありそうだと涼香が感じたアルフの手が、そっと大切なものを包むように涼香の左手を握ると、この世界で目覚めたベッドの上に座ったままだった涼香をゆっくりと引き寄せる。 力強いのに強引な感じが全くしないアルフの右手にひかれてベッドを降りた涼香は、ひんやりとした板張りの床に立ったことで目の前のアルフの大きさをあらためて実感することになった。(でっか……身長差四十センチぐらい? てか、胸板ぶ厚っ! マジで雄っぱいじゃん、こんなんもう……!) もう少し渋みがあったら完璧なのに……などと肉弾系紳士キャラがド真ん中に刺さるせいで思考がついつい夢方向へ飛んでしまった涼香を、現実に引き戻したのはアルフの声だった。「そのスリッパを使ってほしい」「あっ、はい……じゃなかった、うん。ありがと」 脳内が妄想方面に走りかけていたことを誤魔化すように、涼香がすすめられた生成りのスリッパに慌てて足を突っ込む。(やばいやばいっ! 夢見とかしてる場合じゃないでしょ……この状況でも妄想できるとかどんだけ図太いんだよ、あたし……?) 涼香が胸の内で自分にツッコみを入れている間にアルフは部屋のドアに手を掛け、アルシオーネもベッドから降りて涼香が履いたものと揃いのスリッパを履き終えていた。「準備はいいかな?」 ドアに手を掛けたまま振り向いたアルフの確認する声に、涼香が「うん」と小さくうなずきを返す。 アルフが
Terakhir Diperbarui: 2025-08-05
Chapter: 第5話 獣人たちが生きる世界の有り様 「戦線の処理って……この国は今、どこかの国と交戦状態にあるってことですか……?」 アルフが口にした「戦線」という言葉に反応した涼香が、その部分を指摘するように訊くとアルフは首肯してみせた。「ああ、その通りだ。膠着してはいるが、イヌの国はイノシシの国と交戦状態にある」「……日本と同じ地形って言ってましたけど、あたしたちがいるのは日本だとどこになるんですか?」「京都だよ。地名は元の世界とほぼ同じものが、そのままこの世界でも使われてる。それと、言いそびれてたけど俺に対して敬語は必要ない。ラクに話してくれると嬉しい」 この世界の状況について説明を聞いている中で、アルフが差し挟んだ唐突な申し出に戸惑った涼香は、「でも、年上ですよね?」 とだけ短く答えを返した。 端的な返答を聞いて表情を緩めたアルフは、涼香に向けて微笑を浮かべてみせた。「この世界に転生した獣人は元の世界での年齢とは関係なく、ヒトの十代後半から五十代の半ばに相当する獣人として新たな人生を始める。始めの年齢が違う理由は分からないが、神たるドラゴンの意思ってことにして受け入れてる。俺やアルシオーネ卿みたいに元の世界で寿命を全うした獣人もいれば、一年と経たずに元の世界での生を終えた獣人もいる。そもそもベースになってる獣の寿命が全く違うから元の世界で生きた年数は、この世界じゃ記憶以外の意味を持ってない。そして、俺たち獣人はこの世界で歳をとらないんだ」 打ち明ける口調でアルフが口にした「獣人たちが生きる世界の有り様」を聞いた涼香は驚きを隠せなかった。 目を丸くする涼香に対して、微苦笑を浮かべてみせたアルフがもう一つの「世界の有り様」を伝える。「俺たち獣人はこの世界に転生したときの年齢と能力に応じた役割を、死ぬまで続けるってことになる。子孫を残すこともなく、ね」 思わず「え!?」と驚きの声を漏らした涼香に、アルフは微かな憂いを帯びた微笑を向けた。「俺たちの生殖器官は機能しないんだよ。形としては存在するしそういった行為も可能だが本来の役割は持ってない。自分の遺伝子を持った子孫を残すっていう生物としての本能を奪われてる。それが、この世界の獣人たちなんだ……他の本能って言い方が合ってるのか俺には分からない。ただ、情動とか欲求なんて言い方に代えても中身は変わらないとは思う。老いることも出来ない獣人たち
Terakhir Diperbarui: 2025-06-08
Chapter: 第4話 神たるドラゴンの下賜「革命の乙女ってさあ……もう響きからして最期は裏切られて火あぶりか凶弾に倒れそうじゃん……っていうか、アルシオーネの言い方だとあたしがこの世界に来るってこと、来る前から分かってた感じに聞こえるんですけど……?」 強く拒否する気も起きずに感想を口にした涼香に対して、アルシオーネはすんなりと答えた。「ええ、知っていたのよ。あたちがこの世界へ転生した時にドラゴンも同時に顕現して、この国の国王に告げたのよ。あたちと共に暮らしていたスズカという人間を転移させる召喚の術式を下賜するってね」 またしても急展開する話の流れに驚き疲れた涼香が、ぽかんと小さな口を開けて小首を傾げる。 涼香の反応を見たアルフが説明を補足をするために口を開いた。「最初に言った話へと戻るんだが……このイヌの国との同盟を結ぶ立役者となった、ネコの国の参謀であるヒロキ殿がこの世界に召喚された経緯も同様だったらしい。オニキス卿というネコの獣人が転生した際に、その飼い主だったヒロキという名の人間を召喚するための術式を下賜すると、この世界の神たるドラゴンはネコの国の国王陛下へと告げられた。信心深い陛下は神で在られるドラゴンのお告げは福音であろうと考え、召喚術式の行使を決定された」 涼香が説明に付いてきているか確認するように間を置いたアルフは、涼香の表情を確認してから説明を続けた。「ヒロキ殿の有能ぶりに感心していたこの国の国王陛下は、アルシオーネ卿の転生とともにドラゴンから下賜された召喚術式を行使すると即決された。そして、ドラゴンのお告げ通りにスズカ嬢がこの世界へと召喚されたってのが、かいつまんだ経緯になる」 アルフの説明を聞き、ふうと短い溜め息を漏らした涼香は、「いきなり獣人さんたちの世界に来たら参謀とか革命の乙女とか言われるって、話が急すぎるんですけど?」 と諦観した口調で答えた。「そこは本当に申し訳ないと思っている。本来ならスズカ嬢が落ち着くのを待ってから説明に入るべきだ。ただ、不躾なお願いだと承知の上で、俺たちの事情が切迫しているのもスズカ嬢には酌んでもらえるとありがたいんだが……」 アルフの凜々しい眼差しにわずかな憂いが浮かぶのを見て思わずドキッとしてしまった涼香は、「まあ、アルシオーネに会えたのはホントに嬉しいし、異世界ものは好きだし、取り敢えず身の危険も無さそうだし」 と早口
Terakhir Diperbarui: 2025-06-07
Chapter: 第3話 革命の乙女「戦国って……信長とか秀吉がいた、あの戦国時代みたいだってこと?」 涼香が聞き返すとアルシオーネはこくりと頷いてから答えた。「そう、その戦国時代よ。イヌの国とネコの国みたいに同盟を結んでいる国もあるけれどレアケースで、全体的に見れば十三に分かれた国々は互いに敵対しているの」 アルシオーネが説明した世界の状況に対して、涼香は浮かんだ疑問を素直に口にした。「争ってる理由はなに? 国同士で争ってるってことは、土地を奪い合ってるってことでしょ? 種族が違うから? それとも食糧事情とか?」 アルシオーネに代わって答えたのは、涼香が上げた疑問を聞いて感心する表情を浮かべるアルフだった。「素晴らしい着眼だ。本質を突いてる。まず前提として、十三の国に分かれてるのは地球の日本とほぼ同じ地形と面積の列島で、人口は列島全体で六百万ほど。農業や建築なんかの技術は江戸時代ってところなのがこの世界だ。食糧事情で考えるなら土地を奪い合う必要は無いと言っていい」 間を取るように説明を句切ったアルフに対し、涼香は続きを促すように「じゃあ、どうして?」と言葉を掛けた。 アルフが涼香をまっすぐに見つめながら静かな口調で答える。「俺たちはイヌやネコ、トリやネズミから獣人になったことでヒトと同等の脳、知能ってやつを手に入れてしまった。この世界に転生した時点で知識まで頭に入ってる状態だった。そんな獣人たちはヒトと同じように思考する中で、余計なものまで持つようになる。権力とか富なんかに対する欲だ。そして、獣人たちは闘争本能をセーブすることなく欲望のままに争いを始めてしまった」 アルフが口にした異世界の経緯に少なからずショックを受けた涼香は、素直な感想をぼそりと漏らした。「それじゃ……この世界って、アルシオーネたちにとって不幸な転生先ってこと……?」 涼香の率直な感想を聞いたアルフが、理解を示すようにゆったりとした頷きを返してから答える。「スズカ嬢がそう思うのも理解できる。ただ、この世界に転生した獣人たちの大半はそう思ってはいない。ヒトのエゴから解放された家畜たちや、解放という点で言ってしまえばペットたちも、自分の意思で生きられる知能と文明を手に入れた世界だと思ってる。獣人としての生を全うする形の中には争いも生じると、この世界の状況を受け入れてる」 アルフの言葉を聞いた涼香は、自分も
Terakhir Diperbarui: 2025-06-06
Chapter: 第2話 イケメンになれちゃう獣人 黒縁眼鏡の奥の少し吊り目気味な猫目を大きく見開いて驚きの声を上げた涼香の横で、小さな嘆息を漏らしたアルシオーネがたしなめる口調でアルフに対する指摘を口にした。「話を要約し過ぎよ。スズカはこの世界に来たばかりの女の子なの。日頃あなたが接してる、要点だけ伝えれば会話が成立する騎士や兵士たちとは違うのよ。説明を省略しちゃダメ」 アルシオーネにたしなめられて納得する様子をみせたアルフは、すぐさま涼香に向けて頭を下げながら謝罪した。「申し訳ない。アルシオーネ卿の言うとおりだ。今は特に注意して、順を追って説明するべきだった。この世界に来たばかりで不安を抱えているだろうスズカ嬢を、いたずらに驚かせてしまったことを心よりお詫びする」 大柄で屈強な獣人に頭を下げられるという事態に遭遇した涼香は、驚きが吹き飛んだ代わりに慌ててしまったことを隠す余裕も無くアルフに声を掛けた。「あたしなら大丈夫です。ちょっと驚いちゃっただけなんで。頭を上げてください」 涼香の声に合わせて頭を上げたアルフに対して、アルシオーネが次の行動を示唆した。「驚かせついでに、あたちたちの人化した姿をスズカに見てもらいましょ。この世界についての説明を聞くにしても、初めて見る獣人からよりヒトの姿になったあたちたちからのほうが、スズカもリラックスして聞けるでしょうから」 アルシオーネの提案に対して「なるほど。確かに一理ある」と首肯を返したアルフのジャーマンシェパードである頭部が淡い青みがかった光を帯びると、次の瞬間にはアルフの頭部が人間の男性のものになっていた。 眼前で突然の変身を遂げたアルフの姿に、猫目だけでなく薄い唇が少しコンプレックスでもある小さな口をポカンと空けた涼香は、実際の声にはならない驚きを胸の内で上げた。(待って待って待ってっ! いきなり人の、ってかめちゃくちゃイケメンになっちゃったんですけどっ!?) 涼香の心の声を聞いたかのように、唖然とした表情のままで固まる涼香にアルシオーネが声を掛けた。「なかなかの美丈夫でしょ? まあ、あたちには敵わないけど」 愉快そうに言い切ったアルシオーネのキャバリアである頭部が、アルフと同様に淡く青みがかる光を帯びた次の瞬間には、人間の女性の頭部へと姿を変えた。 頭部だけがイヌである獣頭人身の獣人の姿から、完全なヒトの姿へと変身したアルシオーネを
Terakhir Diperbarui: 2025-05-07
Chapter: 第92話 天敵、あるいは宿命の相手 その愛らしい顔と小柄な身体でもって、己の不遜を敢えて誇示してみせるアリアを正視しながら近付いたアクーラは、身長差のあるアリアを見下ろす位置まで寄ってから足を止めた。「卿が返り血で興奮するっていう狂乱の魔範士ですかあ」 軽蔑を露わにしたアクーラの第一声に対して、アリアは不遜な笑みを浮かべたままアクーラの胸元に山吹色の刺繍で標されたローマ数字に目をやった。「そうだよ。ボクが戦闘でしか興奮できない変態の南方元帥、アリア・ヴォルペってわけ。メーソンリーの第三席次ってことは、卿が植民地を血で染めた功績で出世した「鬼神」アクーラ卿ってわけだ」 出会い頭の応酬で既に臨界へと達した二人の殺気を間近で受けながらも、立ち会いを務めることとなったシルビアは冷静な態度を崩さなかった。「ラブリュス魔道士団の第六席次を預かる、シルビア・ゲルツと申します。立ち会いを務めます」 シルビアの声に反応したアクーラが、挑発を含んだ笑みから品定めする者の微笑へと表情を変える。「こんな形で顔を合わせることになるとは思いませんでしたねえ、シルビア卿。メーソンリー魔道士団の第三席次、アクーラ・ウォークレットですよお。よろしくお願いしますねえ」「こちらこそ。よろしくお願いいたします」 余裕を保って軽い会釈を返すシルビアに対し、アクーラは品定めする視線のまま応じた。「流石はセナート帝国の内政を掌握するグロリア卿の懐刀と呼ばれる方ですねえ。肝が据わってる。ヘイムダルを操らせたら右に出る者はいないって噂も、どうやら本当みたいですねえ」 探りを入れるアクーラの言葉を、シルビアは当然のように受け流した。「買いかぶりですよ。私はヘイムダルを行使することに特化した魔教士で、情報に携わる中でグロリア卿に目を掛けていただくようになった、というだけのことです」「アタシが最も警戒しなきゃいけない魔道士は、やはりシルビア卿。貴殿のようですねえ。ロキの敵とも、フレイヤの首輪の探し手とも呼ばれるヘイムダルの使い手が、セナート帝国の中枢にいるってのは、どうにも宿命染みてますよねえ」 その言葉に違わず、明らかに警戒をシルビアへと向けているアクーラの態度は、アリアの自尊心を刺激するには充分過ぎるものだった。「始めようか。卿の相手はボク、アリア・ヴォルペだ」「そうでしたねえ。じゃあ、始めましょうかあ。シルビア
Terakhir Diperbarui: 2025-08-09
Chapter: 第91話 応じる者が負う役目「ここに揃ってるメンツだと、席次が一番高いのはシルビア卿だからね。立ち会い、お願いできるかな?」 アリアに立ち会いを頼まれたシルビアは、やれやれといった表情を作ってみせて答えた。「……分かりました。ただし、相手が応じるのなら、ですよ?」「それは大丈夫、応じるよ。間違いなくね」 にたりと笑いながら応じたアリアは、つかつかと軽い足取りで広場の中央にある噴水へ向かって歩を進めた。 アリアとその後に続くシルビアの姿を視認したアクーラが、対峙する同盟側の魔道士の中で真っ先に反応を示した。「なにやら、二人ばっかし、のこのこ出てきましたねえ」「え!?」 アクーラらが待つ同盟側の魔道士たちのもとに戻り、状況が一変したことを報告していたカイトはアクーラの声に驚き「えっ!?」と声を上げながら振り返った。 広場の中央にある噴水に近付いたアリアは、足を止めることも無く遊びに誘う声で同盟側の魔道士に向かって声を掛けた。 「おーい! ラブリュスのアリアだけど、誰か、ボクと模擬戦やんない?」 アリアの場違いな声を聞いたアクーラが、誘いに応じるように首をポキリと鳴らした。「だ、そうですよお。そんじゃ、アタシが行かせてもらいましょうかねえ」「まっ、待ってください! 模擬戦に応じる義理なんてありません」 慌てて止めに入るカイトへ視線を向けたアクーラの表情は、微かな笑みを浮かべていたが瞳には強い光を孕ませていた。「そうはいきませんよお。あっちはうちの大事な魔道士を二人も殺してるんですからねえ。それに、まだ初めての恋も知らなかったっていうアパラージタの魔道士も。ですよね? クラリティ卿」 アクーラに声を向けられたクラリティが静かにうなずく。「はい……わたしにとって、弟のような存在でした……」 瞳を潤ませたクラリティの言葉を受けて、アクーラが決意を示した。「メーソンリーのエースナンバーを背負う者として、仇討ちを為さねばならない身ですからねえ。ここはアタシが行かせてもらいますよお。カイト卿。卿もご存知の通り、魔道士同士による戦場での模擬戦はウァティカヌス法で明文化こそされてなくても、決闘から派生した名誉を懸けるものとして今でも意味を持ってます。筆頭魔道士団に属する魔道士にとって、名誉は非常に重いもんですからねえ。まあ、安心して見ててくださいよお。ああいうガキの鼻っ柱を
Terakhir Diperbarui: 2025-08-08
Chapter: 第90話 愉しみへの執着 魔道士は国防を担う存在として、既存の社会構造を踏まえつつ移りゆく情勢との兼ね合いを探っていくのか、あるいは既存の権力構造を覆し魔道士が権力を掌握することで歴史の舵を取るのか。 今後の世界を二分する対立軸と成り得る二つの陣営で、その主戦力を担うこととなるエース級の魔道士たちが、田舎町の広場という僅かな距離を隔てて対峙している。 否応なく張り詰める空気をまるで気にする様子もなく、軽い足取りでティーダたちのもとへ戻ったダイキは、休日の行き先が決まったことを伝えるかのように撤退の決定を口にした。「そんじゃまあ、予定通りに撤退ってことで。よろしく」 ダイキの口調に対し、半ば呆れたといった表情を浮かべてみせたティーダは、「はいはい……そうと決まれば、こんな暑苦しいとことはさっさとおさらばするとしよう」 と了承を返した。 ティーダへ微苦笑を向けたダイキが、ラブリュス魔道士団の威光を示す漆黒の軍服の胸元を掴んでパタパタと空気を取り込みながら応じる。「そうしよう。この軍服は、この土地には合わんて」 ダイキの様子に不満の表情を浮かべていたアリアが、「やっぱさ……つまんないなあ。ぜんぜん面白くないよ」 と駄々をこねる子供の口調で不平を口にする。 ダイキはすまなそうな表情を作りながらアリアへと視線を向けた。「まあ、愉しむ気満々だったアリア卿にはほんと申し訳ないんだけど、この場の差配は俺に任されているってことで。今回だけは俺の顔を立ててくれないかなあ」 なだめる口調だったダイキとは違い、ティーダがアリアへ向けた口調は諭すものだった。「差配はダイキ卿に任せる。それが陛下の下知だ。それを承知の上で、卿は不服を口にするってのか?」 ティーダの言葉を受け流すように、アリアは視線を斜め上の空中に向けたまま答えた。「うーん……やっぱさあ、つまんないものはつまんないんだよ。アナン親子が対面するってためだけなら、こんな大仰なお膳立てなんて必要ないでしょ。こんな豪華なメンツが揃ってるのにさあ、立派な矛を交えることもなしで、はい、さよなら? そっちのがぜんぜん不自然じゃない?」 アリアの物言いに同調したのはヴァイオレットだった。「あたしも、そう思うな」「だよねえ?」アリアはヴァイオレットを一瞥してからダイキへと視線を向けた。「ダイキ卿。卿の顔は立てて撤退すること自体に
Terakhir Diperbarui: 2025-08-07
Chapter: 第89話 親子としての最後の会話「父さん……いや、ダイキ卿。あなたを父親として呼ぶことに、俺は強い違和感を持ってしまいました。今後は名前で呼ばせてもらいます」 血の繋がった実の親子としての関係を、子供のほうから拒絶するという意思を示したカイトに対してダイキは、「まあ、それも当然だわなあ。おまえの好きにすりゃあいいよ、呼び方なんてな」 と薄ら笑いを浮かべつつ受け入れた。 異世界で十五年ぶりに顔を合わせた実の父親に向かって息子なりの抵抗を思い切ってぶつけてみたカイトにとって、ダイキの反応は失望を通り越して諦観を抱かせるものだった。「大事なことなので、確認しておきますが、ミズガルズ王国に戻る気はもう無いんですね?」「ああ、ないよ。今の自由な生活が気に入ってるんでね」「今は自由、なんですか?」「ミズガルズに比べりゃ断然、な。それに、治癒魔法ってのはひとつの国が独占するもんでもないだろ。ミズガルズにゃオヤジがいる。魔道士としちゃあ引退したかもしれんが治癒魔法の使い手としては現役だ。おまえもミズガルズに縛られる必要なんか無いってことさ」 世間話でもするように持論を語るダイキに対してカイトは、「俺はミズガルズ王国を護る筆頭魔道士団、トワゾンドールの首席魔道士です」 と静かな口調の中に毅然とした拒否を含ませて答えた。「気に入ってるのか? 今の立場を」「自分の今の力を受け入れた上で、俺が選択したこの世界での立場です。気に入る気に入らないの話じゃない」「おまえ、マジメだなあ……」 呆れた表情を浮かべてみせるダイキに対して、カイトは同じ質問を返してみることにした。「ダイキ卿は、今の立場を気に入っているんですか?」 ダイキは「んー、立場ねえ……」と顎を軽く掻いてから質問に答えた。「気に入ってるちゃあ気に入ってるのかもな。まあ、認識しなきゃこの世界でも生きてけないしな、立場ってやつは。セナート帝国には俺の治癒魔法で助かる人が大勢いる。ミズガルズより人口が多いセナートに俺がいるってのは、逆に自然な流れなんじゃねえかなとも思ってる」「自然な流れ、なんて虫のいい話が通ると本気で思ってるんですか? 現実に犠牲が出た戦争によって囚われた、トワゾンドールの元首席魔道士なんですよ、卿は」 即座に反論を口にしたカイトへ向けて、ダイキは軽い首肯を返してみせた。「まあ、その通りなんだけどさ。おまえは
Terakhir Diperbarui: 2025-07-22
Chapter: 第88話 異世界の戦場で、互いの顔を知る子と父 アクーラが発した「ダイキ」の名に反応したカイトは、クラリティの前まで駆け寄ると父親の名前であるかを真っ先に確認した。「その、ダイキというのは、ダイキ・アナンですか?」「はい。聖魔道士であるダイキ・アナン卿です」「そうですか……」 言葉をつまらせたカイトへ寄り添うように、傍らへと歩み寄ったファセルが柔らかな声を掛ける。「カイト卿のお父様ね……魔道士団を構成する魔道士が十二名を超えたときには、通例として空位とされる第十三席次。その第十三席次に、ダイキ卿が就かれた。残酷だけれど、問われているわね。カイト卿の覚悟が」「……ええ、思ったより早かったですが……俺の覚悟が問われる局面ですね」「どうなさいます?」 ファセルの問いかけに対し、カイトは前を見据えたまま答えた。「……戦いましょう。俺は、トワゾンドール魔道士団の首席魔道士として遠征に加わりました。やらなきゃいけないことは、分かってるつもりです」「お父様と矛を交える事態にも、立ち向かう覚悟がお有りなのね?」「……はい。今の俺には、肉親よりも優先しなきゃならない使命があります」「結構。その覚悟が決まっているなら、わたしたちがカイト卿の矛となってさしあげましょう」「ありがとうございます。お願いします」 ファセルに向けて頭を下げたカイトの肩を、アクーラがグッと抱き寄せる。「このアクーラ・ウォークレットも付いてますからねえ。御安心召されよ、ってなもんなんですよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」 アクーラの性格に救われた気がしたカイトは、固まっていた表情を微かに緩めて礼を述べた。 カレラはゆっくりとクラリティへ歩み寄ると、敵の主体であるラブリュス魔道士団に籍を置く魔道士たちの所在を訊ねた。「クラリティ卿。我々の敵となる魔道士たちは、今どこに?」「街の中央に位置する、広場に集合しています」「一般の兵は?」「後方支援に当たる一般の兵が小隊規模で帯同していますが、広場にはいません。ヒンドゥスターンの国軍に属する一般の兵が接収されることもなく、ラブリュス魔道士団と第六魔道士団に属するセナート帝国の魔道士だけが広場に集まっています」「そうですか。では、案内願えますか?」「はい。こちらです」 すぐさま首肯を返したクラリティの先導で、カイトら十名の魔道士で構成されたは四ヶ国の混合部隊
Terakhir Diperbarui: 2025-04-30
Chapter: 第87話 無念を晴らす者 カイトら十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた大型汽船は予定した航程を無事に進み、七日後となる四月十一日の朝に目的地であるベンガラの南東に位置する港湾都市チッタゴンの港に入港した。 セナート帝国側の抵抗を警戒した十名は、チッタゴンの港へ入港するのに合わせて甲板へ集合して哨戒に当たったが、港にはセナート帝国の魔道士はもとより、一般の兵の姿もなかった。「妙ですねえ……チッタゴンはどうでもいいってことですかねえ」 アクーラがぼそりとこぼした感想に、カレラはうなずきを返しながら答えた。「セオリーを無視するのはセナート帝国のお家芸だと聞いてはいたけど、実際に接すると気持ち悪いものね……ベンガラで迎え撃つ算段なのか、あるいは、すでに王都デリイに向けて全勢力で侵攻しているのか……」 ファセルが「どちらにせよ」と前置きを返してから、方針を口にした。「わたしたちの目的地が、ベンガラであることに変わりはないわ。早々に向かうとしましょ」 カイトたちを乗せた汽船は停泊の間を取らずに出航すると、ベンガラへの主要な交通手段として機能する深い河川を北上した。 何事もなく北上を続けた汽船は、昼前にはベンガラの河川港へと入港した。 カイトら十名の魔道士はチッタゴンに到着した際と同様に、甲板へ出て周囲を警戒したが、河川港にもセナート帝国の魔道士や兵の姿はなかった。 奇妙な静けさに対する気味悪さと拍子抜けを同時に感じながら、カイトはベンガラの河川港に降り立った。 河川港には最低限の着港に必要な作業員以外の人影はなく、警鐘だけが鳴り響いていた。「出迎えは警鐘だけですかあ。拍子抜けですねえ」 アクーラが全身を伸ばしながら感想をもらしたタイミングで、アクーラと共にメーソンリー魔道士団から遠征部隊に加わったエランが、前方を見据えながら警戒を促すようにアクーラへ声を掛けた。「その出迎えが、遅れて来たみたい」「おっと……あれえ? 一人ですかあ。というか、あの軍服……」 四ヶ国の筆頭魔道士団から選出された十人の魔道士に向かって、まっすぐに歩を進めるのはアパラージタ魔道士団の軍服を着たクラリティだった。 一人きりで四つの色が混合する十名の魔道士へ近付くクラリティの顔には、緊張の色がありありと表れていた。 アクーラはこちらに向かってくるクラリティを迎えるように、軽い足取りで歩み寄
Terakhir Diperbarui: 2025-04-29