LOGINカイトは祖父と父が失踪した現場である東京タワーを訪れた際に、召喚されて異世界へと転移する。 その異世界には魔法が実在し、国に属する魔道士と国防を担う魔道士団という仕組みも確立していたが、治癒魔法を行使できるのは異世界から召喚された者だけだった。 カイトの前に召喚されたのは二人のみ。その二人とは四十四年前と十五年前に失踪したカイトの祖父と父だった。 激動の時代を迎えていた異世界で強大な魔力を得て治癒魔法を行使する三人目の聖魔道士となった二十歳のカイトは、王配となっていた祖父と師事する世界最強の魔道士の後押しによってミズガルズ王国筆頭魔道士団の首席魔道士に就任することで英雄への道を歩み始める――
View Moreファリーナの宗家が本拠とする本邸での歓待から明けた翌日の昼過ぎ。 カイトはファリーナ宗家が経営する病院に赴いた。ファリーナ宗家の本邸を含めレガシィ領の役所などが集まるレジアスの中心地から程近い位置に建てられた病院は、レガシィ領で最も大きな病院だという説明を受けながらカイトは歩いた。 ファリーナ宗家の執事長は当然ながら馬車を用意していたが、カイトは「街の様子を拝見したい」と理由を添えつつ丁重に断り、徒歩で病院へと向かった。 カイトに随伴するのはセリカとレオーネの二人で、揃って長身の美丈夫である二人が身に纏う純白の軍服は否応なく衆目を集めた。そんな二人を引き連れて歩を進めるカイトの姿に、レジアスの街の人々は驚きと畏敬が入り混じった視線を送った。 病院に到着したカイトを正面玄関で出迎えた初老の院長は、カイトに対し深々と頭を下げてから口を開いた。「当院の院長を務めるサンバーと申します。カイト卿の御慈悲に感謝申し上げます」「出迎え、ありがとうございます。短い滞在ではありますが、可能な限り治療に当たりたいと考えています。早速ですが、重傷の方から治療したいと思いますが……」「かしこまりました。このまま病室へ御案内いたします」 院長の案内で病室へと通されたカイトは、薬品の匂いに混じる血の鉄臭さを嗅いだ。 王都と同様の設備だった。当初のカイトの目には旧い時代のものに見えた設備だったが、今はこの世界で最新の医療設備なのだと理解していた。 なぜ治癒魔法が存在する世界でありながらドラゴンはそれを出し惜しみをするのか……カイトは胸のうちで、この世界の神たるケチなドラゴンを呪った。 病室に着くや即座に、カイトは治癒魔法での治療を始めた。 次々に重傷者を治療してゆくカイトの姿を初めて目の当たりにしたレオーネは、その感心を隠さなかった。「これぞ魔法、なんだろう……真の魔法とは、治癒魔法のことを云うんだろうな……」 レオーネの素直な感嘆に「同感だ」とセリカは短い同意を添えた。 病院に入院していた重傷の患者九名への治癒魔法での治療を終えたカイトが院長へ声を掛ける。「これで重傷者は終わりましたか?」「はい。命に関わる者は以上です」「子供の入院患者はいますか?」「数名おります」「では、その病室に案内してもらってもよろしいですか?」「もちろんです。こちらです
乾杯を済ませた八人の前には、彩り豊かな料理が次々と饗された。 レジアスの特産である様々な海鮮を多用した料理に各々が舌鼓を打ちつつ歓談する中で、この席での本題を切り出したのはアルシオーネだった。「異世界から召喚されてからのおよそ十ヶ月。カイト卿は就任した直後より我らトワゾンドール魔道士団の首席としての責を全うされておられます。それを踏まえた上で、敢えて問います。卿は実父であるダイキ卿のことを、どのように捉えておられますか」 アルシオーネの問い掛けは晩餐の席につく皆の手をピタッと止めたが、カイトだけは手を止めることもなく即座に返答した。「裏切り者です」 避けられない問いだと覚悟していたカイトが、前もって用意していた答えは単純だからこそ明確なものだった。「重ねて問います。裏切りに対する、断罪の意思はお有りですか」 続くアルシオーネの問いにも、カイトは「もちろんです」と短く即答した。「実の父親であっても、そこに躊躇はないと?」「父親だからこそ、です。既にラブリュス魔道士団の第13席次という立場にある父を、表立って非難できるのは実の息子である俺しかいないでしょうから」 第三席次を背負う深紅の強い眼光から目をそらさず答えたカイトに対し、アルシオーネは深い首肯を返した。「そうですか。カイト卿の御覚悟を聞くことが叶い安堵しました。御存知かと思いますが……先のペアホース防衛戦において、我がファリーナ家の分家に当たるマルティン家の、フォレスターとインプレッサの親子は戦死しています」「はい。聞きいています」「インプレッサと私は同い年で、魔道士官学校でも同期でした。父であるフォレスター譲りの勇猛さと、周りを明るくする明朗さを併せ持つ、気持ちの良い男でした……もし赦されるなら、私の手で仇を討ちたいという思いは捨て切れません」「……アルシオーネ卿のお気持ちは、しかと受け取りました。俺の首席としての役目は、第一に戦争を回避することであると認識していますが、同時にセナート帝国との衝突は不可避であるとも俺は認識しています。その際にはアルシオーネ卿の力を遺憾なく発揮していただきたいと、俺個人は思っています」 カイトの言葉を聞いたアルシオーネの、深紅の眼光が鋭さを増す。「衝突は不可避、ですか」「はい。セナート帝国はいずれ攻めてくるでしょう。地政学からいってもミズガル
「ストーリア・アナンと申します。お目もじが叶い光栄です」 握手に応じたストーリアの緊張を和らげるように、アルシオーネは穏やかな口調で応じた。「私に緊張する必要はありませんよ。女性同士のほうが口にしやすいこともあるでしょう。滞在中の用向きは遠慮なく私に仰ってください」「恐れ入ります」 頭を下げるストーリアの前へ進み出たレオーネは、膝を折ってストーリアの右手をそっと取った。「レオーネ・ファリーナと申します。お見知り置き願います」「ストーリア・アナンと申します。お目もじが叶い光栄です」「レジアスに滞在される間の護衛には私が当たりますので、どうか安心してレジアスでの滞在を楽しんでください」「はい。ありがとうございます」 レオーネの挨拶をストーリアの背後で聞いていたセリカは、軽口にも近い気楽な口調でレオーネへ声を掛けた。「ストーリア殿の護衛なら間に合ってるよ」 セリカの声に反応したレオーネは、にやりと笑みを浮かべて立ち上がった。「元気そうだな、セリカ。アルテッツァ卿とは変わらずか?」「ああ。レオーネこそ相変わらずのようだ」「久々に酌み交わすのが待てなくて、店はもう用意してある」「それは重畳。私も肴になる話はたっぷり用意してある」「そうか。それは一層楽しみだ」 打ち解けたやり取りをみせるセリカとレオーネの様子にストーリアがきょとんとしていると、セリカがストーリアへの説明を口にした。「レオーネと私は、王都の魔道士官学校で同期だったんです」「ああ、そうなのですね」 ストーリアが納得を声に込めて答えたタイミングで、アルシオーネが女性としては低く落ち着いており良く通る声で「さて」と会話を次へ進めた。「立ち話はこれぐらいにして、続きはワインでのどを潤してからとしましょう。本邸へ御案内します」 港の中央に位置するファリーナ家専用の車寄せには、ファリーナの権勢を誇示するようにきらびやかな3輛の屋根付き二頭立ての四輪馬車が並んで待機していた。 アルシオーネとレオーネ、カイトとストーリア、セリカとピリカが各々分乗する形で馬車へ乗り込み、オリムパス号のクルーがそれぞれの荷物を馬車へと運び入れた。 カイトらのレジアスでの滞在予定は一週間であり、その間はオリムパス号も逗留するとあってクルーたちの表情は揃って上機嫌なものだった。 荷物を積み込み終えた若
挙式から約半月が経過した7月2日。カイトとストーリアは新婚旅行へと出立した。 ミズガルズ王国にとって戦略的に重要なチョークポイントである、南西に位置するペアホース海峡と北東に位置するラペルーズ海峡への視察を兼ねたものだったが、半ば職務への随行となったことにストーリアが不平を漏らすことはなかった。 新郎新婦の護衛として随行したのは、セリカとピリカの二人だった。 ペアホース海峡へと向かう四人が乗り込んだのは、カイトとセリカにとっては見覚えのある客船だった。「このオリムパス号が、お二人の新婚旅行に花を添えることをお約束しましょう」 恰幅のいい船長は満面の笑みで、乗船したカイトへの歓待の意を示した。「シルバラード船長の船にまた乗れるなんて、俺は幸運ですね」 カイトも笑みで応じてシルバラードとの握手を交わした。「幸運なのは私どものほうですよ。カイト卿の乗船にクルーの意気も上がっております」「それはありがたいです。よろしくお願いします」 頭を下げるカイトの姿に触れたシルバラードが、ガハハと豪快に笑う。「腰が低いのは相変わらずのようですな。前回のように、クルーにも声を掛けてやってください。大喜びしますので」「はい。そうさせてもらいます」 オリムパス号は予定時刻の正午に鳴る時の鐘に汽笛を重ね、最初の目的地となるペアホース海峡に接するレガシィ領のレジアス港へ向けて出港した。 レガシィ領はミズガルズ王国の西端に位置しており、日本列島に似た地形であるミズガルズ列島の西、日本で言えば九州に相当するエリアだった。 御三家と呼ばれる有力貴族の中でも最大の勢力を誇るファリーナ家が治める地で、国土の西を広範囲に抑えるファリーナ家は鎮西家とも呼ばれていた。 ストーリアの生家であるカストリオタ家はファリーナ家の分家に当たり、その領地は日本で言えば四国に相当するエリアの一部だった。 レジアス港はミズガルズ王国にとって最重要に位置付けられる港湾であり、港湾都市であるレジアスは太古からアフラシア大陸との交易の中心であって、今の王室が成立する以前から外交を担っていた長い歴史を有する古都でもあった。 歴史的な背景もあって独立性の高い気風が根差しており、ファリーナ家はその気風を支える精神的な支柱としても機能していた。 王都のプログレ港を出港したオリムパス号が、レジアス港へ
ウアイラの気迫を込めた喚び出しに呼応するように出現した、直径が十五メートルにも及ぶ紅く発光する魔法陣からスルトの威容が現出する。 スルトが身に纏う漆黒の鎧の隙間からは炎が立ち上がっており、防具としての鎧というよりは自身が放つ炎を抑えるための拘束具のようだと「世界を焼き尽くす神殺しの巨人」を初めて目の当たりにしたカイトは思った。 その右手に「輝く剣」とも「炎の剣」とも呼ばれる象徴的な武器としての剣を握り、体高は二十五メートルにも届かんとするスルトの威容を前にして、カイトは強く反応した自分の鼓動によって手の甲の血管までが脈打つのを感じた。 初めての実戦、初陣の相手が「火」に属する召喚獣と
ビタリ王国の国防を担い軍事力を示す象徴的存在でもある筆頭魔道士団を率いて、トリアイナ魔道士団の首席魔道士ウアイラが王都ロームルスで国王と王族の殺害に及んだという意味では、クーデターに近い謀反を起こした一八八九年の大晦日の早朝。 地球でのイタリアと酷似した国土を持つビタリ王国で、中部に位置するイタリアの首都ローマとほぼ同じ位置にある王都ロームルスから北西に四百キロメートルほど離れた、イタリアでいえばジェノバとほぼ同じ位置に国土を有すウァティカヌス聖皇国でも一つの事件が起こった。 サン・フィデス大聖堂からも程近い聖皇国の中心地にあるホテルの二階に、旅行客に扮したシャマルの姿があった。 ビ
カイトが「火種」と感じたシーマの「想像力」は、カイトの予感を嘲笑うかのように苛烈な疾さで「引火」した。 地球と酷似する地形をもつ異世界テルスにあって十九世紀のイタリア王国とほぼ合致する国土を擁するビタリ王国。 魔道士の聖地であり、魔道士を制約する法規を司る総本山でもあるウァティカヌス聖皇国をその国土に内包するビタリ王国の王都ロームルス。 三千年の歴史を刻む世界的にも稀有な古都であるロームルスで最初の火は点った。 聖暦一八八九年が幕を下ろして次の年へとバトンを繋ごうとする十二月三十一日。 未だ夜明け前の暗がりの中にあって霧雨に濡れる王宮の表門に、一輛の馬車が乗り付けた。 馬車から
カイトが否定できず肯定もできないシーマの示した未来への布石を、真っ向から否定したのはインテンサだった。「もっともらしい言葉を重ねたところで根幹は仮想に過ぎませんな。仮想に基づく犠牲を根拠に、それよりも少ないという理由で実際の犠牲を生むなど決してあってはならない愚行」 はっきりと言い切ったインテンサの静かだが鋭い語気を受けても、シーマの余裕を持った表情はまったく変わらなかった。「余は仮想を否定せずに用いる。仮想を裏付けるカイト卿とダイキ卿の存在もある」 悠然と答えるシーマに対し、インテンサはすぐさま反論を重ねた。「カイト卿のいた世界がこのテルスといくら似ていようとも、あくまでも別の