カイトは祖父と父が失踪した現場である東京タワーを訪れた際に、召喚されて異世界へと転移する。 その異世界には魔法が実在し、国に属する魔道士と国防を担う魔道士団という仕組みも確立していたが、治癒魔法を行使できるのは異世界から召喚された者だけだった。 カイトの前に召喚されたのは二人のみ。その二人とは四十四年前と十五年前に失踪したカイトの祖父と父だった。 激動の時代を迎えていた異世界で強大な魔力を得て治癒魔法を行使する三人目の聖魔道士となった二十歳のカイトは、王配となっていた祖父と師事する世界最強の魔道士の後押しによってミズガルズ王国筆頭魔道士団の首席魔道士に就任することで英雄への道を歩み始める――
Lihat lebih banyak男の脳裏に浮かんだのは息子の顔だった。
この異世界に来てから産まれた娘の顔ではなく、元の世界で成長しているであろう五歳までの姿しか知らない息子の顔。 男は自嘲した。 父親らしいことを何もしてこなかった自分がこんな時にだけ息子を思うなど虫がよすぎる、と。小高い丘の上に張られた天幕の中に男はいた。
ミズガルズ王国の国旗が掲げられた天幕は、本陣としてその戦場にあった。「ダイキ卿……残念ながら彼我の戦力差は明らかです。戦況は刻刻と悪化しております。ここは撤退を……」
ダイキと呼ばれた男は、自分の身を常に案じてくれる青年の切迫した声で我に返った。
人払いが済んださほど広くもない天幕の中には、ダイキと青年しかいなかった。 長身の青年はダイキと揃いの純白の軍服を身に纏っており、その翠玉のように輝く瞳は憂いを帯びていた。 とうに中年となってしまった自分が失って久しい、若さのきらめきを感じさせる青年に憂いは似合わないとダイキは思った。 まさに敵の手が首にかかろうとしている逼迫した戦場の気配を感じながら、ダイキは口を開いた。「フォレスター卿とインプレッサ卿は?」
「遺憾ながら……」 「そうか……あの奇跡の親子が、こんなところで……アルテッツァ卿。俺はやっぱりお飾りの総大将だったみたいだ……」ダイキが吐露した弱気に、アルテッツァと呼ばれた青年の整った眉がぴくりと反応する。
「ダイキ卿。卿は聖魔道士にして、我らトワゾンドール魔道士団の首席魔道士。卿が救わねばならぬ命がある内に、そのような弱音を吐くべきではありません……!」
アルテッツァの叱責を、大希は素直に受け取った。
「いつでも温厚な卿を怒らせちまった……すまない。そうだな……俺には、まだやるべきことがある……」
ダイキが簡素な椅子から立ち上がった、その時だった。
本陣たる天幕の周りにはべていた側近の兵士たちが、ほぼ同時にどさりと倒れる音がダイキの耳に届いた。 不穏に反応したダイキの皮膚が粟立った瞬間、何者かが天幕に侵入した。 ダイキの目で捉えられる速さではなかった。 天幕の中に黒い影が侵入した、ダイキが認識できたのはそれだけだった。「見つけたぞ」
場違いに若い侵入者の声。
声の主は未だ少年の無邪気すら残香する若い男だった。 風属性魔法であるクッレレ・ウェンティーで加速している金髪碧眼の男は、漆黒の軍服を身に纏っている。 突如として現れた侵入者に反応したアルテッツァが、ダイキを庇うように身構えた。「グラディウス・ウェ……」
アルテッツァの魔法詠唱を遮るように侵入者が、
「ラーミナ・ウェンティー」
と魔法詠唱を終わらせる。
侵入者がみせた詠唱の異常な速さに、ダイキは目を見張った。 精神を集中させイメージを伝えるのに必要となる時間を無視したような速すぎる詠唱。 侵入者が発動した風属性魔法は、鋭利な風の刃となってアルテッツァを襲った。その軌道はアルテッツァが避ければダイキに直撃するものだった。 瞬時にアルテッツァが左腕を犠牲とする決断を下す。 風の刃を殴り付けたアルテッツァの左前腕部が吹き飛び、軌道の逸れた風の刃が天幕の天井を突き破る。「ぐがあぁぁぁ……」
ほとばしる鮮血とともに左前腕を失ったアルテッツァが悶絶を必死に堪える。
気を失うわけにはいかぬという強い気根だけを支えとし、凄絶な痛みと大量の出血による意識の混濁に抗ってアルテッツァは立ち続けた。「へえ、見上げた気骨だ。だけど遅い。ラーミナ……」
「待てっ!」侵入者が再び魔法を詠唱しようとするのを遮る声を張り上げたダイキは、アルテッツァを庇うようにして前へ進み出た。
「俺はダイキ・アナン。ミズガルズ王国筆頭魔道士団、トワゾンドール魔道士団の首席で、この戦場の総大将だ」
ダイキの名乗りを平然と聞く侵入者が口を開く。
「ああ、分かってるよ。聖人様だろ。陛下のお目当ては卿だからな。オレはラブリュス魔道士団の第七席次、ティーダ」
「そうか……卿がティーダ卿か。目当てが俺なら、これで終わりだ」ダイキが投降の意思を示すと、ティーダは軽くうなずいてみせた。
「いいだろう。自分の立場を良く理解してる。卿に免じて、これ以上の殺生は止すとしよう」
微笑を浮かべたティーダが投降を受け入れる。
「い……いけません……!」
アルテッツァが苦悶を裂いて声を絞り出すと、声に振り返ったダイキが、
「すまん。でも、分かってくれアルテッツァ卿。ここで卿まで死なせちまったら、俺は自分の無力に耐えれなくなる」
とアルテッツァに微笑みかけた。
「ダイキ卿……」
アルテッツァの絞り出すか細い声に無念が滲む。
二人の様子を微笑を浮かべたまま見ていたティーダが、アルテッツァの左胸に標された真紅の数字を確認してから声をかけた。「第四席次ってことは、卿がアルテッツァ卿か。卿はいい上官に恵まれたな」
ティーダの軽い口調に、ダイキが振り返る。
「最後に治療だけ、させてはもらえないか」
「いいだろう。オレも聖人の奇蹟ってやつを、この目で見てみたい」ダイキの申し出に悩むことなくティーダは即答した。
「感謝する」
ダイキはティーダをまっすぐに見つめたまま短く謝辞を伝えると、アルテッツァに向き直って前腕が失われた左腕に、自分の右手をかざした。
「アイディフィカーテ」
ダイキが静かに詠唱する。
ぼんやりと発光するダイキの右手から、無数の金色に輝く粒子が発生するとアルテッツァの左前腕に集まった。 すぐさま出血が止まり、金色の粒子が徐々に失われた前腕を形づくっていく。 金色の粒子で形成された前腕がゆっくり肌色へと変化し、アルテッツァの左前腕がもとの状態を取り戻した。「ミズガルズを頼んだ、俺が戻ることはもうないような気がする。ドルミーレ」
ダイキはアルテッツァに語りかける言葉を、魔法の詠唱で締めくくった。
「ダイ、キ……きょ……」
アルテッツァは気を失うように眠りに落ちた。
倒れ込むアルテッツァを抱きとめたダイキが、アルテッツァをそっと地面に寝かせる。 ダイキの治癒魔法による治療の光景を凝視していたティーダが、ダイキの背中に声をかける。「眠らせたのか?」
「ああ、こうでもしないとアルテッツァは諦めないだろうからな……」ダイキの返答を聞いたティーダは感心を隠さず表情に表した。
「そんな芸当もあるのか。いや、しかし凄いな……欠損まで修復するのか。これが治癒魔法、聖人の、いや聖魔道士の力ってわけだ。陛下が執心するだけのことはある」
ティーダが口にした陛下という言葉にダイキは反応した。
「セナート帝国のミズガルズに対する宣戦布告は、この力だけが目的だったのか?」
「それは陛下に直接聞くといい。長居は無用だ。行こうか」 「分かった……」小さく首肯して立ち上がるダイキに対して、ティーダが感想を口にする。
「ダイキ卿。卿は公爵だと聞いてたが、卿からは貴族っぽい匂いがしないな」
「ああ、俺は庶民だったからな。閣下なんて呼ばれるのは未だにしっくりこない。さすがに十三年も魔道士をやってると、卿と呼ばれるのには慣れたけどな」 「召喚されし者、か。卿がいた世界ってのは、どんな世界だったんだ?」意外な問いだとダイキは思った。
「なんだ。興味があるのか?」
「オレは好奇心が旺盛でね。その好奇心には逆らわないようにしてる」ニヤリと笑ってみせるティーダの若々しい感覚の発露に魅力を感じる自分を、ダイキは否定できなかった。
「そうか……卿とは、違う出会い方をしたかったな」
ダイキの言葉にティーダがハハッと短く笑う。
「まあ、そう言うな。オレも庶民の出なんだ。卿とは気が合いそうだし、長い付き合いになりそうだ」
ティーダが口にした楽観的な予感には、うっすらとした根拠が含まれているようにダイキは感じた。
「俺をどうする気なんだ? 皇帝シーマ……陛下は」
「他国からは畏怖を込めて魔王なんて呼ばれてるが、臣下にとっては理想的な君主だよ、うちの陛下はな。まあ、会ってみれば分かるさ」 「……そうか」ティーダとともに天幕を出たダイキが、最初に見たものは死体だった。
側近の兵士たちが無惨な亡き骸となって倒れている。ある者は首を刎ねられ、ある者は上半身とか下半身が分かれて地面に転がっていた。(こんな光景を見るために俺は、この世界に召喚されたのか? この惨状は回避できなかったのか……そもそも俺が、この世界に召喚されてなければ……)
ダイキの胸の内で後悔よりも疑念に近い感情が湧く。
表情を強張らせたダイキを横目に見たティーダが軽い口調で言葉をかけた。「卿は奇跡的にミズガルズって島国で平和を享受してたみたいだけどな、オレにとってはこれが日常だ。テルスの大半もそうだろうさ」
ティーダの感覚がこの世界でのスタンダードな感覚なのだろうと思ったダイキは、これまでの平和な時間をどこか遠くに感じた。
ダイキにとっては異世界であるテルスと呼ばれる世界は、激動の時代を迎えていた。テルス聖暦一八八七年九月。
ミズガルズ王国がのちにペアホース防衛戦と呼んだ戦闘は、総大将であったダイキの投降により、わずか四日でその幕を閉じた。 戦場となったペアホースという国境の島から、大陸の覇権国家であるセナート帝国の軍は即時に撤退。 ミズガルズ王国が速やかに和睦を申し入れると、ダイキの身柄返還要求のみを拒否したセナート帝国との間に和睦は成立した。ダイキの息子が異世界テルスに召喚される二年前の出来事である。
アクーラが発した「ダイキ」の名に反応したカイトは、クラリティの前まで駆け寄ると父親の名前であるかを真っ先に確認した。「その、ダイキというのは、ダイキ・アナンですか?」「はい。聖魔道士であるダイキ・アナン卿です」「そうですか……」 言葉をつまらせたカイトへ寄り添うように、傍らへと歩み寄ったファセルが柔らかな声を掛ける。「カイト卿のお父様ね……魔道士団を構成する魔道士が十二名を超えたときには、通例として空位とされる第十三席次。その第十三席次に、ダイキ卿が就かれた。残酷だけれど、問われているわね。カイト卿の覚悟が」「……ええ、思ったより早かったですが……俺の覚悟が問われる局面ですね」「どうなさいます?」 ファセルの問いかけに対し、カイトは前を見据えたまま答えた。「……戦いましょう。俺は、トワゾンドール魔道士団の首席魔道士として遠征に加わりました。やらなきゃいけないことは、分かってるつもりです」「お父様と矛を交える事態にも、立ち向かう覚悟がお有りなのね?」「……はい。今の俺には、肉親よりも優先しなきゃならない使命があります」「結構。その覚悟が決まっているなら、わたしたちがカイト卿の矛となってさしあげましょう」「ありがとうございます。お願いします」 ファセルに向けて頭を下げたカイトの肩を、アクーラがグッと抱き寄せる。「このアクーラ・ウォークレットも付いてますからねえ。御安心召されよ、ってなもんなんですよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」 アクーラの性格に救われた気がしたカイトは、固まっていた表情を微かに緩めて礼を述べた。 カレラはゆっくりとクラリティへ歩み寄ると、敵の主体であるラブリュス魔道士団に籍を置く魔道士たちの所在を訊ねた。「クラリティ卿。我々の敵となる魔道士たちは、今どこに?」「街の中央に位置する、広場に集合しています」「一般の兵は?」「後方支援に当たる一般の兵が小隊規模で帯同していますが、広場にはいません。ヒンドゥスターンの国軍に属する一般の兵が接収されることもなく、ラブリュス魔道士団と第六魔道士団に属するセナート帝国の魔道士だけが広場に集まっています」「そうですか。では、案内願えますか?」「はい。こちらです」 すぐさま首肯を返したクラリティの先導で、カイトら十名の魔道士で構成されたは四ヶ国の混合部隊
カイトら十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた大型汽船は予定した航程を無事に進み、七日後となる四月十一日の朝に目的地であるベンガラの南東に位置する港湾都市チッタゴンの港に入港した。 セナート帝国側の抵抗を警戒した十名は、チッタゴンの港へ入港するのに合わせて甲板へ集合して哨戒に当たったが、港にはセナート帝国の魔道士はもとより、一般の兵の姿もなかった。「妙ですねえ……チッタゴンはどうでもいいってことですかねえ」 アクーラがぼそりとこぼした感想に、カレラはうなずきを返しながら答えた。「セオリーを無視するのはセナート帝国のお家芸だと聞いてはいたけど、実際に接すると気持ち悪いものね……ベンガラで迎え撃つ算段なのか、あるいは、すでに王都デリイに向けて全勢力で侵攻しているのか……」 ファセルが「どちらにせよ」と前置きを返してから、方針を口にした。「わたしたちの目的地が、ベンガラであることに変わりはないわ。早々に向かうとしましょ」 カイトたちを乗せた汽船は停泊の間を取らずに出航すると、ベンガラへの主要な交通手段として機能する深い河川を北上した。 何事もなく北上を続けた汽船は、昼前にはベンガラの河川港へと入港した。 カイトら十名の魔道士はチッタゴンに到着した際と同様に、甲板へ出て周囲を警戒したが、河川港にもセナート帝国の魔道士や兵の姿はなかった。 奇妙な静けさに対する気味悪さと拍子抜けを同時に感じながら、カイトはベンガラの河川港に降り立った。 河川港には最低限の着港に必要な作業員以外の人影はなく、警鐘だけが鳴り響いていた。「出迎えは警鐘だけですかあ。拍子抜けですねえ」 アクーラが全身を伸ばしながら感想をもらしたタイミングで、アクーラと共にメーソンリー魔道士団から遠征部隊に加わったエランが、前方を見据えながら警戒を促すようにアクーラへ声を掛けた。「その出迎えが、遅れて来たみたい」「おっと……あれえ? 一人ですかあ。というか、あの軍服……」 四ヶ国の筆頭魔道士団から選出された十人の魔道士に向かって、まっすぐに歩を進めるのはアパラージタ魔道士団の軍服を着たクラリティだった。 一人きりで四つの色が混合する十名の魔道士へ近付くクラリティの顔には、緊張の色がありありと表れていた。 アクーラはこちらに向かってくるクラリティを迎えるように、軽い足取りで歩み寄
天候に恵まれた四月四日。五ヶ国間での正式な締結を目前とする軍事同盟を構成する四ヶ国で、各々の筆頭魔道士団に籍を置く十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた汽船は、予定通りに正午の時の鐘に合わせてウァティカヌス聖皇国の港から出航した。 無用の犠牲を避けたいというカイトの意向と、四ヶ国の筆頭魔道士団に所属する魔道士で編成された連合部隊という背景によって、後方支援に当たる一般の兵すら含まない十名の魔道士のみとなった遠征部隊。その規模には不釣り合いな聖皇国の手配した大型の汽船の船上では、出航直後から酒が振る舞われた。戦地へと赴く緊張を緩和させるためというのが一応の名目ではあったが、緊張した様子をみせるメンバーはいなかった。 中でも列強の筆頭魔道士団においてエースナンバーである第三席次を預かる魔範士、アクーラ、カレラ、ファセルの三人は前日の壮行会の余韻を楽しむかのように酒を酌み交わしていた。 三人の姿に触れたカイトは強者の余裕を垣間見た気がした。「カイト卿。飲んでますかあ?」 アクーラは声を掛けながらカイトに近付くと、右隣に腰掛けて半ば空いていたカイトのグラスにワインを注いだ。「あ、はい。どうも……」 カイトにとっての天敵。刃を交えるような事態は最優先で避けるべき存在である四人のうちの一人。 召喚した存在を憑依させることで自身を強化する反則級の魔道士であるアクーラが、肩が触れあう距離にいるという事態に、カイトは恐縮を隠すことができなかった。 カイトの反応を見たアクーラが、その豊満な胸を突き出してポンと右手で叩いてみせる。「このアクーラ・ウォークレットが一緒なんですから、安心して呑んでくださいよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」「カイト卿はあ、いつでも、そんな感じなんですかあ」「そんな感じ、とは?」「えーとですねえ。冷静とはちょっと違ってえ、腰が低すぎる感じ?」「そうでしょうか?」 カイトが微苦笑を浮かべながら答えると、アクーラは語尾を伸ばす口調のままで指摘を口にした。「そうですよお。カイト卿は太魔範士で聖魔道士の首席魔道士なんですから、もっと堂々としてなきゃダメなんですよお」「魔力を持っているだけの駆け出しですよ、俺は」「いいですねえ。力への慢心が無いってのは、戦場では大事なことですよお。でも、力に見合う態度ってのが大事に
当初の見積もりよりも大幅に延びてしまった滞在に進んで付き合ってくれるだけでなく、独断と責められても文句の言えない今回の決断にも快く応じてくれるアルテッツァとセリカ、ステラの三人に向けてカイトは頭を下げた。「ありがとう……今回の遠征では太魔範士じゃなく聖魔道士として、ヒーラーの役割を果たしたいと思ってる。この身体は三人に預けます」 カイトの意思を聞いたセリカが「お任せ下さい」と朗らかな笑顔で答えながら、自分の胸をポンと叩いてみせる。 続けて「必ずお守りします」と答えたピリカも、やわらかな微笑みを浮かべてみせた。「お願いします」 三人に向けてもう一度頭を下げたカイトが、セリカとピリカの笑顔につられるように微笑む様子を見たアルテッツァが、会話を次に進める切っ掛けの仕草としてあごに手をやってから口を開いた。「それにしても……ファセル卿とカレラ卿、そして、あのアクーラ卿が同じ部隊に揃う姿を、この目で間近に見ることになるとは……当分は酒の席での話題にも困らないな」「その三人は、それだけ特別ってことか……」 あらためて今回の陣容を思い浮かべたカイトの呟きに、軽くうなずいてからアルテッツァが答えた。「ファセル卿とカレラ卿は西方を代表する魔範士として知られてるからね。アクーラ卿に至っては「鬼神」とも呼ばれた圧倒的な戦闘力で戦功を上げ続けた結果、出自やパトロンといった政治的な駆け引き無しに、格式を重んじるブリタンニア連合王国の筆頭魔道士団メーソンリー魔道士団の第三席次に就いてしまった。二十三歳で既に生きる伝説として語り種にもなってる御仁だ。それを抜きにしても、治癒魔法のみを行使するダイキ卿を含めても世界に二十人しかいない、魔範士が三人揃うだけでも凄いことだからね」 アルテッツァが挙げた理由の中でカイトが驚いたのはアクーラに関してではなく、ダイキについての事実だった。「なんか場違いでゴメン、だけど……父さんって、魔範士だったんだ?」 カイトの反応に驚いたアルテッツァは、目を丸くしてから明るい笑い声を上げた。「まさか知らなかったとは……いやあ、聖人の血筋には驚かされてばかりだ」「だよね……正直、父さんにはいまいち関心が薄いっていうか……掴めない存在だから考えないようにしてるっていうか……」 カイトの素直な打ち明けを聞いたアルテッツァが、同感を表すようにうん
遠征に自ら参加すると表明したカイトに対し、心配の表情を浮かべたヴァルキュリャが声をかけた。「カイト卿。卿は筆頭魔道士団の首席魔道士として貴国の国防を預かる身です。首席魔道士は国威の象徴として存在するのも役割の一つ。当然、それを承知の上での発言かとは思いますが……ここは、敢えて問います。本当に御自身が赴かれますか?」 カイトはゆったりとした頷きをヴァルキュリャに向けて返すと、努めて静かな口調で答えた。「ミズガルズ王国の現状を考えれば「俺が出る」のが最適解だと思います。俺は太魔範士であると同時に、治癒魔法を行使する聖魔道士です。俺が遠征に参加すれば、今回の遠征が持つ意味を担って戦地に赴く魔道士の方々の生存率は格段に上がります。それに、この場限りということで正直に打ち明けてしまうと、ミズガルズの国力は今回の同盟を結ぶ国の中で一段、低いのが現状です。ミズガルズ王国が同盟の中で役割を持つ、本当の意味で魔法国家として世界に認識されるには、首席魔道士として国威を背負う俺が直接、戦功を上げるのが最も分かりやすくて効果的だと考えています」 カイトの言い分を聞いたヴァルキュリャは「そうですか……」と短く呟き、理解を示しながらも心配の表情を変えることは無かった。 遠征に自ら参加する理由を打ち明けたカイトへの賛同を口にしたインテンサだった。「カイト卿の英断を尊重したいと私は考えます。さらに言えば、戦地へと赴く魔道士たちの安全を鑑みたカイト卿の思慮に感謝を申し上げる。卿の身の安全を優先するよう、同行することとなるカレラ卿には確と下命しておきましょう」 賛同を示してくれたインテンサに対して「ありがとうございます」と頭を下げたカイトの姿を見たシオンは、納得の表情を浮かべながら口を開いた。「わたしもファセル卿へしっかりと伝えておきます。今回の遠征を担う主要な顔触れは、以上で決定としてよろしいかと思いますが」 確認する間を置いたシロンが反論の無いことを受けてクーリアへと目配せすると、首肯を返したクーリアが会談を締めた。「遠征に関する四国の賛同と、遠征を担う魔道士についての人選も得られましたので、この会談はここまでとしたく思います。遠征の準備が整い次第、聖皇国から出航するという事で手配に入りたいと考えます。聖皇国としても出航までは全面的に協力することを、この場で約束いたします」
ヒンドゥスターン王国への侵攻を開始したセナート帝国の部隊が、ヒンドゥスターン王国の北東に位置する重要拠点であるベンガラを占拠したという報せは三日後の三月二十七日、ウァティカヌス聖皇国に滞在するカイトの元に届いた。 セナート帝国による侵攻の報を受けて、翌日の昼過ぎには対応を協議するための会談が聖皇の宮殿を会場として用意された。 聖皇国に滞在して同盟の締結に向けての調整に動いていたカイトら四名の首席魔道士と、宰相に就いた直後で王都を長く離れることが難しいドゥカティに代わり、聖皇国への訪問という形を取りながら滞在しているビタリ王国の外相ビモータ。そしてオブザーバーとして議事の進行を兼ねるクーリアの六名のみが会談に参席した。 進行役を兼ねるクーリアの、状況を整理する説明から会談は始まった。「三月二十四日。早朝の宣戦布告から、わずか数時間後にはセナート帝国のラブリュス魔道士団に在籍する六名、及び第六魔道士団の十二名で編成された部隊がベンガラへと攻め入りました。セナート帝国の南方元帥として知られるアリア卿が指揮する部隊は、ヒンドゥスターン王国のアパラージタ魔道士団に属していた二名の魔道士と、ブリタンニア連合王国のメーソンリー魔道士団から派遣されていた二名の魔道士を討ち取り、重要拠点であるベンガラの街をその日のうちに占拠しています。その際、アパラージタ魔道士団の第三席次に就いていたクラリティ卿は投降したとの事。まず、未だ正式な締結には至っていない同盟として、動くか否かを協議するべきかと考えます」 クーリアが説明を締めたのを受けて、シロンが蒼い瞳をヴァルキュリャへと向けた。「ブリタンニア連合王国としての正式な表明を待つまでも無く、メーソンリー魔道士団としては動かざるを得ない事態かと思いますが」「はい。シロン卿の仰る通りです。メーソンリー魔道士団は動きます」 シロンの問い掛けに対し、ヴァルキュリャはすぐさま明言をもって返した。 インテンサが長く骨張った両手の指を組み合わせたまま口を開く。「五国間の同盟、とは言っても実質は四国による軍事同盟ですが……いずれにせよ軍事同盟については未だ実務レベルでの協議中であり、正式に締結はされていない。しかし、その協議に要する時間を狙ったかのように、同盟の主たる仮想敵国であるセナート帝国が起こした侵攻であること。宣戦布告と同時に
Komen