LOGINカイトは祖父と父が失踪した現場である東京タワーを訪れた際に、召喚されて異世界へと転移する。 その異世界には魔法が実在し、国に属する魔道士と国防を担う魔道士団という仕組みも確立していたが、治癒魔法を行使できるのは異世界から召喚された者だけだった。 カイトの前に召喚されたのは二人のみ。その二人とは四十四年前と十五年前に失踪したカイトの祖父と父だった。 激動の時代を迎えていた異世界で強大な魔力を得て治癒魔法を行使する三人目の聖魔道士となった二十歳のカイトは、王配となっていた祖父と師事する世界最強の魔道士の後押しによってミズガルズ王国筆頭魔道士団の首席魔道士に就任することで英雄への道を歩み始める――
View More男の脳裏に浮かんだのは息子の顔だった。
この異世界に来てから産まれた娘の顔ではなく、元の世界で成長しているであろう五歳までの姿しか知らない息子の顔。 男は自嘲した。 父親らしいことを何もしてこなかった自分がこんな時にだけ息子を思うなど虫がよすぎる、と。小高い丘の上に張られた天幕の中に男はいた。
ミズガルズ王国の国旗が掲げられた天幕は、本陣としてその戦場にあった。「ダイキ卿……残念ながら彼我の戦力差は明らかです。戦況は刻刻と悪化しております。ここは撤退を……」
ダイキと呼ばれた男は、自分の身を常に案じてくれる青年の切迫した声で我に返った。
人払いが済んださほど広くもない天幕の中には、ダイキと青年しかいなかった。 長身の青年はダイキと揃いの純白の軍服を身に纏っており、その翠玉のように輝く瞳は憂いを帯びていた。 とうに中年となってしまった自分が失って久しい、若さのきらめきを感じさせる青年に憂いは似合わないとダイキは思った。 まさに敵の手が首にかかろうとしている逼迫した戦場の気配を感じながら、ダイキは口を開いた。「フォレスター卿とインプレッサ卿は?」
「遺憾ながら……」 「そうか……あの奇跡の親子が、こんなところで……アルテッツァ卿。俺はやっぱりお飾りの総大将だったみたいだ……」ダイキが吐露した弱気に、アルテッツァと呼ばれた青年の整った眉がぴくりと反応する。
「ダイキ卿。卿は聖魔道士にして、我らトワゾンドール魔道士団の首席魔道士。卿が救わねばならぬ命がある内に、そのような弱音を吐くべきではありません……!」
アルテッツァの叱責を、大希は素直に受け取った。
「いつでも温厚な卿を怒らせちまった……すまない。そうだな……俺には、まだやるべきことがある……」
ダイキが簡素な椅子から立ち上がった、その時だった。
本陣たる天幕の周りにはべていた側近の兵士たちが、ほぼ同時にどさりと倒れる音がダイキの耳に届いた。 不穏に反応したダイキの皮膚が粟立った瞬間、何者かが天幕に侵入した。 ダイキの目で捉えられる速さではなかった。 天幕の中に黒い影が侵入した、ダイキが認識できたのはそれだけだった。「見つけたぞ」
場違いに若い侵入者の声。
声の主は未だ少年の無邪気すら残香する若い男だった。 風属性魔法であるクッレレ・ウェンティーで加速している金髪碧眼の男は、漆黒の軍服を身に纏っている。 突如として現れた侵入者に反応したアルテッツァが、ダイキを庇うように身構えた。「グラディウス・ウェ……」
アルテッツァの魔法詠唱を遮るように侵入者が、
「ラーミナ・ウェンティー」
と魔法詠唱を終わらせる。
侵入者がみせた詠唱の異常な速さに、ダイキは目を見張った。 精神を集中させイメージを伝えるのに必要となる時間を無視したような速すぎる詠唱。 侵入者が発動した風属性魔法は、鋭利な風の刃となってアルテッツァを襲った。その軌道はアルテッツァが避ければダイキに直撃するものだった。 瞬時にアルテッツァが左腕を犠牲とする決断を下す。 風の刃を殴り付けたアルテッツァの左前腕部が吹き飛び、軌道の逸れた風の刃が天幕の天井を突き破る。「ぐがあぁぁぁ……」
ほとばしる鮮血とともに左前腕を失ったアルテッツァが悶絶を必死に堪える。
気を失うわけにはいかぬという強い気根だけを支えとし、凄絶な痛みと大量の出血による意識の混濁に抗ってアルテッツァは立ち続けた。「へえ、見上げた気骨だ。だけど遅い。ラーミナ……」
「待てっ!」侵入者が再び魔法を詠唱しようとするのを遮る声を張り上げたダイキは、アルテッツァを庇うようにして前へ進み出た。
「俺はダイキ・アナン。ミズガルズ王国筆頭魔道士団、トワゾンドール魔道士団の首席で、この戦場の総大将だ」
ダイキの名乗りを平然と聞く侵入者が口を開く。
「ああ、分かってるよ。聖人様だろ。陛下のお目当ては卿だからな。オレはラブリュス魔道士団の第七席次、ティーダ」
「そうか……卿がティーダ卿か。目当てが俺なら、これで終わりだ」ダイキが投降の意思を示すと、ティーダは軽くうなずいてみせた。
「いいだろう。自分の立場を良く理解してる。卿に免じて、これ以上の殺生は止すとしよう」
微笑を浮かべたティーダが投降を受け入れる。
「い……いけません……!」
アルテッツァが苦悶を裂いて声を絞り出すと、声に振り返ったダイキが、
「すまん。でも、分かってくれアルテッツァ卿。ここで卿まで死なせちまったら、俺は自分の無力に耐えれなくなる」
とアルテッツァに微笑みかけた。
「ダイキ卿……」
アルテッツァの絞り出すか細い声に無念が滲む。
二人の様子を微笑を浮かべたまま見ていたティーダが、アルテッツァの左胸に標された真紅の数字を確認してから声をかけた。「第四席次ってことは、卿がアルテッツァ卿か。卿はいい上官に恵まれたな」
ティーダの軽い口調に、ダイキが振り返る。
「最後に治療だけ、させてはもらえないか」
「いいだろう。オレも聖人の奇蹟ってやつを、この目で見てみたい」ダイキの申し出に悩むことなくティーダは即答した。
「感謝する」
ダイキはティーダをまっすぐに見つめたまま短く謝辞を伝えると、アルテッツァに向き直って前腕が失われた左腕に、自分の右手をかざした。
「アイディフィカーテ」
ダイキが静かに詠唱する。
ぼんやりと発光するダイキの右手から、無数の金色に輝く粒子が発生するとアルテッツァの左前腕に集まった。 すぐさま出血が止まり、金色の粒子が徐々に失われた前腕を形づくっていく。 金色の粒子で形成された前腕がゆっくり肌色へと変化し、アルテッツァの左前腕がもとの状態を取り戻した。「ミズガルズを頼んだ、俺が戻ることはもうないような気がする。ドルミーレ」
ダイキはアルテッツァに語りかける言葉を、魔法の詠唱で締めくくった。
「ダイ、キ……きょ……」
アルテッツァは気を失うように眠りに落ちた。
倒れ込むアルテッツァを抱きとめたダイキが、アルテッツァをそっと地面に寝かせる。 ダイキの治癒魔法による治療の光景を凝視していたティーダが、ダイキの背中に声をかける。「眠らせたのか?」
「ああ、こうでもしないとアルテッツァは諦めないだろうからな……」ダイキの返答を聞いたティーダは感心を隠さず表情に表した。
「そんな芸当もあるのか。いや、しかし凄いな……欠損まで修復するのか。これが治癒魔法、聖人の、いや聖魔道士の力ってわけだ。陛下が執心するだけのことはある」
ティーダが口にした陛下という言葉にダイキは反応した。
「セナート帝国のミズガルズに対する宣戦布告は、この力だけが目的だったのか?」
「それは陛下に直接聞くといい。長居は無用だ。行こうか」 「分かった……」小さく首肯して立ち上がるダイキに対して、ティーダが感想を口にする。
「ダイキ卿。卿は公爵だと聞いてたが、卿からは貴族っぽい匂いがしないな」
「ああ、俺は庶民だったからな。閣下なんて呼ばれるのは未だにしっくりこない。さすがに十三年も魔道士をやってると、卿と呼ばれるのには慣れたけどな」 「召喚されし者、か。卿がいた世界ってのは、どんな世界だったんだ?」意外な問いだとダイキは思った。
「なんだ。興味があるのか?」
「オレは好奇心が旺盛でね。その好奇心には逆らわないようにしてる」ニヤリと笑ってみせるティーダの若々しい感覚の発露に魅力を感じる自分を、ダイキは否定できなかった。
「そうか……卿とは、違う出会い方をしたかったな」
ダイキの言葉にティーダがハハッと短く笑う。
「まあ、そう言うな。オレも庶民の出なんだ。卿とは気が合いそうだし、長い付き合いになりそうだ」
ティーダが口にした楽観的な予感には、うっすらとした根拠が含まれているようにダイキは感じた。
「俺をどうする気なんだ? 皇帝シーマ……陛下は」
「他国からは畏怖を込めて魔王なんて呼ばれてるが、臣下にとっては理想的な君主だよ、うちの陛下はな。まあ、会ってみれば分かるさ」 「……そうか」ティーダとともに天幕を出たダイキが、最初に見たものは死体だった。
側近の兵士たちが無惨な亡き骸となって倒れている。ある者は首を刎ねられ、ある者は上半身とか下半身が分かれて地面に転がっていた。(こんな光景を見るために俺は、この世界に召喚されたのか? この惨状は回避できなかったのか……そもそも俺が、この世界に召喚されてなければ……)
ダイキの胸の内で後悔よりも疑念に近い感情が湧く。
表情を強張らせたダイキを横目に見たティーダが軽い口調で言葉をかけた。「卿は奇跡的にミズガルズって島国で平和を享受してたみたいだけどな、オレにとってはこれが日常だ。テルスの大半もそうだろうさ」
ティーダの感覚がこの世界でのスタンダードな感覚なのだろうと思ったダイキは、これまでの平和な時間をどこか遠くに感じた。
ダイキにとっては異世界であるテルスと呼ばれる世界は、激動の時代を迎えていた。テルス聖暦一八八七年九月。
ミズガルズ王国がのちにペアホース防衛戦と呼んだ戦闘は、総大将であったダイキの投降により、わずか四日でその幕を閉じた。 戦場となったペアホースという国境の島から、大陸の覇権国家であるセナート帝国の軍は即時に撤退。 ミズガルズ王国が速やかに和睦を申し入れると、ダイキの身柄返還要求のみを拒否したセナート帝国との間に和睦は成立した。ダイキの息子が異世界テルスに召喚される二年前の出来事である。
乾杯を済ませた八人の前には、彩り豊かな料理が次々と饗された。 レジアスの特産である様々な海鮮を多用した料理に各々が舌鼓を打ちつつ歓談する中で、この席での本題を切り出したのはアルシオーネだった。「異世界から召喚されてからのおよそ十ヶ月。カイト卿は就任した直後より我らトワゾンドール魔道士団の首席としての責を全うされておられます。それを踏まえた上で、敢えて問います。卿は実父であるダイキ卿のことを、どのように捉えておられますか」 アルシオーネの問い掛けは晩餐の席につく皆の手をピタッと止めたが、カイトだけは手を止めることもなく即座に返答した。「裏切り者です」 避けられない問いだと覚悟していたカイトが、前もって用意していた答えは単純だからこそ明確なものだった。「重ねて問います。裏切りに対する、断罪の意思はお有りですか」 続くアルシオーネの問いにも、カイトは「もちろんです」と短く即答した。「実の父親であっても、そこに躊躇はないと?」「父親だからこそ、です。既にラブリュス魔道士団の第13席次という立場にある父を、表立って非難できるのは実の息子である俺しかいないでしょうから」 第三席次を背負う深紅の強い眼光から目をそらさず答えたカイトに対し、アルシオーネは深い首肯を返した。「そうですか。カイト卿の御覚悟を聞くことが叶い安堵しました。御存知かと思いますが……先のペアホース防衛戦において、我がファリーナ家の分家に当たるマルティン家の、フォレスターとインプレッサの親子は戦死しています」「はい。聞きいています」「インプレッサと私は同い年で、魔道士官学校でも同期でした。父であるフォレスター譲りの勇猛さと、周りを明るくする明朗さを併せ持つ、気持ちの良い男でした……もし赦されるなら、私の手で仇を討ちたいという思いは捨て切れません」「……アルシオーネ卿のお気持ちは、しかと受け取りました。俺の首席としての役目は、第一に戦争を回避することであると認識していますが、同時にセナート帝国との衝突は不可避であるとも俺は認識しています。その際にはアルシオーネ卿の力を遺憾なく発揮していただきたいと、俺個人は思っています」 カイトの言葉を聞いたアルシオーネの、深紅の眼光が鋭さを増す。「衝突は不可避、ですか」「はい。セナート帝国はいずれ攻めてくるでしょう。地政学からいってもミズガル
「ストーリア・アナンと申します。お目もじが叶い光栄です」 握手に応じたストーリアの緊張を和らげるように、アルシオーネは穏やかな口調で応じた。「私に緊張する必要はありませんよ。女性同士のほうが口にしやすいこともあるでしょう。滞在中の用向きは遠慮なく私に仰ってください」「恐れ入ります」 頭を下げるストーリアの前へ進み出たレオーネは、膝を折ってストーリアの右手をそっと取った。「レオーネ・ファリーナと申します。お見知り置き願います」「ストーリア・アナンと申します。お目もじが叶い光栄です」「レジアスに滞在される間の護衛には私が当たりますので、どうか安心してレジアスでの滞在を楽しんでください」「はい。ありがとうございます」 レオーネの挨拶をストーリアの背後で聞いていたセリカは、軽口にも近い気楽な口調でレオーネへ声を掛けた。「ストーリア殿の護衛なら間に合ってるよ」 セリカの声に反応したレオーネは、にやりと笑みを浮かべて立ち上がった。「元気そうだな、セリカ。アルテッツァ卿とは変わらずか?」「ああ。レオーネこそ相変わらずのようだ」「久々に酌み交わすのが待てなくて、店はもう用意してある」「それは重畳。私も肴になる話はたっぷり用意してある」「そうか。それは一層楽しみだ」 打ち解けたやり取りをみせるセリカとレオーネの様子にストーリアがきょとんとしていると、セリカがストーリアへの説明を口にした。「レオーネと私は、王都の魔道士官学校で同期だったんです」「ああ、そうなのですね」 ストーリアが納得を声に込めて答えたタイミングで、アルシオーネが女性としては低く落ち着いており良く通る声で「さて」と会話を次へ進めた。「立ち話はこれぐらいにして、続きはワインでのどを潤してからとしましょう。本邸へ御案内します」 港の中央に位置するファリーナ家専用の車寄せには、ファリーナの権勢を誇示するようにきらびやかな3輛の屋根付き二頭立ての四輪馬車が並んで待機していた。 アルシオーネとレオーネ、カイトとストーリア、セリカとピリカが各々分乗する形で馬車へ乗り込み、オリムパス号のクルーがそれぞれの荷物を馬車へと運び入れた。 カイトらのレジアスでの滞在予定は一週間であり、その間はオリムパス号も逗留するとあってクルーたちの表情は揃って上機嫌なものだった。 荷物を積み込み終えた若
挙式から約半月が経過した7月2日。カイトとストーリアは新婚旅行へと出立した。 ミズガルズ王国にとって戦略的に重要なチョークポイントである、南西に位置するペアホース海峡と北東に位置するラペルーズ海峡への視察を兼ねたものだったが、半ば職務への随行となったことにストーリアが不平を漏らすことはなかった。 新郎新婦の護衛として随行したのは、セリカとピリカの二人だった。 ペアホース海峡へと向かう四人が乗り込んだのは、カイトとセリカにとっては見覚えのある客船だった。「このオリムパス号が、お二人の新婚旅行に花を添えることをお約束しましょう」 恰幅のいい船長は満面の笑みで、乗船したカイトへの歓待の意を示した。「シルバラード船長の船にまた乗れるなんて、俺は幸運ですね」 カイトも笑みで応じてシルバラードとの握手を交わした。「幸運なのは私どものほうですよ。カイト卿の乗船にクルーの意気も上がっております」「それはありがたいです。よろしくお願いします」 頭を下げるカイトの姿に触れたシルバラードが、ガハハと豪快に笑う。「腰が低いのは相変わらずのようですな。前回のように、クルーにも声を掛けてやってください。大喜びしますので」「はい。そうさせてもらいます」 オリムパス号は予定時刻の正午に鳴る時の鐘に汽笛を重ね、最初の目的地となるペアホース海峡に接するレガシィ領のレジアス港へ向けて出港した。 レガシィ領はミズガルズ王国の西端に位置しており、日本列島に似た地形であるミズガルズ列島の西、日本で言えば九州に相当するエリアだった。 御三家と呼ばれる有力貴族の中でも最大の勢力を誇るファリーナ家が治める地で、国土の西を広範囲に抑えるファリーナ家は鎮西家とも呼ばれていた。 ストーリアの生家であるカストリオタ家はファリーナ家の分家に当たり、その領地は日本で言えば四国に相当するエリアの一部だった。 レジアス港はミズガルズ王国にとって最重要に位置付けられる港湾であり、港湾都市であるレジアスは太古からアフラシア大陸との交易の中心であって、今の王室が成立する以前から外交を担っていた長い歴史を有する古都でもあった。 歴史的な背景もあって独立性の高い気風が根差しており、ファリーナ家はその気風を支える精神的な支柱としても機能していた。 王都のプログレ港を出港したオリムパス号が、レジアス港へ
晴れて夫婦となったカイトとストーリアが、結婚を機に延び延びとなっていた引っ越しを披露宴前日までに済ませた二人の新居へと戻ったのは、6月の太陽がすっかり沈んだ頃合いだった。 サイオン公爵としてサイオン領を拝領しているカイトではあったが、筆頭魔道士の首席魔道士としての職務を優先させ、王宮からほど近い位置にある王都の中でも有力な貴族の所有する屋敷の建ち並ぶエリアが二人の新居として選ばれた。 御三家の中でも王都に最も多くの土地を所有するガンディーニ家の所有していた屋敷を王室が買い取り、改装された屋敷は公爵でもあるカイトが構える屋敷としては最小限の大きさに抑えられた。 カイトの希望を宰相セルシオが聞き入れた結果として選ばれた小振りな屋敷は、ストーリアの希望もあってそこで働く使用人も最小限に抑えられた。 使用人の面談などはストーリアがすべて行い、それがストーリアにとってサイオン公爵夫人としての最初の仕事となった。 主である二人の帰宅を待っていた使用人たちにストーリアが本日の業務終了を告げてから、食堂へと移動したカイトとストーリアは互いにどこか落ち着かなかった。「なにか飲まれますか?」「ああ、そうだね……いや、自分で淹れるよ」「では、わたしは湯浴みしてまいります」「うん……」 食堂に残ったカイトは酔い醒ましのハーブティーを淹れることにした。 何か体を動かしていないと落ち着かない自分を少し情けなくも思ったが、初夜を前にして湯浴みしている妻を悠々と待っているだけの胆力など今の自分にはないとカイトは自認していた。 カイトが食堂でハーブティーを飲んでいると、湯浴みを終えたストーリアがシルクの寝衣で現れた。 頬をかすかに上気させたストーリアが、カイトの目にはやけに艶めかしく映った。「カイト様も湯浴みなさいますか?」「あ、ああ、うん。そうするよ……そうだ、ストーリアにお願いがあるんだけど」「なんでしょうか?」「俺に対しての敬語はもう無しにしない?」 カイトの提案を聞いたストーリアが右手の人差し指を頬にあて、少し迷った顔を作ってみせる。「そうですね。努力してみますが、すぐには難しいです」「そうか。うん、分かった。おいおいだね。じゃあ、湯浴みしてくるよ……あ、もう一つだけお願いがあって……」「なんでしょう?」「これからは寝るときに香水はつけないで欲