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第14話

Auteur: 卿々
深雪は覚悟を決めた。こんな体では、人に迷惑をかけるだけだ。愛情がなくても、きっと生きていける。

「深雪ちゃん、どうしてそこでしゃがんでいるの?冷たいでしょう、早く立ちなさい」深雪の母は腰をかがめ、深雪の背中を優しく叩いた。

目の前に生き生きと立つ母親を見て、深雪の涙がさらに溢れた。すぐに母に抱きつき、その胸に顔を埋めた。

「お母さん……お母さん……本当に会いたかったよ」声が詰まった。

深雪の母は今日の娘の様子に戸惑いながらも、深雪の頭を撫でて囁いた。

「大丈夫、大丈夫よ。お母さんはここにいるから」

「また変なこと言い出して……熱でもあるの?」

額と額を合わせて熱を確かめる母。

「平熱じゃない。もう、泣くのよそうね。ご飯を作ってくるから」

背中をぽんと叩かれ、深雪はなぜか出かけると言っていたのに家にいるのかと問われずに済んだ。きっと恋の悩みだろう、と母は思ったに違いない。

深雪は子犬のように母の後をぴったり付いていった。

――ああ、お母さんが生きている。

今度こそ、早く検査を受けさせて、治療を受けさせる。そうすれば、まだ何年か一緒にいられるかもしれない。

チーン

宏は携帯を開き、胸を弾ませながら深雪のメッセージを確認した。次の瞬間、冷水を浴びせられたように凍りついた。

断りの文面が目に飛び込んできたのだ。

昨日まで普通にやり取りしていたのに、なぜ急に?もしかしたら寝坊して恥ずかしがっているだけか、それとも迷っているのか――そう自分に言い聞かせ、慌てて通話ボタンを押した。しかし、赤いエラーマークが残酷に点滅する。

「どこがまずかったんだ?寺での告白はダメだったか?デートで山に連れて行ったのが……」

自分を誤魔化す思考が渦巻く。そもそも深雪の気持ちすら確かめられていなかった。友達としての接し方を、勘違いしていただけかもしれない。

腿に置いたスカシバナの花束を眺めながら、宏は石段を一段ずつ登り、二人分の御守りを握りしめた。何の変哲もない布切れだが、込めた思いだけが特別なのだ。数日前に深雪を誘った時の勇気は、今や跡形もない。

「会いに行っていいのか?会ってくれるのか?」

宏は臆病で、プライドが低かった。理由も告げずに「死刑」を宣告されたのに、問い詰める勇気さえ持てない。片思いの心は常に不安で、卑屈になりがちなものだ。

「あんなに輝い
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