翔平は人々の視線を一身に浴びながらも、まるで譲る気のない一言を口にした。「……俺は彼女がいい」突然の指名に、鈴は表情を険しくしながら静かに拒んだ。「それは少しご遠慮いただきたいね」翔平の顔に不機嫌の色が浮かぶ。だが、多くの人が見ている場で強引に押し通すこともできず、真央に腕を引かれ、仕方なくその場を離れた。ふたりが去ったあと、安田祖母が急いで鈴のもとに駆け寄る。「鈴ちゃん、大丈夫だったかい?」鈴はふっと息をついて、かすかに首を振った。「はい、大丈夫です。おばあさんの体調のほうこそ……いかがですか?」「私は平気よ、いつもの持病がちょっと出ただけ……」そう答える祖母の言葉が終わらぬうちに、階段の上から怒鳴り声が響いた。「この悪ガキ!何てことしてくれたの!」双葉が、七歳か八歳くらいの男の子の耳をつかんで階段を降りてくる。男の子の体はカラフルな絵の具で汚れ、手には筆を二本握ったまま、泣き顔で引きずられていた。「うわああんっ!」その泣き声は広間中に響き渡り、場の空気が凍る。安田祖母は眉をひそめ、不快そうに叱った。「もうやめなさい!こんな人前で恥ずかしくないの?」双葉は顔をひきつらせながらも、内心焦っていた。本来、標的は鈴のはずだった。ところが、絵の具まみれになったのは翔平。このことが本人に知られたら、自分の息子がどう責められるか分かったものじゃない。先手を打つしかない、と判断した双葉は、すかさず祖母に頭を下げた。「お母さん、子どもがふざけてただけなんです。まさか翔平があんなことになるとは思わなくて……もうきつく叱っておきましたし、翔平にも大目に見てもらえると……」しかし祖母は目を細めるばかりで、返事すらせず、そのまま鈴の手を引いた。「さあ、鈴ちゃん。行きましょう……」鈴はその手に導かれながらも、どこか胸の奥に引っかかるものを感じていた。──何かがおかしい。その不安は、階上の部屋の中で、静かに現実となっていた。……真央は使用人たちを部屋から下がらせると、静かにドアを閉めた。室内には、翔平とふたりきりの空間が広がった。翔平は背中を向けたまま、汚れたジャケットのボタンを外し始めた。まだ真央が部屋にいることに気づいていない。だが、次の瞬間──「翔平、手伝
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