「そうそう、たぶんそういうことなんじゃない?でもさ、社長がアシスタントと付き合うなんてね……。もし相手を選ぶなら、三井さんみたいな家柄の人じゃないと、やっぱり釣り合わないでしょ」「……」林は入口のそばに立ったまま、聞きたくもない社員たちの噂話を耳にしていた。手は気づかぬうちに、ぎゅっと握りしめられている。胸の内には言いようのない苦味が渦巻いていた。目の奥には、重く沈んだ影が落ちていた。その頃、鈴と仁は社内を一通り回り、会社の運営状況を把握し終えていた。「どう?鈴。MTグループとの提携、考えはまとまった?」そう訊かれ、鈴はにやりと眉を上げた。「考えるもなにもないわよ。身内の利は外に出さないって決まってる。もう、話は決まりね」仁は満足そうに頷いた。「いい返事だ。じゃあ、明日には両社の担当を動かして、契約の段取りに入ろう」「さすが仁さん、話が早いわね」鈴は笑いながら、軽く肩をすくめた。ふたりはそのまま廊下を並んで歩きながら、仁がふと立ち止まり、顔を向ける。「仕事もひと段落ついたし、ちょっと気分転換に出かけないか?」「……え?どこか行くの?」鈴が目をぱちくりさせると、仁は唇の端を持ち上げて言った。「覚えてるよ。君、子どもの頃、馬が大好きだったろ。――馬場に行ってみるか?」その言葉に、鈴は驚いたように目を見開いた。「えっ、まだ覚えてたの?うん……たしかに、最近は全然乗ってないけど、そう言われるとちょっと乗りたくなってきた。行こうか!」「よし、決まりだ」仁はためらうことなく車を出し、そのまま鈴を馬場へと連れて行った。平日の午後。馬場には客の姿もまばらだった。二人が入口に立つと、すぐにスタッフが駆け寄ってきた。「田中様、三井様、いらっしゃいませ!」鈴は驚いた。初めて来る場所のはずなのに、まるで常連のように名前を呼ばれたのだ。仁は軽く頷きながら、スタッフに声をかけた。「……あの白馬を用意してくれ」指示を受けて、まもなく一頭の白馬が引かれてくる。堂々とした姿に、鈴の瞳が輝いた。「わぁ……すっごく綺麗な馬!」仁は馬の手綱を受け取り、鈴の前に差し出した。「乗ってみる?」まるで言葉を理解しているかのように、白馬は静かに膝を折った。「この馬、ほんとに賢い
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