口に運ぼうとした薬は、あまり入らないうちに彼に押し戻された。「体が汚れてるし、臭いもひどい。出てってくれ」田中仁は自分を指してそう言った。「昔はあなたも、よく私の面倒見てたくせに」三井鈴は引かずに、彼のそばへ寄った。「この酔っ払い」田中仁は顔を逸らした。彼女の澄んだ目を見るのが、どうしてもできなかった。「赤司」彼は立ち上がり、外にいるだろう相手を呼んだ。三井鈴はすぐさま詰め寄る。「彼ならもういないよ。今ここにいるのは、私だけ」田中仁は無言でスマホを取り出し、彼女の目の前で電話をかけた。返ってきた声はこうだった。「本日ご確認いただく書類はすべて三井さんからお渡ししました。どうかしっかりお休みください。品田誠也の件は、時間がかかります」彼はそのままバスルームへ入り、扉を閉めて洗顔を始めた。「品田誠也は帰ったか?」「新しい案件を手に入れて、十分儲けもありますし、午後の便で発ちました」「安野彰人の娘が妊娠してたんじゃないのか?」「一緒には行ってないです。品田もそこまではリスク取れないです」「もう確定したか?その子は誰の子かって」「彼の子です。DNA鑑定書は、三井さんがお渡しした書類に入ってます」顔を洗ったあと、田中仁は多少すっきりした顔で扉を開けた。そこには、バルコニーでスマホを操作している三井鈴の姿があった。彼はテーブルの資料から鑑定書を取り出した。間違いなくそこにあった。「城戸、どういうつもりで契約を白紙にするなんて言ってきたんだ?」三井鈴にも連絡が入っていた。城戸が一方的に契約を取り下げたのだ。「何度も言ったよね?これは私とあなた二人の協力であって、他の誰かは関係ないって」「わかってる。でもさ、マサには命を救われたことがある。今こそ恩を返す時だと思ってさ。それに南山の土地は、君にとっても最高の選択肢じゃないか?」城戸は本当に困っていた。あれは大学時代、彼は誤って川に落ち、溺れかけた。そのとき救い出したのが、安田悠叶だった。それをきっかけに、ふたりは親友になった。それからの長い年月、安田悠叶はその話を一度たりとも利用したことはなかった。けれど今……たったひとりの女性のためにそれを持ち出してきた。城戸にとっても衝撃だった。三井鈴は怒りに目の前が真っ暗になりそうだった。時間は迫っている。どう
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