All Chapters of 目黒様に囚われた新婚妻: Chapter 711 - Chapter 720

隼人が身を挺して走り出す姿を見て、瑠璃は一瞬、呆然と立ち尽くした。その時、後方で足音が響き、雪菜が驚いたように振り向いた。隼人の姿を見た瞬間、彼女の顔色が変わり、再びナイフを手に取り、地面に縛られた蛍のもとへと向かった。そしてナイフの先端を彼女の喉元に押し当てた。「お兄さま！近づくな、さもないと瑠璃を殺すわよ！」雪菜は隼人に向かって叫び、脅迫するように言い放った。隼人は一心に陽ちゃんを助けることしか頭になかったが、突然耳に飛び込んできた「瑠璃を殺す」という言葉に、反射的に振り返った。そこには、血だらけで木に縛られている女がいた。彼はよく目を凝らして見た――それは瑠璃ではなく、蛍だった。おそらく、明日香……いや、蛍と瑠璃の顔があまりに似ているため、雪菜が勘違いしていたのだ。彼女は蛍を瑠璃だと思い込み、その憎しみすべてを彼女にぶつけていたのだ。その顔と頭に刻まれた傷の数々を見て、隼人はぞっとした。そして何より、瑠璃が無事であることに、心底安堵した。彼はもう振り返ることなく、陽ちゃんの元へ駆け寄った。「きれいなお兄ちゃん！」陽ちゃんは車内から声を上げ、泣きながら叫んでいた。「ママ……ママをいじめないで……ママ……ううう……」小さな目は腫れ上がり、声も枯れ気味だった。隼人の心は張り裂けそうだった。急いでドアを開けようとしたが、ロックされていて開かなかった。すべての窓は閉まっており、かろうじて陽ちゃんの前の窓に小さな隙間が開いていた。「隼人、助けて！この女、頭がおかしいのよ！あの女は狂ってるの！」蛍は隼人に助けを求め、彼が一度でも自分を振り返ってくれることを願った。だが隼人は完全に無視し、ただ車の中に閉じ込められた陽ちゃんを助け出すことしか頭になかった。「きれいなお兄ちゃん……ううう……」「陽ちゃん、怖がらなくていい……パパが絶対助けるから、絶対に！」混乱の中でも隼人の声は落ち着いていた。娘を安心させるため、必死に気持ちを抑えていた。「隼人！助けて、助けてよ！」蛍は叫び続けたが、隼人は一切彼女に目もくれなかった。雪菜は違和感を覚えはじめた。あれほど瑠璃を愛していた隼人が、どうして目の前で危険に晒されている瑠璃を放っておけるのか？不審に思って蛍の顔をよく見ようとしたそ

瞬は、これまでどんな女ともキスを交わしたことがなかった。あの夜、遥と関係を持ったときでさえ、彼はキスをしなかった。それなのに――この女は、恐れも知らず自ら彼の唇を奪った。――くそっ、なんて女だ。瞬は眉をひそめ、容赦なく遥を突き飛ばした。漆黒のオブシディアンのような瞳が、怯えた遥を鋭く見据えた。「警告したはずだ。俺に近づくなと」遥は倒れたまま体を起こし、涙に濡れたまつ毛を震わせながら彼をじっと見つめた。「あなたのそばにいられるなら……たとえあなたが火だとしても、私は喜んで飛び込むわ」彼女は狂おしいまでの想いを口にし、そっと瞬のそばへにじり寄っていった。彼のまだ血の滲む掌を取り上げ、愛おしげにそれにキスをした。瞬は、目の前で跪く彼女をじっと見つめたかと思うと、突然その腕を引き、遥を引き寄せた。その瞬間、目の前に現れたのは完璧すぎる彼の顔。心拍数が跳ね上がり、遥の理性はどこかへ吹き飛んでいた。だが次の瞬間、瞬は彼女を机の上に押し倒した。「本当にそんなに俺が好きなら――後悔するなよ」冷たい微笑を浮かべる彼は、まるで闇の王のようだった。遥は恍惚とした表情で彼を見つめた。「後悔なんてしない。たとえあなたにとって私は闇の中の玩具にすぎなくても、それでも構わない」その言葉に、瞬は一瞬目を細めた。彼女の狂おしいほどの執着は、想像以上だった。――だが、それがどうした。彼の心にいるのは、ただ一人――暗闇の中で唯一、光を見せてくれた、瑠璃だけだった。……夜が明けて。翌朝、青葉はニュースで雪菜が逮捕されたことを知った。報道によると、雪菜は車の爆発に巻き込まれ、全身の85%に及ぶ重度の火傷を負い、片足を切断。もはや廃人同然の状態だという。まさか、あの女がこんな末路を迎えるとは。青葉はしみじみとした気持ちにはなったが、同情の念など微塵もなかった。自分を殺そうとした相手に、情などあるはずもなかった。さらに画面には、もう一人の女が重傷を負ったという報道もあった。頭部から流血し、顔面は無残にも切り裂かれていた。その瞬間、青葉の脳裏に瑠璃の顔が浮かび、彼女は思わず立ち上がった。ちょうどその時、隼人が階段を降りてきた。「隼人、昨日の件だけど……」「千璃ちゃん？」問いかけるより

隼人が突然キスをしてくるとは思わず、瑠璃は一瞬、呆然とした。思わず押し返そうとしたが、隼人はその腕をさらに強く抱きしめた。彼の体から漂う淡いシダーウッドの香りが、鼻腔をくすぐるようにして心の奥へと入り込み、まるで魔法のように彼女の心を揺さぶった。瑠璃は、目を閉じたまま深く情熱的にキスをしてくる男の顔を見つめ、長くカールしたまつ毛がふるふると震えるのを見ていた。指先は無意識に、彼の腕を掴んでいた。隼人は、最初は抵抗していた彼女が、次第に受け入れつつあるのを感じ、心の底から喜びを覚えた。彼は彼女の唇に優しくキスを重ね、それからそっと唇を離した。そのまま細長く深い目で瑠璃を見つめ、囁くように言った。「千璃ちゃん……二人の子供のためにも、もう一度やり直さないか？」「パパとママ、何してるの？」隼人が返事を待つ緊張の最中――突然、可愛らしい疑問の声がドアの方から聞こえた。瑠璃は驚いて隼人を押しのけ、起き上がった。心臓は激しく鼓動し、頬には自然と赤みが差していた。「君ちゃん、ママはちょっと用事があるの。ここにいたいなら、少し待ってて。後で迎えに来るからね」そう言って、瑠璃は足早に部屋を出て行った。君秋はぱちくりとした澄んだ瞳で、ベッドの上で呆然としている隼人を見上げた。「パパ、どうしたの？」隼人は我に返り、心が満たされるような感覚の中で微笑み、そっと君秋の頭を撫でた。「君ちゃん……パパ、すごく嬉しいよ」「嬉しい？パパ、怪我してるのに嬉しいの？」君秋は小さな眉をひそめた。隼人は瑠璃が出て行った方を見つめ、意味深に微笑んだ。「君ちゃん、パパとママ、それから君ちゃんと妹、みんな一緒に幸せに暮らしたいって思わないか？」「思う～！」「じゃあ、君ちゃん。パパのお願い、ひとつだけ聞いてくれる？」君秋は真剣な顔で隼人を見つめ、すぐにコクリと頷いた。……蛍はなんとか命を取り留めたものの、顔には二本の深い傷痕が残った。数日休養して、傷は徐々に癒えてきたが、痕は簡単には消えなかった。あの夜、雪菜がまるで狂人のように彼女を殴り、罵り、顔を切り裂いたことを思い出すたび、蛍は怒りで震えた。――あの女を、この手で締め殺してやりたい！しかし雪菜はもう収監されていて、直接的に怒りをぶつける相手はいない。

「なんだって！」青葉は勢いよく立ち上がった。「それ、本当なの！？」「おばさまに嘘なんてつくわけないじゃないですか」蛍は眉をひそめ、いかにも悔しそうに顔を歪めてみせた。「この顔と額の傷を見れば、私が嘘を言っていないことくらい、すぐにわかるはずです」青葉は彼女の顔を見上げると、その表情はみるみるうちに険しくなった。「このクソ女……やっぱり、最初からそんなに優しいはずがないと思ってたのよ！」もともと瑠璃に対して根強い不信感を抱いていた青葉は、たった数言で完全に煽動されてしまった。内心でほくそ笑みながらも、蛍は無垢な表情を装って続けた。「よく考えてみてください。瑠璃がおばさまのことをどれだけ恨んでいたか……そんな相手を、本気で助けようとしますか？もしあなたが彼女の立場だったら、敵であるおばさまを助けに行くんですか」青葉は思わず自分に置き換えて考え、すぐに顔をしかめて吐き捨てた。「もし私が瑠璃だったら、あんな姑なんて、絶対に助けないわよ！」「……」その言葉に、蛍はもう少しで笑い出しそうになるのを必死に堪えた。青葉は数秒の沈黙の後、怒りに任せて声を荒らげた。「だから言ったじゃない！あの女、心の中では私が死ねばいいと思ってたに決まってるのよ！命懸けで助けに来るわけなんて、最初からなかったのよ、やっぱり理由があったんだわ！」さっきまで少しだけ芽生えていた好意は、蛍の一言一言によって跡形もなく消え去っていた。何年も付き合ってきた中で、蛍は青葉の性格を熟知していた。少しのご機嫌取りと、巧妙な誘導で、彼女の思考を簡単に誘導できるのだった。――今回も、思った通り。蛍が屋敷を出たあと、青葉は急いで家を出て、拘置所にある病棟へと向かった。そこで、全身を包帯に巻かれ、顔すらもぐるぐる巻きになっている雪菜と面会した。「まともに生きていれば、こんなことにはならなかったのに……」青葉は憤りながら言い放った。「はっきり言いなさい！あんた、瑠璃と一緒になって私を騙したのね？あの女に買収されて、最初から芝居だったんでしょ！？私のことなんて、二人して心の底では憎んでたんでしょう！」雪菜は、なぜ急に青葉がそんなことを言い出したのか理解できなかったが、もはや失うものもなかった彼女は、半ばヤケになって答えた。「その通

この一瞬、隼人は心から願った。――もしも自分の視力がまだ戻っていなかったら、どれほどよかったか。目に映った光景は、あまりにも辛く、あまりにも眩しかった。頭の中が真っ白になり、ただ呆然と立ち尽くした。彼の視界には、瑠璃が瞬の腕の中に大人しく抱かれ、そのまま車に乗り込んでいく姿しかなかった。――千璃ちゃん。やはり、俺にもう一度のチャンスを与えてくれないんだね。――結局、お前が選んだのは瞬だったのか。走り去っていく車を見つめながら、隼人は秋風に吹かれていた。冷たい風が吹き抜けるその中で、彼の心もまた、氷のように冷たくなっていった。……今日のディナーは、瞬にとって明確な計画だった。今、彼の肩に頭を預け、頬を紅潮させている瑠璃を見て、瞬はそっとその火照った頬に指を滑らせた。「千璃……俺は隼人よりも君を大切にできる」「彼が与えられないものを、俺ならすべて与えられる」そう囁いたあと、彼は瑠璃の長い髪にキスを落とし、優雅な顔立ちに一抹の暗い微笑みを浮かべた。「千璃……君は、俺のものだ」瑠璃の耳には、誰かが何かを語りかけている声が微かに届いていた。だが、意識は朦朧としており、思考は混乱していた。身体が熱く、全身が怠くてたまらない。どれほど時間が経ったのか、車が停まった。瑠璃は、誰かに抱き上げられる感覚をかすかに覚えていた。遥は落ち込んでいた。今夜、瞬が瑠璃をキャンドルディナーに誘って出かけたと知っていたからだ。しかし突然、玄関の方から物音がし、振り向いた彼女の視線に映ったのは、瑠璃を抱きかかえて帰宅する瞬の姿だった。瑠璃の顔は赤く、意識は朦朧としているように見えた。「瞬……」遥は不安げに声をかけた。「千璃さんはどうしたの？医者を呼んだ方が……」だが、瞬は遥に一瞥もくれず、そのまま瑠璃を抱いて階段を上っていった。「瞬！」「離れろ」冷たく鋭いその一言だけを残し、彼は足を止めることなく歩き去った。遥は唇を噛み締め、その背中を見送るしかなかった。瞬が瑠璃をどうするつもりなのか――想像するだけで、心が張り裂けそうだった。自分が彼に逆らえないことも、瑠璃が瞬に恋愛感情を持っていないことも、遥はよく分かっていた。それでも、この状況で二人が関係を持てば、瑠璃はきっと深く傷つくだろう。