All Chapters of 社長、早く美羽秘書を追いかけて!: Chapter 351 - Chapter 360

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第351話

「起きたばかりで見たの。誰かが私に送ってきたもので……」美羽はまだ寝起きで声がかすれ、しかも少し怯えていた。あの数枚の写真は、まるで火の付いた爆弾だ。まるで彼女が誰かに結意を痛めつけさせ、その「成果報告」として相手から写真を受け取ったように見えるからだ。スマホを握る手が震えていた。だが、急いては事を仕損じる。だから恐怖を感じても取り乱すべきではない。もう一度送信時刻を見ると――「午前4時に送られてきていた。折り返し電話したけど、番号はすでに電源が切られていた」星璃はすぐに要点を掴んだ。「インターネットの仮想番号じゃない?誰も使ってない番号でもなく、普通の電話番号なの?」美羽は唇を噛んだ。「ええ、普通の電話番号。所在地は星煌市だった」「……それは微妙ね」星璃はペットボトルのキャップをひねりながら言った。「番号を送って。友達に調べてもらうわ。私は今、空港に向かってる。翠光市行きの最寄りの便よ」本来なら新幹線の方が便利だが、切符が取れなかったので仕方なく飛行機を選んだ。美羽は番号をコピーしてLineで送った。通話はまだ続いていて、星璃が急に声を張った。「美羽」「うん、聞いてる」星璃は一字一句丁寧に問いかけた。「確認したい。この写真、この件、美羽は本当に関係ないのね?」美羽は、彼女がこう尋ねるのは安心したいだけだと分かっていた。目を閉じ、写真を見た瞬間の混乱が過ぎ去り、徐々に冷静さを取り戻していた。「私とは、絶対に、関係ない」「分かった。じゃあ私の言う通りにして――すぐに警察へ連絡して、この写真を渡して」美羽は一瞬、ためらった。まるで盗まれた宝物が突然自分の手に現れたようで、説明できず、結局は泥棒扱いされるのではないかと怖いのだ。だが星璃は言った。「美羽がやっていないことなら、法律は必ず潔白を証明してくれる。誰にも害されない。でも、自分から差し出さなければ、後で発覚した時にもっと厄介になるの」美羽は息を吐いた。「分かった」「何かあったらすぐ連絡して」電話を切った星璃は、ますます不可解に感じていた。特に、仮想番号を使わなかった点が妙だった。美羽は改めて結意の写真を見つめた。昨夜は、スタッフがすぐに気づき、最悪の事態を免れたのは不幸中の幸いだと思っていた。まさか、あの二人の男が写真まで撮
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第352話

美羽が警察署に着いたとき、今回はもう事務室ではない。冷たく無機質な取調室だ。二人の警官の正面の椅子に座ると、厳しい圧迫感が全身を覆った。彼女は唇を結び、「私は彼らをまったく知らないし、指示した覚えもありません。彼らは私を盾にしているか、あるいは故意に陥れようとしているだけです」と言った。男性警察官は、二人の男が彼女に道を尋ねている写真を取り出した。「彼らはこう言っています。これは、真田さんに宮前さんの顔を確認してもらっていたのだと」美羽は荒唐無稽だと感じた。「嘘です!彼らは本当に道を尋ねてきただけです」さらに男性警察官は言った。「彼らのカバンから60万の現金を発見しました。真田さんが直接渡したと言っています。技術鑑定でも、紙幣の上から真田さんの指紋が検出されました」「……」美羽の身体は椅子の背もたれに沈み込み、陰謀の気配が四方八方から鼻口耳に入り込んでくるようだった。――やっと分かった。言葉を失った彼女を見て、警官たちは視線を交わした。女性警察官が一枚の薄い紙を差し出した。「今から真田さんを一時勾留します。これは勾留状です。ここに署名してください。それから携帯電話とパソコンを提出していただきます。それに住居の捜索も行います」美羽は、自分の心臓が数千キロの重さになったように感じた。やがて、結意のあの数枚の写真も警察に発見され、事情を問われた。「誰かが私に送ってきたんです。今朝、島崎さんに連絡したのも、この件を話そうと思ったからです」――だが話す前に警察署まで呼び出されたのだ。男性警察官が言った。「その写真を送った番号は、まさにあの二人のものです。無関係なら、なぜ真田さんに送る必要があるのですか?」美羽は口角を引きつらせた。「それは彼らに聞くべきでしょう?私はただの受信者です。彼らの考えまで分かるはずがないし、送ってくるのを止める術だってありません」「彼らは言いました。60万円は前金で、写真を確認したあとに残りを渡す手はずだったと」美羽は冷ややかに笑った。「彼らの言うことは信じるのに、なぜ私の言葉は信じないんですか?」「真田、態度に気をつけろ!」男性警察官が声を荒らげた。もう言葉は出なかった。まるで細かく張り巡らされた網に絡め取られたように、無感覚でつぶやいた。「弁護士に会わせてください
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第353話

美羽は思わず可笑しささえ込み上げ、星璃に問いかけた。「他人にこんなことを教唆したなんて、しかも二人以上で……未遂でも、けっこう重い刑になるんじゃない?」星璃は淡々と答えた。「証拠が確かなら、5年以上の有期懲役」美羽の顔色はさらに蒼白になった。――あの日、結意が「必ずあんたを牢屋に入れてやる」と言った理由が分かった。昨夜から吹き出した冬の風で気温は急落している。窓のない面会室でさえ、冷気が骨の隙間にまで染み込んでくるようだ。星璃は普段、事件を扱う時は簡潔明快に伝えるが、今の美羽の状態を見て、少し言い方を和らげた。「証拠が確かなら、と言ったでしょ。確かにお金には美羽の指紋がついている。でも法律は『供述より証拠』を重んじるし、『単独証拠では有罪にならない』。つまり、証拠が一つしかない場合、その証拠は成立しない。だからあまり思い詰めないで」――単独証拠では有罪にならない?美羽は顔色こそ白いままだったが、目の奥は鋭さを取り戻した。「彼らだってそれを知ってるはず。だから必ず『新しい証拠』を警察に差し出してくるわ。私を完全に叩き潰すために」星璃はすぐに意図を理解した。「そうだね。だけど偽物は偽物。多ければ多いほど矛盾が生じる」その矛盾が多ければ多いほど、冤罪を晴らすのも、逆に彼らを訴えるのも有利になる。そして星璃は力強く告げた。「宮前家が圧力をかけているから、今は保釈できないが、まだ諦めてない。安心して、全部私に任せて」美羽は低い声で答えた。「……両親には、絶対知らせないで」「分かってる」……面会が終わり、美羽は再び拘置所へ戻された。そこは大部屋の雑魚寝。彼女の場所は隅の壁際で、顔を膝に埋めて座り込んだ。星璃の力を信じていた。警察の力も信じていた。結意はきっとまた「証拠」を投げてくる。だが必ず矛盾が出る。自分は必ず出られる――そう信じていた。けれど、信じることと、恐怖に耐えることは別問題だ。落ち着けない。ここはあまりに寒すぎた。結意……結意……なぜもっと早く、彼女が自作自演だと気づかなかったのか。自分は結意を甘く見ていた。ちょっとした嫌がらせを仕掛ける程度だと思っていたのに、まさかここまで残酷な罠を仕掛けてくるなんて。今朝あの写真を見た時でさえ――結意のことを案じていたのに。万が一
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第354話

混沌とした思考の中、拘置所の扉が突然外から開かれた。看守が怒鳴った。「全員、立ちなさい!」皆がすぐに手の中の椀を置き、立ち上がった。美羽もここでの規則を聞いたことがあり、思い出して立ち上がろうとした。だが足を床に下ろした瞬間、胃がきゅっと痛み、体が勝手に折れ曲がった。膝をつきそうになったところで、突然腕が横から差し伸べられ、彼女を支えた。彼の胸にぶつかり、鼻先に馴染みのある雪のように清らかな香りが広がった。美羽の瞳に、言葉にできない悔しさが込み上げた。陥れられた悔しさ、二食抜いた空腹の悔しさ、胃痛に耐える悔しさ――「どうして今まで来てくれなかったの」と言いかけて、彼女は必死に飲み込んだ。頭上から聞こえるのは翔太の声。「歩けないのか?」美羽はか細い声で答えた。「……胃が、痛い」「自業自得だ。なぜ織田星璃に俺に頼むように言わなかった?」美羽は彼の胸を弱々しく押したが、翔太はそのまま彼女を抱き上げた。突然の浮遊感に血が逆流し、視界がぐるぐる回った。思わず彼のシャツを掴み、しわを作ってしまった。彼は赤く潤んだ彼女の目尻を見下ろし、一瞬、胸の奥も同じようにかき乱されたように眉を寄せた。美羽はかすかに呟いた。「……外に出られるの?」「保釈だ」そう言って歩き出した。保釈できないと言っていたのでは?――そうか。星璃には無理でも、翔太なら可能なのだ。美羽は目を閉じた。気絶ではない。ただ疲労と痛みのせいだ。拘置所を出ると、清美がすぐに毛布を彼女にかけた。身長170センチの美羽は女性にしては高い方だが、今は繭のようにくるまれ、翔太の腕の中で儚げに見える。翔太は足取りを乱さず警察署を出て、彼女を抱えたまま車に乗り込んだ。車内は暖房が効いており、冷えと温もりの差に彼女は小さく震え、唇が何かに触れた。本能的に顔をそむけると、ほのかに甘い味。「ブドウ糖だ。飲め」彼の低い声が響いた。体力を補うには一番だ。手を毛布から出して自分で持とうとしたが、彼は瓶の口を直接彼女の唇に押し当て、無理やり口を開かせた。甘さが口いっぱいに広がり、喉が自然と動いた。半分ほど飲んだところで、ようやく瞼を持ち上げる力が戻り、気づいた――彼がずっと見ていることに。車内の光が彼の顔を横切り、その眉目をさらに濃く静かに
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第355話

美羽は喉を鳴らして尋ねた。「……あなた、弱みに付け込んだりしない?」翔太は意味深な視線を向けただけ。エレベーターは一定の速度で12階へ上がり、やがて「チン」と音を立てて扉が開いた。彼は彼女を抱いたまま外に出て、ようやく答えた。「今の君は臭すぎて、手を出す気になれない」「……」ただ臭い布団の中で少しいただけなのに――彼は彼女の部屋の前に立ち、どこから手に入れたのか分からないカードキーでドアを開けた。問いただす気力もなかった。彼が何でもできることは、もう知っていたからだ。足でドアを閉めると、結局彼は部屋に入ってきた。ソファに彼女を下ろすと、美羽はようやく手を自由にし、コップにぬるま湯を注いで半分ほど飲んだ。と、その時ドアチャイムが鳴り、翔太がドアを開けに行った。ほどなくして彼が戻ってきた時、手には料理箱があった。あらかじめ誰かに用意させていたのだろう、まさに絶妙なタイミングで届けられた。その中には海鮮粥だった。蓋を取った途端、立ちのぼる鮮やかな香りが鼻を直撃し、食欲を強烈に刺激した。彼はその粥を彼女の前に置き、「食べろ」という視線を送った。美羽は気取ることなく、使い捨てスプーンを開けるとすぐに口に運んだ。彼女は本当に空腹だったのだ。俯いて半分ほど食べ進めた時、男の視線がずっと自分に注がれていることに気づき、思わず顔を上げた。「夜月社長は食べないんですか?」「君が臭すぎて、食欲がなくなる」「……」勝手にどうぞ。美羽は、翔太が自分を信じているのか分からなかった。今の状況では彼女は「罪状が明白」で「証拠も揃っている」ように見えるのだから。それでも彼女は、警察や弁護士に繰り返し主張した言葉を、もう一度彼に向かって口にした。「どうしてお金に私の指紋がついていたのか分からないんです。現金なんて、もうずっと使っていません」灰色の布張りソファに腰掛けた翔太は、左足を右足に組み、思案深げに彼女を見ていた。――美羽があの二人組と道端で話していた場面を、彼も目撃していたのだ。彼はその時の彼女の仕草を覚えていた。「あいつらの携帯、触っただろう?」美羽は数秒間呆然とし、そして勢いよく立ち上がった。「そう!道を聞かれて、マップアプリを徒歩モードに切り替えてあげたの……つまり、画面に仕掛けをしてあったってことですか?
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第356話

美羽は背が高くしなやかだが、痩せ細っているわけではない。女性らしくあるべきところはちゃんとあり、形のない普通のパジャマを着ていても、曲線は隠しきれない。翔太はすぐに思い出した。以前から彼は、彼女を抱きしめるのが好きだった。ベッドの中でわざと耳元に囁き、彼女は自分のために生まれてきたのだと――何もかもがちょうどよく、それ以上大きければ片手では抱きしめられない、と。すると彼女が顔を赤くして体を丸め、「ばか……」と彼を罵る姿も。彼女は本当に罵り慣れていなかった。彼の喉仏がわずかに動き、声は低く沈んだ。「呼んだか?何か用?」美羽は自分の姿に気づかず、まだその場に立っている。寝室とリビングを繋ぐ廊下、壁灯に照らされて、顔色は蒼白だ。「星璃から電話がありました。ネットに宮前さんの写真が……夜月社長が、処理してくれたのですか?」「……ああ」荒れていた心臓が再び静まり、彼女はその夜三度目の「ありがとうございます……」を口にした。翔太はシャツの一番上のボタンを外し、彼女に歩み寄った。「今は俺に助けを求めるようになったんだな?」いつも何事も自分で解決してきた彼女が、今回は真っ先に彼のもとへ走ってきた。自分でも気づいていなかった。ただ思ったのだ。もし写真が拡散すれば、世論の圧力で再び拘置所に戻されるかもしれない、と。あそこには戻りたくない。彼女を助けられるのは、翔太しかいない。――いつからだろう。彼が助けてくれないと思っていたのに、今は「彼だけが頼れる」と感じるようになったのは。ふいに影が差し、顔を上げると、もう目の前に彼がいる。つま先が触れそうなほど、とても近い。思わず半歩退いた彼女の手を、彼がつかんで寝室へと引き込んだ。彼女は無意識のうちにドアの枠を掴んだ。「な、何するの!?」翔太は彼女を見返した。「鏡を見たか?目が真っ赤だ。眠いなら寝ろ」彼は少し顔を下げ、セーターの襟元に喉を押し付けるようにして――声が和らいだ。これまで彼女がほとんど聞いたことのない、柔らかでゆるやかな調子で。「肝が据わってるんじゃなかったのか?あの竹内家のクルーズ船、誰も知る人がいない場所で、蒼生とやり合う間、悠真を『身柄引き渡し』を頼んだ。その一方で俺を『引き渡さないで』と脅した。ひとりのときですら怖がらなかったくせ
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第357話

「君の部屋を借りて仕事をするよ」翔太は彼女の前に立ち、「手を出して」そう言った。彼が住む最上階のスイートはネット環境も速く、果たしてここで片付けなければならない用事があるのだろうか。美羽はためらいながら手を差し出した。彼は白い薬を二粒、彼女の手のひらに放り込んだ。「睡眠薬だ。飲んで寝ろ」美羽は手を握りしめた。「私は自分で眠れます……夜月社長は自分の部屋に戻って」翔太は彼女の疲れた様子と乱れた髪を見つめると、予兆もなく頭を下げ、そのまま彼女の唇にキスした。「――!」美羽は反射的に後ろへ仰け反った。翔太は大きな手で彼女の後頭部を押さえ、彼女の逃げを封じるようにキスを深めた。息が乱れ、彼女は両手で必死に彼の胸を押しのけ、抑えきれずに小さく唸った。「……うっ」翔太は唇で彼女の下唇を軽く噛み、すぐに放した。美羽は布団を抱き締めてベッドの奥へ転がり、警戒しながら彼を見つめた。彼は追いかけをせず、手に持った水は崩さずにしっかりと持っている。声がいつもより少し掠れていた。「今の君の様子は、3年前、俺が拾ってきたときにそっくりだ」あの頃の彼女は、怯え、落ち着かず、食べられず眠れず、隅に隠れて震えていた。まるで野良猫のようだった。「……」美羽の目にもその記憶がちらついた。あのとき彼女は本当に恐れていた。あの連中がまた現れて拉致され、売られ、犯され、殴られて廃人にされるかもしれない――いなくなっても誰も気づかないかもしれない。だから翔太を唯一の命綱だと信じ、必死に媚び、ぎこちなくても彼にキスをして関心を引こうとした。自分の未熟なやり方で彼に興味を持たせ、受け入れてもらい、守ってもらいたかったのだ。……どうして3年経っても、まだ成長していなく、やっぱり彼に頼らなければならない気がするだろう。美羽は布団をぎゅっと握りしめ、小さく暗い声で自分に、そして彼に言った。「私はもう3年前の私じゃないです」翔太の唇の端がわずかに緩んだ。「ならいいけど」そして付け加えるように、彼は言った。「元気がないようだから、一度寝るべきだ。それは普通の安眠薬。安心できないなら、俺が一粒飲んでみせようか?」しばらくして美羽はよろめきながら近づき、彼の持っていた水を受け取り、二粒の薬を飲み込んだ。確かに、精神を「リセット」するために眠りが必要だ。「俺は外
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第358話

翔太は結意の自殺未遂について何もコメントせず、た美羽の服装を見て言った。「まだ出勤するのか?」美羽も彼を見つめ返し、問い返した。「夜月社長は宮前さんの両親に会いに行きますか?何を話すつもりですか?」彼は昨夜、自分の部屋に戻ったのだろうか。それとも本当に彼女のリビングで一晩中座っていたのか。相変わらず黒いシャツとスラックスで、着替えたのかどうかも分からない。ただ、その表情に疲れは見えず、黒曜石のような瞳は相変わらず深く鋭い。「単なる好奇心か?それとも心配か?俺が結意の両親に買収されるとでも?」美羽は唇を固く結んだ。……おそらく後者だ。宮前夫婦が翔太に会いたいと言うのは、彼が自分を庇っていることを察してのことだろう。きっといい条件を提示し、彼に自分を差し出させようとするはずだ。じゃあ彼は、承諾するのか?もし彼がそれを承諾したら――もう誰も自分を守ってはくれない。彼は唯一の希望なのだ。そう思った瞬間、美羽の頭皮に電流が走ったような痺れが走り、心が乱れた。彼を希望だと思っている?自分が、彼を?「……」結意や宮前家よりも、自分の変わってしまった心境の方が恐ろしい。彼女はこれまで誰かを希望にしたことなどなかった。自分だけを信じてきた。なのに今、翔太に依存しようとしている――美羽は唇を噛み、ソファの上のバッグを掴むと、逃げ出すように言った。「会社に行ってきます!」彼と一緒にいるのが怖くて仕方なかった。翔太は彼女の慌ただしい背中を見送り、口元をわずかに緩めた。硬い氷面は、自分の繰り返しの衝撃によって、ついに亀裂を見せ始めていた。清美はまだ迷っていた。「社長、宮前夫婦の面会を受けますか?」翔太は時計を見下ろした。「朝食に20分ある」清美は理解した。「分かりました。すぐに来てもらうよう連絡します」――ホテルのビュッフェレストラン。清美が翔太のために用意したのは、鶏肉とキノコの粥と数種の惣菜だった。彼は洋食を好まない。朝はいつも粥だ。軽く声をかけた。「宮前さん、奥さん。少し召し上がりますか?」向かいに座っているのは宮前夫婦。結意の母、宮前洋子(みやまえ ようこ)はハンカチで涙を拭いながら、すすり泣いて言った。「翔太が知らないでしょうけど、結意は昨日の深夜にネットで自分の写真が公開されているのを見て
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第359話

翔太は下から目を上げ、その圧迫感はまるで牙を剥く虎のように、洋子へと真っ直ぐ迫った。洋子の顔色が変わり、椅子に崩れるように座り込んだ。すぐに、自分が若者にここまで怯えさせられたことに気づき、あまりの屈辱にまた立ち上がって何か話そうとしたが、隆に押さえられた。隆は比較的冷静だ。結局、翔太は「美羽を必ず庇う」とは直接言っていない。ならばまだ交渉の余地はある。彼は再び笑顔を作り直した。「翔太、言い過ぎだよ。おばさんは少し気が短くて、言葉も直球すぎるんだ……」翔太は社交辞令に付き合う気もなく、低く言い放った。「直接言ってください」短い沈黙の後、隆はあからさまに告げた。「真田こそが元凶だ。彼女が娘を傷つけた。必ず牢屋に入れさせる!」最後の一言「牢屋に入れさせる」は、気迫があった。その時、背を向けていたテーブルで食事をしていた女の手から、磁器のスプーンが碗の中に落ち、ぱしゃりと音を立てた。翔太は後ろへと視線を流した。「翔太、お前さえ手を引いて口を出さなければ、宮前グループも霧島グループも将来は必ずお前を大いに支える」隆は一枚の契約書を差し出した。「これは南郊にある鉱山の採掘権だ。お前にとって大金ではないかもしれんが、我々の誠意の証だ。受け取ってくれ。これを売って、マンションを買えばいい」さすがは宮前家、手土産も桁違いだった。星煌市――一寸の土地も一寸の金の如し。翔太に見合う物件なら、少なくとも10億だ。つまり宮前家は、それだけの犠牲を払ってでも美羽を牢に放り込むつもりなのだ。彼らは角の席で、周囲に客が少なく静かだ。だが、その静けさは30秒も持たなかった。翔太はすぐに書類を押し返した。「一つだけ正しいことを言いましたね。この程度の金は、確かに俺には大したものじゃないです」その声は淡々としていながら、生まれ持った傲慢さを滲ませていた。隆の顔色が変わった。「貴様!」翔太は椅子に凭れ、氷のような眼差しを向けた。「俺が一番嫌うのは、脅しですよ」隆は声を低めた。「そういうことなら、我々が他の人を支持しても、恨むなよ」翔太は鼻で笑った。「人の庇護がないと生きていけないようですね、どうぞご自由に」隆は怒りに震えながらも、どうしても言葉を飲み込むしかなかった。翔太は冷ややかに促した。「話が終わりましたよ。
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第360話

だが、たとえ翔太の約束があったとしても、美羽は決して安心していなかった。宮前夫婦が翔太に彼女を諦めさせるために10億円を差し出せるのなら、彼らがまたその10億円を使って何をするつもりか、誰も分からない。彼女は電話が鳴るのさえ怖くなっていた。警察署からの呼び出しではないかと怯え、午前中ずっと落ち着かず、上の空で過ごした。昼休み、何人かの同僚が食堂に誘ってくれた。相川グループの同僚とは普段あまり親しくなく、一緒に食事をすることも滅多にない。だが呼ばれた以上、断る理由もなく付いていった。――行ってみて初めて分かった。彼女たちがなぜこんなに熱心に誘ったのか。要するに、ゴシップを聞きたいだけだ。「真田秘書、ネットで宮前さんが昨夜飛び降り自殺しかけたって出てたけど、本当?」「真田秘書、昨日なんで出社しなかったの?警察に呼ばれたって見た人がいるけど?」「真田秘書、宮前さんの件、真田秘書と関係あるの?」「……」記者まがいに矢継ぎ早の質問を浴びせられ、美羽は箸を握りしめ、食事が喉を通らなかった。「ねえ、隠さなくていいじゃない。私たち同僚なんだから」「そうそう、別に悪気はないの。ただの好奇心よ。軽く答えてくれれば」「もう普通に出社してるんだから、関係ないんでしょ?」「……」美羽は必死に感情を抑え、やっと口を開いた。「どうしても聞きたいなら、私の答えは『知らない』。その答えが不満なら、自分で警察に確認して」同僚たちは口を尖らせた。「感じ悪いね、全然打ち解けてくれないじゃない。私たち、普段勤務時間外はこうやって雑談するだけなのに」胸の奥に怒りがこみ上げ、今にも言い返そうとした瞬間、着信音が鳴った。机の上のスマホを見て、美羽は反射的に身を強張らせた。――悠真からの電話だ。このままでは本当に神経衰弱になってしまう。昨夜も睡眠薬に頼ってやっと眠れたというのに、今や電話の音を聞いただけで過敏に反応し、まるでPTSDのようだ。食事はほとんど口にできず、食器を片付けて立ち上がった。数歩歩いただけで、背後から同僚のひそひそ声が聞こえた。「何よ、あの態度!どうせ犯人は彼女でしょ!」――何が「彼女」だ!何を根拠にそう決めつける!?一瞬、引き返して言い返したくなった。自分はただ結意という狂人に無理やり絡まれただけで、何の罪もな
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