寝室はあっと言う間に火の海と化した。熱波を孕んだ黒煙が容赦なく肺を焼く。むせ返り、涙が止まらない。「愛、その場を動くな!じっとしているんだ!」夫の橋本彰(はしもと あきら)からボイスメッセージが届いた。その声を聞いた瞬間、私・橋本愛(はしもと あい)は悟った。自分が「あの日」に戻ってきたのだと。彰は消防隊長だ。以前の「私」は、彼に対して絶対的な信頼を寄せていた。彼が助けに来てくれると信じ、皮膚が焼ける激痛に耐えて、馬鹿みたいにその場で待ち続けたのだ。けれど、死んで初めて知った。彼はわざと私を火の勢いが一番強い場所に閉じ込めたのだと。私にあえて酷い火傷を負わせるために。そうすることで、彼の「命の恩人」という立場を際立たせるために。醜く焼けただれた顔。それによって浴びせられた、後半生の冷ややかな視線と差別――蘇る屈辱的な記憶に、私は即座に動いた。シーツを水でずぶ濡れにし、頭から被って口元を押さえると、迷わず寝室を飛び出した。「愛?」リビングに走り出たのと同じタイミングで、防火服に身を包んだ彰と鉢合わせる。彼は私の姿を見るなり、身体に巻き付けていたシーツを乱暴に剥ぎ取った。「どうして言いつけを守らないんだ!」彰の表情がみるみる険しくなっていく。あの日、私を階段から突き落とした時と全く同じ顔だ。転落死した時の激痛が、幻となって全身を駆け巡った。本能的に逃げようと後ずさる。しかし彰は問答無用で私を抱え上げた。「愛、火の回りが早い!お前だけでも先に行け!」彼は窓を全開にすると、私を無理やり外へ放り出した。眼下には救助用のエアマット。叩きつけられるように落下し、その強烈な衝撃で、私の意識は暗転した。次に意識が戻ったとき、私は病院のベッドの上にいた。「橋本さん!ご主人の容態が急変しました!」若い看護師が血相を変えて飛び込んでくる。私の怪我などお構いなしに、無理やりベッドから引きずり起こすと、救急処置室の前まで引っ張って行った。前の人生でも、私はここで彰を待っていた。そして、救命が叶わなかったと知らされ、泣き崩れて意識を失いかけたのだ。直後、処置室の重い扉が開いた。ストレッチャーを押して現れたのは田村月子(たむら つきこ)だ。その上には、頭まで白布を被せられ
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