All Chapters of 永遠の毒薬: Chapter 251 - Chapter 260

凌央は慌てて乃亜を引き留めようと手を伸ばした。身体のバランスを崩し、今にも倒れそうになったその瞬間、乃亜はもう気を失ったふりなどしていられず、ぱっと目を開け、椅子の肘掛けを掴もうと手を伸ばした。だが、掴んだのは椅子ではなく、男の手だった。一瞬ためらった後、彼女はその手の力を借りて、体を起こした。茂美は真っ青になっていたが、乃亜が無事なことを確認すると、ほっと胸を撫でおろし、急いで駆け寄って謝った。「ごめんなさい、さっきはわざとじゃなかったの」乃亜に責められないかと、彼女は内心とても不安で、両手をぎゅっと握りしめ、手の甲の血管が浮き上がっていた。乃亜は手を離し、ゆっくりと振り返って彼女を見つめ、やさしい声で言った。「茂美さんに助けてもらったのは私の方です。ですのでお礼を言うべきなのは私です。ありがとうございます！」蓮見家の中で、彼女は誰に対しても礼儀正しく接していた。茂美は、乃亜が祖父に可愛がられていることを知っているため、恩を着せるようなことは恐れ多く、何度も手を振った。「とんでもないわ」乃亜は彼女の居心地の悪さを察し、それ以上の形式的な言葉は避けた。そして立ち上がり、場の人々に向かって真摯な表情で言った。「今日は私の誕生日にお集まりいただきありがとうございました。しかし、残念ながらこのような事態になり、食事を続けられなくなってしまいました。本当に申し訳ありません！」そう言って、彼女はバッグとスマホを手に取り、紗希の方へ歩き出した。凌央の身体から怒気がにじみ出ているのを感じたが、ここで口論になるのは避けたかった。けれど、今度ばかりは彼を完全に見限った。彼女は考えた。祖母を転院させるか、早く回復してくれれば、桜華市を離れて二人で自分たちの生活を始められる。そう思った。紗希が手を差し伸べた。「乃亜！大丈夫？」乃亜は笑って首を振った。「大丈夫よ。行こう」二人は手をつないでその場を離れた。直人は一度、凌央を見ると、そのまま立ち去った。凌央は目を細め、紗希の後ろ姿を見つめながら腹立たしさを感じていた。あの女、さっきは気絶したふりをしていたのか！元々祖父の体調が良くないことは分かっていたくせに、あんな芝居をして驚かせるとは、ひどすぎる！彼は怒りに満ち、冷たい空気をまとっていた

凌央は眉をひそめ、不満げな顔で言った。「おじい様、それはどういう意味ですか？」乃亜と離婚する？そんなこと、彼が望むはずがない！ましてや、美咲と結婚するなんて、ありえない。そもそも彼と美咲の間には、そんな関係なんてなかった！祖父は彼の顔をじっと見て言った。「まずは、はっきり答えなさい！」以前、彼は乃亜と話し合い、彼女は凌央にもう一度チャンスを与えると言っていた。けれど、今夜の凌央の行動は、あまりにもひどすぎた。彼はもしかすると、乃亜はもう本当に離婚を決意してしまったのかもしれないと思っていた。「乃亜と離婚なんて、一度も考えたことありません！」彼がそんな馬鹿げたこと、するはずがなかった。それに、身体の相性が合うのも乃亜だけだった。もし彼女と離婚すれば、全部自分でどうにかするしかなくなる。そのようなことを自分で処理するというそんな状態が長く続けば、精神的におかしくなってしまうかもしれない。だから、彼は絶対に乃亜とは離婚しない！「だがな、お前と美咲の行動は、もはや義理の姉弟の範疇を超えている。しかも今日、みんなの前で乃亜を責めたことは、あの子の心を深く傷つけた。お前が離婚したくなくても、あの子の方が離婚したがってるかもしれんぞ？それに、彼女は弁護士なんだぞ！」祖父は、彼が離婚する気はないとはっきり言ったことで、少し胸をなでおろした。まだ、色欲に目がくらみ、理性を完全に失っていないようだ。「おじい様、安心してください。乃亜が離婚なんて言えないように、俺がうまくやります！」凌央は自信たっぷりだった。何しろ……乃亜の祖母の治療は、彼の医療チームにかかっているのだから。離婚なんて、彼女の口から言えるはずがない。「そういうことなら、もう一度だけ信じてみよう。だが、今日乃亜が受けた屈辱に対しての償いとして、創世グループの株式1%を彼女に贈与する。これはお前が手配しなさい！今回は、前回のように、邪魔が入ったからといって途中で諦めるようなことは許さん。必ず彼女に渡すのだ。そうじゃないと私の気が済まん！」金のことなど、祖父にとってはどうでもよかった。だが、乃亜に株を与えて創世グループの一員にすれば、きっと凌央との未来を考え直すだろう。そのための株だと思えば、とても価値があると思えた。「

凌央と、一刻も早く離婚できますように！そして、お腹の中の赤ちゃんが、無事にこの世に生まれてきて、私に会ってくれますように。願いごとを終えると、乃亜は一気に息を吹きかけ、ろうそくの火を消した。紗希はろうそくを抜いてゴミ箱に捨て、スプーンを彼女に手渡して言った。「今日はもう遅い時間だったから、カップケーキしか買えなかったけど、これを食べよう」乃亜はスプーンを受け取り、ケーキを一口すくうと、それをそのまま紗希の口元へ持っていった。「最初の一口は、あなたが食べて」紗希は一度断ろうとしたが、彼女の目がまっすぐ見つめてくると、どうしても断れなくて、素直に口を開けてケーキを食べた。「ご飯が炊けたみたい。今からちらし寿司を作ってくるね。ケーキ食べてて。すぐできるから！」そう言って、紗希はキッチンへと急いで戻っていった。乃亜は視線を戻し、目の前のカップケーキを見つめた。その目には、今にもあふれそうな涙が溜まっていた。この世の中で、自分に本当の優しさを注いでくれるのは、祖母と、紗希だけだ。しばらくして、紗希ができたてのちらし寿司を持ってダイニングにやってきた。乃亜はケーキの最後の一口を食べて、立ち上がってダイニングへ向かった。テーブルには二つのお椀があった。すし飯の上にはふんわり焼き上げられた黄金色の錦糸卵と、ぷりぷりのエビ、きらきら光るイクラが彩りよく並び、ほんのり漂う酢飯の香りが食欲をそそった。乃亜はにこにこと目を輝かせながら椅子に座り、目を閉じて大きく深呼吸した。「わぁ、すっごくいい匂い！」紗希は箸を渡しながら言った。「今が一番おいしいから、早めに食べてね！」その瞬間、乃亜は紗希にぎゅっと抱きついた。目頭がじんわり熱くなった。「紗希、本当にありがとう！」紗希は笑って返した。「ただのちらし寿司で、そんなに感動してくれるなんて！じゃあ今度、ちゃんとしたごちそう作ってあげたら、泣いちゃうかもね？」乃亜はそっと息を吸い、体を起こして座り直した。「ごちそうなんかより、このちらし寿司のほうがずっとおいしいよ。こういう、生活感と温かみのある感じのほうが、私は好きなの」「はいはい、じゃあ次は私が本気でごちそう作ってあげるから楽しみにしてて！さあ、食べよ！」紗希は彼女をそっと離し、自分も箸を

乃亜の瞳孔がキュッと縮まった。「わかりました、すぐ行きます！」彼女は、それが一体何の知らせかすら聞く勇気がなかった！紗希は彼女の表情が尋常じゃないと気づき、すぐに聞いた。「乃亜、どうしたの！？何があったの？」乃亜は携帯を握りしめたまま、体が微かに震えていた。なぜかわからないが、胸の奥から嫌な予感が込み上げてきた。祖母はきっと……もう助からない。「乃亜、何か言ってよ！怖がらせないで！」紗希は彼女の頬をそっとつまみ、思わず声を荒げた。乃亜はようやく我に返り、彼女を見つめて呟いた。「おばあちゃんが、緊急手術室に入ったの。私、行かなきゃ！」「私も一緒に行く！」紗希は食器洗いを放り出し、具合の悪さをこらえて乃亜を支えながら外へ出た。心配だった彼女はタクシーを呼んだ。車の中で、乃亜は紗希にもたれかかり、全身の力が抜けていた。まるで魂ごと抜かれたかのように。紗希はそんな彼女の様子に不安が募った。「乃亜、心配しないで。おばあちゃんはきっと大丈夫だから！」彼女がどれだけおばあちゃんを大切にしているか知っているからこそ、不安が押し寄せた。「でも、すごく嫌な予感がするの。おばあちゃん、今回は本当に……」乃亜は声を震わせながら、言葉の続きは飲み込んだ。「そんな縁起でもないこと言わないで！おばあちゃんは強い人よ、絶対に大丈夫だから！」口ではそう言いながらも、紗希も内心では恐怖を感じていた。時には、人の第六感は本当に当たるものだ。ましてや、乃亜はあれほどおばあちゃんを大事にしている。どうか、おばあちゃんには元気でいてほしい、無事でいてほしいと願っていた。もしものことがあったら、乃亜はどうなってしまうのだ！乃亜は窓の外、後ろへと流れていく景色をじっと見つめ、唇を噛みしめながら黙り込んだ。その頃、亀田病院のVIP病棟にて。美咲は病衣を着たままベッドに座っていた。その顔には怒りが滲み、床に跪く女性を鋭く睨みつけていた。「もう一度言ってみなさい！」その声は甲高く、目には殺気が浮かんでいた。「旦那様の部屋のゴミは全部本人が自分で処理してました。避妊具を使ったあとも、包装すら残さないくらい徹底していました。あの時奥様が急かしてきて、昔のことまで持ち出して脅してきたから、私は息

美咲は冷笑を浮かべながら乃亜を見つめた。「あなたのおばあさんはあんなに長い間、病院のベッドに寝てたんだから、とっくに死んでるのよ。私はちょっと手助けしただけ。そんなに感謝しなくてもいいわよ！」乃亜の前では、彼女は自分のしたことを隠すつもりはなかった。乃亜が凌央に告げ口しても、凌央はどうせ信じない。だからこそ、彼女はこんなにふてぶてしくしていられるのだった。乃亜は彼女の病室のベッドの前に立ち、見下ろすようにして睨みつけた。目は赤く、言葉は殺気を帯びていた。「美咲、あなたそんなことを言うなんて、本当に人間なの？」祖母は今もまだ救急処置中だ。もう危篤のサインも出ていて、医者からも覚悟しておくようにと言われた。それに乃亜はもうすぐ最期が来るのだと、予感していた！彼女は緊急処置室の外に待っている間、ずっとどうして急にまた祖母が倒れたのか分からなかった。そして、ある看護師二人の会話がトイレで偶然聞こえてきた。さっき、ある女があの高齢女性に酷いことを言ったせいで、気絶して、緊急処置室に行ったと。彼女はその女が美咲しかいないと知っていた。美咲は今夜、蓮見家で鞭で打たれた。その仕返しをしようとして、祖母を利用したに違いない。何を言ったのかは分からないが、祖母をショックで倒れさせるような言葉なんだから、ろくな内容じゃないだろう。彼女と凌央のこと以外では、何がありえるだろう！どうしても許せなくて、乃亜は紗希に病院の事を任せ、自分で美咲を問い詰めに来たのだった。美咲は乃亜の怒りに満ちた表情を見て、目の奥に冷たい光を宿らせ、ゆっくりと口を開いた。「病院のベッドであんなふうに生きてるか死んでるかも分からない状態でいるのに、毎月どれだけの金がかかるか知ってる？あなたこんなに払えるの？払えないなら凌央が出すしかない。でも、あなたと凌央はいずれ離婚するでしょ？その後は凌央のお金は私のものなのよ！私は今のうちに彼のお金を節約してるだけ、悪いことしてるかしら？」彼女はまるで正論かのように堂々と話していて、まるで自分がすぐに凌央の妻になるかのような言い方だった。それに、そのすべてが乃亜を刺激するためだった。そして、感情を爆発させた乃亜に責任を押し付けて、自分の腹の子を流産させるという策略だった。そうすれば全て乃亜のせいにできる。凌