「目が覚めた?」病院の消毒液の鋭い匂いが鼻腔を突き刺し、頭を鈍器で殴られたような痛みが走る。朦朧とする視界の端で、林耕司(はやし こうじ)の横顔が揺れた。「混乱するのも無理はない。まずこのUSBメモリを見てくれ」記憶は交通事故の日で途切れていた。高速道路で前車が急停車し、耕司は咄嗟にハンドルを切った。自分を守るためではなく、助手席の私をかばうためだ。ガードレールに直撃した車は大破し、彼は瀕死の重傷を負った。私には擦り傷すらほとんどなく、ただ脳に後遺症が残っただけ。耕司が意識を取り戻して最初に口にしたのはプロポーズだった。病室のベッドの上、患者服姿のまま。私はその姿に耐えきれず、彼の胸に飛び込んだ。ふと見上げた彼の瞳に、かすかな苦悶の色が浮かんでいるのを捉えた瞬間、蔦のように絡みつく不安が心臓を締め上げた。なぜこんな奇妙な病気が?変わらぬままの恋人で、本当に良いのか?いつか……飽きられてしまうのでは?「病室が変わったんですか?」看護師に連れられて現れたのは、親友の清水菜々美(きよみず ななみ)だった。プロポーズの動画を撮影したのも彼女だ。駆けつけてくれたと喜んだのも束の間、彼女は私を無視するように耕司に近づき、真紅のマニキュアを光らせた指をダークスーツの肩にかけた。「耕司さん、会社で緊急の案件が」「灯ちゃんのことは私が面倒みますから」耕司はそっとその手を払いのけ、申し訳なさそうに俯いた。「灯、後で菜々美に送ってもらうから」いつから二人はこんなに親密に?以前は犬猿の仲だったはずだ。私は耕司と喧嘩する度に「あんな男と別れなさい」と言っていた菜々美が、なぜ耕司の会社で働いている?眉をひそめると、耕司は私の額に軽く唇を触れさせ「動画を最後まで見てて」と念を押した。「はいはい」と菜々美が応える声が、奇妙に馴染んで聞こえた。婚約者と親友という組み合わせなのに、なぜか私は部屋の隅に置かれた観葉植物のような気分だった。動画の音だけが響く病室。私は映像の一秒も見逃すまいと、幸福の断片を脳裏に刻みつけようとした。点滴のチューブが逆流した血液で真っ赤に染まったのに気づかなかった。「菜々美」「看護師さんを呼んでくれない?」何度か呼びかけてようやく彼女が顔を上げた。舌打ち一つ。「面倒くさいわね」彼女が用事で立ち去るまで、私
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