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一週間ループ

一週間ループ

By:  穀雨Completed
Language: Japanese
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林耕司(はやし こうじ)は言った。私には珍しいTGA、つまり一過性全健忘があると。 毎週月曜日の朝、目が覚めると、私は25歳の宮原灯(みやはら ともり)に戻る。記憶は過去で止まったまま。 USBメモリには林耕司と旅をし、治療を受け、婚約指輪をはめた動画が残っている。幸せそうな映像ばかりなのに、脳裏に一片の痕跡も残らない。 「灯はまだここにいるんだから、少しは慎んだらどう?」 「何を怖がってるの?明日は月曜だよ。目が覚めれば彼女、全部忘れてるんだから」林耕司のその答えに、私の心は一瞬で氷のように冷たくなった。 「だからこそ面白いじゃないか......」 林耕司は私の親友を抱き寄せ、憚りもなく目の前で絡み合う。この二年、何度こんな光景を繰り返してきただろう。 涙で視界が滲む中、必死で外へ駆け出した。辿り着いたタトゥーショップで震える腕に、最後の望みを懸けるように文字を刻んだ。 「彼から離れろ」

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Chapter 1

第1話

「目が覚めた?」

病院の消毒液の鋭い匂いが鼻腔を突き刺し、頭を鈍器で殴られたような痛みが走る。朦朧とする視界の端で、林耕司(はやし こうじ)の横顔が揺れた。

「混乱するのも無理はない。まずこのUSBメモリを見てくれ」

記憶は交通事故の日で途切れていた。高速道路で前車が急停車し、耕司は咄嗟にハンドルを切った。自分を守るためではなく、助手席の私をかばうためだ。ガードレールに直撃した車は大破し、彼は瀕死の重傷を負った。私には擦り傷すらほとんどなく、ただ脳に後遺症が残っただけ。

耕司が意識を取り戻して最初に口にしたのはプロポーズだった。病室のベッドの上、患者服姿のまま。私はその姿に耐えきれず、彼の胸に飛び込んだ。ふと見上げた彼の瞳に、かすかな苦悶の色が浮かんでいるのを捉えた瞬間、蔦のように絡みつく不安が心臓を締め上げた。

なぜこんな奇妙な病気が?変わらぬままの恋人で、本当に良いのか?いつか……飽きられてしまうのでは?

「病室が変わったんですか?」

看護師に連れられて現れたのは、親友の清水菜々美(きよみず ななみ)だった。プロポーズの動画を撮影したのも彼女だ。駆けつけてくれたと喜んだのも束の間、彼女は私を無視するように耕司に近づき、真紅のマニキュアを光らせた指をダークスーツの肩にかけた。

「耕司さん、会社で緊急の案件が」

「灯ちゃんのことは私が面倒みますから」

耕司はそっとその手を払いのけ、申し訳なさそうに俯いた。「灯、後で菜々美に送ってもらうから」

いつから二人はこんなに親密に?以前は犬猿の仲だったはずだ。私は耕司と喧嘩する度に「あんな男と別れなさい」と言っていた菜々美が、なぜ耕司の会社で働いている?

眉をひそめると、耕司は私の額に軽く唇を触れさせ「動画を最後まで見てて」と念を押した。「はいはい」と菜々美が応える声が、奇妙に馴染んで聞こえた。婚約者と親友という組み合わせなのに、なぜか私は部屋の隅に置かれた観葉植物のような気分だった。

動画の音だけが響く病室。私は映像の一秒も見逃すまいと、幸福の断片を脳裏に刻みつけようとした。点滴のチューブが逆流した血液で真っ赤に染まったのに気づかなかった。

「菜々美」

「看護師さんを呼んでくれない?」

何度か呼びかけてようやく彼女が顔を上げた。舌打ち一つ。

「面倒くさいわね」

彼女が用事で立ち去るまで、私への態度が急変した理由がわからなかった。

耕司が言う「家」とやらにたどり着いた時、タクシーの窓越しに見えたのは見知らぬマンションだった。完成見本のような無機質なインテリア。二年間も住んでいたというのに、記憶と現実の齟齬に息が詰まる。

カーテンを開けようと腕を伸ばした瞬間、前腕に浮かぶ刺青が視界を遮った。かさぶたの下に、くっきりと刻まれた文字。

彼から離れろ

周囲の皮膚が赤く腫れている。明らかに最近入れたばかりの痕だ。いつ私が?混乱しながら耕司の携帯にかけるが繋がらない。会社に電話すると、いきなり怒鳴り声が飛んできた。

「毎週月曜に同じ質問って、仕事の邪魔だってわからないのか!?」

「でも……」

理不尽な罵声に呆然としていると、鏡に映った自分が異様に老け込んで見えた。くすんだ肌、隈取った目の下。記憶の中の少女とは別人のようだった。

こんなはずじゃない--

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