教会の中、牧師が優しく告げた。「それでは、新郎新婦、誓いの印として、指輪をお交わしください」私は無言で薬指を差し出し、待った。だが、高瀬悟志(たかせ さとし)は動かない。彼はスマートフォンの画面を見つめ、その表情は固く凍りついている。次の瞬間、彼は指輪を置くと、教会を駆け出していった。何事かと私もスマホを見る。樋口寧々(ひぐち ねね)が投稿したばかりのSNSが目に入った。【一人で帰国して治療を受けるの、辛いな……】 添えられたのは病院のベッドの写真。周囲からは新郎が式場から逃げ出した理由についての囁きが聞こえてくる。兄の梅澤拓巳(うめざわ たくみ)が私に近づき、支えようとした。「遥香、お前は昔から強い子だからな。一人で何とかできるってわかってる。今は寧々のほうがお前より俺を必要としてる」そう言うと、彼も去っていった。二人は同じ女のために、私をひとり、この場に置き去りにしたのだ。悟志の電話はつながらない。その代わりに、樋口寧々の最新の投稿が目に飛び込んだ。写真には、悟志と拓巳が彼女の周りに寄り添っている。悟志が自ら作り、私に贈るはずだったネックレスが、今は寧々の首元に光っている。拓巳が私のためにデザインし、仕立て上げたドレスが、寧々の身体を包んでいる。それらはすべて、本来は私のものだった。私は孤児院で育ち、後に梅澤家に引き取られ、拓巳の親友である高瀬悟志と出会った。三人で一緒に育ち、固い絆で結ばれていた。悟志は幼い頃から「俺が守る」と言ってくれた。私をいじめる者を追い払い、私の願いを何でも叶えてくれた。拓巳もとても優しかった。自分の欲しいレゴを諦めてまで、お金を貯めては私の好きなワンピースを買ってくれた。だから、一年前に実の両親が現れ、私を連れて帰りたいと言った時、私は断った。拓巳も、悟志のいる場所も、離れたくなかったのだ。しかし、私の人生で最も大切な二人の男は、結婚式という大事な瞬間に、私を見捨てることを選んだ。ブーケは枯れ、色褪せていった。列席者たちの声が次第に大きくなる。「まあ!新郎が逃げ出したわ!」「なぜ新婦の兄まで行っちゃったの?」「新婦さん、いったい何かしたのかしら?新郎が逃げ出すなんて……」「さあね……きっと人には言えないようなことよ……」嘲笑と皮肉の
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