All Chapters of 百本目の翡翠バングルを受け取って、離婚を決めた: Chapter 1 - Chapter 8

夫の入江蒼也（いりえ そうや）帰ってきたとき、私・入江遥香（いりえ はるか）はちょうど「妊娠中絶後の注意事項」をゴミ箱に捨てたところだった。三日前、蒼也は「出張」と言って、若い女の子の誕生日を祝っていた。そのプレゼントが数億円相当のマンションだと知ったとき、私は感情が高ぶり、思いがけず流産してしまった。退院して帰宅した私は、ジュエリーボックスに並べられた九十九本の翡翠のバングルを眺めながら、医者の指示を無視してフライドチキンとアイスコーラを手に取った。蒼也はやってきて、チキンとコーラをゴミ箱に投げ入れ、私を咎めた。「胃が弱いのに、冷たい物はダメだって言っただろ。どうしてまた食べてるんだ？」そう言いながら、彼は鞄から一つの高級なバングルを取り出した。「君のために特別に買ったんだ。かなり苦労して手に入れたんだよ」私は一瞥した。それはなんと、インペリアルジェードのバングルだった。極めて稀少な上物で、価格はおそらく数億円にもなるだろう。蒼也は嘘をついていない。このレベルの品は確かに簡単には手に入らない。きっと相当なコネを使ったに違いない。もしこれを結婚前にもらっていたら、私は飛び跳ねて彼にキスしていただろう。けれど今の私は、少しの喜びも感じなかったし、試しにつけてみようという気すら起きなかった。私が黙っていると、蒼也は身をかがめて私の顔を覗き込んだ。「怒ってるのか？この前、お義母さんの墓参りに付き合えなかったから？今から一緒に行こうか？」私は目を伏せ、静かに言った。「いいえ、命日が三日前だった。もう過ぎた」結婚前、私は蒼也と約束していた。どんな祝日も一緒に祝わなくていいけれど、母の命日だけは必ず私に付き添ってほしい、と。結婚して最初の三年、彼はちゃんと時間を作ってくれていた。でもその日、仕事帰りに電話をかけると、彼は穏やかな口調で「今朝、地方に出張した」と言った。何か用事か、と。私は計算した。今日残っているフライトは夜十時の便だけ。蒼也が急いで戻ってきたとしても、到底間に合わない。結局、私は一人で霊園に向かった。母の墓前で、蒼也の「出張」は若い女の子の誕生日を祝うためだったことを知った。彼はその子に2億円のマンションを贈った。その瞬間、私は怒りのあまり流産した。「その日ってお

寧々は全身黒ずくめの服に身を包み、骨壷を抱いて悲しげな表情を浮かべていた。蒼也は彼女の隣に立ち、三人のボディーガードに私の母の墓の左側にある空き墓地を掘らせていた。二人は私に背を向けており、私がゆっくりと近づいていることに気づいていなかった。やがて墓地には深い穴が掘られ、寧々は腰をかがめて骨壷を納めながら、涙声でつぶやいた。「うぅぅ、ココ……ママやっとあなたを埋葬できたの……」ココ？骨壷？埋葬？頭がくらくらし、私は数歩踏み出して寧々の前に立つと、思いきり彼女の頬を打った。「柳井！なぜこの空き墓地を勝手に使ってるの！？」「わ、私は……」寧々は驚きと戸惑いの混じった目で私を見た。私が現れたことが予想外だったらしい。私は歯を食いしばり、もう一度平手打ちを浴びせた。「今すぐ！その骨壷を持って出ていけ！」私は普段、人前で怒ることは滅多にない。母を埋葬した後、私は高額を支払って、母の左右の空き墓地を買い取った。父と私のために――母の生前のたったひとつの願いが、「家族三人で一緒に眠りたい」だったから。それを――寧々は、犬を埋めるために先に使おうとしていたのだ。頬を赤く腫らされた寧々は、か弱げに蒼也に寄りかかり、小さく泣きながら訴えた。「蒼也さん、あのババアが……私を叩いたの……」蒼也の瞳が一瞬揺れた。私の姿がここにあるとは、まったく想定していなかったのだろう。彼は寧々と距離を取るように数歩後ろへ下がった。「遥香、まずは落ち着いて。話せば分かる」蒼也が手を伸ばして私を抱こうとすると、寧々が一歩前に出て、私たちの間に割って入った。蒼也の表情がさっと険しくなった。寧々は潤んだ瞳で上目遣いをし、私に叩かれた頬をゆっくり見せた。その様子に、蒼也の口から出かかった叱責の言葉は呑み込まれた。「遥香……聞いてくれ。ちゃんと説明するから」私は冷ややかに蒼也を見つめた。目の前の男が、見知らぬ他人のように思えた。「聞きたくない。今すぐあの女に、その犬の骨壷を持ってここを去らせて」蒼也は溜息をついた。「彼女に悪気はなかったんだ。占い師に相談して、この場所がペットの転生に良いと言われたらしい。墓碑は立てないって約束してるし、後から人を埋めても影響はないそうだ。いいだろう？」私は怒りで全身

だが蒼也の動きは素早かった。彼は身長の優位を活かして素早くそれを奪い取り、ちらっと目を通すと、その整った顔が一瞬で曇った。「本当に猫や犬を虐待してたのか？俺に嘘をついたのか？」「ちがう！」寧々は頭を激しく振り、鬼のような形相で私を睨みつけた。「私を陥れたいんでしょ！？だからこんな汚い手を使ったのよ！」私は両腕を組んで蒼也を見据え、落ち着いた声で言った。「調べればいい。あの事件が実在するかどうか、調べてみて。あんたの母さんが、彼女の猫や犬の虐待を知って、二人の交際に反対したのはそのせいだったのよ。蒼也、考えてみて。猫や犬を平気で虐待するような人間が、犬が死んだ後、わざわざ火葬して骨壷に入れて丁寧に埋葬するなんて、すると思う？」蒼也は怒りに駆られて数歩で寧々に詰め寄り、その首を掴み上げた。目は真っ赤に染まっている。「おめぇ、あの時、俺の母さんはおめぇの出自が気に入らなかったから交際に反対したって言ってたよな！？」寧々が国外へ送られた後、蒼也は母親と数年間も対立していた。その頃、私の母が彼を実の息子のように世話していたのだ。寧々は依然として首を振り、泣きそうな声で言った。「だって……ちょっと猫と犬を虐待しただけでしょ？そこまで大袈裟にすること？所詮、動物であって、人間じゃないのに……何をそんなに気にするのよ？」蒼也は加減を失い、寧々の顔はみるみる赤くなり、意識が飛びそうになっていた。それを見かねたボディーガードが口を挟んだ。「入江社長、これ以上は危険です。命に関わります」蒼也はようやく正気に戻り、寧々を放した。「蒼也、私たち、離婚しましょう」私は彼を見据えて、静かに告げた。寧々の目が一瞬輝いた。彼女は蒼也の手を掴んだが、蒼也はその手を振りほどき、私の手を強く握った。「遥香……俺は離婚したくない。許してくれよ……お願いだ……」私は無視して、後ろの三人のボディーガードに指示を出した。「さっき掘った穴、埋めておいて」そして、母の墓の右側に新しく立てた墓石と骨壺も掘り出して、処分するように命じた。すべてが終わり、私は踵を返した。蒼也はそっと私の後ろをついてきた。「遥香……家まで送るよ」「結構」私は首を振った。精神状態が不安定だったので、自分で運転せず、運

蒼也が私を抱きしめようと手を伸ばしたが、私は迷いなく彼を突き飛ばした。「遥香……どうして急にそんなに強気なんだ？誰かに変なこと吹き込まれて、また誤解してるんじゃないか？最近怒らせたことも、バングルの件も、全部ちゃんと説明するから！」そう言って、彼は持ってきた宝石箱を開け、一つ一つの翡翠のバングルを指差して語り出した。「このインペリアルジェードのバングルはね、あの日、寧々が死にたいって大騒ぎしたから、仕方なく誕生日に付き合ってあげただけなんだよ。俺だって、彼女が本当に死んだら困るからさ……このバングルは、君の誕生日にプレゼントしたやつだよ。あの時、友達と『真実か挑戦か』のゲームをやってて、負けて、元カノとのツーショットをSNSにアップしろって言われて……それだけなんだ。あと、これは彫刻入りのバングルで……」私はもう我慢の限界で、彼の話を聞きながらマンションの前まで歩き、ミルクティーを一杯注文した。蒼也はなおも後ろをついてきて、説明を続けていた。だが、話すほどに声が弱くなっていく。私はミルクティーを一口飲みながら、彼の話を遮った。「自分の言ってること、信じてる？」私が離婚の意思を変えないことに焦った蒼也は、ついに口を開いた。「遥香、本当のことを言うよ。君にプロポーズしたあの日、実は彼女からも電話があってさ……『戻ってきて結婚してほしい』って言われたんだ。でも俺は断った。だから彼女は腹いせに元夫とスピード婚して、すぐに離婚したんだよ」蒼也の声は次第に罪悪感に満ち、低く沈んでいった。「俺が今、彼女に優しくするのは、ただの罪滅ぼしだよ。可哀想だと思ってるんだ……君も考えてみてよ、たとえ彼女が猫を虐待したとしても、母さんに追い詰められて、海外にひとり放り出されたんだぞ。どれだけ心細かったか……もう彼女とは関わらないって約束するから、戻ってきてくれないか？」ミルクティーを飲む手が止まった。まさか……プロポーズのその日、寧々も彼に結婚を申し出ていたなんて。蒼也と初めて会ったのは、6年前のビジネス交流パーティだった。私は白いドレスを着て、親友の杏奈と一緒に、その場でひときわ目立っていた。「今を楽しむ」が私たちのモットーで、ダンスの時間は誰よりも盛り上がっていた。その時、ダンス中の私に蒼也が