All Chapters of 彼は腎臓を差し上げた私を骨髄に徹すほど恨む: Chapter 1 - Chapter 9

元彼が成功を収めたその日、医者から、余命三ヶ月と宣告された。テレビでは、江嶋慎吾（えじま しんご）へのインタビューが放送されていた。「江嶋さん、あなたを成功へと導いた原動力は何だったのでしょうか？」慎吾は軽く笑ったが、目には涙が浮かんでいた。「私にとって、最大の原動力は、おそらく八年前に腎臓を患い、恋人に捨てられたことです。彼女が結婚を拒んでくれたおかげで、私は新たな人生へ踏み出せました」インタビュー終了後、慎吾から電話がかかってきた。「飯田楓（いいだ かえで）、俺は出世した。後悔してる？」私は片側失った腎臓のあたりを撫でながら、苦笑いを浮かべた。「後悔してるよ。それに、今はがんにかかってる。これで気が済んだ？」「ざまあみろ！」慎吾は満足げに言った。しかし、彼は知らない。がんになったのは、あの頃、彼に腎臓を提供したせいだ……私は高額な治療費が払えず、治療を諦めることにした。「飯田さん、退院しなくていいですよ。他の方が治療費を立て替えてくれましたから」退院手続きを済ませようとした時、私の主治医が追いかけてきた。私は驚いて、すぐに「どなたが？」と聞いた。「江嶋さんです」先生は受付に立つ男性を指さした。顔を上げると、そこに慎吾の姿があった。「お久しぶり」と、自然と挨拶を口にした。以前のように、彼を抱きしめたくて、動揺を抑えながら、私は思わず両腕を広げた。すると、突然、美しい女性が彼の後ろから前に出てきて、「あなた、この人誰？」と彼の腰を抱きついた。私はきまり悪そうに手を引っ込めた。「昔貧乏人の俺を振った元カノの飯田楓だよ」と慎吾は嘲るような笑みを浮かべて、皮肉たっぷりに言った。女性は作り笑いをしながら私に手を差し出した。「飯田さんですね。慎吾からよくあなたの話を聞いてます。自己紹介が遅れました。私は慎吾の妻の江嶋未央（えじま みお）と申します」私は一瞬固まって、手を差し出さずにただぼんやりと彼女にうなずいた。そして彼女は自ら私の手を取って握り、密かに力を入れた。指の骨が折れそうなほど握り込まれた。痛みで顔を歪めたが、私は声をあげなかった。慎吾は私の異変に気づき、少し眉をひそめた。「どうしたんだ？」と彼が聞く。私は首を振り、痛みに耐えながら赤く腫れた指を見つめ

私は思わず痛みに声を漏らし、ともがきながら、「離して！」と声を絞り出す。すると未央が私の手を掴み、自身の胸へ強く押し当てたかと思うと、次の瞬間、彼女はさっと床に倒れ込み、額をテーブルの角に打ちつけた。血が彼女の額から流れ落ちた。慎吾は急いで駆け寄り、彼女を抱き起こした。「未央、大丈夫か？すぐ医者を呼ぶ」とそう言いながら、助手に電話をかけた。「大したことないわ、ちょっとした擦り傷よ。みんなに心配かけることないから」と未央は苦痛の表情を浮かべながらも、気丈に振る舞う。そして、わざとらしく私を一瞥して、「飯田さんを責めないで、わざとじゃなかったんだから」と続けた。慎吾は未央を支えながら、怒りに満ちた表情で私を睨んだ。「楓！お前、わざとやったろ！」と怒鳴る。私は痛む腎臓の辺りを押さえながら、「わざとじゃなくて、未央の自作自演だって言ったら、信じてくれる？」と嘲るように言った。それを聞いた慎吾が再び私の頬を平打ちした。「全部この目で見ていたんだ。お前が彼女を押したんだ。人を怪我させて、逆に言いがかりをつけるとは、お前は本当に悪質だ！さっき未央は親切にも、お前が勧める酒を買ってやれって言ってたのに。全くお前は彼女の同情に値しない！」私は説明するのを諦めた。何を言っても、彼が私を信じないと分かっていたから。「そんな風に思うなら、もう言うことはない」と言って、私はお酒を手に取り、部屋のドアを開けた。すると――「待て！」と背後から慎吾の声が響いた。私が立ち止まって、振り返ると、彼の顔は今や氷のように冷徹を極めていた。「また何かご用があるんですか、江嶋様？」と聞くと――「未央に謝れ！」と慎吾が命令口調で言い放った。私は拳を握りしめ、彼の鋭い視線を見つめた。そして今日は謝罪しなければ、この個室を出られないと悟った。腎臓の辺りにまたもや鈍い痛みが走る。どうせすぐ死ぬ身だ、こんなことで意地を張っていても仕方ない。彼がそれで満足するのなら、謝ってしまえばいい。そう思うと、私はきびすを返し、未央に向かって、「本当に申し訳ありません。押してしまうなど、とんでもない行為をいたしました」と深々と頭を下げた。「飯田さん、お気になさらないで。大したことありませんから」未央は満足げに笑い、わざとらしく寬大な態度を

「慎吾、あなたの望みはすぐ叶うわ」私は静かにうなずいた。ようやく救急車が到着した。医療スタッフが私を担架に乗せた。その時、慎吾が小切手一枚を私の胸元に押し付ける。「ここまで芝居してくれたのも、結局金のためだろう？目的は達成だ。その1000万円の借金はもう返さなくていい。この400万は今夜の接待料だ。受け取ってくれ」私は拳を握り締め、爪が皮膚に食い込むのを感じた。しかし、「ありがとう」と口から零れた言葉は虚ろだった。「次に接待の仕事したくなったら、俺に言え。客を紹介してやるから」慎吾の嘲笑はさらに深まった。「わかった」と私は絶望的に答えた。あまりの疲弊に、私は意識を失った。再び目を覚ますと、病室で紗由理が泣き腫らした目をしていた。「病状が悪化しています。過度の飲酒が腎臓に大きな負担をかけ……」医師は険しい表情で説明する。「あとどれくらいですか？」私は医師の言葉を遮った。聞きたいのがただそれだけだった。「すぐに腎臓移植をしない限り、恐らく二ヶ月も持ちません」と、一瞬躊躇った医師は、覚悟を決めたように告げた。私は首を振った。適合する腎臓を見つけるのはあまりにも難しい。早くて数ヶ月、長ければ何年もかかる。それまで待っていれば、私はとっくに死んでいるのだ。もはや治療に意味はない。私は退院手続きを取った。紗由理はそれ以上何も言わなかった。代わりに、ただ黙々と私の介護に取り掛かった。病院を出たところで、一人の女性がわざと私に体当たりしてきた。突き倒れた私が顔を上げると、そこに立っていたのは未央だった。「もうすぐ死ぬんだって？最高よね！あなたが死ねば、私と慎吾の邪魔をする者はいなくなる」私の胸を足で踏みつけ、得意満面で彼女は言い放った。私は目まいがして、口元から血が滲んだ。それでも涙を見せずに、むしろ輝くような笑顔を見せながら、「たとえ私が消えても、慎吾は一生私のことを忘れられないわ。彼に腎臓を一つ譲った実情は、いつか必ず明らかになるのですから」と言った。未央の顔色が一変し、顔を歪めて怒り狂った。 「その秘密は死に持って行け！慎吾に真実を知らせるものか！それに、お前を安らかに死なせたりしない！汚名を着せて死んでもらうわ！」と踏みつける足にさらに力を込め、私の内臓を押し潰すかの

ネット上では、私が接客で酒を勧められ、無理やり飲まされる動画が拡散していた。誰かが私のすべての連絡先を掘り出し、公開していた。そして私は「富豪を釣るために元彼を捨てた最低女」として描かれていた。本来、こんな出来事はさして珍しいものではない。だが、慎吾の知名度の高さと、誰かによる意図的な騒ぎ立てが相まって、この事件は限りなく大きく膨らまされていた。私は世間の目に「キャバ嬢」であり、「誰にでも寝る女」となってしまった。多くの卑劣な男たちが私にメッセージを送りつけ、買春を持ちかけてきた。それ以上に、「恥知らずだ」、「女の恥」といった罵声が浴びせられた。嗅ぎつけた記者たちは私の自宅まで押し寄せ、インタビューを要求した。私はすべて拒否した。しかし、事態はさらにエスカレートしていった。慎吾のフォロワーを自称する者たちが大勢押し掛け、私の自宅を取り囲んだ。彼らは部屋の窓に石を投げつけ、ガラスを割った。ドアの隙間にはカミソリの刃を詰め込まれ、注文したデリバリー料理にもゴキブリを入れられた。度重なる嫌がらせに、私は精神的に追い詰められていった。警察に通報しても効果はなかった。彼らは準備万端で、様々な手口を使い分けながら痕跡を残さなかった。その上人数は膨大で、警察も対応しきれないほどだった。息もつけないほどの追い詰められた中、未央から電話がかかって来て、「お宅の下のカフェで会いましょう」と誘った。どうせ避けられないから、私は覚悟を決めて会いに出向いた。未央は私の向かいに座り、コーヒーカップを優雅に口に含む。「今のあなたは、まるで通りを横切るネズミのように世間に嫌われてるね。私があなたの立場だったら、とっくに自ら命を絶っているわ。よくまあ、これ以上生きていられるものね」彼女は得意げな表情で言った。「もうすぐ死ぬ身です。そこまで執拗に追い詰める必要がありますか？」私はため息をついた。「死んでも慎吾の心に居座ろうだなんて、甘いわ」未央の目に嫉妬の色が一瞬走り、「言ったでしょう？お前に汚名を着せて、悲惨な最期を迎えさせると」と続けた。彼女が注文したコーヒーには手を付けず、私は席を立とうとした。私はこの猿芝居がまだ終わっていないのだと覚悟をしていたのだ。果たして、そこに慎吾の姿が見えた。彼は慌

彼は私の主治医を訪ね、病状を詳しく尋ねた。主治医の先生は心を痛めながらも、ついに私が自分の腎臓を彼に提供したと言う秘密を打ち明けた。そして最後に、「彼女を大切にしてあげてください。残された時間はあまりないのですから」と慎吾に一言言い添えた。慎吾は取り乱し、城南区の隅々まで私の姿を探し求めた。しかし、私の姿はどこにも見つからなかった。SNSの運営会社は多額の金を投じ、私たちがかつて共に選んだ不動産物件を買い取った。その部屋には、私たちが使っていた家具がそのまま残されていた。実は慎吾は、ずっと自身の健康状態が良くないことを自覚していた。だからこそ、あの頃私が幾度となく結婚を申し出ても、彼はことごとく拒んだのだった。私たちは夫婦のように暮らしながらも、籍を入れることは決してなかった。勿論結婚式も挙げることはなかった。結局これは私たちの人生で、最大の悔いとなった。慎吾は必死に紗由理を探し出し、私の行方を尋ねた。「今さら彼女を探すなんて、遅すぎると思わないか？それまでいったい何をしていたんだ。この八年もの間、彼女がどれだけの苦しみを味わってきたか、あなたにわかるか？少しでも彼女を気にかけていれば、八年も誤解が続くことなんてなかっただろうに。そして、適切な時期に治療を受けていれば、死にまで至ることはなかったんだ」紗由理は冷ややかに嘲笑った。たったの「死」という言葉が、慎吾の心を粉々に打ち砕いた。「俺が間違っていた。紗由理、頼むから彼女の実家の住所を教えてくれ」彼はそれまでの冷徹とプライドを捨て、紗由理の前にひざまずいた。しかし紗由理は冷然としたまま動じなかった。「諦めてください。楓はあなたに会いたくないのだ。彼女が実家に戻ったのは、あなたとの縁を断ち切るためだ。せめて最後だけは、安らかに逝かせてあげて。あなたはもう、彼女の負担になるべきではない」そう言い終えると、紗由理は慎吾を家の外へと押し出した。慎吾がまるで心が死んだような様子を見て、紗由理は少しばかり不憫な気持ちになった。「私は友を裏切ることはできないけど、まさかやり手のあなたが、楓の実家の住所ぐらい掘り出せないというの？」と紗由理は彼にヒントを与えた。その言葉を聞いた慎吾は、まるで夢から覚めたかのようだった。仕事のできる男なのに、恋愛