結婚三周年の記念日に、夫がケーキを買ってきてくれた。上には「佐藤文音(さとう あやね)」と「古川聡(ふるかわ さとし)」、そして「結婚三周年おめでとう」の文字が書かれている。……心臓が止まりそうになる。佐藤文音――それは私の名前じゃない。夫の秘書の名前だ。嫌な予感がして文音のインスタを覗いてみると、やっぱりそうだった。そこには本来なら私のはずのケーキが写っていて、「古川奈穂(ふるかわ なほ)」と「古川聡」と書かれていた。【三周年なんだ、あの人も私を奥さんだと思ってくれてるんだね】【インスタ消して!ケーキ、二つとも間違えて送っちゃった。嫁にバレたらどうする!】そのやり取りを見た瞬間、全部分かってしまった。夫のサプライズや甘い演出は、全部ふたり分用意されていたのだ。スマホを握りしめたまま、思わず声を立てて笑ってしまう。まだ誤魔化そうとする夫が、可笑しくてたまらない。でも私はもう決めている。別れる、と。……インスタを閉じた瞬間、聡から電話がかかってきた。彼は歯切れが悪く、ケーキは受け取ったかと聞いてくる。わざと遠回しに言う気なんてなかった。「届いたよ。でも上に書いてあったのは、佐藤文音とあなたの名前だった」数秒の沈黙。スマホの向こうで、彼の声が慌てた調子に変わる。「奈穂、それは店のミスだ。あの日は忙しくて、文音に注文を頼んだんだよ。きっと店が名前を取り違えたんだ」私は思わず笑ってしまう。もしインスタを見ていなければ、信じていたかもしれない。だが画面を再読み込みすると、投稿はもう消えていた。自分をごまかしているだけだ。そんな言葉がふと頭に浮かんだ。私は冷静に答える。「分かった。他に用がなければ切るね」私が聞き返してこないと分かったのか、聡はホッとしたような声に変わった。「奈穂、もうすぐ帰るから待ってて。今度は俺が直接ケーキを買って帰る。もう絶対に間違いなんてないから」「もういいよ。今日は遅いし、体調も良くないから先に休むね」返事を待たずに電話を切った。そしてスマホで、結婚後三年分の財産や契約を整理し始める。どうせ別れるなら、一円も渡すつもりはない。そのせいで、聡がいつ帰宅したのか気づかなかった。彼はいつもより二時間も早く帰ってきて、手には新しい
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