All Chapters of 残り火 After Stage ―未来への灯火―: Chapter 101 - Chapter 110

148 Chapters

急転直下15

「遅かれ早かれ真実を知った千秋は、俺から離れていく運命だったと思う。まさか男の元に走るとは、思いもしなかったが」「紺野さん……」「俺の大事な千秋を泣かせたりしたら、即刻連れ戻しに来てやるからな。覚悟しておけ!!」 ちょっとだけ鼻をすすりながら豪語された言葉に、しっかりと姿勢を正した。「お前たちの付き合いを認めたわけじゃない。絶賛反対中だ」「承知しています。認めてくださいなんて、我儘を言うつもりはありません」「当然だ。むしろ、今すぐにでも別れてほしいくらいなのに」「…………」「……あれの幸せそうな顔を見たら、別れろなんて言えないだろ」 両手を握りしめて悔しそうな表情を浮かべているお父さんの姿を見て、声をかけることができなかった。「おーい、井上ぇ!」 どうしたらいいだろうと考えあぐねていると、俺の背後から自転車に乗った船長が、大きな声をあげてこっちに向かってきた。 今夜の仕事を無理して休むため、理由を告げず一方的に喋った後にいきなり電話を切った経緯がある。それがもとで俺を捜しているのを、一瞬で導き出したのだが――このタイミングで現れるとは思いもしなかった。 やがて傍にやって来ると自転車を停めて怒った顔のまま近づき、大きく右腕を振りかぶる。 ばこんっ! 頭を叩かれた痛みを歯を食いしばってやり過ごしたら、紺野さんに向かって勢いよく指を差した。「こちらは、どちらさんなんだ?」「千秋の実のお父さんです」「あの、はじめま――」「おめぇ、ばっかじゃねぇの! そんな大事な人を、こげな人気のないところに連れてきて。気が利かないにも、ほどがあるべさ!!」 船長は力任せにもう一発俺の頭を殴ってから、自分の怒号に驚いて口を引き結んだお父さんにペコペコ頭を下げた。 「ほんとに本当にすみませんっ。俺は島でコイツの面倒を見ている者なんですが、いろいろ問題を抱えたバカだから、全然空気が読めないせいで、貴方様をこんな辺鄙な場所にお連れして」 尚も頭を下げ続ける船長に、困惑の表情をありありと浮かべたお父さんが両肩に手を置いて、強引に頭を上げさせた。「お気になさらずに。最初から、ここが目的地だったものですから」「へぇっ!?」「船長、すぐ傍に千秋が勤める農協が見えるんです」 言いながら建物に指を差すと、感嘆の声をもらす。何気に驚いた顔が可愛らしく見えるの
last updateLast Updated : 2026-01-12
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想いを重ねる夜

締め日だったせいでちょっとだけ残業した俺宛に夕方、穂高さんからメッセージが届いた。 お父さんについてのものだと分かったので、急いで帰り支度をしながら読んでみたんだけど――。(――いったい何をして、こんなことになったんだろう?) 顔を歪ませつつ、穂高さんが送ってくれたメッセージを読み進めた。『現在、お父さんはここでみんなに囲まれながら、楽しく過ごしている。帰るために乗る予定だったフェリーも出航したし、今夜は我が家でお泊りが決定だ』 そんなメッセージと一緒に、写真が添付されていた。そこに映し出されていた見覚えのある壁の感じで、漁協の倉庫だというのがすぐに理解できた。 穂高さんのお父さんが来たときに、ここの広い空間を使って海鮮物を中心にしたバーベキューパーティーをした。その様子を再現しているような写真の中に、船長さんや漁協のおばちゃんたちに囲まれて、ちょっとだけ困った顔したお父さんの姿が目に留まる。 俺同様に、人見知りが激しいお父さん。俺の父ということで漁協の皆さんは、間違いなく積極的に話しかけたりお酒を注いだりしているに違いない。 しかも穂高さんが力技で何とかした結果、漁協に連れ込むという荒業に転じたんだろうか。なんにせよ、早く顔を出さなきゃいけないのは、当然のことだろうな。 スーツの上に薄手のコートを羽織り、周りの職員さんに挨拶してから足早に職場を後にしたのだった。
last updateLast Updated : 2026-01-13
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想いを重ねる夜2

*** 自転車を必死に漕いで、漁協の倉庫に向かった。見覚えのある建物が見えてきた瞬間から、言い知れぬ不安が胸を支配する。 穂高さんが俺を攫うように抱きかかえながら、実家を出たのが3月――そこから2カ月しか経っていないからこそ、お父さんとは顔を合わせにくい。こんなに早く逢うことになろうとは……。 俺たちがどんな場所で生活をしているのか親として気になったんだろうけど、わざわざ俺に連絡までして、自分が来島したのを伝えるなんて思いもしなかった。 しかも電話の内容――勝手に見て帰るから顔を出さなくていいと一方的に告げるなり、さっさと切っちゃうあの態度。それなら、最初から連絡しなくてもいいことなのに。 言い知れぬ文句を考えてる間に気がついたら、漁業に辿り着いてしまった。 自転車を倉庫の脇にきちんと停めて、複雑な心境を抱えながら扉を開け放つ。途端に鼻に香ってくる、海の幸を焼いた匂い。芳しいその香りに、お腹が自然と鳴ってしまった。「あっ、ちーちゃん。やっと来たね」「お父さんが待っていたよ、早いとこ顔を見せてあげな!」 扉を閉めるや否や、おばちゃんたちがこぞってやって来て俺の両腕を強引に掴み、一番賑わっているテーブルの前へと連れて行く。(――感動の親子の対面だからって、こんなふうに引っ張らなくてもいいのに……) おばちゃんたちに囲まれて激しくたじろぐ俺を、同じように困った顔のお父さんが見上げた。「…………」「…………」「ちーちゃんとお父さん、おんなじ顔して見つめ合っちゃって。やっぱ親子だねぇ、そっくりだわさ」 なかなか口を開かない俺たちを見て、おばちゃんたちや周りにいた人がドッと笑い出した。(親子――本当の親子じゃないのに他人から似ていると言われるなんて、不思議な感じだな……) そんなことを考えていると、お父さんはニコリともせずに口を引き結んだまま、斜め下に視線を向けた。 この人の性格だ、親子じゃないのに何を言ってるんだろうかと、心の中で馬鹿にしているのかもしれない。「こら、突っ立ったままでいたら駄目だべ」    お父さんの隣に座っている船長さんが、何か喋れと口元を指差した。 俺たちを取り囲んで成り行きを見守っている人たちからのプレッシャーを、肌ですごく感じてしまったけれど、とにかく何か話さなければと内心焦りながら口を開いてみる。「あの
last updateLast Updated : 2026-01-14
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想いを重ねる夜3

「千秋……ちあ、きっ」 聞き慣れた声が、おばちゃんたちの後方から聞こえてきた。 声の主を確かめるべく首を伸ばして視線を彷徨わせると、穂高さんが両手に缶ビールを持ちながら顎を使って前方を指し示し、缶ビール同士を当て続ける動作をする。(――あれは、お父さんと乾杯をしろというジェスチャーだな) 分かったという意思を、微笑みと共に頷いてみせた。すると俺の動きを見た途端に闇色の瞳を細めて、右手に持っていた缶ビールを掲げる。 お父さんと乾杯するよりも先に、穂高さんと乾杯がしたい――なんて考えてしまうのは、俺たちの間に距離があるせいだな。いつもなら必ず隣にいるのにね。 そんな寂しさを隠してお父さんにしっかりと向き合い、笑いかけながら口を開く。「島の皆さんと乾杯しているでしょうけど、俺とも乾杯してくれませんか?」 言いながら、目の前に缶ビールを掲げてみる。かなり強引な形だけど、自分から乾杯を促す行動を起こした。 こうやって差しで飲むのは、初めてのことじゃないだろうか。お互い、お酒を飲むのがあまり得意じゃないから。「……乾杯」 テーブルに置いてあった缶ビールを手にし、手荒な感じでぶつけると、その勢いに任せるようにぐびぐびとビールを飲むお父さん。「乾杯……」 言い遅れてから俺も同じように、ビールを口にした。いつもより美味しく感じるせいか、一口目から半分くらい一気に飲み干してしまった。 その様子を取り囲んだ島の人たちがじっと見るものだから、ひどく照れくさくて俯くしかない。 そんな戸惑っている自分との違いを確かめるべく、お父さんを上目遣いで窺ってみたら、缶ビールを手にしたまま同じように俯いていた。「やっぱり親子だねぇ。おんなじ顔して俯いちゃってさぁ」 同じ仕草なのを他の人に指摘されて、余計に恥ずかしくなってしまった。お父さんも同じなのか、反論せずに黙ったままでいる。「せっかくの親子の対面を邪魔しちゃあなんだから、とっとと消えてやれや」 ざわついていたおばちゃんたちに船長さんが口を挟むと、小声で何かを喋りながら方々に散って行った。「あの、ありがとうございます。いろいろ助かりました」 目の前のテーブルに缶ビールを置き、お父さんの隣にいる船長さんに向かって頭を下げると、げらげら声を立てて大笑いしながら格好腕を良く組んだ。「喋りたそうな顔してるのを見
last updateLast Updated : 2026-01-15
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想いを重ねる夜4

「千秋、お父さんと一緒に船着場から、農協の傍まで向かったんだよ」 俺の考えていたことをさらりと読み取った穂高さんに、すごく驚くしかない。まさに以心伝心だ。「……島の産業を知るために、大きな道路を道なりに歩いただけで、向かった先にたまたまお前の職場があっただけだからな」 穂高さんの言葉を補足する感じで、お父さんが話し出した。 どこか慌てているような口調に、笑いを噛みしめるのが大変だった。無理して話を作っている様子は、らしくない姿としか言えない。(お父さんはきっと俺のことを心配して、わざわざここまで来てくれたんだな――)「あの、外から見た職場はどうでしたか?」 ちょっとだけ躊躇しながら投げかけた質問に、お父さんは一瞬だけ口元を引きつらせたけど、慌てて真顔に戻してビールを口に含む。 あたり障りのない返事をしようと、必死になっているのかな。 俺としては、感想を聞きたかっただけなのに――普段から親子らしい会話をしていないツケが、こういう形で露になるとは思わなかった。「別に……。どこにでもある建物だろう、あんなの」「そうですよね……」 どうにもバツが悪くて、手持ちぶさたに缶ビールを手にする。父さんみたいにビールを飲むこともできず、意味なく手の中でぐるぐるまわしてしまった。 俺たち親子のたどたどしい会話のせいで雰囲気はとても悪く、気まずい沈黙が続いた。 穂高さんのお父さんがイタリアから来たときとは、とても賑やかな様子だった。今の状況と正反対過ぎて、笑うに笑えない。 実の息子を目の前にしてもぎこちない態度をとるせいで、島の人もなかなか話しかけてこないし、そこのところを穂高さんのお父さんと比べられるんじゃないかと、いらない心配してみたり――。「紺野さん!」 低くて張りのある穂高さんの声に、頭の中で考え巡らせていたことが一瞬で吹き飛んだ。何を喋るんだろうと不思議に思って、隣にいる彼を見上げる。 重苦しい空気が漂っているのを肌で感じるというのに、それを跳ね返す強い何かが穂高さんから出ていて、思わず縋りつきたくなってしまった。 膝の上で拳を作ってる右手にそっと左手を被せると、指先を素早く掴んで握りしめてくれる。穂高さんのてのひらの温かさが伝わってきて、気落ちしていた心までもが温められてしまった。 そんな些細なことで安心感が増すから、こうして頼ってし
last updateLast Updated : 2026-01-16
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想いを重ねる夜5

「千秋の姿を見て、どう思いますか?」 一瞬の間をおいてから告げられた台詞に、ぽかんとしたのは俺だけじゃなく、お父さんも何を言ってるんだという表情を浮かべた。「学生時代には見られなかったスーツ姿を見て、何か感想はあるかなぁと個人的に思っただけなんですが――」 言われてみたら確かにそうなんだけど、実家にふたりで挨拶に行ったときにスーツ姿を見せていることを、穂高さんは忘れちゃったのかな。(いろんな思いが交差する様子を、お父さんの隣にいる船長さんは固唾を飲んで見守っているし、自分からはどうしても声をかけられない……) 穂高さんの質問に困ったんだろう。手にした缶ビールをまたしても飲むお父さんを見ているうちに、心配になってしまった。あまりお酒に強くないのに、煽るように飲んで大丈夫なんだろうか。「特に何の感想もない。そんなことは、わざわざ訊ねるべきものじゃないだろう」 そういう当たり障りのない返事をするだろうなと俺としては予想できたのに、なぜか穂高さんは顔を強張らせて、驚きの表情をありありと浮かべた。 というか穂高さんが驚いたことに、逆にビックリするしかない。思わず、まじまじと横顔を見つめてしまうくらいに。「何の感想もないって千秋のこのスーツ姿に、何も感じないなんてそんな――」 何がショックだったのか、全然分からなかった。額に手を当てながらぶつぶつと何かを呟いているので、顔を寄せてそれを聞いてみることにした。「これを見るたびに千秋アンテナが起動しそうになって、いつも大変なことになっているというのに、どうして何も感じないんだ……」(――うわぁ、これは絶対に聞かせちゃいけないシロモノだ)「ひっ人それぞれ感性が違うから、感じたり感じなかったりするんじゃないかな。アハハ!」 どうして穂高さんとお父さんのやり取りで、こんなに気を遣わなきゃならないんだよ。まるで板ばさみになった、お嫁さんの気分だ。「井上ぇ、もう少しマシなことを聞くということができんのか? 何かズレてんだよな、お前はよぅ」 俺ができないツッコミを船長さんがしてくれたので、一瞬だけその場が和んだように感じた。「マシな質問……。それって何だろうか?」 言いながら、俺をじっと見つめないで欲しい。困惑するしかないじゃないか。「ぉおっ、お父さんから穂高さんに、何か聞きたいことはないですかっ?」 
last updateLast Updated : 2026-01-17
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想いを重ねる夜6

「念入りに触れ合い、とは?」「そっ、そうなんだ。念入りに話し合いをして、すれ違いや喧嘩をしないようにお互い突き詰めるみたいな感じのことを、穂高さんは言ったみたい。アハハ!」 誤魔化しきれないのを承知で喋り倒し、どうにも間が持たなくて、中身が残っていた缶ビールを一気飲みしてしまった。(お父さん、穂高さんの触れ合いっていう言葉に、どうかツッコミを入れないでください) そんな俺の気持ちを知らない穂高さんが、「あっ」と思い出したかのように呟いたあとに口火を切る。「そういえば千秋と喧嘩らしい喧嘩を、一緒に住んでからはしていなかったな。離れていたときはそれなりに連絡を取っていたが、誤解させるようなことをお互い言い合ったりメッセージに書いたりして、要らない喧嘩をしたっけ」「話し合いもそうだけど、やっぱり相手の表情が見える距離にいられるっていうのが、喧嘩をしないコツなのかもしれないよ」「それだけじゃないだろ。千秋は俺を何とかして驚かせようと、日々アクシデントに励んでいるもんな」「違うよ。穂高さんが俺に何かしようとコッソリ画策して、驚かせようとしているんじゃないか。それを阻止すべく、俺は普通に身構えてるだけですって」 俺たちのやり取りに船長さんが声を立てて笑い、隣にいるお父さんの肩をバシバシと叩いた。「変な心配しなくても喧嘩するほど仲がいいって言うし、コイツらの仲にツッコミを入れるだけ、ヤボってもんだ。井上の口癖は何かにつけて『俺の千秋は――』って、うるせぇのなんの」「あの、貴方はこのふたりの関係について……」 船長さんの言葉に、眉根を寄せたお父さんが話しかけたんだけど――。「本当に仲が良すぎる兄弟だな。お前らはよぉ」 俺たちの事情を知っているのにあえて兄弟と言って、船長さんは何も知らない風を装ってくれた。 船長さんの発言を聞いてどこかほっとした顔をし、それを誤魔化すようにビールを口にするお父さんを、複雑な心境で眺めてしまった。 穂高さんと付き合っていく以上、お父さんに世間体のことで心配させてしまう自分が嫌だなと思った瞬間だった。
last updateLast Updated : 2026-01-18
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想いを重ねる夜7

*** 自発的に飲んだものと勧められて飲んだビールのせいで、お酒に弱いお父さんはまともに歩けなくなり、穂高さんに背負われて家路に向かうことになってしまった。「ゴメンね、穂高さん。重たいでしょ?」「ん? 全然。千秋の体重にリンゴを5個ほど足したくらいかな」 楽しげに語る穂高さんの背中で、酔い潰れて眠りこけているお父さんの姿を横目で眺めた。 外国人らしいスキンシップを嫌味にならない程度にまじえつつ、流暢な日本語で会話しながら、島の人と盛大に笑って交流を深めた穂高さんのお父さんとは対照的だった、俺のお父さん。 用意された席にずっと座ったまま、むっつりと押し黙っていた。 それを見て気を遣い、代わるがわる漁協のおばちゃんたちが話しかけながら缶ビールを当てて乾杯して、何とかその場を盛り上げようとしていた。 目の前で行われる様子を見て、息子の俺はハラハラドキドキしたのは言うまでもなく――これが会社の利益に関わることなら、また違った態度をとるのは容易に想像ついた。「千秋?」「あ、はい?」 穂高さんからかけられた声に反応して顔を上げると、闇色の瞳を細めて俺をじっと見つめる。「どうしてそんな風に、落ち込んだ顔をしているんだい?」 落胆している俺の心を慰めるような声が、胸の中にじわりと沁み込んでいった。 それは大好きな穂高さんが心配して、わざわざ声をかけてくれたせいなのか。あるいは、大好きな声で話しかけられたせいなのかは分からないけれど、落ち込んでいた気持ちが簡単に浮上してしまう。「だって俺のお父さん、漁協での態度が悪すぎて悲しくなってしまったんだ。穂高さんのお父さんの態度を、ぜひとも見習ってほしいくらいだったよ」「そんなことを気にしていたのか。千秋のお父さんの態度が悪いなんて、誰も思っちゃいない。話をすれば社交的じゃない人だっていうのが、きっと分かるだろう。だが息子の千秋がお父さんと誰かを比べてしまったのを知ったら、悲しむことに繋がるんじゃないかい?」 告げられた言葉を聞いて、さっと瞼を伏せてしまった。自分の心の狭さを突きつけられたせいで、穂高さんの視線から逃げるしかできない。「千秋……」 俺の名前を告げながら、こつんと躰をぶつけてきた穂高さん。仕方なく顔を上げると、柔らかい笑みを湛えた彼と目が合った。「千秋のお父さんがこの島に来て、迷うことな
last updateLast Updated : 2026-01-19
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想いを重ねる夜8

「穂高さん、さっきから何か変ですよ」 首を傾げたまま話しかけた俺の視線を受けて、なぜだかにっこりと微笑みかける。穂高さんの背中で顔を俯かせたお父さんが、静かに眠っている状態に見えた。「俺は君たちを送ったら、網の補修をしに漁協に戻る。かなり直さなきゃいけないところがあるから、帰りは朝方になると思うんだ」 湿度を含んだ海風が吹く中で告げられた言葉に、歩いていた足がピタリと止まってしまった。「どうして……。だって穂高さん、お酒を飲んでるのに仕事をするなんておかしい」「せっかくお父さんが来てるんだ。親子水入らずで話し合いたいことだってあるだろう。俺のことは気にせず、今夜一緒に過ごしたらいい」「でも――」 立ち止まったままでいる俺の前に立ちはだかるように歩み寄るなり、コツンと額を合わせてくる。 あまりに近すぎて穂高さんの目線に合わせることができなかったけれど、触れている額から熱をじわりと感じるだけで、素直になれる気がした。「千秋、仕事の忙しいお父さんがスケジュール調整をして、わざわざここに来たとは思わないのかい?」 まっすぐ俺を見据えたままお父さんを背負い直しながら、スラスラ流れるようにセリフを告げる。それはまるで事前に用意されていたように聞こえてしまったのは、どうしてだろうか。 お父さんも俺も素直じゃない人種で、人前だと余計に思ったことが言えない。それを考慮した穂高さんはわざと仕事を作って、俺たちをふたりきりにするために出かけるなんて――。「穂高さんのお父さんと同じように、忙しい中から時間を作って来てくれたんだろうね」 俺が言葉を発すると合わせられた額が離され、やけに優しげな眼差しが注がれる。「さすがは千秋。俺の父さんのことまで分かってしまうなんて、できすぎた恋人だよ。まいった」 言うなり素早く背中を向けて歩き出す背中を、小走りで追いかけて隣に並んだ。「イタリアに行ったこと、千秋に話したことが合ったろう?」「はい」 じっと前を見たまま話し出す穂高さんの話に、顔を上げながら耳を傾けた。「十数年ぶりに逢ったせいだろうか、話が尽きなくてね。すごく楽しかった。だから千秋にも、その気持ちを分かってほしくてね」「だからお父さんと二人きりにしようとして、仕事をしに行くなんて言い出したんですか」「ん……。千秋自身にも、知りたい事情がいろいろあるだ
last updateLast Updated : 2026-01-20
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想いを重ねる夜9

***(どう考えても道中のやり取りを、お父さんに聞かれただろうな……) 自宅に到着した途端に、自分で穂高さんの背中から降りようとして、あたふたともがいたお父さん。不機嫌そうな顔色や態度で、道中のやり取りを聞かれたとすぐにわかった。 穂高さんが慌ててしゃがんだら、お礼も言わずに玄関に降り立ち、さっさと靴を脱いで人ン家の中に一番に入ってしまった。「ありがとうございます、穂高さん」 代わりにお礼を言って、暗闇の中だというのにリビングに行ってしまったお父さんを追いかける。失礼極まりない態度に、俺の中のイライラが増していった。「千秋、笑顔を忘れているよ」 壁にあるスイッチに手を伸ばした瞬間に、告げられた言葉。室内灯が付くと同時に、穂高さんの大きなてのひらが俺の頭をくしゃりと撫でた。「だって……」「まるで駄々っ子みたいだね。それとも反抗期なのかな?」「反抗期なんて、そんなのありませんよ」「ふっ。千秋とお父さんは本当の親子のようだ。表情が鏡合わせみたいになってる」「「そんなわけ」」 なぜかお父さんも俺と同じタイミングで、言葉を発した。そのことに驚いて振り返ると、えらくバツの悪そうな顔をする。「ほらね、言った通りだろう?」 俺の肩を叩いて、踵を返した穂高さん。慌ててその背中に、手を伸ばした。「お風呂を沸かしてくる。お父さん、長旅で疲れているだろうから、早く寝たほうがいい」「あ、お願いします……」 息子の俺よりも気がつく穂高さんに頼りっぱなしで、申し訳ない気持ちになった。
last updateLast Updated : 2026-01-21
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