急性虫垂炎を起こしたとき、父も母も、兄の藤宮陽介(ふじみや ようすけ)も、婚約者の神原怜司(かんばら れいじ)も、みんな妹・藤宮紗月(ふじみや さつき)の誕生日を祝うのに夢中だった。手術室の前で、何度も電話をかけた。手術同意書にサインしてくれる家族を探したけれど、返ってきたのは、冷たく通話を切る音ばかり。しばらくして、怜司から一通のメッセージが届いた。【澪(みお)、騒ぐなよ。今日は紗月の成人式だ。用があるなら、式が終わってからにしてくれ】私は静かにスマホを置き、自分の名前を同意書に書き込んだ。彼らが紗月のために私を切り捨てたのは、これで九十九度目だった。なら、今度は私のほうから捨ててやる。もう、理不尽なえこひいきに泣くことはない。病院に三日間入院しているあいだ、私のスマホは驚くほど静かだった。一本の電話も来なかった。けれど、私ももう誰にも連絡をしなかった。以前のように、わざわざみんなのインスタを覗いて、動きを追いかけることもなかった。ただ、ベッドの上で静かに傷を癒し、検査や支払いのときだけ、自分の弱い体を引きずって動いた。退院の日も、誰にも知らせなかった。荷物を少しずつまとめ、腹の痛みをこらえながら、一人で家まで戻った。玄関を開けた瞬間、中の笑い声がぴたりと止まる。リビングのソファには家族全員がそろっていて、婚約者の怜司までが妹の隣に座り、片手を彼女の肩にやさしく置いている。私の姿を見た途端、怜司はあわてて手を引き、気まずそうに顔をそらす。「澪、もう帰ったのか……この数日、どこに行ってたんだ?」陽介が鼻で笑い、冷たい声で言う。「どこに行ってたかなんて、分かりきってるだろ!紗月の成人式に出たくなくて、わざと俺たちに嫌がらせしたんだ。小さい頃から紗月がうまくいくのが気に入らないんだよな」私は何も言わず、黙って自分の部屋へ歩く。兄は、私が言い返さないのに驚いたようだ。いつもなら、理不尽な言葉を浴びせられるたびに泣き出して、まるで世界中から見放されたみたいに取り乱していた。なのに今日は、どうしてこんなに静かなのか――と。母がテーブルからジュースの缶を取って、あわてて私のもとへ駆け寄る。「澪、この前は紗月のことで手が離せなくて……電話、出られなかったの。怒らないでね」
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