私の視線はキャンドルのゆらめきに吸い寄せられ、揺れる炎が心の動揺を映し出すようだった。健吾との離婚話が、楠木家の底しれぬ秘密を暴くことになるとしたら……その覚悟が私にあるだろうか。楠木夫妻の事故に隠された不審な報酬、達磨のような八の字……その謎が、単なる裏切りを超えた闇を暗示していた。私はテーブルの上で両手をギュッと握り、唇を噛んだ。冷えた指先が震え、復讐の決意と恐怖が交錯する。 すると、大きな手のひらが私の手にそっと重ねられ、冷えた心を温めるように包み込んだ。相馬の顔を見上げると、銀縁眼鏡の奥で、かつてシロツメクサの花冠を編んだ少年の瞳が穏やかに微笑んでいた。「大丈夫、一緒に乗り越えよう」と、彼の声は静かだが力強く、まるで深い森の闇から私を救い出す光のようだった。 ワインバーの仄暗い空気が一瞬和らぎ、ピノ・ノワールの香りが優しく漂う。私は小さく頷き、ショルダーバッグの中の登記簿謄本を意識した。 「相馬くん、私……このマンションを夫に渡したくないの」 私はテーブルにマンションの登記簿謄本を広げた。健吾と七海がどんな秘密を抱えていようと、私は相馬とともに戦う。キャンドルの光がワイングラスに映り、深紅の液体が揺れる。もし、私と健吾が離婚することになればこのマンションは財産分与で彼に奪われるかもしれない。それだけはなんとしても避けたかった。あの場所は……私が守って来た城だ。誰にも渡さない。
Last Updated : 2025-11-02 Read more