院長でもある母さんは、研修医になったばかりの弟・久遠修斗(くおん しゅうと)に少しでも場数を踏ませたい一心で、勝手に俺・久遠蒼一(くおん そういち)の脳腫瘍の手術を任せてしまった。俺は死んだ。弟のメスの下で。だが予想外だったのは、死んだあと、俺の魂は母さんのそばへ引き戻された。そのとき母さんは、修斗を必死になだめていた。「大丈夫よ、修斗。蒼一はしぶといんだから、そう簡単に倒れたりしないわ。まずは家に帰って、ゆっくり休みなさい」母さんが修斗のほうを見るその目には、溢れんばかりの愛おしさと痛ましさが宿っていた。生きていた頃、一度も向けられたことのない優しさだった。ここ何年も、母さんが俺に向けるのはいつだってうんざりしたような態度で、口を開けば苛立ちがにじんでいた。普段の俺は何でもないふりをして、へらへら笑ってごまかしていたけれど、本当は何も気にしていなかったわけじゃない。ただ、弱いところを誰にも見せたくなかっただけだ。もう死んでしまった今になって、胸の底に溜め込んできた苦さが、抑えきれなくなってあふれ出す。家に戻った途端、母さんのスマホがけたたましく鳴り出した。電話口で病院の医者が、俺がもう亡くなったと告げると、母さんは食い気味に言い返した。「ありえないわ!あの子の病気なんて、大したことないでしょ?腕のいい先生がいくらでもいる病院で助けられないはずがないじゃない。どうせ修斗に手術なんてさせるから拗ねて、あんたたちと組んで私を脅かそうとしてるんでしょ。そんな安っぽい芝居、私が騙されると思わないで!」電話を切ったあとも、母さんは最後まで全部俺の我がままだと信じて疑わない様子で、むしろ自分を責めるように顔を歪めた。「修斗、ごめんね。全部お母さんが悪いわ。怖い思いさせちゃって。蒼一が帰ってきたら、お母さんがきつく叱ってやるからね」言い終えたそのとたん、また母さんのスマホが鳴った。さっきまで優しい声を出していた母さんは、画面を一瞥すると眉間にしわを寄せ、露骨にうんざりした口調になった。「さっきはっきり言ったでしょ。蒼一に伝えて。死にたいならさっさと一人で死ねって。いちいち何度も私を巻き込まないでって!」しばらく沈黙が続いたあと、電話の向こうの声が慎重に名乗った。「久遠さんですね。私どもは警察です。久遠修斗さんが医療事故に
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