サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

45 チャプター

サムシング・フォー #1-6

 両親から怒られるかもしれない。ミアに嫌われてしまったらどうすればよいだろう。そんなマリックの心配は杞憂に終わった。  そもそも、わがまま放題に育った王子が愛する女性のために旅に出たというだけで両親にとっては喜ばしいこと。そのうえ、少々手荒な手段ではあるが、破滅を余儀なくされていた他国の民を救ったのだから誇らしいものだ。国を治めているものがいなかったのもよかった。危惧すべき政治的問題が何ひとつ起こらないのだから。  両親はマリックの手柄を褒めたたえ、サラハの民たちもマリックを見直した。  鼻高々なマリックをさらに喜ばせたのは、なによりミアの存在であった。  考えないようにしていただけで、実際のところ、それが最も気がかりだったのだ。旅の最中、ミアが城から逃げ出しているのではないかとすら思っていた。彼女の護衛と称して見張りをつけたが、ミアなら彼らを容易に買収してしまうだろうと推測もしていた。  しかし、ミアはマリックのいない間も逃げることなく王宮へとどまり、律儀にマリックの帰りを待っていたのだ。彼女の誠実さにマリックの心がキュッと締め付けられる。 「おかえりなさいませ」  数週間ぶりの愛らしいミアの姿がマリックの疲労をすべて忘れさせた。マリックは棒のようになった足を根性だけで動かし、ポケットに入れていた蒼鋼をミアに見せつける。 「採ってきたぞ」  マリックはミアの手を取り、その手のひらに一粒蒼鋼をのせてやる。ちょうど指輪かペンダントによいサイズだ。蒼鋼はミアの真綿のような肌によく映えた。  ちらと彼女の様子を窺えば、ミアは心底驚いたような顔で蒼鋼とマリックを見比べた。 「……本当に、採ってきたのですか? マリック王子が?」 「ああ。結局、国ご
last update最終更新日 : 2025-12-02
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サムシング・フォー #2-1

 ミアから次なる要求が切り出されたのは、マリックが旅から戻って約一か月が経過したころだった。  これほどまでに間が空いたのにはいくつか理由がある。  まず、サラハへ戻った初日の夜からマリックは熱にうなされた。慣れない旅で疲れが出たのか三日ほど寝込むことになったのだ。意外なことにミアがつきっきりで看病をしてくれ、風邪をひくのも悪くないと思ったことは一か月近く立った今でもよく覚えている。おそらくミアにとっては自らの無理難題のせいで第一王子の身を危険にさらしてしまったことを引け目に感じての行動だろうが、マリックはミアの本心など知る由もない。ミアの優しさに触れ、ますます彼女を愛おしく感じたマリックはチャンスとばかりにミアに甘え、すっかり新婚気分を味わっていた。約一週間に及ぶ夢の生活だった。  体調が回復した後もしばらくは病み上がりだからと理由をつけ、マリックは三日ほど怠惰な日々を過ごした。ミアと出会う前のように日がな街を見下ろせるバルコニーで寝転がって民たちの様子を眺めていたり、時折マリックに気づいて黄色い声をあげる女性たちに手を振ってみたり。ミアとチェスもした。まったく歯が立たず、三回ほどプレイしたところでやめてしまったが。要求以外で面白い物語はないかとミアにせがんだこともある。ミアは商人として各地を旅していたためか吟遊詩人としても素晴らしい才能を発揮し、マリックを容易く眠りにつかせた。  その後は第一王子らしい仕事もいくつかこなした。王族だからと威張ることでもなく、自らのルックスを武器に女を手籠めにすることでもない。マリックにとって初めての仕事らしい仕事、国とともに買い取った住人達と蒼鋼の後処理だ。  蒼鋼に関しては、ミアのおかげですぐになんとかなった。商売人のミアとしても大きな金額の動く商売は面白かったようで、珍しく饒舌になりながらマリックにあれやこれやと商売の極意を仕込んだ。マリックも自らの手で蒼鋼を商人に売りつけるのは悪い経験ではなかった。自分の力で金を手に入れる行為というのは必然的に達成感をもたらす。これまで自分の人生は満たされていると思ってきたが、
last update最終更新日 : 2025-12-03
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ペーパームーン #1

 大陸を北西に進み、砂漠を超えて海を渡ると土地はまったく違った姿を見せる。  空は分厚い雲に覆われ、一年のほとんどが曇っているか雨に降られている。大地はアスファルトやコンクリートに覆われて世界はグレー一色だ。気温も低く、四季こそあれど常に肌寒い。夏になってようやく長袖一枚で過ごせる程度となれば、砂漠の民が馴染むには時間のかかる土地柄だと言えよう。  そこにはひときわ目立つ貯水池がある。湖と変わらぬ大きさがあり、山のようにそびえたつ壁はダムの深さを表している。  近隣の国々の重要なライフラインとなっているダムについて、いつからかまことしやかにこんな噂が流れていた。  かつて、そこにはとある国があったというのだ。ダムの底に大きな都市が沈んでいると。  その国は発達した文明と技術を有しており、いくつもの発明品が生まれた場所。流布されている噂によるとそのせいで国が滅びてしまったらしい。なんとも皮肉な話だ。さらに詳しく尋ねれば、西と東が分裂し、内戦が始まってしまったという話もある。  だが、この物語の焦点はそこではない。国を消し去るほどの大戦についてはまた別の機会に話すとして、今回は国がまだ水底に沈む前、戦火の消えた灰の世界で出会った少年と女性の話をしよう。  少年の名はアンリ。本名も生まれもわからない。奴隷商に売られ、旅の一座に買われた踊り子だ。  彼の特徴は身体的なものにすべて由来していた。赤く波打つ髪。金の目。小麦色の肌。少年はどれをとっても一級品だった。少女と見間違うほどの愛らしさを秘めた顔つき、十三歳になってもなお線の細さが目立つ華奢な体格。初めて見る者に性別を間違えられることは日常茶飯事で、アンリが舞い踊る姿には多くの人々が魅了され、性的嗜好を歪められた。  齢十三にして壮絶な人生をたどってきたアンリは一般的な同年代の子らに比べて達観している。擦れているというより、飾りや芸術品のような『
last update最終更新日 : 2025-12-04
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ペーパームーン #2

 時が止まったかと思った。  アンリはまさか人がいるなんて、しかもそれがこれまでの人生で出会った中で最も容姿の整った女性だなんて想像もしていなかった。 「あ……」  まさにこぼれ出たという表現に相応しい音がひとつ。アンリの口から発せられると同時、 「いらっしゃいませ」  女はアンリの突然の訪問になんの感慨も見せず常套句を述べた。ニコリとも笑わぬ彼女の接客はしかし自然で、腰を抜かしてしまったアンリのほうが恥ずかしさを覚える。 「よろしければカウンターにどうぞ」  黒曜石をはめこんだような瞳で促され、アンリはおずおずと高いカウンター席によじ登るように腰を下ろした。足が浮いて落ち着かないが、今はそれどころではない。 「お飲み物は何になさいますか?」  ボロボロのアンリの姿を真正面から捉えても表情筋を微動だにさせず、店員は慣れた手つきでメニューを少年に差し出す。アルコールの入ったものからジュースまで。品揃えは悪くない。  メニューを眺めたアンリは昨晩逃げ出してから何も口にしていないことを思い出した。喉が途端に乾きを覚え、 「それじゃあ……、これ」  金を持っていないことなどすっかり忘れてリンゴのジュースを選ぶ。  女性はやはり微笑すら見せず「少々お待ちください」と機械的にメニューを下げた。カウンターの下からリンゴとナイフを取り出し準備を始める。どうやらここでは飲み物を一から加工するらしい。  彼女がリンゴを切り始めたところでアンリは手持無沙汰になり、店内を見回した。  落ち着いた店内でひときわ目
last update最終更新日 : 2025-12-05
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ペーパームーン #3

 セシルは記憶を失っていた。  覚えているのは自らがセシルという名であることと、このカフェアンドバー『PAPER MOON』で働いていたこと。  そして。 「誰かを待っている、ということも覚えております」 「待ってるって……、誰かと約束したの?」 「わかりません。けれど、そのような予感がするのです」  セシルの細長い指が静かに胸元のネックレスに触れる。柔らかな青色に発光している満月は彼女にとってのお守りのようにも見えた。  その後の質問――たとえば、生まれや年齢、いつごろから記憶がないのか――については一切覚えていないと言ってセシルは口を閉じた。嘘や冗談を言っているようには見えず、本当に記憶喪失なのだとアンリはここでようやく彼女の身に起きたことを認めた。  不躾すぎるほどに質問をぶつけたアンリに対し、セシルはアンリのことを聞かなかった。なぜ血まみれなのか。どこから来たのか。年齢も、生まれも、職業も。店員だから客のことには深入りしないようにしているのかもしれない。しかし、手当ては厚く、アンリの足にはセシルの手で包帯が巻かれた。  アンリはセシルの配慮に落ち着かず、自分ばかりが相手の情報を握ってしまった、施されたという不平等感にさいなまれた。若さゆえ、あるいはセシルに恋心を抱いたがゆえに、アンリは自分自身にも興味関心を向けてもらいたいと自ら過去を明かした。いや、話をしたのはもっと単純な理由だったかもしれない。これまでにあった自分の悲しみや辛さを慰めてもらいたかった。その気持ちがなかったと言えば嘘になる。 「ぼくは生まれてすぐ両親に売られたんだって。気づいた時には奴隷にされていて、いろんな折檻も受けた。でも、たまたま見た目がよかったからすぐに買い手がついたんだよ。旅の一座で踊り子になったんだ」  セシルはアンリの
last update最終更新日 : 2025-12-06
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ペーパームーン #4

 恩返しを考えたものの、アンリがセシルにしてやれることはふたつしかなかった。踊りか、セシルの記憶を取り戻す手伝いか。  セシルは恩など売ったつもりはないとあしらったが、それではアンリの気持ちに収まりがつかない。  踊りを舞い、もう一度セシルに頼み込んだ。 「お願い、セシル! どうしてもお礼がしたいんだ。もちろん、絶対に記憶が戻るかどうかはわからない。でも、ぼくができることはそれくらいだから」  価値がなくなったら捨てられてしまう。幼少期からのトラウマもあってアンリは縋りつくように懇願する。  セシルはいよいよ困った顔をした。考え込み、諦めたように嘆息する。 「……わかりました。では、お願いします」 「やった! じゃあ、早速外に出てみようよ! ずっとここにいても仕方がないし」  カフェアンドバー『PAPER MOON』は安寧の地だ。だが、新たな何かを得られるわけではない。今までセシルがどうしてきたかはわからないが、食料だって飲み水だってそのうちに底を尽きてしまうだろう。そうなる前に調達も必要だ。  旅に慣れているアンリはこの都市も通過点のひとつに過ぎないと考えている。もしかしたらこのままセシルと定住するかもしれないが、今のところそのようなビジョンは浮かんでいなかった。  対して、セシルは旅になどまったく出たことがないのか不安げにアンリを見つめている。所在なく空をさまよった手が満月のネックレスへと吸い込まれて行き、彼女はそれをしっかりと握りしめた。 「ですが、外は危険です」  控えめなセシルの忠告にアンリは声をあげて笑った。 「知ってるよ。わかってる。たしかに倒壊しそうな建物がいくつもあったし、誰もい
last update最終更新日 : 2025-12-07
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ペーパームーン #5

 結局、鉄塔にはセシルの記憶にまつわるようなものはなく、アンリたちはなんの収穫も得られないまま『PAPER MOON』へと戻った。  それから、何日間か同じようにアンリはセシルを連れて外を歩きまわったが、やはり収穫は得られなかった。  気づけば、セシルとの共同生活も五日が過ぎていた。  いや、まだ五日目だ。落ち込む必要はない。焦る必要だってない。アンリはセシルが作ってくれたご飯を食べながら、水槽の手入れをしているセシルの姿を見つめる。  セシルはどこか浮世離れした雰囲気がある。表情の変化は乏しく、何を考えているかわからないことも多い。基本的に口数も少ないうえ、自ら話題を振ることはしない。慎ましやかに、穏やかに毎日同じ繰り返しの中で生きているような人だった。 ――どうしてこんなにもセシルのことが気になるのだろう。  出会ったばかりなのに、彼女を見ていると放っておけないような気持ちになる。年は明らかにセシルのほうが上に見えるし、生活能力も情報も彼女のほうが持っている。なのに、彼女はどこか肝心なところが抜けているように思えた。  淑やかな見た目とは裏腹に頑固なところもあった。特に彼女は食事姿を見せなかった。いつ食事をとっているのか尋ねても「必要ない」と遠慮するばかり。もしかすると、食料が底をつきかけていてアンリに譲っているのかもしれない。そう考えてキッチンに忍び込んだこともあるが、食糧庫にはまだ何日分か余裕があるようには見えた。とはいえ、いつまでも暮らしていけるような量ではないから、やはり遠慮しているのかもしれないが。  六日目にしてようやくアンリは今までと方針を変えることを提案した。 「ねえ、セシル。今日は食料を探しに行ってみようよ」 「食べ物ですか?」 「うん。実はこないだ、ちょっとだけ食糧庫を覗いちゃったん
last update最終更新日 : 2025-12-08
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ペーパームーン #6

 その晩、雨は降り続き、アンリとセシルは店に帰れないまま外で一夜を明かすことになった。  アンリとしてはずぶ濡れで帰ってもよかったのだが、セシルがそれを嫌がった。あまり濡れるのは困ると頑として譲らなかったのだ。彼女が自分の主張を押し通すのは珍しく、アンリはそこまで言うならと彼女に従った。アンリも別に濡れるのが好きなわけではないし、食料調達も済んでいるので急ぐ必要はなかった。  セシルは自らのエプロンを少し破いて火種にし、たき火を起こしてくれた。どこからか書類のようなものを探してきて、それを追加で燃やして火を焚き続ける。人が生活していた痕跡があちらこちらに残っているおかげで一日程度なら野宿に困らない。  燃えた紙は灰となり、曇天に吸い込まれやがては街の一部に溶けた。  火を囲み、アンリとセシルは止まない雨を眺めていた。こんな時、ふたりがすることは決まっている。  お互いを知ること。 「嫌いなものもわからないって言ったけど、セシルはもしかしたら雨が嫌いなのかもしれないね」  いつも通りアンリから話題を振れば、セシルは雨から彼へ視線を移す。 「そうかもしれません。雨や水はあまり得意ではないように思います。近づいてはいけないと設定されているようです」 「やっぱり、それも設定なんだ」 「ええ。わたくしの言動はすべて設定されたものです」 「誰に?」 「……わかりません」  もしかしたら、セシルもアンリのように奴隷だった過去があるのだろうか。いや、奴隷でなくても例えば金持ちに雇われていたとか、愛玩のように扱われていたのかもしれない。アンリが踊り子として生きていたように、セシルもその身を誰かのために切り売りしてい
last update最終更新日 : 2025-12-09
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ペーパームーン #7

 セシルは雨を避けながら歩いていく。初日に向かった鉄塔よりもさらに奥、北の果てにその場所はあるらしい。  アンリは彼女の後を追いながら目的地について尋ねた。 「どんな場所なの?」 「研究所です」 「研究所?」  アンリには聞き馴染みがない。一生縁のなさそうな場所だ。 「この国の科学技術や最先端の機器、あらゆる英知が結集しております。この国の発展は研究所の発展なくしてありえませんでした。わたくしも問題が起こるとそこへ出向いておりました」 「問題?」 「ええ。おそらく今までこのことを忘れていたのは、わたくしが正常だったからです」 「それって、なんだか今は問題が発生してるみたいに聞こえる」 「ええ。発生しております」  冗談のつもりで言ったのに、セシルから真面目な返事をもらったアンリは当然驚きに足を止めた。 「具合、悪いの?」 「いいえ。ただ、エネルギーをかなり消耗したようです。いわゆるバッテリー切れです」 「バッテリー……」  本当に機械のようだ。アンリは思わずセシルの手を取った。雨で肌寒いとはいえ、やはりセシルの手は血の通った人の温度とは思えない。  これまでのセシルの言動が脳内に浮かんでは消えていく。  記憶はないのに情報は持っている。どこにいても正確に場所を把握できる。食事もとらない。好きなものも嫌いなものも設定されている。  心音が聞こえない。 
last update最終更新日 : 2025-12-10
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ペーパームーン #8

 大きな球体状の建物――セシルいわく『研究所』は最新鋭の技術を扱うに相応しく、これまで見て来た建屋と違う材質と構造で作られているらしかった。他のビルや住宅が崩壊や風化を余儀なくされたのに対し、研究所は損傷も少なく、おそらく戦争が始まる前の姿のまま残っているのだろうと思えるほどに形を保っていたのである。  セシルは慣れた様子で入り口にあった謎の装置を操作して、扉のロックを解除する。電子音が鳴り響き、客人を招くようにドアが自動で開く。何度かそうした煩わしい手続きを経てようやく本部内に入ったころにはすっかりセシルの動きが鈍くなっていた。  どこへ向かっているのかさっぱりわからないが、彼女にははっきりと目的地が把握できている。アンリはただセシルのバッテリーが一秒でも長くもちますようにと祈りながら、建物の形に沿ってらせん状に伸びた廊下を進むセシルについていくしかない。  聞きたいことや気になることはいくつもあるのに、セシルは会話ができなくなっている。アンリは心細い気持ちすら彼女と共有することができなかった。  代わりに、これまでの彼女との思い出を回顧してやり過ごす。またあんな風に笑いあえたらいいと未来を想像することに集中する。  しかし、目的の場所にはそう簡単にはたどり着けなかった。  どれほど登ってきただろうか。ゆるやかに傾斜している廊下には窓など一切取りついていない。外を見ることも叶わず、ずっと同じ景色の繰り返しだ。回り続けているせいで、距離感もよくわからない。このまま永遠にこれが続いているのかもしれない。アンリがそんな妄想をしてしまうほどには果てがないように思えた。  前を歩くセシルの動きになめらかさが減ったことも、よりアンリの心を急き立てる。 ――お願い、どうか。どうか、セシルを助けて。  アンリの願いが届いたのか、ふいにセシルが足を止めた。  アル
last update最終更新日 : 2025-12-11
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