光が遠ざかっていく。 それが最初の感覚だった。水面がゆっくりと、しかし確実に頭上へと昇っていく。いや、違う。昇っているのではない。私が沈んでいるのだ。 100年と3ヶ月と17日の生涯を終えたこの巨体は、もはや浮力を保つことができない。肺は空っぽだ。心臓は動いていない。体温は周囲の冷たい海水と同化し始めている。それでも、私は見ている。感じている。考えている。 これが死というものなのか。 水深200メートルを過ぎたあたりで、陽光の最後の名残が消えた。青から紺へ、紺から黒へ。深海の暗闇が私を包み込む。30トンの肉体が、まるで羽のように静かに落下していく。 奇妙なことに、恐怖はなかった。あったのは、ただ圧倒的な静寂と、そして不思議な安堵感だった。100年間、私は休むことなく泳ぎ続けてきた。北の冷たい海から南の温かい海へ。餌を追い、捕食者から逃れ、繁殖の相手を探し、12頭の子を産み育てた。巨体であることは祝福であると同時に呪いでもあった。止まれば死ぬ。それが私たちシロナガスクジラの宿命だった。 だが今、ようやく止まることができる。 水深500メートル。水圧が増していく。生きていた頃なら、この深さでも潜ることはできた。しかし今の私には、水圧を感じる肉体がない。あるのは、肉体を外から眺めている何か――私はそれを「視点」と呼ぶしかなかった――だけだった。 私の死体の周りを、小さな魚の群れが追いかけてくる。キンメダイの仲間だろうか。彼らは恐る恐る、私の皮膚をつついている。まだ新鮮な肉の匂いに引き寄せられているのだ。食べるがいい、と私は思った。声にならない声で。お前たちのためにこの肉体がある。 水深800メートル。中深層。ここからは永遠の夜の領域だ。 しかし、完全な暗闇ではない。目を凝らせば――いや、私にはもう目はない。しかしこの「視点」には何か別の知覚がある――微かな光が見える。発光生物たちの青白い輝きだ。クラゲのような生物が、触手を広げて漂っている。その透明な体の中に、小さな光の器官が脈打っている。 美しい、と私は思った。 生前、私は一度もこんな深さまで潜ったことはなかった。ここは私たちの世界ではなかった。しかし今、私はここの住人になろうとしている。 水深1200メートル。漸深層。 温度が急激に下がる。生きていた頃なら凍えていただろう。しかし今の私に
最終更新日 : 2025-11-26 続きを読む