40歳のとき、誘拐された娘・中山結衣(なかやま ゆい)を助けようとして、私は片足を折られ、頭を激しく殴られた。その一件で、私は生涯消えることのない重い障害を負ってしまい、心も体もあの日から元の自分には戻れなくなった。本当ならまだ子どものままでいてよかった結衣なのに、あの日を境に、大人になることを強いられた。仕事を3つも掛け持ちしながら、なけなしのお金で私を病院に通わせてくれた。やがて結衣も結婚し、子供・中山涼太(なかやま りょうた)が生まれた。しかし、涼太は先天性の心臓病を患っていたのだった。結衣と彼女の夫・中山洋介(なかやま ようすけ)の肩に家庭の負担が全てのしかかる。そしてある日、私が懲りずに涼太のおやつを勝手に食べて、洗ったばかりのソファを汚してしまったときのことだった。結衣のずっと溜め込んできた感情が爆発した。「どうしてまだ生きてるの!なんで私を助けたときに死んでくれなかったのよ!」自分を抑えきれなくなった結衣は、お湯を張ったお風呂に私を突き飛ばす。しかし、私のこの人生が終わりを告げようとした時、結衣はっと我に返ったらしく、慌てて私を助け出してくれた。結衣はその場にへたり込み、声をあげて泣きじゃくった。「もう無理……私、本当に、もう無理だよ……」私はまだなにが起きたのかよく分かっていなかったので、ただ、ぎこちなく手を伸ばし、結衣の涙を拭うことしかできなかった。お湯でふやけてしまった手の中のクッキーを、そっと彼女の口元へ差し出す。結衣がまだ小さかった頃あやしたみたいに、やさしく声をかけた。「結衣。ほら、もう泣かないの。これを食べたら元気になるからね」しかし、結衣が私の手を乱暴に振り払う。ふやけたクッキーは水たまりの床に落ちて、ぐちゃぐちゃになってしまった。冷たいタイルの床の上で体を小さくしていると、結衣の泣き叫ぶ声が耳をつんざいた。「食べることばっかり!そんなに何でも食べたいなら、農薬でも飲んで死んじゃえばいいのに!」私には結衣がなぜこんなにも取り乱しているのかわからなかったが、彼女には少しでも笑っていてほしかった。「いい子だから泣かないで。お母さん、農薬を飲むから。だからもう泣かないで……」私はそう言いながら、よろよろと杖をつきながらベランダの方へと歩いていく。植木鉢の隣にあ
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