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第5話

Autor: 青の波
「お母さん!どこにいるの?!」

結衣の声だ!

私の可愛い結衣!

目を開けたい。彼女に返事をしてあげたい。

でも、まぶたは鉛みたいに重いし、喉からはひゅうひゅうと変な音が出るだけだった。

ただ聞くことしかできない。私にできるのは、もうそれだけ。

「お母さん!!」

すぐそばで、結衣の驚いた悲鳴が聞こえた。

ばたばたと駆け寄ってくる足音。その風が私の頬をなでる。

すぐに、震える手が私の顔に触れた。

汗でじっとりと湿っていて、なんだか冷たい。

結衣は泣きじゃくっていた。熱い涙が、ぽたぽたと私の額に落ちてくる。

「お母さん!どうしたの?!しっかりして!私を見て!」

そして、あの茶色の瓶を見つけた瞬間、彼女は傷ついた獣が漏らすような哀切な声を絞り出した。

「何を飲んだの?ねえ、何を飲んだのよ!

ごめん……お母さん!私が間違ってた!あんなこと言うんじゃなかった……」

彼女は私に覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめた。そうすれば、私の命が消えずに済むとでも言うように。

「カッとなっちゃっただけなの。あんなこと、本当は全然思ってない……だから、許して……

まだ涼太が元気に大きくなるのを見れてないじゃない……あの子、もうすぐ手術するのよ……

涼太が駆け回ったりするのを見るって言ってたでしょ……だから、死んじゃだめ……お願いだから……」

どうやら洋介も一緒らしい。彼が息をのむ気配がした。

「早く!お母さんを背負って、病院へ行って!」

洋介が私を背負ってくれた。

私の頭は、力なく彼の肩にもたれかかる。

「お義母さん……しっかり……大丈夫だから……」

洋介の声は震えていた。よろよろと、覚束ない足取りで外へと向かう。

結衣はぴったりと横について、片手で私を支え、もう片方の手で私の服の裾を強く握りしめている。

もう大声で泣き叫ぶことはなく、声を押し殺してすすり泣きながら、私に話しかけてきていた。

「お母さん、聞こえる?

お願い、目を開けて。私を見て……

もうひどいこと言わないし、毎日、美味しいもの作ってあげるから……

お母さん……私を置いていかないでよ……私には、お母さんしかいないんだよ……」

結衣すぐ近くにいるのに、その声はなんだかすごく遠くに感じた。

彼女の涙を拭いてあげたい。「泣かないで」って、言ってあげたい。

でも、もう無理み
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    覚えてる。あれは結衣が3歳のときに、私がひと針ひと針、彼女のために縫ってあげたもの。そのあと、うさぎのが耳がすり切れるほどボロボロになって、私は何度も何度も縫い直した。それでも結衣は、捨てるのが惜しいと、ずっと手放さずにいたのだ。それに、彼女は言っていた。このうさぎは、自分が小さい時、怖い夜はいつも一緒にいてくれた、だから今度は、涼太を守ってもらう番なんだ、と。だから私は床を這って、そのうさぎを拾い上げると、胸に抱きしめた。今になってようやく、ふと分かったような気がする。私はもう、結衣のためにうさぎを直してあげられる母親ですらないんだ。今の私は、あのうさぎにあいた「穴」と同じようなもの……私、もう死んだほうがいいかもしれない。そう思った。……次の日。まだ外が薄暗いうちに、私は目を覚ました。農薬を入れた小さいかばんを背負う。中には、こっそり持ってきたクッキーも一袋入れた。洋介が二袋買っていたものだったので、残りの一袋は涼太のために残しておく。私は杖をついて、そっと涼太の部屋のドアを開けた。彼は気持ちよさそうに眠っている。頬はほんのり赤く染まっている。私は、うさぎのぬいぐるみを枕元に置いてあげた。「涼太、いい子だからね。私が死んだら、あなたはずっとみんなと一緒にいられるから……」それから私は、音を立てないように気をつけながら、結衣のベッドのそばまで歩いていった。彼女は眠っていたけれど、眉間にはぐっと皺が寄っている。それに、目じりにも、かわいそうなくらい皺が刻まれていた。いつだったか、皺は年をとった人にできるものなんだ、と結衣が言っていたっけな。でも、彼女はまだ若いのに、どうしてこんなに皺があるのだろう?私は、ぼうっとしながら手を伸ばす。その眉間のしわを、撫でてあげたかったから。でも、私の手が触れた瞬間、結衣は目を覚ましてしまった。彼女は、きゃっと声をあげた。そして、それが私だとわかると、きっと睨みつけてきた。「お母さん!なにしてるのよ!私、毎日本当に疲れてるの。だから少しは休ませてくれないかな?手伝ってほしいなんて思ってない!でも、これ以上私の邪魔をするのはやめて!」私は慌てて手を顔の前でぶんぶんと振った。これから死ぬのよ、だからさよならって言いたかっただけなのに。し

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    夢の中で、私は涼太にキャンディーを買ってあげようと思った。みんなが持ってる、あの棒付きのやつ。だから、涼太を連れて、道の向かいにあるスーパーへと向かった。しかし、道路を渡っていると、一台の車がすごい勢いで突っこんできた。私はとっさに、涼太をわきへ突きとばす。気がつくと私は真っ白な部屋に寝かされていた。そして、片腕が無くなっていることに気づいた。いつもは気丈な結衣が、私のベッドのそばで肩を震わせながら泣いている。「お母さん、私のせいで……本当にごめん」結衣がどうしてこんなに泣いているのか、私には分からなかった。私は涼太を守ったのだ。だから、私はヒーローになったのに。しかし、その日を境に、結衣はつきっきりで看病してくれるようになった。洋介も、会社でもらったお菓子はぜんぶ家に持って帰ってきてくれて、私と涼太にこっそり棒付きキャンディーをくれた。そして小さな椅子に並んで座る私たちを見て、事故の後、はじめて笑ってくれた。「ママには内緒だよ。ほら、三人で指切りしよう」って。でも、そのことはやっぱり結衣にばれてしまった。だけど彼女は怒らないで、ただ笑って私たちの口のまわりを拭いてくれた。「楽しいなら、それでいいのよ」って言ってくれた。あまりに素敵な夢だったから、私は笑いながら目を覚ました。結衣はもう帰ってるかしら。この素敵な夢の話を、彼女にしてあげたいなと思った。でも、ドアを開けたとたん、そこに結衣が立っていて、私を恨めしげににらみつけていた。すると、私が何か言うより先に、洋介が彼女を突きとばして部屋に飛びこんできた。そして、私の杖をひったくると、力まかせに壁へ叩きつける。「お前のせいだ!お前がそんな体だから涼太の治療がどんどん遅れて、もう手遅れになるって先生に言われたんだ!」私は恐怖で床に倒れこみ、部屋の隅っこで体を小さくした。「結衣……結衣はどこ……」でも、結衣は戸口に立ったまま、ぴくりとも動かなかった。ただ冷たい目で私を見てるだけ。その瞳の奥にある気持ちは、分からなかった。洋介は私を指さしながら怒鳴り続けた。「お前の治療のせいで、貯金はもう底をついたんだ!今じゃ涼太の手術をする金もない……あの子は死んじまうんだ!お前のせいで!このお荷物が!」「おばあちゃんをいじめないで!

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